春が過ぎ梅雨の時期となる6月、大体の学生は冬服から夏服に変わるという衣替えの季節。名前の通う箱根学園も今日から夏服で、クローゼットの奥にずっと吊るされていたクリーニングしてそのままの夏服を手に取った。

「あれ…え、うそ……」

1年2年と着ていたその制服はもう慣れたもので、ポロシャツのようなセーラーのようなその制服に下から頭を通して着替えていくのだが、首を出して服をお腹まで下げようとした瞬間、名前は以前とは違う違和感を感じた。

「胸が……入らない…」

首まではよかった。すっぽりと入った。けど、服はまくしたてられたように胸の上でストップしていて、下げようにもスルスルと上手く下がってくれない。1年や2年の夏ではこんなことなかった。だから3年の今だって、普通に着れるものだと思っていたのだけど、胸元のソレは自分が思っていた以上に発育していたみたいだ。

「うそぉー…え、ど…どうしよう!」

このままでは遅刻してしまう。寮生なので学校からは近いが、いつもギリギリまで寝ているため、数分でもゆっくりしていたら走らなければいけない時間だ。胸の上で止まっている制服をあわあわと慌てながらどうしようかと考え、とりあえず一旦それを脱いだ。

「そういやこの前ブラ買い直したんだった…!えーっと、前のやつ前のやつー!」

キャミソールを脱いでタンスを漁り、急いで昔つけていたブラを探す。
つい最近、胸が少し苦しくなってきたのでブラを大きめのものに変えたのをすっかり忘れていた。小さいブラに変えれば少しは圧縮されて数ミリは小さくなるだろう。パットも全部抜き取り、そしてキャミソールも諦めて制服に再び腕を通した。

「やった!着れた!」

先ほどまで胸の上で止まっていた制服はなんとかお腹が隠れるまで下り、名前は一安心してまた支度を始める。そして鞄を持って少し小走りで寮を出た。


学校へ着くと、妙に視線を感じる。
特に男子だ。名前を見たと思えばその視線は少し顔より下に向けられて、そしてすぐに顔をそらされる。寝ぐせでもついているのだろうかと手持ち鏡を見たけど特に目立った髪はしていない。いつものヘアスタイルだ。その視線にあまりいい気はしないながらも、名前は自分の教室へと向かった。

「おはよー」
「あー、名前チャンおは…ヨォ!?」

教室に入って自分の席へと行くと、荒北が居たので名前はいつものように挨拶をした。荒北靖友とは自転車競技部の部員とマネージャーという仲で、学年もクラスも同じなので自然と話すようになった。最初はとっつきにくくて目つきのわるい怖いヤツだと思っていたけど、案外フタを開けてみれば優しい人で、今では結構喋る仲である。
そんな荒北が、名前に視線を向けた途端、目をギョっとさせた。

「え、なに…どうしたの?」
「アー…名前チャン、やばいネそれェ…」
「へ?」

荒北は名前に向ってそう言うが、目線はこちらを見ていない。でも指さされたその先は自分の方向で、そして…少し顔より下を指している。とりあえず荒北の指先を追って顔を下へ向けると、いつも見慣れた景色が見えた。
苗字名前は、通常の女子よりも胸が大きい。けれど本人はその胸と共に成長しているので自覚があまりなく、その胸の大きさを自慢しようとも活用しようとも思っていなかった。
そのため、多少キツくても着れればなんとかなっていると思っているその制服姿も、苦しいというのが辛いだけであまり気にしていなかった。

「なんか、おかしいかな?」
「いや、あー…オレが悪かったヨ」
「?」

荒北が謝るなんて珍しい。そう思いながら、名前は結局意味が分からないまま今日の授業を受けた。
そして今日はやけに教室への来客が多い。確かに同学年といってもクラスは沢山あるので休憩時間になれば色んな人がクラスを行き来するのだが、今日は自分でも不信に思うくらい人が来るなと思った。そしてそれは大多数が男子で、やたらと目が合う。朝から感じるそんな視線に少しモヤモヤとするが、結局明確なことはわからないままだった。
今日は生憎仲の良い女友達は風邪で休んでいて相談するにできない。それに視線を感じる…という曖昧な悩みだったので、よほど仲が良くなければ相談もできなかった。だから今日はずっと、隣の席の荒北とたまに言葉を交わしたりと静かに過ごしていた。


「ヒュウ!今日のおめさんは一段と思い切ってるなぁ」

昼休み、私は自転車競技部のミーティングも兼ねて荒北と共に学食でいつものメンバーと昼食をとることになった。食堂に行くまでもチラチラと視線を感じてどんどんと肩が狭くなっていく。自分は弁当なので食堂を利用する荒北とは途中で別れて席を探すと、先に来て席をとってくれていた新開に、先ほどの台詞を吐かれた。

「へ?」
「ん?…もしかしておめさん、気づいてないのか?」
「ええ?」

新開にいつものバキュンと指をさされて言われた台詞にまったく理解ができず呆けた顔をすると、新開は少し驚いたような顔をした。まだ席には新開しかおらず、誰にも意見を求めることができない。荒北は今並んでいて、キャプテンの福富は先生に呼ばれて少し遅れてくるそうで、うるさい山神は巻ちゃんと電話しているとか。

「いやぁ、こうまで無自覚とは…まいったな」
「ねえ、だから何なの?それに今日やたらと視線を感じるんだけど…私の気のせいかな?」

新開が少し困った顔をして頭をかき、どうしようかと考えているようだ。一体なにを考えることがあるのかと疑問に思っていると、新開は自分の着ていた夏用のベストを名前の肩へとかけた。

「え、なにどうしたの?別に寒くないよ?」
「おめさん、胸のサイズ変わったろ」
「え!?な、ななななんで新開がそんなこと知ってんのよ!?」

突然今日気にしていたことを新開に当てられ、名前はとっさに胸を手で覆って今更だが隠すようにして顔を真っ赤にした。

「いやあ、見ればわかるぜ」
「うそ!?」
「だっておめさんのその制服、胸のとこすげーぱつぱつで今にもはちきれそうだからなぁ」

おまけに下着のライン丸見えだぜ。
なんて耳元で言われれば、名前の顔は先ほどとは比にならないくらい真っ赤になっていた。
今日ずっとそんな姿で1日の半分を過ごしていたのかと思うと、名前は羞恥でとりあえずどこかの穴に入りたいと願った。通りでやたらと男子からみられるわけだ。今日の不思議に思っていた謎がスッキリするほど解けて、むしろ知らないままが良かったと後悔する。

「ねえ新開…」
「ん?」
「これ、今日ずっと借りてても…いい?」
「っ……ああ、もちろん」

顔を真っ赤にして涙目になりながら言われれば、新開は頷くしかなかった。少し…いやかなり大きめのベストを羽織る名前の姿は、新開には結構クるものがある。

「おめさんはほんと、罪なやつだなぁ」
「え!わたしなにか悪いことした!?」
「いいや、悪いのは俺の方かな」

今の名前には、新開が何を言っているのか、もはや呪文のようだ。ただこのベストを貸してくれたということは分かるので、今は感謝の気持ちしかなかった。

「アレェ、もう気づいちゃったのォ?」
「荒北のばか!わかってたなら言ってよ!」
「まァ、本人がソレでいーならいーかって」
「よくない!」
「イイ眺めだったぜ名前チャン」

にやりと笑う荒北の頭をゴンと殴ると、イテェヨなんて蚊に刺されたみたいな小ダメージしか与えられなかった。








夏服はイイ


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