| 社会人/新開と絡み有 「あ〜〜〜〜!おわったぁ!!」 「おつかれさん」 朝日がまぶしい。ここ数日、毎日何度も腰かけている椅子にもたれかかり、私は両手を天井に挙げて解放のポーズをした。それをのぞき込むようにさわやかなイケメンが私を見下ろしホットココアの入ったカップをくれて、そんな優しい彼に「ありがとう」と礼を言ってカップを受け取る。 ついに今日で長かった連勤と、コレ無理だろっていう量の仕事が終わり、私は開放感で顔が緩みに緩んでいた。 「新開もお疲れ様、ほんと助かったよ色々と」 「おめさんが頑張ったからだよ、本当おつかれさん」 ほんとできたイケメンだよ新開は。彼は今回のプロジェクトにサポートで入ってくれていて、仕事量は圧倒的に私の方が多いけど、居てくれて本当に助かった。 新開とは同じ時期に入社したつまり同期で、最初は飲みに行くほど仲が良かったわけではなかった。それでも今これだけ話したり飲みに行ったりできるのは、 「そういやおめさん、連勤続きで靖友とは大丈夫か?」 彼が私の彼氏、荒北靖友と高校の同級生だったから。最初はそんなの知るはずもなく、とある同期飲みで新開が酔いつぶれた私を介抱して家まで送ってくれたことで靖友と鉢合い発覚した。あの時は凄い靖友に怒られたけど、そこから新開と靖友の三人で飲みに行く事が増えて私たちは会社でもよく喋るようになった。今では靖友への愚痴を新開にこぼすこともしばしば。 「そういやここ一週間ほど靖友とまともに会話してないかも…」 「一緒に住んでるのに、一度もか?」 「…うん、泊りがけの日もあったし、帰っても靖友寝てたり」 「そりゃあ靖友、かなりたまってそうだなぁ…」 「なんかから揚げ的なもの買って帰ろうかな…」 靖友とは静岡の大学で出会って付き合うことになり、お互い就職先は東京に決まったので同棲することになった。大学とは違って社会人は本当に時間が無くて、ここ最近は特に靖友とはあまり会話が出来ていない。靖友はしっかりしているけど、恋愛に関しては子供なところがある。最近相手できてなくて機嫌が悪くなっているかもしれない。 会社を出ると、オフィスでは遮られていた直射日光がモロにぶち当たってきて、私と新開は思わず目を閉じた。新開の家とは偶然にも一駅違いで、二人して始発電車に乗り込む。 「夜だったら飲みに行ったのになぁー」 「じゃあ、今夜飲むか?」 「あ、それいいね、靖友も誘ってみるかな」 じゃあお互い今日は帰ってぐっすり寝て、夕方くらいに連絡しようと言って電車を降りた。そういえば靖友は仕事休みだったっけ、確かそうだったような気がするけど、今スケジュール帳を取り出すのはめんどうだ。まあもうすぐ家なのだから、帰ったら無理矢理起こして聞いてみよう。 連勤中は忙しすぎて思わなかったけど、今は無性に靖友の顔が見たい。抱きしめてキスしたい。いつものダルい感じで「お疲れ様ァ」って言われたい。家に近づくたびにどんどんとそんな思いがこみ上げてきて、私の足は次第に速くなっていった。 「ただい…」 鍵を差し込んで回してガチャリと静かにドアを開けて、そう言いかけたその時だった。いつも綺麗に靴は靴箱に仕舞っている玄関に、見慣れた靖友の靴と、黒のヒール。無造作に投げたように放置されたその二足の靴たち。靖友の靴はわかる、でも…この黒のヒール、明らかに私のではない。私だって黒のヒールくらい持っているけど、私のはこんなに高くない、もっと浅いヤツだ。 いやいやまさか、ねぇ。なんて思いながら家へ入ると、むわっ、と濃い香水の匂いが鼻に入り込んだ。もうこの時点でさっきの嫌な予感がどんどんと濃厚になっていき、私は静かに靴を脱いで廊下へ足を踏み入れた。向かう先は、リビングではなくトイレでもなくお風呂でもなく、私たちの寝室。1LDKの部屋はそう大きいわけでもないので寝室までの道のりはすぐで、私はそのドアを…静かに開けた。 「…………あー、まじか…」 私から出た声は、妙に冷め切っていた。 寝室に眠る、二つの影。一つはもちろんこの家の住人である靖友で、もう一つはもちろん私ではない。布団をかぶっていてあまり見えないけれど、靖友の隣で寝ているのが女性で、服を身に着けていないことはわかった。というか、ベッドの横に私のではない下着が落ちている。 「ンー…………、ア?」 真っ暗だった部屋に差し込んだ光で気づいたのか、靖友が掠れた声でゆっくりと起き上った。そして寝起きで開かない目を開けて、ドア前で立つ私と目が合う。ただ立ち尽くす私に、靖友は徐々に状況が分かったのか、驚くように私を見た。 いや、驚いているのは私だよ。この家の住人は私だよ。その隣の子は誰なのかな。なんて言いたいことは沢山あるけど、さっきからなぜだか私は、やたら冷静だ。 「名前チャ…ン…」 「おはよう、靖友」 ニッコリ笑うでもなく、私は靖友にそういった。私を見て、そしてすぐ隣で眠る知らない子を交互に見た靖友の顔は、この世の終わりみたいな血の気のない真っ青な顔だ。 証拠はもう出そろっている。現行犯逮捕出来るレベルだ。でも私はそれをしなかった。皆バカだと思うかもしれないけど、もしかしたら何か理由があるのかもしれない。私はとんでもない勘違いをしているのかもしれない。そう思っているからだ。状況ははっきり言って黒だけど、理由も聞かずに頭ごなしに怒鳴って出ていくのはよくないと思う。だから私は、 「靖友、これって浮気?」 靖友にも、チャンスをあげなければいけない。 徹夜明けでほとんど声は出なくて、少しかすれてしまっている。というか、震えている。それでも私は靖友の返事を、待った。 「…………ゴメン」 黒だった。 そこからの私の行動は早いもので、私は鍵を靖友に投げつけて一目散に家を出て行った。後ろで「名前チャン!」という声が聞こえたけど、もうそんの知らない。 私は来た道を必死に走った。駅まで走って、改札を通って、ホームに降りて、携帯を取り出す。そして画面をスライドさせて連絡先から一人の人物を選び、通話ボタンを押した。 『もしもし?』 「新開、今から家行っていい…?」 『え?どうした?なんかあったの………か』 かけたのは新開だった。もちろん電話の向こうの彼は突然のことに驚いている。けれど私の震える声に、静かになにかを察してくれた。 まだ朝焼けのホームには、下りの電車を待つ人はほとんどいない。私の静かな鼻をすする音は、新開に聞こえてしまっただろうか。 『いま、どこにいるんだ?』 「駅のホーム」 『わかった、むかえに行く』 なにも説明していないというのに、新開は柔らかな声でそう言って、私たちは電話を切った。しばらくすると下り電車のアナウンスが流れ、都心から来た電車が私の目の前にとまる。 「新開!」 一駅は実に短い。二分ほど揺られれば、そこはもう目的地だった。改札に向かえばそこにはさっきと変わらぬ格好のままの新開が居て、私は改札を抜けた瞬間彼に抱き着いた。新開は驚くこともなく、そっと私の背中に手をまわしてくれた。 「…行くか」 「うん…」 背中の手を私の右手に移動させて、私は新開と駅を後にする。数分歩けば新開の家で、ここには一度だけ靖友と来たことがあった。部屋も前と変わらず、相変わらず色んなものが散らばっている。でも今はそんなこと気にする余裕もなく、二人掛けのローソファに私は静かに腰を下ろした。 「…靖友と、なんかあったか?」 「………うん、」 目の前のテーブルに私と新開の分のマグカップが置かれ、その中はホットミルクだった。同じくソファに腰かけた新開は静かに私を見て聞いてくる。私も、静かに返事をした。 「ねえ新開、」 「ん?」 「私と浮気して!」 「…………ん?」 バっと新開の方に体を向けてその鍛えられた体に触れて言うと、新開は先ほどまでの深刻な顔から涼しげないつもの新開の表情に戻って首を傾げた。 そんな新開のために、私はほんの数十分前の出来事をとっても丁寧に話してあげた。 「連勤徹夜明けでこれは、かなりきたよ…」 「そうだろうなぁ…」 泣きそうになるのを必死でこらえる私に、新開は頭を優しく撫でてくれた。傷心時のホットミルク、かなり沁みる…。 「急に変なこと言ってごめんね」 「ん?」 「浮気って……新開べつにわたしのこと好きじゃないのに」 「オレおめさんのこと結構好きだぜ」 とりあえず隣に座る新開の肩に身を寄せて、私の意味不明な行動を謝った。けど、返ってきた新開の言葉は予想外のものだった。 「え、やめて、今言われたら好きになる」 「ヒュウ、それはチャンスだな」 バキュン、なんて撃ち抜かれる。もちろん今のはほんの冗談で、新開もいつもの涼しげな返しをしてくれた。 きっと新開の言う私への”好き”は、恋愛としての好きではない。でもこんな時にそう言ってくれる新開は、本当にいいやつだというのが分かる。今の私には、ただの天使でしかなかった。 「はぁ…ダメだ私、こんなのよくないって分かってる」 自分は弱い人間だ。いつでも心のよりどころを探している。こうやって新開に迷惑かけて、都合のいいようにしている。 「キスでもしてみるか?」 そう言われて、新開の手がそっと私の頬に触れた。こんなの周りから”最低”とか”ビッチ”とか言われるのかもしれないけれど、今の酷くボロボロの身と心では…否定することができなかった。 「ん…っ」 靖友の薄い唇とは違う分厚いその唇が、静かに私の唇と重なる。思った以上にそれは柔らかくて、まだ触れただけだというのに気持ちよくてそのまま眠ってしまいそうだった。 「はぁっ…んぅ…っ」 くちゃり…と音が鳴り、新開の温かな舌が入ってくる。その舌に自分の舌を差し出すように前へ出すと、新開は優しく受け入れて絡めとってくれた。さすが経験豊富なイケメンなだけあって、キスがうまい。あの男とは全然違う。余裕のある、大人のキスだ。あの、余裕のない、犬のように噛みついてくる男とは…違う。 静かに唇が離れて、目の前の新開の顔を見上げた。やばい、新開の色気はんぱない。…でも、 「とりあえず……寝るか」 「うん、そだね…」 徹夜明けの私たちには、性欲よりも睡眠欲が勝った。 「新開!!オイ新開!!居ンだろ!!出ろ!!!」 ドンドンドンドン! 丁度私たちが眠りについて数分、いや…1時間、どれほどかわからないけれど時間が経った時、外がやけにうるさかった。新開と二人して彼の狭いベッドに寝転がり眠っていたのだが、その音で私たちは静かに目を開けて顔を見合わせた。あまりにも聞き覚えのあるその声に、お互い「あー…」となんともいえない顔で声を漏らす。 「デブ!!オラァ!出ろボケナス!!名前チャン居ンだろォ!!」 ドアを開けずとも誰かなんてすぐわかる。近所迷惑もいいところなその大声に、新開は布団をめくってゆっくりベッドを降りた。私はもう動くのもめんどくさいのでそのままベッドに横たわり、眠るのを続行する。 「早いなぁ、靖友」 「うるせーヨ!フツーに出てんじゃねェ!!テメーふざけんなヨ!!」 ドアを開けた瞬間荒れた声が鮮明にここからでも聞こえた。ふさぐように布団を頭までかぶって丸まると、乱暴な足音がドンドンとこちらへ近づいてくるのが分かる。けれどすぐ近くでその音は止まり、そこからシン…と部屋が静まり返った。 「…………名前チャン」 すぐ、背後から聞こえる、弱々しい声。さっきまでの乱暴な声が嘘みたいだ。 靖友のその呼びかけに私は無言のまま、返事はしなかった。 「名前チャ…」 「こないで」 ピタリと、靖友の動きが止まったのが分かった。 もう、これ以上靖友に近づいてほしくなかった。そんな風に、私の名前を呼ばないでほしかった。私は弱いから、きっと靖友に触れられてしまえば、 「嫌いになれなくなるから…」 その触れた手は細く、それでも私の手なんかよりしっかりしていて、いつでも私のことを優しく乱暴に包み込んでくれる。ぎゅっと抱きしめられ、掠れた消え入りそうな声で「ゴメンネ」とすぐ耳元でささやく声が聞こえた。 「セックス、気持ちよかった?」 「酔っててなんも覚えてねェ…」 「でも、シたんだ?」 「………ゴメン」 それから静かに、どういう経緯でああなったのか、説明してくれた。そんなのもちろんただの言い訳で、やってしまったものは変わらない。 「ねえ靖友、別れる?」 「ヤダ、ぜってー別れねェ…」 「でも靖友、それ言う権利ないよね?」 「それでもォ…ぜってーヤダ…」 まるで駄々っ子だ。縋り付くように私に抱き着き、離さないと必死に腕に力を込められる。 「私、新開とキスした」 「ハァ!?」 「気持ちよかったよ」 「………」 きっと今すぐにでも怒鳴り散らしたいだろう靖友は、口をもごもごとさせて必死に耐えている。そうだね、そんなこと、今の君には何も言えないよね。 「私は今の靖友よりも、もっと嫌な気持ちだったよ」 「もうしねェ、ゼッテーしねェ…」 神に誓いマス。なんて柄にもなく素直すぎる靖友がいて、つくづく私は彼に弱いのだと思い知らされる。正直、今でもあの光景を思い出すと怒りと悲しさでどうにかなりそうだけど、こんなにも弱った彼を目の前にしては…その感情は簡単に抑えられた。 「わたし徹夜明けで眠いの」 「じゃあさっさと帰…」 「新開、一緒に寝よっか!」 「おっ、やっとオレの出番か!」 「ハァ!!??」 事件が起きて約3時間ぐらいで話は解決の兆しを見せている。ということで、安心したらモーレツに眠くなってしまった。しかもここはベッドの上、寝るために作られた素晴らしい造形物、ということでずっと放置していた新開を呼んで私はベッドに横になった。 「新開テメー普通にくんな!!名前チャァン!家帰ろォーヨ!!」 「ムリ、もー眠気限界…靖友真ん中でいいから、ほらお眠りー」 「靖友と寝るのなんて、合宿以来だなぁ」 「イヤ意味わかんねーからァ!!オイ新開入ってくんな!マジで!って名前チャンもう寝てるんですけどォ!」 新開のベッドはセミダブルだから3人はかなりギリギリだけど寝れた。端だとベッドから落ちてしまうから靖友を真ん中に追いやり、反対側から入ってきた新開と靖友をぎゅうぎゅうと挟む。 「つかオレ眠くねーし!」 「そうだね、靖友は可愛い女の子とぐっすり寝てたもんねー」 「スイマセンデシタァ!!」 はいはいもう寝ましょうねー、とぽんぽんと頭をなでて、私はどんどんと意識を手放していった。新開にくっつかないよう必死に私を抱きしめる靖友の締め付けが苦しくもあり今の私には心地よくて、その日はぐっすり眠ることができた。 その後、起きたのは夕日が部屋に射し込む頃で、日が完全に沈んでからは3人でよく行く近場の居酒屋へとなだれ込んだ。 |