| 「おいしい!」 極星寮の大広間で、私は絶頂なまでの幸せを感じていた。 私はここ遠月学園に雇われているただの使用人。極星寮は私の担当区域にある寮の一つで、週に何度かお掃除をしたりと色々している。ここの生徒たちは選りすぐりの料理人を目指す子達ばかりで、それはもういつも寮の厨房からは良い匂いで溢れかえっていた。 「いやー卵もらいすぎて処理に困ってたんス、名前さん来てくれてよかったッスわー」 そう言ってニコニコ笑う創真くんは、ここ最近この学園に入ってきた転校生。誰にでも優しく気さくな創真くんと打ち解けるのは早く、こうやってたまに私の休憩時間に料理を作って食べさせてくれる。最近の、私の至福の時。 「でも、まだ卵結構残ってるね…」 「そうなんスよ」 「寮の皆は?」 「それが、皆も卵料理作りまくってこのまえ晩餐したとこなんッス」 どうやら、本当に大量に卵が手に入ったらしい。そんなわけで、私はぱくぱくと数々の創真くんが作る卵料理を食べていた。 「でも、こんなに卵ばっかりなのに全部ちがう食べ物で全然飽きない…すごいね創真くん!」 「こんなのまだまだ一部ッスよ、卵は未知ッスから」 「ううん、すごいよ!私なんて卵焼きくらいしか作れないもん」 「へー、名前さんの卵焼き、食ってみてーな」 「へっ?」 ぱくぱくと進んでいたお箸が、創真くんの一言でぴたりと止んだ。そして一瞬で「言わなきゃよかった!」という後悔の念に駆られ、私は目をそらして再度ぱくぱくと食べ始める。 「なんで目ー反らすんすか?」 「……これもおいひいね」 「ねー名前さん」 ハっと気づいた時には、創真くんの顔がすぐそこにあった。 「い、いやいやだって!創真くんは数々の修行を積んでる料理人で、私はただの使用人だよ!?た、卵が可哀想だよ!!」 「俺は名前さんの手料理、食いてーなぁー」 そう言われて、私はうっ、と後ずさりする。誰だって、この遠月学園の生徒に一般人の手料理を披露しようなんて思うわけがない。こんなの、罰ゲームかなにかだ。 「ダメなんスか?」 「うぅ…」 いつもはあまり上下関係なく接してくるくせに、こういう時の創真くんは年下要素を醸し出してくる。私より身長高いくせに上目遣いをしてくるところなんて、計算とわかってても断りづらい。 「お、おいしくなくても…いい?」 「やった!名前さんの手作り!」 作ってもらえると分かった途端にパァっと顔が明るくなり、若干ハメられた気分。それでも承諾してしまった事実は消せないので、私は渋々調理場の前へと立った。 「おー、なんか台所に立ってる名前さんの後ろ姿、いいッスね」 「こ、こっちはそれどころじゃないよ…」 そんな呑気な創真くんの言葉なんてうまく耳に入るはずもなく、私は震える手で卵焼き用のフライパンを取り出した。 「ちなみに甘いやつだけど、いい?」 「俺甘いの大好きッス」 「よかった…」 私の家代々伝わる卵焼きはちょっと甘めの味付け。卵を三つほど取り出し、ボウルを用意して丁寧に割っていった。 大体、なんで創真くんは私なんかの料理を食べたいなんて言ってきたのだろう。やっぱり卵が大量すぎて作るのに疲れたとか?いやでも、創真くんは料理に命かけてるような人だから、料理そのものを疲れたと言うような人ではない。 じゅーじゅーと卵が焼けて、くるんで、焼けて、くるんで、その繰り返しを続け、やっとぐるぐるに巻かれた卵焼きが完成した。 「冷ますからちょっと待ってね」 「卵焼きって、覚めてた方が味しっかりして美味しいんスよね」 「ハードルあげないでよ…」 「大丈夫ッスよ、名前さんの卵焼きなら」 どういう根拠かまったく分からないけど、創真くんにまっすぐ見つめられて言われると、妙な自信が湧いてくる。 しばらくして大分熱が引いて、私は卵焼きを適度な大きさに切り分けた。そして、それを乗せたお皿が、創真くんの目の前に…。 「わああ!やっぱり怖い!食べないで!」 「なに言ってんスか、ここまで来たら意地でも口の中いれるっつの!」 「ううう…」 取り上げようとした卵焼きのお皿はパっと創真くんにかわされてしまった。そして「いただきます」と行儀よく手を合わせた創真くんを、私は心臓がはじけ飛ぶ勢いで見つめる。静かに、創真くんの口に卵焼きが入った。 「うん、うまい!」 「ほ、本当?」 「本当ッスよ、名前さんもホラ」 「あっ…う、」 そう言われて口元に創真くんが私の作った卵焼きを持ってきて、その行動に少し恥ずかしくなりながらも、ぱくりとそれを食べた。もぐもぐと何度か噛んで…ごくり。 「おいしい…けど、普通だよ?」 「でも、うまいッスよ」 食べたその味は、本当に普通だった。普通に、おいしい。さっきまで創真くんの料理を食べていたせいもあってか、私の卵焼きはなんだか物足りない。なのに創真くんは、とっても美味しそうにそれをパクパクと食べた。 「やっぱ、好きな人が作ってくれた飯って最高ッスね!」 創真くんは、嬉しそうな笑みでそう言った。 あまりにサラっと、ナチュラルに言うものだから、最初は普通に喜んだ。でも、どんどんと湧き上がる疑問と熱に、私は目をぱちぱちとさせる。 「創真くん?」 「なんスか?」 「いや、えっと…」 またもや、あまりに普通に返されたものだから、私は戸惑った。やっぱり、今のは聞き間違いだったのだろうか。いやだって、そうだよ、この学園には沢山の私なんかよりも美味しい料理を作る人で溢れかえっているのに、私なんか… 「言っとくけど、」 創真くんの目の色が変わって、口を開いた。 「オレ、本気ッスよ」 |