大学生




新開隼人はモテる。
顔が良いだけでなく体も鍛え上げられたソフトマッチョで、さらに女性に優しくさり気なく紳士なところもある。しかも自転車競技というのをやっていてかなりの好成績を残しているとあれば、モテる以外なんなのだというのだ。
そんな彼には、一応彼女が居る。そう、それは私だ。だけどそれは…一応、なのである。

「で?今度の土曜は飲み会に行くからデートは夕方まで…と?」
「ああ、わりぃ」

急に誘いが来てよ、なんてアッサリ言って柔らかい笑みでまったく謝罪する気のない“一応”彼氏に、私はハァと小さいため息を漏らした。
普通、デートの約束してるっていうのに大学のサークルの飲み会が入ったからってそっちを優先する?いやしないよね?何が急な誘いよ…普通に断るでしょそこは。………と、この男に言っても意味がない。なにせ彼は、私よりも友人優先なのだから。

「…わかった、じゃあもうその日は無しにしよう。ハシゴ地味に疲れるだろうし」
「え、わざわざ無しにしなくてもいいぜ?昼は空いてるんだからよ」
「いや、私も終わらせたい課題あるし、いいよその日は…また今度にしよう」
「そうか?じゃあまた違う日埋め合わせしよう」

そうだね、と言って私は目の前にあるハンバーグ定食の残りを平らげた。今日だって、いつもは友達と食べるからと断り続けられた学食の貴重なOKの日。けれど結局はまた友人を優先されて、せっかくの2人の時間もまったく嬉しくもドキドキもしない。正直、今目の前の男が彼氏なのか、信じがたい。

私と隼人は、高校からの付き合いだった。同じ箱根学園で3年間共にし、高校最後の冬あたりで付き合うことになった。といっても、もともと結構気の知れた仲だったし、恋人となる前からの付き合いを兼ねると5年くらいだろうか。大学なんてどこでもよかったから隼人と同じ明早大にして、最初の1年はそれなりにラブラブはしていたけど…隼人が学校に馴染んでいくにつれ、私との関係はおざなりになっていった。きっと大学生という、高校とは少し違う大人の階段に楽しくなったのだろう。彼はもともと人気者気質だし、顔もいいし、そりゃあ……楽しいでしょう。
きっと私は、そろそろフラれるんじゃないだろうか。

「名前ー、土曜の夜に仲良い連中と飲みに行こーって話してるんだけど、名前もどうよ!?」

隼人と学食で別れたそのあと、私は仲のいい友人と次の講義までダラダラと中庭で中身のない話をしていた。そんな時に出てきた誘いに、私は“土曜の夜”というワードにぼーっと隼人のことを思い出した。

「なんか用事あった?」
「え、あ、ううん、その日はなんもないかなぁ…」
「おっ、じゃあ行ける感じ?」
「あー…うん、そだね、いこっかなぁー」
「まじで?やった!名前あんま飲み会参加しないから珍しいじゃん!なんかあった?」
「ううん?たまたま暇だっただけだよー」

そう、ついさっきまでは埋まっていた日だ。けれど無しになったのだし、たまには飲み会も悪くないだろう。だって隼人も飲み会って言ってたし…なにも悪くない。
今までは隼人がいるから男子のいる飲み会はなるべく避けてきた。けど、隼人は気にせず男女混合の飲み会に行っている…。隼人はモテるから、きっと隼人狙いの子は少なくはないだろう。それに比べて私は別に特別かわいいでもモテるでもないから、別に行ったところでやましいこともなんともない。今までが自意識過剰だったのだと思う。

「んじゃあ後でラインすんね!」
「おっけー」

私はただにこやかに返事をした。
別に合コンってわけでもないんだし、大丈夫だろう。


土曜の夜、私はラインで伝えられた通りの時間に都内の某居酒屋チェーン店へと訪れた。結構うちの大学から近くて、何度かここで飲み会を開いてるらしい。結構みんな集まっていて、男女比率は綺麗に半分と…なぜか合コンのような割合だった。でもほとんど見知った顔なのでそこまで気を使うことはない。飲み会は普通に開始された。

「そーいや名前ちゃん彼氏いるんだっけ?」
「え?あ、ああ…うんまあ」
「ばーか、あんた知らないの?名前の彼氏って言ったらあの新開隼人よ?」
「え!まじで!?初耳なんだけど!」

若い男女が集まればまあ恋バナにならないこともないわけで、隣にいた男子の山田くんが軽率にそんな質問をしてきた。正直、隼人を彼氏と胸張って言えなかったため、私の言葉は少しだが濁っている。そしてその会話を聞いていた目の前にいる友人が隼人の名前を言うと、山田くんは声を荒げて驚いていた。隼人は大学では、まあまあ目立っていたから。

「あれ、でもなんかうまくいってない感じ?」
「え?」
「いや、なんかそんな風だったからー」
「い、いやぁ…」

山田のくせに感がいい…、いまの少ない会話でそんなこと察したのか。私は目の前にあるお酒に口をつけ、目をそらしてぐぐいと飲んだ。

「え、なに名前、うまくいってないの?」
「あーだから今日も飲み会きたんだ?いつもは彼氏気にしてきてなかったもんね?」
「え、えーっと…」

うまくいってないといった時のみんなの食いつきよう怖い怖い怖い。特に女子たちなんて私が最初隼人と付き合ってるって言った時、地味に落ち込んでたもんね。うまくいってないなら狙う気か……女子怖い。

「まぁーたしかに、あれは物件が良すぎるもんねぇ」
「うんうん、仕方ない仕方ない」

あれ、なんか本格的にうまくいってない方向にいってないこれ?仕方ない…?そんなの、付き合った当初から思ってましたよ。隼人は誰にでも好かれるモテ男で、私と付き合うなんて…天と地がひっくりかえってもありえないって思ってた。大学に入って高校よりさらに可愛い子がいっぱいで、こんなの…そりゃ、勝ち目……ないですよ。

「まあまあ名前ちゃん!新開のことなんて忘れて飲もーぜ!」
「あ、えー…あはは、うん…」

完全に隼人にフラれた女みたいになってるけど、もうめんどくさいので私は飲むことにした。実際、あまりうまくはいってないんだし…もう、飲もう。山田くんにめちゃくちゃ肩を抱かれてやたら距離近いけど、そろそろお酒が回ってきてよくわからなくなってきた。

「あれ、鈴木じゃん!!??」

その時、私たちのテーブルの外からそんな声が聞こえてきた。鈴木というのは、私から一番離れたところにいる鈴木くんのことだろうか。

「あれ、杉谷!?うわ、なんでここいんの?!偶然!!」
「いや俺らも飲み会なんだって!え、お前らも飲んでんの?なに繋がり?」
「普通の仲良いグループ飲みだってー、つかお前らは?」
「なになになに?知り合いー?」

どうやら鈴木くんの知り合いみたいで、同じ大学の人っぽい。そしたら次々といろんな人の声がして、女の子の声も聞こえてきた。彼らも飲み会で、今さっき店に入ってきたらしい。みんなコートを着て外から来た格好をしていて、奥にある自分たちのテーブルに行く途中で私たちのグループに気づいたみたいだ。鈴木くんと、杉谷くんと呼ばれた彼らの偶然を喜ぶ会話が済まされた後、続々と目の前を彼らの飲み会参加者が通過していく。そしてその中に、私のよく見知った人物が…いた。

「え………」
「名前?」

隼人…だ。
彼はチラリとこちらのグループに目を向けてそのまま去っていこうとしたみたいで、けれどその中に私がいることに気づき、少しだが目を見開いた。私もまさか隼人がそこにいるとは思わなくて…彼としっかり目が合う。ていうか私、いまめちゃくちゃ山田くんに肩抱かれてる。

「ちょっと隼人ぉー?前つっかえてるー」
「あ、ああ…わりぃ」

隼人がなにかを言いたそうにしていたが、後ろから間延びした高い声が彼の下の名を呼ぶ。どうやら同じグループの女の子らしい。親しく隼人を呼んでいて、前がつっかえているからと隼人の背中にぴったりくっついて彼を押す。そのまま隼人は目の前を過ぎて行ってしまい、私もなんて言っていいのか分からなくて目を背けてしまった。

「はーーー、まじでうまくいってないんだ?普通にスルーじゃん?」
「あはは…」

隼人のことはみんなももちろん気づいていて、隣にいた山田くんが隼人の後ろ姿を見ながらそう言った。その言葉に結構ウッときながらも、私はひたすら目の前のお酒を喉へと通していく。もう、どうとでもなれ。

「名前ちゃん、俺とかどうよ!?新開みたいにイケメンじゃないけど、結構一途で優しいとこあるよ??」
「え、ええ?」
「あはは!山田が名前口説いてる!!うける!!」
「名前ー!盛大にフってやれー!!」
「ちょ、みんなひでー!!」

まさかの山田くんからの軽すぎる告白に、私は目が点状態だった。お酒が回っているというのもあって正常な判断があまりできず、私はただただ反応できずにお酒を飲むばかり。山田くんは確かに明るくて元気で良い人だし、顔もそこまで悪くないけど、さすがにここでは…

「そうだぜ名前、フってやれ」
「へ?」

その時、私の背後からとても聞き慣れた声が聞こえた。一瞬で私の強張った体がほぐれるような……。

「新開!?」
「え、はや…と…?」

山田くんが私の背後を見ながらそう言って、私も驚いて顔を上へと向ける。すると、そこには私の背後に立って私たちを見下ろす隼人がいた。え、なんで…?

「わりぃ、コイツ結構酔ってるみたいでさ、持って帰ってもいいか?」
「え、ええ!どうぞどうぞ!?」
「ちょ、隼人なに言って…」
「ほら、帰るぞ」

隼人のまさかの言葉にみんなも驚いて、友人はなぜか私を差し出すように手を前に出した。山田くんもパッと私から離れて、なんだか顔を青ざめている。私は隼人に腕を持たれ、立ち上がらされて着ていたコートをかけられた。カバンもマフラーも全部隼人が持って、そしてそのまま店を出て行く。お金、後で友達に返さなきゃな…なんて思いながら、私は隼人と共に見慣れた飲屋街を歩いていた。

「は、隼人?飲み会は?」
「あんなとこ見て、普通に飲んでられるわけねぇだろ…」
「隼人……?」

腕を引きながらもスタスタと歩いて行く隼人に、私はただついて行くしかない。それに隼人の声はいつもより低く、冷たく聞こえた。
今はどこへ向かっているのだろう……ああ、この道順だと、駅かな。

「山田くんのあれは、多分冗談で…本気じゃないと思うよ?結構飲んでたみたいだし…」
「だからって、抱きつかせていいのか?」
「抱きつくって…ちょっと肩組んでただけだよ…」

これは…怒っている?そう思った時、隼人がくるりとこちらへと向いた。丁度駅前のロータリーで、冬終盤イベントを象徴するイルミネーションがきらきらと光っている。もう夜中だというのに、隼人の顔がはっきりと見えた。

「なんでそんな顔してるの?」
「………今日、飲み会なんて聞いてない」
「うん、言ってない」
「なんで…」
「隼人だって毎回言ってないでしょ?それに、今日の約束は隼人が飲み会あるからって無くなったんだよ」

隼人の不満そうな顔とともに吐き出されたのは、はっきりは言っていないが不満の言葉だった。けれども、そんな不満をぶつけられる理由も資格も隼人にはない。そろそろ潮時なのではと思っていた私の反応は、とても冷たいものだった。

「でもそれは夜だけって…」
「本当は今日、一日中隼人とデートできるんだと思ってた。だって二週間以上前から約束してたもんね。でも…隼人は直前にきた友達との飲み会を優先して私との約束の半分を削った……本当は1日中一緒に居たかったよ」
「それは……悪い」
「隼人にとって友達が大事なのは分かるよ…いつも楽しそうだもん。だから、私のわがままで隼人の大切な時間を潰したくないって思う。でもやっぱり私は隼人が好きだから、もっと一緒に居たいって思うの……」

気がつけば、今まで思っていた不満を隼人にぶつけてしまっていた。隼人はとても困ったような…そんな顔をしていて、ああもう終わったな…と私は心の中で思う。こんな外で、駅前で、こんな話したくはなかったけど……もう、このままは嫌だった。

「ねえ隼人…私たち、」
「嫌だ!」
「ちょ、隼人…!?」
「嫌だ、だめだ、別れたくねぇ…!」

突然、声を少し荒げた隼人に抱きしめられた。チラリと行き交う人が私たちを見て、私は慌てる。こんなところでこんな話するもんじゃない。隼人はただひたすら私を抱きしめながら、弱々しい声で子供のように嫌だ嫌だと駄々をこねる。こんな隼人は滅多に見ないので、状況と隼人の反応に私は驚くばかり。

「隼人、ちょっと、とりあえず…散歩しない?」
「………」

こんな人が溢れる駅前でこんな話するのはさすがに目立つので、私は隼人の手を引いて近くの大きな公園へと向かった。都会には珍しい自然公園が近くにあり、そこであればベンチもあるし、落ち着いて話ができるだろう。隼人はただ黙って、私のあとをついてきた。

「はい、ココアでいい?」
「ああ、わりぃ…」
「ほんとだよ、あんな駅前で叫ばないでよ…」
「おめさんが、あんなこと言うから…」

むすっと膨れた顔をする隼人は、ただの子供だ。自販機で買ってきたココアを受け取り、温めるようにそれを両手で持つ。ちょっとこの季節では寒いけれど、あそこよりはマシだった。
私も隼人の横に座り、目の前のそれなりに大きな池を眺めた。

「隼人は私のこと、もう好きじゃなくなったんだと思ってた」
「そんなわけねぇだろ…!」
「大学入って、隼人…私より友達優先するし、今回だってデートよりも飲み会優先して……私、辛かったんだから」
「それは本当に…悪い……」

思いのうちを吐き出すようにして言えば、隼人の顔がまたさらに悲しそうな表情を作り出す。

「俺…どこかで安心してたんだ、名前なら絶対どこにも行かねぇって…名前なら許してくれるって……だから、」
「そうだね、許すよ……けれど隼人にとっての私の存在をどんどん否定されていくようで、私はもう…耐えられないよ」
「ごめん、違う…違うんだ。いつだっておめさんが一番だ、名前がいねぇと俺……生きてけねぇよ…」
「なにそれ、弱すぎでしょ…」
「ああ、俺は弱いんだ…だから、どこにもいかないでくれ」

ぎゅっと、私の体全てを抱きしめられる。隼人の大きな手だ。いつだって私のこと、包み込んでくる。

「別に飲み会に行くなとは言わないよ……でも、私のこと優先できる?こんなわがまま言う女…嫌じゃない?」
「好きな女のわがままなんて、苦でもなんでもないさ…むしろおめさんはもっと、わがまま言ってくれ」

頬にビンタぶちかます勢いだったけど、そんな顔されたら…出来るわけないよ。ほんとずるい。隼人はいつだってそう、ずるい男なんだ。結局私は、隼人が好きなんだなと…改めて思った。

「……なあ名前、キスしたい」
「はぁ?いや、ここ外だし…」
「誰もいないし、暗いから大丈夫だって」
「いやでもっ…」
「無理、今したい」
「ちょ、はやっ…」

そう彼の名を呼び掛けた私の口は、あっけなく塞がれてしまった。確かに周りは人もいなくて暗いけれど、外であまりこういったことをしない私はあわててしまう。それでも侵入してくる舌を防ぎきれず、私はされるがままに口内を侵された。
自分の単純さに呆れる。こんなキス一つで、私はもう彼を許してしまっているのだ。ずるい。新開隼人という男は、本当にずるい。

「さっき、名前が他の男に肩抱かれてるのみて、すげー嫌だった」
「私だって、隼人が誰か知らない女の子と仲良くしてるの、すごく嫌だよ…」
「俺はいつも、おめさんにそう思わせてたんだな……」
「そうだよ、あまり放っておくと、静岡に行っちゃうよ」
「え、なんで静岡?」
「荒北のとこ」
「そっ…れは、結構…辛いな……」

知ってる。
高校の時、隼人と同じくらい仲良くしていた荒北の名を出せば、隼人は困ったように笑った。あの時、隼人は私が荒北を好きだと思っていて、結局そのせいで高校3年の冬なんて最後の最後で付き合うことになったのだ。荒北の名前を出すのは少し、いじわるだったかもしれない。

「あーあ、帰るっていってもまだそんな遅くないね……うち、来る?」
「っ…!!ああ、行く!」
「あはは、隼人わんこみたい」
「名前限定でな、わん」

新開隼人という男は本当にずるい。
結局はこの彼の真っ直ぐでキラキラした瞳に、負けてしまうのだ。






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