| (主人公の誕生日ネタ/誕生季節だけ設定あり) 「そういえば名前ちゃんの誕生日っていつなの?ってミサカはミサカは今更な疑問を尋ねてみる」 もうすぐで夏休みを向かえるという暑さを実感する今日この頃、黄泉川家で夕食を終えた私は打ち止めと一方通行と3人仲良くソファに座ってテレビを見ていた。流れていたのはバラエティ番組で、丁度出演しているゲストの一人がその日誕生日だとかで祝われているシーンだった。それを見て思いついたかのように打ち止めが私へと質問を投げかけてくる。 「え?あー……そういえば、いつだったっけ?」 「ええ!?自分の誕生日覚えてないの!?ってミサカはミサカは意外も意外と驚いてみたり!」 「いやぁー…あはは、誕生日とか無縁な生活送ってたからすっかり忘れちゃったよね」 物心ついた時にはもう学園都市に居て研究三昧だったので、誕生日なんてものは今までで一度も祝われたことなんてない。なので一体自分がいつ生まれたのか、覚えているわけがなかった。 「確か1か月後とかじゃなかったかしら?名前の誕生日は」 「え!芳川なんで知ってるの!?」 「アナタのデータは前に見たことがあったからね、覚えているわよ」 背後からヌッと芳川がマグカップ片手にやってきて、まさかの私の誕生日を教えてくれた。まったくもってピンとこなかったけど、どうやら私は夏生まれだったらしい。 「じゃあじゃあ!その日は名前ちゃんのお誕生日会を開かなきゃだね!ってミサカはミサカはやる気満々に輝かしい笑顔を向けてみたりー!」 「ええ、いやいやいいよ、そんな…急に誕生日とか実感ないし…」 「だめだよ!名前ちゃんが生まれた大切な日なんだから、ちゃんとお祝いしなきゃ!ってミサカはミサカは断固として否定させないと食い下がってみせる!」 「えー…」 どうやら打ち止めは素直に私の意見は聞いてくれないみたいだ。チラリと打ち止めを挟んで横に居る一方通行に視線を向けると、知らんぷりするように真っすぐテレビを見つめて頬杖ついていた。 「あなたも!名前ちゃんのお誕生日を祝ったほうがいいと思うよね?ね?」 「………好きにすればイイだろ」 「ほらー!ってミサカはミサカは一方通行の捻くれた返答を肯定とみなして名前ちゃんにドヤ顔してみたりー!」 彼だったらハッキリと「くだらねェ」とか言ってくれると思ったのに、まさかの捻くれながらにもこれは”悪くない”という意味の言葉だ。後ろに居た芳川には「いいじゃない、楽しそうで」と言われ、黄泉川も続いて「いいじゃん」と裏切らない返答。 「わほーい!名前ちゃんを盛大にお祝いするぞー!ってミサカはミサカははりきって意気込んでみたりー!」 「あの、そんな…普通でいいからね?大袈裟にしないでね…」 気恥ずかしくなって兎に角大事にしなくていいからと皆にお願いするものの、打ち止めは今からどうしようかとアホ毛をぴょんぴょんさせてはしゃいでいるし、芳川と黄泉川はなんだか意味深に顔を合わせて笑っている。そして相変わらず一方通行は自分は空気だとでもいうようにまったくこちらに見向きもしなかった。 とりあえず私は、普段通り過ごすしかない…。 「う……う……海だ!!!!!」 突然ですが、私は今海に来ています。 私の誕生日会がどうとかいう話が出てから特に何かあるわけでもない日常を送っていたのだが、突然黄泉川に「明日は海に行くじゃん」と言われた。その明日というのがつまり私の誕生日といわれる日で、私はまさかのことに黄泉川の言っていることが数秒うまく理解できなかった。 海って……うみ……海…sea……え、あの海!?という風に、それはもう驚きだった。なにせ、この学園都市には海がない。そして学園都市に入った生徒はその日を最後に、自由に学園都市外には出ることが許されないのだ。特に私や一方通行みたいな高能力者はそれはもう多大な労力と時間が必要といわれるほどの手続きがある。だからそう簡単に明日…なんて、あるはずがないのだ。 そんな私たちがどうして学園都市からの外出許可が下りたのかというと……黄泉川が頑張ってくれた。 というわけで、私たちは学園都市の外へと家族旅行へ出かけたのだ。 「自然の波だ…!砂浜もある…!うわ…うわわわわ…どうしよう!!?」 「うるせェ、オレに聞くな」 「あはは!名前ちゃん喜んでるー!ってミサカもミサカも嬉しくなってみたりー!」 車で長時間走り続け、やっと目の前に見えた本物の海に…私は感動のあまりテンションが確実におかしくなっていた。 そう、私にとって海は――ずっと憧れていたもの。当然私は海というものを見たことがなく、それは映像や絵本のなかだけのモノだった。だから一度でいいから海というものをこの瞳で見てみたいと思っていて、それが今……叶った。だって、あの研究所で過ごしてレベル5なんかになってしまって、家族ももういなくて……私には海を見ることなんてもう、できないと思っていたから。 「わわわ!?名前ちゃんが泣いてる!!ってミサカはミサカは急いでハンカチを取り出して名前ちゃんに差し出してみる!」 「ううっ……ありがどう…らすとおーだぁー…ずびっ」 「ふふ、喜んでもらえてよかったわ」 「頑張って許可書ぶん取った甲斐あったじゃん」 「みんな…ほんど……ありがどぉ…!!」 幸せすぎて死ぬかもしれない。なんて言ったら一方通行に「アホか」と頭を小突かれる。隣に居る一方通行を見つめて、私はそれだけじゃないんだよと心の中で呟いた。 海へと到着して、その近くの立派な旅館に部屋を取ってあるとのことで私たちは一旦旅館へと向かった。旅館なんて泊まるのは初めてだったのでついキョロキョロと視線を動かしてしまい、それは同じく打ち止めもだった。部屋は私と一方通行の二人部屋と、黄泉川たちの三人部屋で別けられていて、今更ながらに少し恥ずかしくなる。家族旅行って気分できてたから…だからなんか、なんかこれって、 「新婚旅行みたいでいいでしょ?」 「よ、芳川っ!?」 「まあ、たまには羽のばして楽しみなさいね、せっかくの誕生日なんだから」 コソリと芳川に静かな声で言われて、私の顔が赤くなる。どうやら彼女にはお見通しのようだ。正直今までこんな風に一方通行と遠出したことがなかったから、普通に嬉しいし普通に気恥ずかしい。勝手に舞い上がっててそれもまた恥ずかしい。少し離れた所にいる一方通行を見ると、いつもと変わらない彼のままだし。もう少し私も落ち着くべきだと思って、小さく深呼吸した。 「ていうか海行くならもっと早く知りたかったよ!そしたら水着も前もって準備できたのに!昨日急いでセンブスミストに行って新しいの買ってきたんだよ!」 「オマエ水着持ってなかったかァ?」 「持ってるけど!せっかくの海だよ!?新しいのがいいじゃん!」 「アーそォーかよ…」 一方通行との二人部屋は黄泉川たちの部屋とは少し離れたところにある部屋で、中に入るとその豪華さに驚いた。普通に部屋に露天風呂ついているし、部屋のなかも凄く綺麗で掛け軸とかなんか高そうだし、部屋からは海が見えて最高の景色だった。 一旦部屋に荷物を置いて、旅館からそのまま海に行けるとのことなので海に遊びに行くべく水着に着替えることとなった。念願の海ということもあって昨日はかなり水着ショップに居座って悩みに悩んで買った渾身の水着を手に、私はそそくさと脱衣所に向かって着替える。まだ誰にも見せてないから、早く海に行って水着姿になりたいなとわくわくしていた。ちなみに一方通行の水着もしっかりと購入しておいたので、本人は着替える気なかったみたいだけど無理やり押し付けた。なので私が着替え終わって脱衣所から出ると、彼も既に着替えてくれていた。上着を羽織っているので完全なる水着姿ではないけど、下はちゃんと私の選んだ海パンだ。 こうして荷物を整えて集合場所へと向かうと、既に準備を終えていた黄泉川たちと合流する。黄泉川は軽く上着を羽織ってはいるけど前は全開でサングラスをかけていて、抜群のプロポーションと何だか分からないけど圧倒的に”強い”と思わせる気迫に通り過ぎる人々がチラチラと視線を向けていた。一方通行の顔は知り合いと想われたくないというように眉間にしわを寄せていて、私もあははと苦笑いする。芳川も芳川で結構スタイルが良くて、黄泉川程の存在感はないにしてもその立ち姿は綺麗だった。そして打ち止めはひらひらとしたワンピース型の水着を着てくるくると回っていてそれはもう可愛らしい。 「わあー!名前ちゃんの水着かっこいい!かわいい!ぽよんぽよん!ってミサカはミサカは目を輝かせてみたり!」 「ふふふ〜!昨日ああでもないこうでもないと悩みに悩んだ水着!どうよ!」 「悩みに悩むと結局シンプルなものに落ち着きがちよね、人間って」 「ちょっと芳川!冷静に分析しないで!」 旅館を出てすぐにビーチへと到着し、ある程度の拠点を決めてそこにパラソルを立てた。黄泉川と芳川は完全に保護者のようにそのパラソル下で優雅に寛ぎ始め、私と打ち止めは子供のように早く海へ行こうとはしゃぎまくっている。まずは軽く海で遊んで、少ししたらご飯でも食べようというスケジュールだ。 「一方通行も早く脱いで海いこ!」 「ハァ?オレは行くなンて言ってねェぞ」 「はぁ!?ここまで来て行かないとかないよ!ほら脱いで脱いで!」 「ヤメロッ、脱がすなッ!」 「大人しく脱がされろー!ってミサカはミサカは助太刀してみるー!」 この期に及んで上着を脱がずにその場に居座ろうとする一方通行を、私たちが黙ってそのままにするわけがない。無理やり彼の上着に手をかけてジッパーを下すと、相変わらずの真っ白な肌がそこから姿を現した。そして初めてみる一方通行の水着姿に、不覚にもときめいてしまった。 「あなたの水着姿ってとても新鮮かもー!ってミサカはミサカは感想を述べてみたり!」 「うん、すごくかっこいいよ一方通行さん!」 「うぜェ……チッ、自分で脱げるから離せ」 観念したのか上着を全て脱いだ一方通行は物凄く嫌そうな顔をしながら「で、何すンだよ」と言って付いてきた。とりあえずやることといえば、”海に入る”だ! 「そういえば一方通行って泳げるの?」 「……………」 「あ、泳げないんだ」 「うるせェ、必要ねェンだよ」 そもそも彼のような能力者であればほとんどのことが必要となくなるから、泳げないのも想像できる。それに海に遊びに来ているのだからガッツリ泳ぐ必要もなかった。しっかりと浮き輪も持ってきているので問題ないよ!と私は親指を立てた。 「名前ちゃん!しょっぱい!しょっぱいよ!ってミサカはミサカは初めての海の味に感動してみたり!」 「うそ!本当にしょっぱいの!?うわ本当にしょっぱ!思った以上の塩分濃度だ!!!」 「うるっせェ……」 という感じに私と打ち止めがはしゃぎにはしゃぎまくり、一方通行はそんな私たちにうんざりしながらも付き合ってくれていた。 ある程度遊んだ後は予定通り何か食べようということで、ビーチにある屋台や海の家に食料を調達するべく私と一方通行が買い出し班となった。ここのビーチはそれなりに有名らしく、人も結構沢山いて賑わっている。ここにいる人たちは能力とはほぼ無縁の一般の人たちなんだと思うと、なんだか不思議な感じがした。 「何で上着着てねェンだよ…」 「え、だって濡れてるし…それにもう別によくない?まあ日焼けは気になるけど…」 「………チッ」 何故舌打ちされたのかは分からないまま、私たちは並んで歩く。そういえば今では彼は杖無しでもそれなりに歩けるようになり、脳はかなり回復してきていた。まさかここまで回復するとは思っていなかったので、超音波医療というのは侮れない。相変わらず演算補助デバイスをつけていなければ能力は使えないみたいだけど、多少の反射はできるので髪も肌も変わらずだった。 「私こっちの食べ物買うから、一方通行はあっちよろしくね!」 屋台の方へと到着すると二手に別れて食料を調達することにした。人は沢山いるけどそこまで並ぶほどでは無かったので、お目当ての食べ物はバッチリ購入に成功する。そのまま待ち合わせ場所に向かって一方通行を待っていると、数人の男性に囲まれて……私はため息を吐く。 「見ての通り食べ物の買い出しに来てるだけなんで、お暇じゃないんです」 「友達と来てるの?じゃあその子たちも一緒に遊ぼーよ」 「お生憎オバさんと子供なので」 「じゃあ君だけでいいからさぁ、もっと美味いモン食わせてやるよ」 「遠慮しますってば」 まあビーチに私のような可愛い女が一人で立っていれば、こうならないわけがない。しつこく絡んでくる男たちをほぼ死んだ魚のような目で見る私は、どうしようかと悩んでいた。一応ここは学園都市外で、能力の使用は勿論禁止されている。とはいっても目立った能力の使用が禁止されているだけで、バレないようにしてしまえばいいだろうとは思っている。うーん、と私は彼等を見上げながら考えた。 「オイ、何囲まれてンだ」 「あ、一方通行…」 超音波でも流して脳を刺激して判断を鈍らせようと思った時、タイミング悪く一方通行に見つかってしまった。当たり前に不機嫌な顔をしていて、またかとでも言うように呆れた目線を向けている。男たちも一方通行へと視線を一斉に向けた。 「え、なになに…もしかしてカレシ?」 「うん、だからもういいでしょ?」 「えーあんなヒョロっちい彼氏じゃ味気ないっしょ?俺らと遊ぼうぜ、なぁ」 「ちょっ…」 一方通行の見た目は前よりも男らしくはなったけど、やっぱり普通の一般男子と並べるとその薄さと華奢さは一目瞭然だった。調子に乗った男はニヤニヤして私の肩に手を回し、あろうことか一方通行の目の前で抱き寄せてみせる。やばいやばいと私は顔をサーっと青くさせた。なにがヤバイって、 「オイ、何ソイツに触ってンだァ?ブッ殺すぞ三下ァ…」 「お、彼氏怒っちゃった?こえー」 「ちょちょちょ!ここで派手なのはダメだから一方通行!!スイッチオンにしないで!」 「うるせェ海に沈めてやる…」 「ほぉーやれるモンならやってみ―――ッ!?」 ズボッ 完全にキレた一方通行が首元のデバイスをオンにしようとしたので私はすかさず止めようと手を伸ばすも、それは遅かった。気づいた時には男たちは全員………砂に埋まっていた。海に沈めはしなかったので優しいなぁなんて私は「ははっ」と乾いた笑いを見せる。 「アー胸糞わりィ…、オイさっさと行くぞ」 「はぁーい…」 砂に肩まで埋まった男たちをざわざわと不思議そうに人々が見ていて、そこから抜け出すように私たちは去っていった。一応そこまで大事にしないように埋めてはくれたので、もう知らないふりして逃げるしかない。 「気安く触らせてンじゃねェぞクソが」 「うん、ごめんね?」 「くっつくな暑苦しィ」 まあでも助けてはくれたということで、私は空いている方の彼の手にきゅっと巻き付いた。先ほどの男に肩を抱かれた時は背筋がゾっとするほどの不快感だったというのに、彼の手は心地よく感じてしまう。同じ人間でもこうも違うのは、やっぱり彼が私の中で強く生きているからだろう。冷たく筋肉の少ない白い肌だというのに妙に温かく感じた。 「名前ちゃん!改めてお誕生日おめでとう!ってミサカはミサカはずっと隠し持っていたプレゼントを捧げながら言ってみたり!」 散々海で遊んだ後は旅館に戻って少し休憩して、黄泉川たちの部屋で夕食を食べる予定となっていた。そこで改めて私の誕生日を祝ってくれて、打ち止めからプレゼントを渡される。続いて芳川と黄泉川からもプレゼントを貰い、既にこの旅行自体がプレゼントだと思っていた私は驚いた。 「打ち止めからは…これってゲコ太の人形?え、もしかして打ち止めの手作り!?」 「本当はちゃんとしたのあげたかったんだけどね、ミサカはお金がないから手作りしてみたんだよってミサカはミサカは少し恥ずかし気に伝えてみたり」 「打ち止め〜〜〜!!!ありがとう!ううん、どのゲコ太よりも可愛いよ!大事にする!!」 少しいびつな形をした手のひらサイズのゲコ太の人形を私は大事に大事に胸に寄せた。子供からの手作りプレゼントを貰う親の気持ちって、こんななのだろうか…。子供なんて歳ではないけど、打ち止めのせいで私の母性は完全に芽生えに芽生えてしまっていた。 芳川からは美容品や入浴剤で、黄泉川からは綺麗なグラスだった。このグラスでいつか酒を飲もうという意味が込められているらしい…。もう少し先かな。 「…で、一方通行アナタからは?」 「ンなモン用意してるわけねェーだろ」 芳川の問いに一方通行は目の前の食事を黙々と食べながらそう吐き捨てた。別に期待していたわけではないが、そうハッキリと言われると悲しく感じてしまうものだ。 「とか言ってとか言って本当は〜〜」 「打ち止め、黙ってろ」 「うぅ…はぁーーいってミサカはミサカはしょんぼりしながら口を閉じてみたり」 そんなに睨まなくてもいいんじゃないかというほど打ち止めを睨みつける一方通行は、食事を終えると「オレはもう戻ンぞ」と言って席を立つ。私もお腹いっぱいになったので彼の後を追って一緒に部屋へと戻ることにした。 客室の静かな廊下を歩きながら、私は少し前を歩く一方通行の浴衣の袖をきゅっと掴んでみる。すると彼は少しだけピクリと肩を動かし、軽くこちらへと視線を向けた。瞳は”何だ”と問いかけている。 「ねぇ、ちょっと外行かない?」 「ア?何すンだよ」 「夜の海、見に行きたい…」 強請る様にか細い声で彼を見上げた。少し面倒くさそうな顔を見せるも私が「それとも一人で行った方が良い?」と尋ねると、彼は小さく舌打ちをして静かにエレベーターへと乗り込む。そして1階のボタンを押した。そのまま誰も乗り込むことなく下の階へと到着し、浜辺へ直通できる出入口の方へと静かに向かう。外へ一歩出れば生暖かい海風がふわりと髪を撫でた。 「すごい、ねえ一方通行!星が見えるよ!」 夜空は昼間と同じ雲一つない快晴で、海の上に月がゆらゆらと影を残して揺らいでいる。そして見上げた空には無数の星たちが美しく瞬いていて、こんな美しい夜空は初めて見たものだから思わず声が大きくなってしまった。だって学園都市は明るすぎて星なんてほとんど見えないのだから。 「あっちの方行ってみようよ」 「オイ、引っ張ンな…」 凪ぐ夜の海はあまりに静かで、美しく白い砂浜に踏みつける足はサラサラと音もなく沈んでいく。彼の手を引いて、私は少し奥の岩場の方へと向かった。薄暗くて足場が見にくいけれど、私の能力があれば風と空気の音である程度の障害物は感知できる。大きくゴツゴツとした岩に乗ってぴょんぴょんと越えていくと、少しだけぽっかりと空いた小さな浜辺が見えた。穴場スポットみたいな所だろうか。 「今日はありがとう、誕生日とかどうでもいいって思ってたけど…結構いいものだね」 「礼なら黄泉川達に言え、オレは…」 「何言ってんの、どうせこの旅費とか全部一方通行が出してくれたんでしょ?」 私を海に連れて行こうと考えてくれたのは黄泉川たちの計らいかもしれないけど、きっと旅費は全部彼が持ってくれたんだろう。そもそも黄泉川たちにそこまでの財力がないことは知っている。 サンダルを脱いで砂浜に足をつけると、ひんやりとしていて気持ち良かった。数歩前へと出ればその足はさざ波に攫われ、昼とは違う夜の海の感触を知る。 「あのね、ただ一人で海に来てもこんなに幸せにはならなかったと思う」 今日海を初めて見た時に伝えられなかった言葉を今紡ごうと、後ろで私をただ見つめる一方通行へ振り返ってそう言った。暗闇のなかでも彼の赤い瞳は一瞬でとらえられた。 「打ち止めや、黄泉川や芳川がいて………なにより一方通行がいたから」 ずっと暗い研究所の中で過ごしてきた。映像や絵本でしか見たことのないこの”海”を、どれほど夢にみてきたか。人工的に作り上げられたものとはかけ離れた神からの贈り物なのだと何かの本では云っていた。それはどんなに美しいものか、どんなに広大なものか、どんな色、匂い、感触なのか――だけどそれはその場へ訪れたものしか知ることはできない。 (あの子にも、見せてあげたかった……) 海に浮かび上がる月が水面に映り、夜だというのにキラキラと光り輝いているように見えた。気づけば私の瞳からは涙が一滴落ちていて、それを悟られぬようしばらく彼に背を向けていた。…と、その瞬間、私の中にある音が流れ込んできた。足は無意識に海の方へと進んでいき―――、 「オイっ――…」 「え……、」 パシャッ 数メートル先の水面が大きく揺れて、その瞬間水しぶきが舞った。そしてそこから姿を現したソレに――私は目を見開く。 「イル…カ……?」 海から姿を現した生物、それはイルカだった。薄暗い海の中ではハッキリとは見えなかったが、私には分かる。なにせこの子は、私に話しかけてきたのだから。 「え、うそ…もしかして私が呼んじゃった?」 「ア?何言ってンだオマエ…つかそれ以上行くンじゃねェぞ…」 昔、イルカは超音波で会話する生き物だと教えられ、その超音波の特製について実験をしたことがある。その超音波を五感で感知し、会話できるのかという実験もした気がする。だから私は今、この子と会話をすることができるのだ。 「なんかこの子、仲間とはぐれちゃったらしいの。さっきこの子の発してた音が聴こえたから答えてみたら、どうやら私を仲間と勘違いしてここまで来ちゃったみたい」 「ンなコトまで分かンのかよ」 「うん、前に超音波会話の実験したことあったから…」 「ハァ……ンだよ、迷子かよ…動物も人間も変わンねェなァ」 たまに迷子のイルカがどこかの川に迷い込んだなんてニュースが飛んできたりする。海流とかで泳ぎの上手くない子ははぐれてしまったり、超音波がうまく使えない子などがそういったことになるのだろう。「どォすンだよコイツ…飼うとか言いだすなよ」という一方通行の言葉に小さく苦笑し、私は「なんとか探してみるよ」と言って瞳を閉じる。浴衣の裾をぎゅっと捲し上げ、ひざ下まで浸かっていた足を更に進めて海に溶け込むようにその音を感じた。 「…………聴こえる…、数km先に仲間の群れを見つけた……うん、大丈夫…こっちの音に気づいたみたい」 感知した超音波の方向でエコーロケーションという方法でイルカの群れの距離を計り、なんとかこの子の仲間を見つけた。きっとこの子はそこまで超音波会話が下手ではないだろうから、私が示した方へと泳いでくれれば合流できるだろう。だからその子に『行きなさい』と告げると、イルカの子は私へ言った。 「あは…心配してくれてありがとう、大丈夫だよ……私は幸せだから」 この子は私の涙に気づいていたらしい。だから去り際に『悲しいの?』と尋ねてきた。だからちゃんと、そんなことないよと…伝えてあげる。 パシャンッ 最後に大きな水しぶきを上げ、イルカの子は広大な海を泳いで行った。どこまでも美しく、静かな世界へと。 「クソ、あンの豚…こっちにも飛沫かけてきたがった」 「あはは、帰ったらまたお風呂入らなきゃね」 一方通行の方へと向き直ると、彼は黙って私へと手を差し伸べた。それに静かに微笑んで手を取り、私たちはその場を後にする。海に入っていて冷えてしまったのか、いつもよりその手は温かく感じた。 その後部屋へ戻って2人で備え付けの露天風呂に入った。そしてそのまま自然に体を重ね、少しだけ遅い就寝につく。結局彼は最後まで私に”おめでとう”とは言ってくれなかったけど、そんなのはもうどうだってよかった。むしろ彼が生まれてきてくれたことに、私は感謝している。 その日は普段以上に動いたせいもあってか、終わってからは泥のように眠った。気づいたら窓の外から明るい陽射しが差し込んできていて、さざ波の音が涼し気に耳をくすぐる。結局二つに敷かれた布団は片方しか使わなくて、目覚めた時には彼の白い腕が私の体に巻き付いていた。いつの間にか背を向けていたみたいで私はぐるりと体を半回転させて彼に向き合う。相変わらず、寝顔はまるで天使のように穏やかだ。そんなことを前に言ったら一瞬で悪魔の如く険相になったけど。 「………ん?」 しばらく彼の顔を眺めていて、その白く柔らかな髪に触れようと左手を伸ばした……その時だった。 「え…………、」 左手薬指に光る何かに、私は目をぱちくりとさせる。 「え、え………?」 まだ寝ぼけているのだろうか。寝起きでもしかしたら目がバカになっているのかもしれない。そう思ってもう一度目をぱちぱちと瞬きさせ、そしてその左手をぐっと顔に近づけた。 「う、うそ………」 左手薬指に光るそのピンクゴールドの輝きは、正しく――指輪というヤツだ。よく見ると小さなダイヤが幾つかはめ込まれていて、朝日に反射してより一層キラキラと輝いている。 ちょっと待って、まだ、頭がおいついてない。当然だけどコレは私が自分で身に付けたものではない。というか昨日まではこんなのつけてなかった。眠りに入る直前までだ。だとしたらコレって――― 「あ、あくせられーたさん!!」 「……ア"?ンだよ朝っぱらからァ…」 「ンだよじゃないよ!ちょ、コレ!コレェ!!!」 「るっせェ………」 耳を抑えながら不機嫌に目を開ける彼に、私は上体を起き上がらせて思い切り揺すった。「モロ見えだぞ」なんて言って、昨日そのままで寝たので全裸の私は思い切り素肌を晒しているわけだけど、そんなのは今はどうだっていい。ていうか一方通行は何故かちゃっかりパンツ穿いてるし。それよりもと、私は左手薬指のソレをグっと一方通行の顔に寄せて見せつけた。そしてしばらく寝起きで目つきが悪いままソレをじーっと彼は見つめる。 「サンタサンが来たみてェでヨカッタデスネェー」 「いやいやいや無理あるから!いま夏だよ!ていうか何トボケてんの!!」 「朝から叫ぶな…頭に響くだろォが」 「あーーー!!!!」 まさかのしらばっくれに更に声を張り上げた私に対していつもと変わらぬ彼が煩いと頭を抑えた。だがその瞬間、再び私の声が大きく跳ね上がる。なにせ彼が頭を抑えたその左手には、同じくキラリと光るモノが見えたのだから。 「プレゼントなんて用意してないって言ってたくせに…!!」 「ア"ーー……アイツ等がうるせェから、仕方なくだよ」 そう言って隠すように左手を頭の後ろにもって髪をくしゃりとさせる一方通行の顔は、完全に照れたソレだった。先ほどまで驚きの方が勝っていたのだけど、次第にそれは嬉しさへと変わっていき…思わず顔がニヤけてしまう。そしたら「ニヤニヤしてンじゃねーぞブス」と言われたけど、今の私にはどんな悪態もへの河童だった。だって、こんな幸せなプレゼントがあるだろうか? 「テメェはすぐフラフラどっか行きやがるから、首輪付けとく」 「……これ、首輪じゃなくて指輪っていうんだよ」 「いいから黙って付けてろ」 「ふふ……うん、一生つけてる!」 わざわざお店に行って、買いに行ってくれたんだろうか。彼がショーケースの前で指輪を眉間にしわ寄せながら眺めている姿を想像したら、それだけで顔が緩んでしまいそうだった。というかよく見たらこのダイヤ、本物じゃないだろうか…。怖くて値段は聞けそうにもないなと私は薬指のソレを空にかざしながら思った。 「デブって付けられなくなるなよ」 「その時は新しいの買ってね」 「言ってろ」 永遠の愛――とか、言っていい? |