まだシャンクスが麦わら帽子を被っている時くらい、
海軍なんてなりたくてなったわけじゃなかった。
家が貧乏で、まだ幼くても衣食住の約束がされている仕事がこれだっただけだ。
昇格にも興味なく、一等兵として職務を全うしている。適当に仕事して、適当に生きていくのが私の目標だ。
それなのに。
「今そっちに赤髪が……って、あれ」
最近名を上げ始めている海賊の張り込み中。
双眼鏡片手に無線にその情報を送りつつ、もう1度その標的に目をやるともうその姿はなかった。
「よっ。誰の観察してんだ?」
気配を無にして、すぐ私の後ろに立つのは、
「……はぁ、そうやってさ、人の仕事邪魔して楽しい?」
もう十分すぎるほどに聞きなれた声の主、標的の赤髪のシャンクスだった。
「うちの大佐が今度こそ、あなたの首頂戴したいそうで」
「それは無理な話だな」
赤髪を捕まえることができたら、大佐は昇格するだろう。それが狙いだ。
決して、民間人の為ではない。
自分のためだ。
そんな話したっておとなしく捕まってくれるわけない。
ところで、と呑気に話を変えようとしている男だ。
「なまえはいつになったらおれの嫁に来るつもりなんだ」
「あのねぇ、何度言っても行きません」
真顔でそう言ってくるから馬鹿にしているとしか思えない。
「だっはっはっは!またフラれちまったか」
「も〜、分かったらしっしっ!こんな無謀な任務さっさと終わらせて帰りたいんだから散ってください」
なんだって、私なんかを嫁にしたがるんだろう。
海賊ってゆうのは海軍を口説く悪趣味を持っているのか。
「お前らの標的は俺達なんだろ?……面白い奴だな」
だからってからかわれる対象になるのはいい迷惑なんだけどね。
「私だって、あんた達を相手にするほど強くないって分かってんの。大佐なんかの為に無駄な体力使いたくないのよ」
「なまえが本気出したらそこらの海賊船1隻沈めれるくらいの実力があんのはわかる。なのに、ずっと一等兵なのはなんか訳ありか?」
「海軍将校なんてそんな責任重い仕事したくないし、あんなだっさいコートお断り」
正直にただそれを話すと、やっぱり面白ェとお腹を抱えて笑っている。
「お頭、またこんなところで口説いてんのか……」
煙草の煙を纏わせ呆れた声で、赤髪を迎えに来たのは副船長のベン・ベックマンだった。
「もう迎えが来たか……次会うときには考えとけよ」
「悪ィな、うちの船長の相手させちまって」
「いいえ、早く連れて帰ってもらえるとありがたいです」
私なんかよりもずっと背の高い大男のベックマンは、まるで赤髪の保護者か何かだ。
またな、と言って去るその後ろ姿にべーっと舌を出してその背中を見送った。
・
赤髪と出会ったのは、数年前。
海賊同士の抗争で、怪我していた赤髪を何故か助けてしまった事が今に繋がる。
もちろんこんなのこと海軍の誰かにバレたらえらいこっちゃな事になっていまう。
でも、そのとき赤髪の目を見ると生かさなければならない人だと、そう思ったのだ。
一『お前、名前は?』
『私みたいな一等兵の名前、知っても得しませんよ』
一『はっ、海賊を助けたって得しねぇだろ?』
麦わら帽子をあげて、ニッとした笑顔で俺はシャンクス、と名乗った。
そんな会話から早くも数年経った。
赤髪を捕まえる気は無い。
自分よりも強いと分かっているやつを相手にすることほど面倒なことは無い。
それは、赤髪も分かっているんだろう。
それが間違いだったのか、いつの間にか出会う度に嫁に来いと言われるようになってしまった。
船のゆらりとする揺れに揺られながらそんな事を思い出していた。
−バンッ
突然乱暴に部屋のドアを開けられると、鬼の形相をした大佐とその他大勢が銃を構えて立っていた。
「なまえ……貴様の身柄を拘束する!!!」
「はい?」
「赤髪海賊団からのスパイなんだってな?来い!!!」
いやいやこの人何言ってんの状態。
ただ唖然としていれば、名前も知らない下っ端海兵に手枷され、小さい取調室へと連れていかれれば、先ほどの尋問の続きが始まった。
「だからぁ、私は赤髪なんかの仲間じゃないんですってば」
「いいや、お前が赤髪と接触しているのは多くの海兵が目撃している!俺が赤髪を毎回捕まえることができなかったのは、お前が原因だったんだ!!」
いやいやいやいや、それはお前が単に弱いだけだよ頭とかな、と言いたかったけど喉から出る寸前で飲み込んだ。
「大体なんで私が……ってもしかして、この前あなたとのお食事を断ったの引きずってるんですか?」
「なっ……!」
まるで図星というかのように、顔を赤くして今にも湯気が出そうな大佐の顔を見ると思わず吹き出してしまった。
「貴様……馬鹿にしよって……!そうやって余裕ぶってんのも今のうちだからな!!!楽になりたきゃさっさと吐くんだな。本部へ着くまでの間、拷問に耐えれるかね……」
なんであいつとのご飯行かなかっただけでこんなことになるんだ。
その日は冷たく暗い牢屋へと入れられた。
この場所から海軍本部へは1週間ほどかかる。
吐いても吐かなくても、きっと本部へ行ってしまったら私の言い分なんて聞かずに処分されるに決まっている。
たしかに見逃してはいたけど、海賊ではない。冤罪だ。
そんな言葉なんてもちろん通じず、やつの拷問が始まった。
暴力的なものから、意識を失うと水をかけられ日が暮れると終わる。その繰り返した。
牢屋へと入ると、起き上がることもせずに寝そべっていた。
このまま死ぬのかな。
まぶたを閉じると、あの眩しい赤髪のシャンクスの笑顔だった。
なんでこんな時に……不覚にも会いたくなってしまったんだろう。
「おい、」
「んー?」
私の背中に手を回し、少し起き上がらせたその人は、今会いたいと思った赤髪だった。
「あれ、私とうとう頭おかしくなったかな……幻覚が見える」
ペタペタとその顔に触れると、あの笑顔で言った。
「幻覚に見えるか?」
「なんで、」
「俺は海賊だ。欲しいもん奪いに来ただけだ」
意識がしっかりとそこへ戻ってくると、やけに外が騒がしくて、あぁこいつら海軍とやり合ってるんだと嫌でもわかった。
「欲しいもの……」
「今更、許可なんて必要ねぇだろ?」
「……はい」
海軍にこだわっていたわけではなかった。
ただ、私にはきっかけが必要だった。
ただの一等兵海軍が辞めただけのお話。
end
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