結婚を考えるくらい好きだった彼氏と別れた。というか、考えていたのは私だけでささいな言い合いで、「もう別れる、ばいばい」と言って帰ってきてしまった。
自分から言ったことなのに、涙が止まらなくて本当にこれで良かったのかとかもう会えなくなるとかぐだぐだ考えて帰宅した。

「そのひでェ顔はなんだ」

ずぴっと音を立てながら鼻水を吸い込む私の顔は、居候のローさんにそう言われるくらいだからよっぽど酷いんだろう。

「彼氏と.......うっ.......別れまじだ.......ヒッ.......」

道端で倒れていたローさんを拾って半年。異世界から来たと言っていて最初は疑っていたものの段々と信じざるを得なくなってきて私の家にとりあえず居候させた男だった。
最初はめちゃくちゃ怖かったけど、今では普通に打ち解けてしまった仲だ。
彼氏にはもちろん言っていない。言えるわけがない。しかし、行先のないローさんを追い出すこともできなかった。
ひとつ屋根の下で過ごしてきたが、指一本触れられることなく今に至る。私に興味ないだけだろうけど。

「良かったじゃねェか。ろくでもない男だったんだろ」
「いや、そうなんですけど……でもやっぱり悲しくって、うぅ……」
「んなもん、時間がたちゃ忘れる」
「あ……!ローさん、の、変な能力でこの感情抜き取れないんですか!?もう、忘れたいぃ」

ローさんに言われた通り、別れた彼氏はろくでもないやつに違いなかった。
本能のまま生きているというか、自分の都合が悪い状況になるとのらりくらりと逃げて話し合いをしてくれないやつだった。
だから、結果的にはこれで良かったのだ。

「お前は病院に行ってそんなこと医者に言えんのか」
「だって、ローさん普通の医者じゃないもん」
「残念ながら、専門外だ」

失恋は時間が解決してくれるって言うけど本当なのか、しんどすぎる。
そして、大事なことを思い出した。

「鍵……合鍵返すの忘れてた……」
「捨てりゃ良いだろ」
「そんな訳には行かないでしょ!あー、めっちゃ嫌だけど、返しに行くしか……うん、今から返しに行こう」

元彼になるその人に合鍵を返しに最寄りの駅まで行くねとメッセージを送るとすぐに分かったと返信があった。

「ぜったい、ぜったい、よりは戻さない」
「おい」

呪文のようにそう言い聞かせていると、ローさんが話しかけてきた。

「おれも行く」







いつもだったら、こんな面倒なことにおれを巻き込むなとか言いそうなのに。
彼の最寄り駅は、割と栄えている方で少し離れたところでローさんは待っていると言った。
大きなモニュメントの下にいる彼を見つけて、大きく深呼吸して向かう。

「お待たせ……これ、返すね」
「ん」

声が震える。また泣きそうになる。

「あ、えっと……今までありがとう。元気でね」

言えなかったさよならの言葉を、ちゃんと目を見てではないけれど言えた。
このまま居たらまた情に流されてしまいそう。
鍵を返して、「じゃあね」と彼に背を向けて歩きだそうとすると突然腕を掴まれる。

「え、なに?」
「別れるにしても、やっぱりちゃんと話し合わないか?」

そう言われて、改めて思ったのは今まで話し合いなんてろくにしてくれなかったのに、今になってなんでそんな事を言ってくるんだということ。
私の気持ちが揺らぐのを知っていて言っているのなら……まあ正解だ。

「なに想定内の展開になってんだよ」
「ふおっ、」

元彼の腕が私の腕からするりと抜けて今度は刺青のある腕が私を引き寄せた。

「は?なにこの男」
「関係ねェだろ。帰んぞ」
「え、ローさん?」

なんだ、この修羅場!

「なんだ、そーゆうことかよ。お前、ずっと浮気してたんだな。だから別れ話したのか……もういらねーよ!そんなクズな女!」
「え、」

突然豹変した元彼の言葉に絶句する。
いや、状況的にはたしかに浮気していたと勘違いされてもおかしくはないけれど、でも。
何も言えない私をよそに、ローさんは元彼の元へずかずかと歩いていって胸ぐらを掴んでいた。

「今の言葉取り消せ」
「はっ?!」
「お前の見えない所でなまえは散々泣いてた。お前のいい加減な態度でな。クズなのはお前の方だろう。それに、なまえとはそういう関係じゃねェ。だが、お前と別れた今、もうなまえはおれの女だ。じゃあな」

ローさんは私の腕を引いて、元彼を後にした。
私は1度も振り返ることなくて、ローさんに連れていかれるままに歩いた。
ローさん、すごく背が高いから元彼がすごくちっぽけに見えたな。

「ロ、ローさん!ありがとうございました。.......その、なんかすごくスッキリしたというか!」
「お前、さっきの事本気だと思って聞いてねェだろ」
「ん?色々嬉しかったですよ!ちゃんと見ててくれたんだなぁって!」

ローさんはため息ついて、呆れた顔をした。
いや、まさかローさんの女になるとかいうやつか。まさか、それは元彼のあれで言ったんじゃないのか。

「もうあんな男と別れたんだ。この世に未練なんてないだろ」
「え、死ぬの?私」
「俺のいた世界にお前も連れていく」
「どゆこと!?帰れる方法分かったの?」
「ああ、ずっと前に分かってた。お前がクズ男のせいでピーピー泣いてる姿見てたら心配で帰れなかったんだよ」

この人、普段口数少ないくせにこんなこと思ってくれてたの?
というか、それとこれとは話が別だけど。


「と、とりあえず、私の両親に挨拶から始めません?」


まだ、私たち始まったばかり。






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