B&B 

 








 






 掲示板を見上げながらクラサメは眉根を寄せた。


 またか。予想はしていたが……何度目だ。


 確認していた項目は明日からまた始まる訓練のメンバー。

 ここ数ヶ月、要員を変えて模擬対戦が頻繁に行われている。

 どうやらメンバー同士の組み合わせや相性を試しているらしいのだが。


「見事にまた全部一緒だねえ」


 聞き慣れた声に視線を向けると、掲示板を指しながらこちらに近付いてくるカヅサがいた。


「3日間の6試合、フルじゃない」

「……ああ」


 スリーマンセルで行われる模擬試合。

 もう一人は全くのランダムだったが、何故かクラサメと○○は固定だった。


「不服そうだね?」


 眼鏡を上げ問い掛けてくるカヅサに返事はせず、クラサメは掲示板に連なっている名前を見た。


 ○○。


 やりやすさは確かに感じる。

 しかしこれから先、実践での任務を全て共に熟すわけではないだろう。

 ○○がいないスリーマンセルを組まされたとき、チームはどうなるのか。自分の役割、立ち回り。

 メンバーをフルシャッフルして他の人間性も知っておきたいのだが、○○が固定となるとそれも限られてくる。


 あとは純粋な理由。

 何故、ここまで固定。


「別に不服というわけではない」


 確認を終えたクラサメは、教室へ戻るべく踵を返した。


「2日後のラスト、よろしくね」

「ああ」


 クラサメ、○○にカヅサを加えてのチームが組まれていた。


「それと、当たったらよろしく〜」


 ついでのように言われたその言葉はクラサメの背に掛けられた。

 まだ対戦相手としてカヅサとは対面していない。


 恐らく、そろそろ当たる。


「ああ。加減はしない」


 何やら声を上げたカヅサを無視して、クラサメは扉をくぐった。






















「よろしくね。えーと」

「ナンザです! よろしくっす!」


 元気いっぱいに敬礼した男の子が、本日任務を共にする仲間。

 制服の中に着用しているパーカーのフードで、アシンメトリーの金髪を覆っている。


「○○です」

「クラサメだ」

「いやいやいや! 知ってますからー」


 律儀に自己紹介をする二人に、ナンザはからからと笑って否定的に手を振った。


「有名っすよドッジランでの大活躍! いや〜実際に目の前にB.Bがいるなんて超感動!」


 あ。それ禁句。


 そろりとクラサメを窺い見ると、無表情ながらも眉間にしわが刻まれていた。

 ナンザは気づいていない。


「このメンバーだと、パワーよりスピード重視だよね。ささ、ブリーフィングしよ! 今日はドコかな〜誰かな〜」


 その話題を続けさせないべく、仏頂面のクラサメと浮かれているナンザを促して、空きを示すランプが点灯している前室に入る。


 部屋には時間になると出現する魔法陣があり、その移動先が任務地だ。


 任務と呼称付けされているが、相手も同じ境遇の生徒三人。

 だがフィールドとなる仮想空間は毎回違って、朱雀国に限らず世界中の都市、建物内部、洞窟、森林を正確に模する。


 部屋に入り、初めてフィールドと目的、敵方のメンバーがわかるこの仮想任務。

 双方の出現ポイントも設定されているので、これからマップを広げてブリーフィングに入るのだ。


 今回は相手チームの戦闘不能だった。

 といっても降参を含む。


「あ。ノーフェ君トコだあ。あとステラちゃんと……オクトハくん……。知ってる?」

「俺知ってます! ステラは遠距離系、オクトハは力自慢系っす」

「フィールドはローシャナ地方の森か」

「ナンザ君は遠近どっちが得意?」

「いちお、オールラウンダーで通ってまっす!」

「おお頼もしいね」

「あの地方の天候はほぼ雨だ。仮に降ってないとしても霧が濃い」

「確実に視界は悪いよね。ナンザ君、遠近は1・9なカンジでよろしく」

「え」

「開始地点の高低差はフラットだがここの窪み、利用しない手はないな」

「だね。窪みに目を向けさせて、」

「背の高い木から奇襲。手頃なのがあるといいんだが」

「降水量は多いから、ヒョロい木ばっかり、ってカンジじゃないとは思うけど」

「信じていいのか?」

「う〜ん多分。でも天気が悪いってコトは太陽が少ないわけで」

「太陽が少ないってなんだ。日照時間。」

「それ。だから、葉っぱは少ないかも」

「成る程な」

「さすがにどんな木が生えてるかって情報までは、マップから読み取れないもんなあ〜」

「向こうも条件は同じだ。仮想は仮想。だから実地のフィールドワークがあるんだろ」

「そうだけどさ」

「推測するための経験も知識もまだ俺達には少ない」

「やっぱりもう何パターンか作っておこうか」

「当然だ。一本で臨む程、驕ってない」

「合図も決めなきゃだね。う〜ん。……あっちはどう考えてるのかな……」


 ねぇナンザ君はなんかない?


 ○○が目を向けたナンザは呆けたように二人を眺めていた。

 クラサメも訝しげに見遣る。


「ナンザ君?」

「いやあの」


 もごもごと口を動かし指先を弄っていたナンザは、やがてぽつりと呟いた。


「さすが、B.Bっすわ……」


 その言葉に○○とクラサメは同時に同程度肩を落とした。


「ナンザ君、ちょっと、いいかな」


 手招きをしてクラサメを残し部屋を出る。


「なんすか?」


 呼び付けられた当の本人はケロっとしていた。


「その、B.Bっての、やめてもらえないかな?」

「え」


 その申し出はかなり予想外だったらしく、ナンザは頭の後ろで組んでいた手を外した。


「なんで? カッコイイじゃないっすか。気に入ってないんすか?」

「気に入ってるとか気に入ってないとかじゃなくて……」


 どう言ったら伝わるのか。


 悪気のカケラもなくそれを名付けた教官の言葉がこだまする。





 よう○○!

 教官。こんにちは。

 この間の働きは見事だったな!

 ドッジランですか? ありがとうございます。

 お前らの動きを見ていてオレは故郷の言葉を思い出したよ。

 なんです?

 バタフライ&ビー。蝶の様に舞い、蜂の様に刺す!

 綺麗な言葉ですね。

 フェイントでクラサメがひらひら舞う様と、○○の鋭い刺し方。まさに体言しているようだったぞ!

 ……それはクラサメ君が蝶で自分が蜂ってコトですか?

 オレの故郷ではそういう戦闘スタイルの人間を表すことわざなんだが、お前らはまだまだ半人前! そうなるな!

 半人前っていうのは仕方ないとして、男子と女子で蝶々と蜂っていったら逆じゃないですか。普通。

 そうか? 気にするな! どっちでもいいじゃないか! ……ドッジランだけに、な。





 そんなオヤジギャグを残しながらも快活に笑いながら去っていった教官は、少しばかり他人の気持ちを考えられないところがある。

 鼻頭にニキビが出来てしまった女の子に“それは化粧か”と言って、顔を真っ赤にさせていたこともあった。


 悪い人ではないのだ。頼りになるし、本人に悪気は全くない。


 ○○としては学年トップと括られ嬉しい気はするが、裏を返せばクラサメとしては喜ばしいはずはない。


 どうか耳に入りませんように。


 しかしそんな○○の願い虚しく、クラサメの耳どころかあっという間に浸透したのだった。


「学年トップのクラサメ君と並の私だよ? 括る事自体がおかしいから」

「でもあんとき刺した回数って、○○のが多いくらいだったじゃないすか」

「それは」


 それは。

 恐らくクラサメは投擲のコントロールがあまりよろしくないからだ。

 カヅサの顔間近をすり抜けたボールもそれ故だ。

 故意だとも否定出来なくはないが。


 自然、○○へ回す事が多くなり、リザルトの評価アップへと繋がったが。


「花を持たせてくれたんだよ。優勝したかったの、私の方だし」


 実は苦手だという事はわざわざバラすわけにはいかない。

 そういう事にしておく。


「カッコイ〜! 美少女のカノジョがいながらモテまくりなのにも納得っす!」


 扉の小窓から室内を伺うと、クラサメの端正な横顔が見えた。


 クラサメとエミナが恋人であるというのは周知の事実だ。

 サロンやリフレッシュルームで談笑した事もあるが、綺麗な顔が並ぶと迫力が増す。

 これは空気を読んでおいとまするべきではとも思うが、大抵そういうときはカヅサも横にいるからだんだんと気にしないようになった。


「そうだよ。エミナがいるのにクラサメ君と私で括るのって……なんかさ、ね?」


 エミナの耳にあらぬ噂でも入ったらどうしよう。


 だからB.Bって言うのやめてよ。


 そう思いながらナンザを見たのだが。


「大丈夫っすよ! エミナちゃんと○○っつったら軍神シヴァとヒナチョコボぐらいっすから!」


 安心させるように肩を叩かれ、ヘコむと同時に激しく納得した。






















 いいもん。ヒナチョコボだって可愛いもん。

 磨けば光る。恐らく。きっと。


「さっきから何言ってるんだ?」


 少し前を歩くクラサメがうろん気な目で○○を振り返った。


 言ったところで鼻で笑われて終わりだ。


 否定できるのか、と。


「別に。ナニも?」


 誰が悪いわけでもないので自身の中で消化するしかない。

 エミナがシヴァ並に美人だというのは○○も同感だ。


 自分だって磨けば光るかもしれないが、だからといって磨く時間があったらトレーニングに費やす。

 何の努力もしていない○○がそれに並び立てるわけもない。ちゃんと光るかも怪しいし。


 先の任務を終えた○○一行はナンザとは早々に別れエントランスの魔法陣に来ていた。

 複数立てた作戦は変更するまでもなく、一つ目で完勝。


「クラサメ君は部屋に戻るの?」

「エミナがサロンで待ってる」


 仲が良いのは喜ばしい事だ。


 問われるような視線を受けたが○○は辞去した。


「私はリフレッシュルームでドリンク買ってモニタリングしてるよ」

「そうか。早めに行くようにする」

「いいからいいから。気にしないでラブラブしてきなよ」


 にやりと気持ち悪い笑みを浮かべながらクラサメの背を押す。


 頬にキスをした程度で痴漢呼ばわりした○○のラブラブとは一体どの程度を指すのか。

 しかも、してきたのはエミナの方であってクラサメではない。

 二人は付き合っているのだし、冤罪もいいところだ。


「じゃあ後でね〜」


 ひらひら手を振りながら○○はクラサメを魔法陣の中へと追いやった。
















 魔法陣を抜けたクラサメが待ち人を探してどこにいるかと首を巡らせると、こちらに気付いたエミナが手を振った。

 クラサメも手を挙げて足を運ぶ。

 エミナは座っている場所を少しずらして迎え、そこに座り大きく息をついたクラサメに労いの声を掛けた。


「○○は? 一緒だと思った」

「さっきまでな。気持ち悪い笑顔で去っていった」


 ふふ、と、エミナは微妙な苦笑いをして小刻みに頷いた。


「ですって。残念ね」


 肩をすかして背後を振り仰ぐと、それまで談笑していたらしい4人が一様に落胆の色を示した。


「ちぇッ。残ー念」

「間近で拝めると思ったのにな」

「……何を」


 眉間にしわを寄せて聞き返すが答えはわかっている。

 来なかったのは○○。

 だが○○は珍しくもない普通の訓練生。声を掛けづらい人柄でもない。


 だから。


「何ってB.B。」


 そっか、居ないのか。じゃあお邪魔虫は退散しようぜと。

 その場を離れる4人。本当に目的はそれだったようだ。


 去っていく気配を感じながらクラサメは溜め息をついた。


「なんでなんだ? 何を楽しい事がある」


 訓練生同士、普通に会話をしているだけだ。

 何故そんなにセットにしたがるのか。


「そうねぇ……珍しいからじゃない?」


 そう言ってエミナはストローを口に含んだ。


 珍しい?

 何が。


 その視線に気付いたエミナは口を開いた。


「普段無口なキミが、よく喋ってるから」

「今も会話してる」


 そう返すクラサメは真顔だ。


「そうなんだけど。なんていうのかなあ。キミってつっけんどんな所あるじゃない? それが、○○といると和らぐっていうか」

「今も和らいでいる」


 あらやだちょっと嬉しい。


 エミナが内心弾ませた事など知らないクラサメは、眉間にしわを寄せたまま前に置かれたドリンクを飲んだ。


「凄くハイクラスの会話をしてたと思ったら、次にはチョコボに抱き着いたときの擬音について熱くディベートしてたりとか」

「それはアイツが! ……待て。どうして知ってるんだ?」


 あら。うっかり。と口元に可愛らしく手を当てて再びストローに唇を寄せるが、ちらりと横目を向けるとクラサメが答えを求めるようにこちらを見ていた。


「……B.B通信」

「はあ? なんだそれ」


 クラサメは盛大に口を歪めた。

 自分の預かり知らない所で自分がネタになってるなんて、誰だっていい気はしない。


「新聞? 掲示板にでも貼り出されてるってか」


 嘲るように笑ったクラサメは紙コップをテーブルに置いた。


「そこまでじゃないよ? 口頭で。人づてに耳にするの」


 もちろん毎日聞き及ぶわけではないが、この訓練が始まってからクラサメは○○と行動を共にする事が格段に多くなった。


 ねえ。今日のB.B通信。知ってる?


 何人かと談笑していると、ふと会話が途切れたときに大抵誰かがそう切り出すのだ。






















 一方、その片割れである○○は、ちゅうちゅうとドリンクを飲みながら上に並んだ数台のパネルモニターを見ていた。

 意識して見ているその1台には次に当たる生徒が映されている。


 行動パターン。好む魔法。立ち回り方。癖。
 それらを記憶しながら瞳を忙しなく動かしていた。


「おっ○○じゃん」

「あれ? 久しぶり〜」


 入ってきた二人はすでに○○と当たった顔だ。


「案外、○○って熱心だよな」

「見た目に寄らずな」

「酷いなぁそれ」


 唇を尖らせて二人を上目遣いで睨む。


「お言葉ですが、キミタチに言われたくないよ?」


 座っている○○を見下ろす二人は、どちらも制服を着崩し、歩く度にアクセサリーが合わせて鳴っていた。

 派手なメッシュも入っている。


 二人は顔を合わせて肩を竦めた。


「ま、確かにチャラいっすけど」

「ヤるときゃヤるんだよ。負けっぱじゃカッコつかねぇし」

「おお。それでこそ男の子!」


 男子は頼りがいがなくっちゃねぇと○○は頷く。


 が。


「ってなわけでアドバイスくんねぇ?」


 他力本願かい。やっぱり見た目通りかもしれない。


 しかし、ここに来たというだけで彼らなりのやる気を感じるべきなのだろうか。


 はあ、と○○は苦笑いをした。





















 エミナと別れ、サロンを後にしたクラサメは不服そうに大股で廊下を歩いていた。


 B.B通信だと? 馬鹿にしてんのか。

 悪意、敵意があるわけではないが、だからといって善意も感じられない。


 誰だ、くだらない事を始めたのは。


 隣に○○はいないというのに、すれ違う生徒皆に見られている気がする。


 全くもって不愉快だ。


 眉間に深い縦じわを刻み、ずんずんと歩くクラサメに誰一人声を掛ける生徒は、


「クラサメく〜ん」


いた。


 相変わらず、制服の上に白衣を羽織っている奇人。


「……カヅサ」


 立ち話をしていた女生徒との会話を切り上げ、クラサメの方へと歩いてくる。


「黒ナシでしょ? ランキングトップじゃない」


 褒めても険しい表情は緩まず、取り巻く固い雰囲気は崩れない。

 だから友達少ないんだよねぇ。


「ねぇ、○○ちゃんは?」

「お前もか」


 は? とカヅサは目を丸くした。


「なんでセットにしたがる」

「いや同じチーム」

「俺が一人でいちゃ悪いのか」

「だから」

「からかわれるのは気分が悪い」

「あ。」


 カヅサが口を挟むのも聞かずクラサメはカヅサの横を通りすぎて魔法陣へと消えてしまった。


「気が立ってるなぁ。ボクなんかした?」


 見送ったカヅサはぽりぽりと頭をかいた。






















「嫌われてるなぁボク」

 超音波を回避したカヅサは立ち上がり様に劇薬入りの試験管を投擲した。

 見事命中した試験管はイビルアイの片羽根を溶かし、地に落とす。

 ○○はそのイビルアイにファイアRFを撃ち込み絶命させた。


「……それでも私ほどじゃないでしょ」


 重いため息をついて○○は動かなくなったイビルアイに近付き剥ぎ取りを行う。


 今取り組んでいるミッションはイビルアイの剥ぎ取り素材、薄い羽根の収集。

 時間内に相手方より多く集める、というものだ。


「あっ2つゲット」


 上々だ。

 ポーチにしまった○○は決めていた合図、魔法を空に2回放つ。


「気難しいリーダーはどこにいるのかねえ」


 ○○、クラサメ、カヅサでのスリーマンセル。

 任務内容もバラけて何ら支障がなかったため、クラサメは単独行動を取った。


 素材確保を知らせるために魔法を打ち上げる合図だけは決めたが、確認したところで時間内を剥ぎ取り続ける事には変わりない。
 合図は無くても支障は無いのだが、空をくるりと見回すカヅサの視界に魔法は入らなかった。


 サボる性格ではないクラサメ。

 合図はいらないと考えているか、あるいは。


「いっこも剥ぎ取れてなかったりして」

「はははーまっさかぁ」


 否定するように手を振る○○だが、力強くはない。


「ばっしばし魔法乱打すると思ったけどなぁ」


 もしかして魔法が使えない状況にあるとか?


「……クラサメ君、大丈夫だよね?」

「クラサメ君だよ? 心配ないって」


 それでも○○の愁眉は閉じられたまま。


「ね、捜そう!」


 そう言って○○は走り出した。
















 光が届きづらい森の中、○○とカヅサは二手に別れてクラサメを捜していた。


 一応、出会ったイビルアイは倒して剥ぎ取る。


「あ! えーっとジュラ君!!」


 草木を掻き分けて現れたのは相手チームの一人、ジュラ。


「○○か」

「進捗状況はどう?」

「教えるわけないだろう」


 無骨な彼はふいと顔を逸らし、○○が来たであろう方向とは違う方へ過ぎ去ろうとする。


「待って! クラサメ君、見てない? 捜してるの」

「いや」


 最後に首を振り、ジュラは○○の視界から消えてしまった。


 任務中の敵チーム。

 語り合う仲ではないとしても、だからといって嘘ではなさそうだ。


 本当に見ていないのだろう。


「派手に立ち回ってるわけでもなさそうだし」


 フィールド上の敵はイビルアイの他にハンドレッグ、キャッパワイヤ等。


 ステージレベルは高くはないが、なんらかによって動けなくなっているという事も考えられなくない。


 合図を忘れていただけで無事ならいい。

 倒しても倒しても素材が出ず、魔法を打つ機会がなかっただけでも、まあいい。


「どうしよう考えすぎかな? 任務どころじゃないよ……」


 ジュラが通ってきた方ではない方角を選び、○○は足を進めた。ガサガサと木の枝を掻き分け、名前を呼びながらクラサメを捜す。

 ちらりと確認した時計では、任務終了まで残り10分程度だ。


 薄暗い森中で、後ろを振り返るが来た道も鬱蒼と生い茂っている。


 大分奥まで来たが未だクラサメは見つからない。


「クラサメく〜ん。おーい!」


 呼んでみてもやはり返事はなく、時折モンスターの鳴き声がこだまするだけ。


 自分は見当違いな場所を捜しているのだろうか。
 反応の無い人間を捜すという事の難しさを痛感しながら足を進めていた○○だったが、ふと、視界の端に氷塊を捉えた。


 ブリザドBOM。クラサメの装備魔法だ。


 何か手掛かりがあると思って近付いた○○は驚愕の声を上げた。


 そこには片足を氷塊に囚われ、横たわるクラサメの姿があった。


「クラサメ君!」


 ○○は空に魔法を放ちクラサメの元に駆け寄ると、ぐったり横たわるクラサメの上体を起こした。


「大丈夫!? どうしたの!? ねぇ!」


 汗で張り付いた前髪。荒い息。眉は苦しげに寄せられている。

 周りを見渡すと傷つけられた木々があった。


「ぁ……ッ」

「クラサメ君!?」


 頬を叩いていると、呻き声と共に茫洋とした瞳を開けた。

 焦点が合っていない。


 まずい。もしかして。

 ○○の顔から一気に血の気が引く。


 離れようとした○○の腕を、ゆっくりとした動作で、しかし力強くクラサメは掴んだ。


「や、めてッ! 私ッ○○だよッ……クラサメ君!」


 肩を極められ○○の顔が苦痛に歪む。


「クラ、サメく……んッ」


 呼び掛けても返事はない。

 ぎりぎりと根比べをしていても押し返せるはずはなく、○○の額にも汗が浮かんできた。


 クラサメは混乱している。

 イビルアイの攻撃の一種を、恐らくもらってしまったのだろう。


 しかし原因はどうでもよく、今必要なのは打開策。


 気付けとして殴るなどのショックを与えたいところだが、○○は今それどころじゃない。


「カヅサ君……早くッ」


 第三者を待つしかない。

 腕を折られる前に来て欲しいところだが、下手に抵抗するより肩を外せばクラサメは満足してくれるだろうか。


 しかし。


 ひたすら肩を極め続けているクラサメ。


 混乱しているというのに。


 そこで一途て。


 嫌われてるのは知ってるケドさ……。


 ため息でもつきたいところだが力は抜けない。


 汗が瞳に入って○○の視界が滲んだ。
















「え、何。どういう状況?」


 カサリと枝を払って現れたのは待ち人のカヅサ。

 相変わらず気配が無い。


「カヅサ君!? お願い! クラサメ君殴って!」

「任せて!」


 弾まれても。


 嬉々と近付いてくるカヅサが可笑しくて笑いそうになってしまった。


 その気の緩みがいけなかった。


 カヅサがクラサメを殴る直前、○○の肩がごきりと嫌な音をたてた。


「……ッ!!」


 自分の腕に歯を立て悲鳴を殺す。


「……今、凄い音したよ?」


 眉をひそめながら言われ、○○は力無い笑いを零した。


「外れただけ……折れて、ないから……大丈夫」


 だらりと垂れ下がった腕を庇うように手を添え、それよりもとカヅサに目を向けた。


「殴りすぎ、だよ」


 クラサメの頭上に振り下ろされた拳はその言葉と同時に止められる。

 じろりとカヅサを睨みつけるその瞳からは、倦怠感を伴いながらも正気が見てとれた。


「あれ気付いてた? おはよう」


 にこにこと首を傾げるカヅサには言葉を返さず、手を離したクラサメは額に張り付いた前髪をかき上げた。


「良かった……あとはこの塊、なんとかしなきゃね」


 氷塊に手の平を当て、まずは支障のない上部にファイアMISを放つ。


 むわっとした蒸気が広がった。


「……放っておけ。安静にしてろ」

「ダメだよ。凍傷になっちゃう」

「凍傷よりも……! お前の方が!」

「外れただけだってば。後でちゃんと医務室行くよ。でも足動かなくなったらどうするの!」


 額の汗を拭いながら強く言われてしまいクラサメは押し黙る。


「ボクの装備、ブリザドライフルだしねえ」

「……使えない」


 ぼそりと呟やかれた言葉に笑いながらカヅサも返した。


「キミもね」
















 何発放っただろうか。

 氷塊が綺麗になくなったところで○○はクラサメのズボンを捲り上げ少しでも血行を良くするためにさすっていた。


 やはりイビルアイの攻撃をくらってしまったとの事。


 薄れゆく意識の中でクラサメが取った判断は、片足にブリザドBOMを放って自らをその場に留める方法だった。


「確かに最善策かもねえ」


 周囲を見渡すカヅサの目には無作為に傷つけられた木々が映る。

 自由が利かない中、もがいた跡。これが暴れ回っていたらと思うと。


「よく出来ました」


 ぽんぽんと頭を撫でるが、珍しくクラサメは払い退ける事はせず俯いたままだった。

 足を引っ張ってしまったという自責の念が強いのだろう。


 ミッションはまだ続いているが、自主的に中断しタイムアップの帰還を待つ事にした。

 どうせ残り2、3分だ。


「ねえ。混乱するってどんなカンジ?」


 睨まないでよ、とカヅサは両手をホールドアップさせた。


「研究心が疼くんだよねえ。ボク自身は掛かった事ないから。サンプル採取さ」

「私も知りたい」


 サンプル、と言われていい気分はしないが○○にまで希望されてしまいクラサメは息を吐き出した。


「今後に役立てられるかもしれないから」

「そうそう。決してクラサメ君をイジめるネタにするわけじゃ」


 ハイごめんなさい。


 うっかり口が滑った。


 カヅサは睨みつけてくるクラサメから視線を逸らし、再びホールドアップの体勢を取った。






















 クラサメの所感を聞いている内にタイムアップの鐘が鳴り響き、3人は仮想世界から引き戻された。

 起動していた魔法陣の気配が消え、目を開けると無機質な壁の一室。


 話を催促するカヅサを不愉快げに睨んだクラサメは足を庇いながら扉を開ける。


「治療が先だ」


 行くぞ、と顎でしゃくって○○を促す。


「付き添うよ」

「いらん」

「肩借りた方がいいんじゃない?」

「問題ない」


 足を痛めているのにずんずん進むクラサメと、残念そうに足を止めるカヅサ。

 その間で○○は二人を忙しなく見ていた。


「付き添いは必要ない。お前が医務室に行く理由はない。……どこか怪我でもしたのか?」


 それとも、とクラサメは半身振り返る。


「……したいのか?」
「ハイごめんなさーい」


 静かに凄まれ、すぐにカヅサは言を返した。

 そのまま上げた手を小さく振り見送る。


「今度詳しく教えてね〜」

「またねカヅサ君!」


 肩は外れたままだが、無事な方の手を振り○○は小走りにクラサメの後を追う。


 角を曲がるまで手を振っていたカヅサだが、二人の姿が見えなくなってから、ふむ、と一人ごちた。


「脳が揺れたように感じ、天地がわからなくなる……。それから視界が歪んで……。やっぱり超音波だし、三半器官器系に異常をきたすんだろうなあ」


 ぶつぶつと呟きながら異常について考えているカヅサ。

 すれ違う生徒から異常な目で見られている事に、彼は気付かない。
















「悪かった」


 しばらく無言で歩いていた二人。

 唐突の呟きに驚いた○○は、思わずクラサメを凝視してしまった。


「……そんなに意外か」

「いや……意外っていうか……まさか謝られるとは……思ってなかったっていうか……」


 それを人は意外というんだ。


 意の外と書いて、意外。

 思っていなかった事。想定外。


 クラサメは溜め息をついた。


「俺だって謝る事くらいある」

「そりゃそうでしょ人間だもん」


 王族でもあるまいし、とさも当たり前のように首を傾げる。


「なんかもう全身から謝罪オーラが出てたから、改めて口から聞けると思ってなかっただけだよ」


 隣ではなく、クラサメの少し後ろをついていた○○。


 見える背中は後ろめたさでいっぱいだ。いつもながらの無言も何か意味が違う。


 歩く速度が遅いのは、○○を気遣っての事ではなく足を痛めているからだろうが。


「気にしてないよ? これからケガ、いっぱいするだろうし。外れただけだし」


 切断するようなケガだったら恨むケド、と○○は笑った。


「結構覚悟あるんだな」

「意外?」


 へへへと○○は照れたようにまた笑う。


「ああ。もっと適当だと思ってた」

「む。失礼だな」


 笑ったと思ったら今度は頬を膨らませる。

 忙しい事だ。


「私にだってちゃあんと崇高な目的があって入ったんですー」


 べ、と舌を出した後、やっぱり○○は笑った。
















 魔法陣を通り、医務室へとたどり着いた二人は軽くノックをして扉を開けた。

 ふわふわとモーグリが漂ってくる。


「ケガくぽー? 大変くぽ〜。そこの問診表に記入するくぽー。今は空いてるから順番はすぐくぽ〜」


 ふわふわと記入台へと案内をしたモーグリは、やっぱりふわふわと去って行った。


「緊張感ないな……」

「和ませるためなんじゃない?」


 生死を分ける怪我でも“大変くぽー”とふわふわされたら、たまったものじゃないが。


 用があるのは、自分では処置しきれない、しかし軽傷である生徒が大多数だ。自然治癒力の減退を防ぐためにも、緊急時以外はケアルの魔法は禁じられている。


「あれくらいが丁度いいんだよきっと」


 時折パーテーションの間に姿を見せるモーグリ。

 大変じゃなさそうに大変と連呼しながら、あっちへふわふわこっちへふわふわ。


「……関係ないが、字……汚いな」


 一人和んでいた○○はその指摘に自分の問診表に視線を落とした。

 和みタイム終了。


「利き手じゃないんだからしょうがないでしょっ」


 記入すべき全ての項目を埋めた○○は用紙を受け口に入れ、一足先に長ソファーに座る。


 言ってくれれば代筆したのに。

 どれだけ冷血漢だと思われているのだろうか。


 溜め息をついたクラサメも、用紙を入れてソファーに向かった。


「足、大丈夫?」

「ああ」


 ブリザド漬けになった足は、歩くには難儀だが感覚は薄く痛みはない。

 ソファーに座っている今、クラサメには力なくだらりと垂れる○○の腕の方が気掛かりだった。


「悪かった……。本当に」

「いいよさっき聞いた」


 からりと笑い飛ばしてもクラサメの顔から苦みは飛んでいかない。


 ○○はこめかみを掻いた。


 痛々しくみえちゃうのかな。


 垂れ下がったままの動かせない腕を逆の手で膝上に置き、手を重ねる。


 なんとなくついでに背筋も伸び、なんとなくついでに足も揃えてみた。


「……なんでかしこまったんだ、突然」

「……なんとなく」


「○○ー? その声○○ー? どうしたよ。ケガ?」


 引かれたカーテン越しに聞こえてきた声はルームメイトのアリィだった。

 呼ばれた○○も姿こそ見えないが返事をする。


「ちょっとねー。アリィは? 大丈夫なの?」

「平気平気。ちょっと鼻が曲がっただけ」


 治療が終わったのか礼が聞こえた後にカーテンが開けられる。


「……いたそー」

「ホントだよ全く。女の子の顔おもいっきし殴りやがって」


 姿を現したアリィの鼻と頬にはガーゼが貼ってあった。その下は恐らく痣になっているのだろう。


 しかし今度やり返すと言ってアリィは両拳を合わせた。


 元気そうである。


「殴るなら顔はやめてほしいよね」

「ホントホント」


「「せめてボディーに」」


 見事にハモった二人は何故か笑ってハイタッチをした。


 女子の会話かコレ。


 クラサメは呆れながら溜め息をついた。


「で? おふたりさんはどうしたのさ。見たところ外傷はなさげだけど?」

「あークラサメ君はブリザドの事故で足が凍傷」

「へえ? 珍しいこともあるもんだな。ドジったの?」

「でねでね! 私は!」


 頬杖をつくクラサメの隣で○○は勢いよく挙手をし。


「見てー!」


 骨抜きっ!


 急に立ち上がったかと思うと、膝と腕の力を抜いてゆらゆらと揺らしてみせた。


「期間限定の一発芸!」

「だはっ! ウケるおもろい!」


 腹を抱えてケタケタと笑い出したアリィ。

 その様子に満足したらしい○○は、一転顔を歪めてそろそろと座った。


「いやーお恥ずかしい。転んで肩脱臼だよ」

「だっはっはっはっ! 転んで脱臼とか鈍くさっ! どれだけ派手に転んだわけ!」

「どれだけ派手にって、そりゃもう派手に?」


 たははと。

 だははと。


 笑い合う女子。


 ……女子だよな。なんて喧しい。

 ここは本来静かな医務室のはずだ。

 そう思っていたのはクラサメだけではなかったようでモーグリがすっ飛んできた。


「こらー! 医務室ではお静かにくぽっ騒いじゃだめくぽっ元気になったらバイバイくぽー!」

「ハイハイ今出てくって煩いなあ」

「ハイハイじゃなくてバイバイくぽ!」

「ハイハイバイバイ!」


 舌をぺろりと出して、アリィは纏わり付くモーグリに部屋を追い出された。


「信じられない。おとなしく座ってろよ怪我人」


 あからさまな不快感を示して○○を睨みつけたクラサメはふぃっと視線を逸らした。


 それでも脱臼させてしまったのは自分だ。

 しかも転んだのだと庇われた。


 いっそ自分にやられたのだと言ってくれて構わなかったのに、口を挟むことが出来なかった。


 外へ発散させられない苛立ち。

 悔しさから募り募るそれにクラサメの指が苛々と膝を叩く。


「クラサメ君さ、申請する武器決まった?」


 そんなクラサメの胸中など知るよしもなく○○は顔を覗き込む。


「概ね。」

「そうだよね」


 モーグリを視線で追いながら、ふぅ、と息を吐き出したその様子から察するに。


「まだ決まってないのか?」

「うん」


 魔導院に入ってから半年たつと、武器申請が解放される。それから半年間の候補生に上がるまでに大概が申請を終えるのだ。

 今は○○たち訓練生は、様々な武器を演習で使用し相性を試す期間である。


「エミナはレイピア、カヅサ君はあれで決まりっぽいよね」

「何度か使用してるからな。そうだろう」


 今日も使っていた。

 薬品入りの試験管だ。


「何回も足運んでるんだけど……なかなか決められなくて」


 目移りしちゃうんだよね、と○○は頬をかいた。


「クラサメ君は? どんなやつ?」

「001-Bの……枝番号忘れた」

「え〜っと……氷系の……」


 その先を待ってみたが○○から続きは出てこなかった。


「剣、だ」

「そうだそうそう。001は剣だった」


 番号が武器のカテゴリー、アルファベットは属性、そこから個別にナンバーが割り振られている。


「決め手は? 見た目? 扱いやすさ? それともフィーリング?」


 皆に聞かれた際には、扱いやすさと言っているのだが。


「……喚ばれてる……気がしたんだ」


 笑わないと思ったからか、するりと本音が出てしまった。


「そっか〜……」


 そしてやはり○○は笑って一蹴しなかった。


「私はお喚ばれしてない」

「……茶会なわけじゃないぞ」


 皆が皆、喚ばれていると感じるわけではないはずだ。


 決め手の多くは扱いやすさや直感だと聞く。


 自分は特殊なのだろうか。無機物に喚ばれていると感じるなど。


「武器選択、付き合ってやるよ」

「いいの?」

「それの詫びだ」


 それ、とクラサメが指したのは○○の肩だ。


「全然気にしなくていいけど……でもお願いします」


 いろいろ参考になる意見が聞けるかもしれない。


 じゃあ後で魔法陣の前で。


 そう約束を取り付けた○○は名前を呼ばれたのでパーテーションの奥へ消えた。






















 魔法陣をくぐり、たどり着いたそこでまずは入館手続き。


 堅牢な門扉を開けてもらい長い通路を抜けると、魔導院の全ての武器が収められている円柱のホールにたどり着く。


 上が霞む程高いそこに、候補生たちの武器は整然と鎮座しているのだ。


 高級宝飾店のように収められているそれらだが、もちろんその場で手に取る事は可能。

 時折ちらほらと姿を消すのは、持ち主がどこかで召喚しているのだろう。


「えっとね、23まで見たから24から」

「……まさか全ての階層見てるのか?」


 責めるような視線を受け、○○は手帳の裏に口元を隠した。


「だって全部触ってみないとわからないじゃん」

「……しかも試してるのか」


 信じられない、とクラサメは眉間を揉みほぐして溜め息をついた。


「何層あると思ってるんだ? 果てが無いほどの数だぞ」


 全てを触って確かめるなど、何年掛かるか。


「それこそ、直感だろ。得意なんじゃないか?」


 陣が描かれたエリアに乗り、タッチパネルを操作したクラサメは、ルーレットのように画面をスライドさせて適当にタップした。


 途端に陣が淡く光り起動する。


「毎回思うけど、周りが動いてるみたいだよね」


 ○○のその感想は同意出来る。全く浮遊感が無いせいだろう。

 他にも同じように魔法陣に乗って武器を試している訓練生はいるから、動いているのは自分たちなのだろうが。

 周囲は空間があるようだが外の風景ではなく、夜空のようだがしかし明るい。

 地上なのか地下なのか。そもそも魔導院内なのか。


 不思議な場所だ。


「ねぇ。クラサメ君の武器見てみたい」


 魔法陣の端に立ち流れゆく階層を眺めていた○○は振り向いてクラサメの元に向かった。

 コントロールパネルに体重を預け腕を組んでいたクラサメはその申し出に軽く笑う。


「なに?」

「言うと思った」


 だから入力済み。


 クラサメがそう言うのと同時に陣が停止し、浮上してきたパネルが外壁へと誘う。


「アレ?」

「ああ」


 ○○が指差して、クラサメの視線の先にある剣。


「それじゃあ拝見いたします」


 何故か深々と一礼した後、○○は小走りに剣の元へ走っていった。


 クラサメも後に続く。


 感嘆の声を上げ、びたりとへばり付く○○の前で剣は消え失せた。


「なっなッなに!?」

「こっち。」


 溜め息をついたクラサメが腕を伸ばして召喚していた。

 クラサメの手中に収まり、冷気を纏う透明度の高い、氷剣。軽く振るうと軌道にブリザドの粒子が舞う。


「にっ似合うよ! 似合ってます!」


 何故か興奮して拍手を贈られた。


「ビジュアルもマッチしてるし、遣いやすいんでしょ? 相性もいいとなると、もう決まりじゃん。早く申請しちゃいなよ。取られたら後悔するよ?」

「取られたらって……」


 しかし申請が早い者勝ちなのは事実。持ち主がいる得物は重複出来ない。


 クラサメの中ではほぼ決定なのに、理由なくまだ申請はしていなかった。

 しかし他人に使用されている所を想像すると、腹に一物抱えそうである。


「……そうだな。近い内に」


 肩を竦めたクラサメは手の内から元の位置に氷剣を帰還させた。
















 クラサメの剣を見て意欲的に武器選択に取り掛かった○○だが。


 決まらない。

 全く決まる気配がない。


 ○○の手帳にバツとサンカクが増えていく一方だった。


「……俺がいる意味……あるのか……?」


 コントロールパネルをスライドさせて床の発光色を無駄に変えてみたりしている。

 付き合うとは言ったものの、これほどまで当てがないとなるとクラサメがいる意味は最早ないのだが。


 しかし、○○は事細かにクラサメに窺いたててきた。


「これはー」

「……属性よく見ろ。氷。不向きだろ」

「綺麗なんだけどなー……」


 またバツが増える。


「……おい。帰っていいか」

「えっ帰っちゃうの?」


 聞き返してきた○○は純粋に驚きを示していた。

 クラサメは溜め息をつく。


「幾つか候補があって決め兼ねてる、とかならアドバイスも出来るが。……それ以前の段階だろお前」

「でもアドバイス嬉しいよ? ためになるし」


 ためになると言われても……。


 このフロアーを見終わった○○は手帳を閉じてクラサメのいるパネルに移った。


「例えば。そこの……こん棒。それがいいんじゃないかとか言ったら、どうするんだ?」


 クラサメが指差したこん棒を振り返った○○が首を捻る。


「何かイヤ。」

「……だろ?」


 溜め息をついてコントロールパネルを操作する。


「俺がどう言ったところで、最終的に決めるのは自分だ」


 というわけで俺は帰る。


 と、二人が乗ったパネルは上ではなく下に動き出した。


「腹も減った。もう食堂閉まるぞ」

「うわッもうそんな時間!?」


 続きはまた今度だな、と呟きながら手帳の陰からクラサメを上目遣いで見る。


「ご一緒しても、いいですか?」


 横から覗き込んできた○○に肩を竦めて返事をしたクラサメは、上へと流れる外壁に視線を戻した。






















「……燃費いいね」

「そうか?」


 食後のデザートは二人とも同じもの。

 だがそこに至るまでの量は倍ほども違った。


「いいなぁ……痩せれそう……」


 ジェラートをスプーンで口に運ぶクラサメをじぃっと見つめる。


「食べなきゃいいんじゃないか?」

「……だってお腹空くんだもん」


 そんなに食べておきながら?


 半眼で○○のトレーを見る。


 どこに収まるのか、という程、旺盛に平らげられた食事。こんなに食べておきながら、それでも痩せたいと言う気が知れない。

 食事を抜けとまで言う気は無いが、適度な食事制限はした方がいいのではないだろうか。


「痩せたい。でも食べたい。ならデザートを抜くとか。そのカフェラテをやめるとか。努力したらどうだ。……口先だけのヤツは好きじゃない」


 冷ややかな視線を○○に投げたクラサメはジェラートの最後一口をすくい上げた。


「あう……辛辣……」


 スプーンをくわえたままうなだれた○○は、何かを思い付いたように顔を上げた。


「あのさ、じゃあカフェラテ交換してくれない?」


 それと、と指差されたのはクラサメのトレーに乗っているアイスコーヒーだ。


「甘いの、嫌いなワケじゃないんだよね?」

「……飲めない事はない」

「じゃ、ほら。○○サンのダイエットの手助けだと思って。ね?」


 飲まないのはもったいないから、カロリーが低いクラサメのアイスコーヒーと交換。

 カフェラテを持ち上げる○○にクラサメは肩を竦めた。


 勝手にしろ。

 いいんじゃないか。


 クラサメが肩を竦めるときはそういう意味だという事は学んだ。


 そこに響く、大きな声。


「おう! B.Bじゃないか!」


 遠くから大声で名指された二人はがくりと肩を落とした。


 この大きい声は。


「教官……」


 口を引きつらせながら呟いた○○は身体を捻って声元を見る。


 豪快な声の主は性格も豪快。

 二人とは対角的な位置にも関わらず、豪快に手を振っていた。


「あの人だったよな……」


 苦々しく溜め息をつかれ、○○はバッと振り返る。


 残り少なくなったカフェラテを回しながら眉間にしわを寄せているクラサメがいた。


「ク、クラサメ君……穏便にね……? ね?」

「何が。」


 何がと言われますと困るんですけど……。


 とりあえずその顔? その雰囲気?

 ○○とクラサメを一緒くたにしたB.Bという呼び方はこの教官が発祥源だ。

 B.Bと呼ばれるたびにクラサメは不機嫌になる。


 人目も憚らず遠くから連呼されている今もだ。


 まぁ……今は、私もちょっと……。


 みんな見てる。


 目立ちたがりではない○○も連呼され、注目され、縮こまった。


「お疲れ様です」

「おう!」


 ぺこりと会釈する○○に合わせてクラサメも目礼する。


「これか? 前の講義で提出してもらったレポートだ」


 ○○の視線を受けた教官が口火を切る。

 教官の腕には用紙の束が抱えられていた。


「自分、どうでしたっ?」

「まあ慌てるな」


 評価を求める○○に教官は宥めすかすように笑った。


「急がなくても時期にわかる。次の講義まで待て」


 結局教えてはもらえず、○○は唇を尖らせてアイスコーヒーを飲んだ。


「そうだクラサメ。お前のレポートは興味深い題材だった。準教官からの評価も高かったぞ」

「恐れ入ります」


 さして喜びも見せず、クラサメもカフェラテをすする。


「クラサメ君には教えて、自分には教えてくれないんですか?」


 ぶぅぶぅと文句を垂れると教官は首を傾げた。


「それもそうだな。○○は……」

「……四大属性の相互関係です」


 結構時間をかけて頑張ったのだが、教官の記憶は薄いようだからあまり期待出来ない。


「そうだそうだそうだった! うむ。なかなか良かったぞ!」


 覚えてなかったのに……。


 具体的に何がとも言わず、豪快に現れた教官はやっぱり豪快に去っていった。


 幻聴ではなく、たぶん魔法陣に消えるまで笑い声が聞こえていた。


「さすがだねクラサメ君。高評価」

「四大属性の相互関係か。面白い題材だな」


 自分の言葉はスルーされたものの、なんだか褒められている。クラサメの“面白い”は多分褒め言葉だ。


「……返却されたら、見てみる?」


 若干遠慮がちに問いかけると頷いてくれた。

 興味を持ってくれたようだ。


 さらに違った意見が貰えるかもと内心喜びながらクラサメに聞き返す。


「クラサメ君は何について書いたの?」

「ルシ。」

「ルシ?」

「ルシのルシ足る所以。」


 はああ、と○○はあんぐり口を開けた。


 題材からして難しそうだ。


「見せてもらっても……いい?」


 文献を集約して書かれたクラサメのレポートなら下手な選択をして数冊読むより勉強になる。

 全てを理解出来るかは定かではないが。


 さして気にも止めずクラサメは了承してくれた。


「ルシかあ……。今の朱雀のルシはシュユ卿とセツナ卿、だよね?」

「……そこからか?」


 根本的すぎる問い掛けにクラサメは溜め息をついた。


「えっと、シュユ卿が乙型でセツナ卿が甲型……あれ?」

「逆。」


 ○○を見るクラサメの表情には憐れみすら浮かんでいた。


 クラサメのレポートを見る前に、それよりライトな文献で知識を得ておかないと何を言っているのか意味不明で理解出来ず、全くの無駄になるかもしれない。


「シュユ卿が男の人で、セツナ卿が女の人。朱雀を護っている二人のルシ……」


 小さく呟く程度なのでクラサメに聞いてるわけではないだろうが、あまりに浅はか過ぎる知識に溜め息が零れた。

 敬虔な一般市民の方がまだ知識がある。


 いっそ聞こえないボリュームで言ってほしい。


「どんな方達なんだろう……」


 式典などにも姿を見せない二人なので、姿はおろか、声なども聞いた事すらない。


 クラサメも資料として写真で姿を確認した程度だ。


「私たちみたいなカンジなのかなあ?」


 思わず頬杖からずり落ちそうになった。


「は?」


 口をひきつらせるクラサメの前で○○は首を傾げる。


「朱雀を守る、男女のコンビ?」


 へらりと笑う○○に頭痛すら感じた。


 すぅ、と息を飲み込んだが怒鳴り付けるわけにもいかない。

 自身を律しながら、静かに静かに息を吐く。


「ルシと俺たちを一緒にするなよ。おこがましいにもほどがあるぞ」


 偉大なる二人を引っくるめてコンビと呼ばわるなど、なんて大それた。


「クラサメ君は男だから、えっと……甲型だね」


 私は乙かーとコーヒーを飲む○○はクラサメの言葉など聞いちゃいない。


「言っとくが、男だから甲、女だから乙って理由じゃないからな」

「あ、そうなんだ?」


 どうしてそこまで知らないんだろう。

 馬鹿ではない……はずなのだが。


「男女での区別じゃなくて、甲型は攻撃特化型、乙型は特殊な異能力に秀でた者。……例外はあるがな」


 ふんふんと頷いてコーヒーを飲み干した○○はトレーを持って立ち上がった。


「でも、それならクラサメ君はやっぱり甲型だね。攻撃特化」


 隣に並び立つクラサメを見上げると、半眼で見下ろされた。


「……お前が乙か?」

「そうなりますね」


 何故か照れたように笑い返却口にトレーを差し出す○○に、クラサメの眉間にしわが刻まれた。


「……乙じゃないだろ」

「え」

「あのセツナ卿と同等なわけがない」

「いや」

「並び立てると思ってるのか?」


 並び立つならクラサメ君なんだけどと思いながら、それでも言葉には出さない。


「じゃあ……クラサメ君が乙型で私が甲」

「もっとありえない」


 唇を尖らせながら言ったら冷やかに見下ろされてしまった。


 ○○が攻撃特化で先攻する後ろにクラサメが控えるなど、クラサメには想像出来ない。


「だいたいが。ルシになれると思っている事自体がおこがましいんだ。身の程を知れ」

「いいじゃん! 考えるくらい許してくれたって!」

「駄目だ汚れる。甲も乙もやらん!」


 ぶぅぶぅとむくれる○○をクラサメは眉間にしわを刻んで睨みつけた。


「私甲! クラサメ君が乙!」

「却下。」

「じゃあ乙!!」

「だから! 却下されたのがわからないのか!?」

「なんで却下なのさー! クラサメ君にそんな権限ないもん!」


 イーっと歯を剥き出す○○にクラサメは言葉を飲み込む。


 確かに権限なんて無い。全く無い。


 が。

 しかし。

 でも。


「お前にはどっちもやらん! ……甲も乙も俺だ!」

「はあ!?」


 よくわからない理由で却下され、尚且つ独り占めにしだしたクラサメに思わず大声が出てしまった。


「何それ! キミの方がよっぽどおこがましいじゃん!」

「煩い! お前なんか丙で充分だ!」

「酷い! 酷いよそれ! 丙なんて無いじゃん! 架空ポジションじゃん!!」

「ああ煩い。納得しろよ良かったな丙。」

「蔑ろにするな! 面倒くさくなってるでしょ!」

「わかるか。察してくれたんなら引き返せ」


 どこまで付いてくる気だ?


 言われてハッと周囲を見渡した○○。

 クラサメにくっついて男子寮への魔法陣を潜ったところだった。


「逃げる気!? 異議あり! まだバトル終わってないわよ! ははん、さては負けを認めたな?」

「はいはい負けでいいから丙は帰れ」


 ぞんざいに手を振り○○に背を向けるクラサメ。


「エミナにチクってやるんだからー!」


 口では勝てない○○は最終兵器の彼女を取り出した。


 その名前に僅かに足を止めかけたが、相手にするだけ無駄と思ったのか角を曲がり姿を消す。


 顔を真っ赤にして両拳を握っていた○○はくるりと踵を返して魔法陣にずんずん進む。


 なんだアレ! 子供か!


 ……自分の事は棚上げである。


 しかしクラサメにそんな一面があるとは知らなかった。


「ご機嫌よう!」


 タイミング悪く陣出てきた生徒をひと睨みして○○は魔法陣を起動させた。


 目指すはもちろん、エミナの部屋。
















end
後書き