Cake×Cake 

 








 






「あ! いたいた!」


 探していた人物を見つけた○○は小走りに駆け寄る。


「エーミナっ! ちょっとクラサメ貸して!」

「高いわよ?」

「おい、俺の意思は」

「すぐ返すから割り引きしてよね!」

「おい」

「ちょっとこっち来て」


 ぐいと腕を引っ張ってクリスタリウムを出る。


 だからお前ら聞けよ人の話を!


 そう思うが、もはや口には出さない。言っても無駄だという事は短い間ながら重々学んだ。

 代わりに溜め息を付く。


「来週、何があるか知ってる?」


 扉が閉まったのを確認して○○は言葉を発した。

 何かと思えば。


「合同演習だろ」

「他に!」

「四大元素のレポート提出」

「んぁッ! 忘れてた!! ……じゃなくて!」


 目の前でもどかしそうに指を振る。


「エミナの誕生日でしょ!? 忘れてたなんて言わせないわよ?」


 そういえば大分前にさりげなく聞いたような気もしないでもない。


「そういえば……そうだな」

「プレゼント、買ってあるの?」

「……」


 今まで忘れていたため用意なんてしていない。


「うわっホントに買ってないわけ!? ありえない! 最低!」


 その後にも二、三罵倒が続き、クラサメは辟易した。

 なんだこの言われようは。どうして女子は記念日というものにこんなにも重きを置くんだ。


「カヅサから聞いて良かった〜。……そんなどーしよーもないクラサメに救済措置!」


 ぴっと目の前に指を突き出す。


「明後日の講義、二限目で終わりでしょ? 買い物付き合うからキザイア行こうよ」


 どうやら時間割はリサーチ済みらしく、そうなると拒否権はクラサメにはない。


「わかったよ……」

「よっし!」


 もぎ取った了承の返事に○○は腰に手を当てて満足そうだ。

 対称的にクラサメはまた一つ溜め息を付く。

 魔導院に来てから格段に溜め息の回数が増えた。


 いや、こいつらに出会ってからか。


「エミナ〜」


 一二〇〇に入り口ゲートでと約束を取り付けた○○は、クラサメを返却するためにエミナの元に走っていった。
















「……」

「……」


 睨み合う事、既に十数分が経過。


「おい」

「う〜……」

「……」

「あッ何すんのよ!」


 見てるじゃない、と取り上げられたメニューを追い掛けるが、手は空を切った。


「いい加減にしろ。一日潰す気か」

「ぁぅ……だって、せっかく来たんだから吟味しなきゃ……」


 ○○が見ていたのはメニュー表。ここは看板にパスタの模型が付いていた喫茶店だ。

 一三三〇にキザイアに到着した○○とクラサメは、買い物より先にランチをとる事にした。

 目に付いた喫茶店に入ったまでは早かったのだが。


「優柔不断」


 当たってはいるが認めたくないのか、唇を尖らせて返事は無い。

 溜め息と共に取り上げていたメニューをテーブルの真ん中に戻し、見やすいように横向きに置く。


「どれとどれで迷ってるんだ」

「……なんで二択ってわかるの?」


 メニュー表に身を乗り出しながら、上目遣いでクラサメに聞く。


 そんなもの。


「目の動きを追ってればわかる」


 十数分見てれば嫌でも。


「ん〜と、これと……これ」


 ○○が指差したのはニョッキのグラタンとアラビアータ。

 対象的だ。


「二つ頼め。俺も食う」

「いいの!?」


 この目の輝かせよう。

 そんなに意外か。


「俺の買い物のために○○サンの貴重な自習時間を割いてるもらっているわけだしな。ついでに奢ってやる」

「優しいっ! ……どうしたの? き」


 ついて出そうだった言葉に○○は慌てて口を押さえた。


「……お前今“気持ち悪い”って言おうとしなかったか」


 ぴきっと青筋が浮かぶ。


「言ってないないない!」

「……全力の否定は肯定と同意だ」


 覚えておけ。


 注文が決まったところで、オーダー待ちをしていたウェイトレスに目配せをする。


「あっ! じゃあデザートも!」


 クラサメは? と問い掛け、またメニューにかぶりついた。遠慮のなさに驚かされる。


「お前……来週のレポートは手伝わないからな」


 また長考されては敵わない。

 悲惨な声を出してこちらを見る○○からメニューを取り上げ、選択は委ねさせてもらった。
















「くぅ〜ッ美味! 美味なり!」


 目の前で美味そうにパスタを頬張る女子。


 美味さは伝わる。

 伝わるが。


「言葉のチョイス、おかしくないか……」

「何がよ。美味しいわよ。美味よ」


 返す言葉を探し当てれずクラサメは諦めてニョッキを口に運ぶ。


「半分こだからね。勢い余って全部食べないでよ?」


 キッと眉根を寄せてフォークで指す。


 それはむしろお前の事だ。


「しかし、本当に美味そうに食べるな」


 それはいっそ称賛に値する程。

 味を的確に伝えられるかと言われれば怪しいものだが、広告とか出れるんじゃないか。


 だって美味しいんだも〜ん、と言いながら○○はまた一口食べた。


「それだけ幸せそうに食べられると、作り手としても本望だろうな」

「そういうクラサメは相変わらず美味しくなさそうに食べるね……」


 スプーンを持っている左手で頬杖を付く。


「美味しくないわけ?」

「いや? 美味いぞ」


 どれどれ、と舌なめずりしながら料理をずらし、水を一口飲んで口の中の味をリセットしてからニョッキをぱくり。


「何よ。美味しいじゃない!」

「……そう言ったが」

「仏頂面だもんね〜。ニョッキが可哀相」


 よしよし怖かったねー、と言いながらまたぱくり。


 確かに、俺にはそんな面で飯は食えない。

 間違ってはいない。

 ニョッキが可哀相かもしれない。


 だが。


「あッッ」


 むかつく。


「最後の一個ぉぉお!」

「煩い座れ。周りと俺が迷惑だ」

「俺って!」


 誰のせいよ!

 ひどいひどいと連発しながらも、さすがに声のトーンは自重。


「食うか」


 最後に残しておいた海老をフォークに突き刺して○○を見る。


「ほら」


 催促するように軽く振ると、見た目にはっきりと分かる程葛藤していたが、しかしすぐに口を開けた。


「……これくらいで、ご機嫌取りなんか、出来ないん、だからね!」


 大振りの海老を一口に含んだものだから、しゃべる言葉はもごもごと不明瞭だ。


「そうか、悪かったな。不機嫌なら仕方ない。デザートは俺が全部食うとしよう」


 視界の端でこちらに来るウェイトレスを確認し、空いた皿を寄せる。


 奢りであることを思い出したのか、○○は気まずそうに縮こまりながらなんとか執り成そうとしてきた。


「ごゆっくりどうぞ」


 ケーキセットをテーブルに並べ終えたウェイトレスはそう言ってキッチンへと姿を消した。

 お礼を言って笑顔で見送り、テーブルに並んだ品を見る。


「いつものコトだけどさ」


 クラサメ側に置かれた、コーヒーとミルクの層が綺麗なアイスカフェオレ。

 ○○の前に置かれた、泡が乗ったアーモンドオレ。

 逆なんでしょ? と、テーブルの上を滑らせ、先にドリンクを交換する。


「ホント、甘ったるいモノ好きよねえ」


 そんな面して。


 ○○は一般女子並には甘いものを好むが極度の甘党というわけではなく、無糖の紅茶なども好んで飲む。


 対して、交換し終えた今クラサメの前に並んでいるのは。


 女子受けしそうな、真っ白な泡が乗せられたアーモンドオレと、ドレープが豪奢なクレープとショコラケーキ、バニラアイスが配置され、チョコレートソースと粉砂糖が振り掛けられているクレープハニーショコラだ。


 クレープか、ハニーか、ショコラか、どれかにすればいいのに。


「なんだ」


 思わず笑ってしまっていたようだ。

 似合わないったら無い。


 なんでも、と咳ばらいをしてごまかす。

 奢り奢り。


「私はこっちを頂いていいのかしら?」


 スライドして自分の前に来たのは、洋ナシの赤ワインコンポート。

 掛けられている生クリームとコンポートの対比が鮮やかだ。


 オーダーしたのがこの二人で、オーダーの品がこの二つなら、どちらにと言わず振り分けるだろう。


「召し上がれ」


 視線で促すと、膝の上に手を置きかしこまっていた○○は途端にナイフとフォークを手にしていそいそとコンポートを切り分け始めた。

 クラサメもアーモンドオレを口に運ぶ。


 まるでウェイトの掛かっていた犬だな。

 ホント、女子みたい。


 それぞれに思うところがありつつも、口には出さずひと時の幸せを楽しんだ。
















 お腹も落ち着いた二人は当初の目的のためにそろそろ店を出ることにした。


「ごちそうさまでした! とっても美味しかったです!」

「ありがとうございました」


 レジに向かうと、接客してくれたウェイトレスが奥から出てきた。


「お会計は一緒で! 連れが払いますんで」


 ちょうど席を立とうとしているクラサメを指差す。

 ウェイトレスは口元を覆いころころ笑った。


「仲がいいんですね。マスターと見てたんですけど、すっごく美味しそうに食べてくれるなあって喜んでましたよ」


 奥に向かって呼び掛けると。


「お帰りですかい」


 エプロンで手を拭きながら、にこにこと赤ら顔の店主が出て来た。


「今度また来てくれよ。お姉ちゃんが窓際の席で食べてくれれば宣伝効果抜群だからねえ」


 あー……と、○○は視線を微妙に泳がせた。

 店内に客は○○とクラサメ以外、三組程度。ガラガラなのだ。

 料理美味しいのに。


「これでも、いつもはもうちょっと人で賑わってんだけどねぇ。今時期はみんな収穫祭の準備で忙しいんだよ」

「収穫祭?」

「おや、知らないのかい」


 店主によると、どうやら来月の中旬、一週間掛けて収穫を祝う大祭が行われるらしい。

 近隣だけではなく遠方からも人が集まり、ここキザイアは一年で一番の賑わいをみせるとか。


「来月……どうかなぁ〜。来たいけど……」


 うむむと腕を組んで唸る。

 確か演習やら実地試験やら立て込んでいた気がする。


「見とかないと後悔するぞ? まだ国が不安定だからな。いつ出来なくなるか、わかったもんじゃない」

「一見の価値ありよ!」

「じゃあ頑張って都合付けてみます!」


 店主とウェイトレスの押しもあるが、とても見てみたい。


「あ、そうだ! ちょっと道教えて欲しいんですけど……ピアソラって店にはここからどう行けばいいですか?」

「ああ、それならこの通りを……」

「この通りってそこ?」

「ちょっと出ましょうか」

「お手数おかけします……」


 最後にもう一度店主に礼を言い、連れだって店を出たところで、入れ違いでクラサメがレジに来た。


「騒がしくてすまないな」

「全然構わないよ。……はは。すまないね、慣れてなくて」


 そう言うと店主は、眼鏡を外して受け取った伝票をゆっくり打ち込み出した。


「さっきの彼女にも言ったんだが、あんたは収穫祭来たことあるのかい?」

「ああ」


 去年の期間中、周辺警備の任務で訪れた事がある。


「だったらあの彼女連れてきてやんなよ! いろいろ案内してやれば株もぐぐっと上がるってもんだろ?」


 覚束ない手元を見ていたクラサメだったが、その言葉に視線を上げる。


「……失礼だが、何か勘違いをしてないか」


 人差し指で丁寧に数字を打ち込んでいた店主はクラサメのその言葉に顔を上げた。


「別にあれは彼女なんかじゃない。ただの同期だ」

「そ、そうなのかい。てっきりそういう仲なのかと……」

「彼女の誕生日プレゼントを買うために、あれに引っ張り出されただけだ」


 はああ、と驚いた様な絶句した様な声を上げ、最後の金額をレジに入れ終えた。


「まいど様。どうぞごひいきに」


 会計を済ませたクラサメは礼を言って軽やかなベルの鳴るドアを開け、外へ出る。


「今時の学生さんたちは、みんなあんなカンジなのかねえ」


 歳かなと首を揉んで肩を回していると、再びベルが鳴って雇いのウェイトレスが戻ってきた。


「マスター! マスター!」


 呼ぶ声は小声で。


「あの二人、恋人同士じゃないんですって! 友達だって言われました」


 手をぱたぱたさせてそう言うウェイトレスも意外そうだ。

 となると、やはり自分の感覚がおかしくなっているわけではないらしい。


 二人は釈然としない表情を浮かべながらも、クラサメに急かされつつこちらに手を振る○○に手を振り返した。


 いや、だって。ねぇ。























「それで、何を買えばいいんだ俺は」

「エミナの好みぐらいわかるでしょ。自分で考えてよね」


 そこまでおんぶに抱っこか。


「ここならハズレは無いはずよ。だからあんたみたいな朴念仁でも大丈夫。安心して選びなさい」


 そう言い放ち、再び○○はショーケースにかぶりついた。


「……」


 突っ立ってるしかなかったクラサメは、とりあえず視線を動かす事から始めてみる。


 先日約束を(無理矢理)取り付けられ、(強引に)連れてこられたキザイア。

 近場ではなく、何故キザイアなんて遠出なんだとは思っていたのだが。


 目的はここか。

 なるほどエミナが好きそうだ。


 ここピアソラは、真新しい木目と白を基調とした優しい間接照明で構成されているインテリアショップ。

 マグカップなどの食器から、チェストやソファーチェア、ランプシェードといったインテリアまで幅広く取り扱っている。

 どうやら曲線美に重きを置いているらしい。

 中にはエミナの部屋で見覚えのある品もあった。


 これでいいか。


 最初に目についたティーセットを手に取りレジに持っていこうとすると、


「ちょぉぉおっと待てい!」


がしっとマントを掴まれた。


「早過ぎでしょ!」

「……はずれは無いんだろ」

「そうだけど!そうじゃなくて!」


 どっちだよ。

 とりあえずそれ置く! と力強く指を指されたので、従っておく事にした。


「プレゼントってさ、選ぶ事も含まれるんだよ? 何がいいかなーとか、どれが喜ぶかなーとか。大切な人に、そんなにいろいろ考えて選んでくれたんだって思ったら嬉しいじゃない?」


 そんなコトもわからないの? だから朴念仁って言われるのよ。

 と、目が雄弁に語っていた。


 因みにクラサメに向かって朴念仁と言い放つのは○○くらいなもので、エミナにも、他の人間からも言われた経験は無い。


「直感、ってわけじゃなくて、ただそれが目に付いたから選んだだけでしょ?」


 じゃあ、と、クラサメが置いたティーセットの下の段から似たティーセットを取り出した。


「どうよ」


 こちらは先程のより模様が多く、華やかだ。色味は落ち着きあるセピア。


「確かにそっちよりエミナっぽいな」

「でっしょ?」


 得たりとばかりに言い返して、ガラスボードの上に慎重に戻す。


「むしろそっちは私が好みよ。取っ手のフォルム、ちっちゃい花びら、ソーサーの縁取り、ああ……いいなぁ……じゃなくて!」


 ぶんぶんと頭を振る。


「エミナが好きそうなのはちゃんとわかるんだから、もっと大事に選びなさいよ」

「じゃあそれで」

「だーッ! もうッッ!」


 手を振り上げるが精緻な食器に囲まれている事を思い出したのか、そこで静止。

 危ない危ないと額の汗を拭う。


「それじゃあ私が選んだようなもんじゃない! あんたが! 自分で選ぶの!」


 そこに意味があるの! と腰に手を当て顔を突き出す。


 そういうものか。


 無言でティーセットを見ているクラサメに何を思ったのか○○はため息を漏らした。


「……OK、わかったわよ」


 ティーセットを指差す。


「それと比べてどっちがいいか、って基準でいいから、一通り品物見てきたらいいんじゃないの」

「わかった」


 それなら判断基準がしっかりしていてわかりやすい。

 頷き、入り口横から店内を見定め始めたクラサメ。


 ったく、世話の焼ける……。


 黙々と商品を見てゆくクラサメに一安心して、○○も店内を物色し始めた。
















 それぞれに紙袋を手に下げ、連れ立って町並みを歩く。

 夕暮れのキザイアは子供たちもいなくなり人通りはまばらだ。


「来月……なんだっけ。なんかお祭りあるんだって」

「ああ」


 収穫祭だろとすぐに返された言葉が意外で目を見張る。

 まさかクラサメが知っているとは思っていなかった。


「それそれ。だから今時期はみんな準備で忙しいんだって。……知ってたの?」

「去年来たからな」


 突然歩いていた足を止め、口をぱくぱくさせだした○○。指を向けられたクラサメは溜め息をついた。


「違う、任務だ。遊びに来たわけじゃない」


 大方、どうして誘わなかったんだ、とかだろう。


「なーんだ任務か。のけ者にされたのかと思っちゃった」


 ごめんごめんと背中を叩く。

 やっぱりな。


「お望みとあらばそういう事にしておいても構わんぞ」

「いや望んでないし」


 されよりさ、とクラサメを覗き込む。


「どうだった? どんなだった?」


 問い掛ける○○の目は期待に輝いている。

 クラサメは思案するように手を口元に持っていった。


「想像通りで間違ってないんじゃないか。人が溢れ返っていて、今とは比べものにならん」


 クラサメは周囲を見渡した。


 今でこそ閑散としているが、期間中は人の流れが激しく目的の場所への移動もやっとという程。

 家から家へ様々な染料で色付けされた布が掛かり、あちこちから狩猟された獣の肉が振る舞われる。


 商魂たくましい商人たちも、もちろんこの絶好の機会を逃す手はない。

 出店も多数、立ち並ぶ。


「○○は間違いなく埋まるだろうな。人に」

「しっ!」


 失敬な。と続くはずだった言葉はそこで切られた。


 確かに○○は身長が高くはない。

 いつもの四人が集まると視線は常に上向きだ。出会った頃はそんな事なかったのに。


「成長期だもん。すぐに伸びるわよ」


 しっかり食べてるし、運動だってしている。


「埋まったら引っこ抜いてやるよ」

「あらご親切にどーも」


 いいなぁ。いつか来てみたい。

 埋まってもいいから来てみたい。


「帰ったらスケジュール確認してみよーっと。あ、ストップ! ここ」


 急に足を止めた○○にマントを引っ張られ、クラサメは息を詰まらせた。


「ッお前! 行動する前に一声掛けろと何度!」

「あ、ごめん。ねぇここ、ちょっと寄ってこうよ」

「はぁ?」


 眉間にしわを寄せて怪訝な声を出す。

 もうすぐ日も落ちる。魔導院に帰らなくてはいけないというのに。


「ちょっとだけ! ちょっと覗くだけだから! 絶対クラサメ気に入るって!」


 眉間にしわを寄せたまま、店の看板を見上げる。

 スカラベ&レッドクローバー。


「何の店だ」


 窓はあるが、商品がうずたかく積まれているらしく中を伺う事は出来ない。

 すき間から漏れ出る光はオレンジだ。


 クラサメの気を向けることに成功した○○は、にぃっと三日月のような笑みと共に扉を開けた。


































 時は流れ。


 なだらかな下りが続く平原を二頭のチョコボが疾走していた。すでにとっぷりと日は暮れて、三日月が時折薄雲から顔を覗かせる。


「なんっで! こんな! 全力疾走しなきゃいけないハメに!」

「悪かったよ!」

「ええ悪いわよ! 10:0であんたのせいよ!」


 ぎりぎりと○○が手綱を握り締める。


 全力疾走の原因。それは数時間前、クラサメをある店に案内した事が発端だ。


 そこは、とある夫婦が営む店舗。


 あちこち欠けの目立つレンガの壁に、年期の入った小さな看板にはスカラベ&レッドクローバーの文字。

 一見では何の店なのかわからない。

 窓は埋まり、外からは暗い印象だ。


 何故○○がそんな店に興味を持ったかというと、煙突から漂ってくるふんわりとした甘い匂いのせい。

 ふらふらとその香りに誘われるようにその店に入ったのだが、しかし扉を開けると鼻についたのは革製品の匂いだった。

 眼前には革製品や光り輝く金属が溢れていて、想像と激しく違う目からの情報にしばし動きを止める。


 あれ?


 隣の店と間違えたかと、開けた扉を閉めようとすると、奥からエプロンを付けた婦人がにこにこ出てきた。

 近くに来て声を掛けられ、婦人から漂う甘い匂いに気付く。

 店舗の奥でお手製のケーキを販売しているとの事で、匂いの元はそこらしい。


 店舗の入り口側がこんな風だから、来てくれるお客様は多くはないんですけどね。


 そう言いながら店内を見渡す。


 確かに、通り掛かっても遠巻きにどんな店だろうなと思うだけだろう。

 窓から中の様子は伺えないので尚更だ。


 一度店内に足を踏み入れてみると、そこは所狭しと物で溢れていた。

 質の良い滑らかな革でこしらえたグローブ。頑丈なつくりの鞄。オーダーメイドなのか、どれも一点モノだ。

 革製品に別段詳しくはない○○にも、オーナーのこだわりがわかる。


 うわー……クラサメ好きそー……。


 ずっしりと手に重い、錫を加工して創られたコップを見ながらそう思う。この薄さは凄い。


 しばらくあれこれ品物を眺めていた○○だったが、棚の隙間を縫って婦人に案内された奥へ向かうと、そこには思わず叫んでしまうくらいのトキメキの世界が広がっていた。


 ショーケースに並ぶのは、まるでお姫様のために創られたようなスイーツ。

 数種類のナッツを入れ込んだパウンドケーキや、ラズベリーのコンフィチュールが添えられたシフォンケーキ。ピンクのクリームがサンドされたマカロン。オレンジピールが目に鮮やかなレアチーズケーキ。


 どれもきらきらと輝いていて、何時間でも眺めていられる。

 食べるのが勿体ない。


 ……食べるけど。

 婦人は可笑しそうに笑っていた。


 やがて○○は、かばんに付けるチャームを一つと厳選に厳選に厳選を重ねてケーキを二つ選び、また必ず来る事を約束して魔導院に戻った。


 それが、あの店、スカラベ&レッドクローバーと○○のファーストコンタクトだった。
















「ちょっと覗くだけだって言ったじゃない!」

「だから悪かったって!」


 入店してからおよそ二時間、クラサメにしては珍しい事にマスターとの会話も途切れる事なく続いていた。


「けどそういうお前だってずっとデカい声で喋ってただろうが!」


 ○○は○○で婦人とのお喋りに花が咲いていたのだが。


「私は! 帰ろうって声掛けたわよ!」


 何回も!

 ほとんど叫んでいるに近い勢いで会話をしながら小岩を飛び越える。


「悪かったよ! 何度も謝ってるだろ!」

「間に合わなかったら許さない!」


 もちろん日帰り予定だったため、外泊許可なんて出していない。


 無断外泊。

 しかもクラサメと。


「いやーーッッ! 変な噂立ったらどーしてくれんのよ! 馬鹿ッ」

「俺だってごめんだ! エミナになんて言やいいんだよ!」


 彼女へのプレゼントを買いに出掛けたのに、一緒に選びに行った他の女と外泊。

 平手打ちでは済まない。

 殺される。


「しかもケーキ全種類買うとか信じらんない! 急いでるっつってんのに!」


 クラサメが騎乗しているチョコボの首には、エミナへのプレゼントとは別に大きな袋が下げられていた。

 足並みに合わせて激しく動く袋の中は保障出来ないが。


「選んでる暇が無かったから全種類にしたんだよ! まだマシだろうが!」

「今日は止めとく、とかって選択肢は無かったわけ!?」

「無ぇよ!」


 即答。


 返す言葉も無くし、チョコボを並走させてしばらく喘ぐ。跳びはねるように駆けているため、腰は常に浮かしっぱなしだ。


 駆けに駆け抜けて行きの半分程の時間を過ぎた頃、やっと魔導院の明かりが見えてきた。

 顔を覗かせていた月は今や完全に隠れ、ぽつぽつとではあるが雨粒が顔を叩き始めている。


「ッ! こんのくそ急いでるときに!」


 丁度魔導院への最短ルートを阻むようにモンスターが立ちはだかった。

 チョコボの足音に気付き威嚇音を出している。

 道すがら、手間の掛かる奴は迂回していたが。今は。


「雑魚だ! 突っ切るぞ!」


 どうやら同じ考えだったクラサメは、そう言い放ちチョコボから降りるコトなく剣を召喚した。
















 高い音から低い音まで、幾つも重なった鐘の音が聞こえてくる。いつもよく耳にはするけれど、どこにあるのかは知らない。

 長い余韻を残して音が消えてもなお、しばらく○○とクラサメに言葉は無かった。


 人気の無い魔導院の正面ゲートで、二人は膝に手を置き酸素を求めて喘いでいた。


「ま……間に、合った……!」


 息も絶え絶えに○○が言葉を紡ぐ。

 言葉は発しないがクラサメも同じ気持ちなのは汗で張り付いた髪の毛から伺える。


「ギリギリセーフ!」


 天高く拳を突き上げて、放り投げた紙袋を回収しに足を踏み出す。

 それを視界の端に捕えたクラサメは、まだ荒い呼吸のまま○○をたしなめた。


「お前、それ、プレゼントだろ……投げるなよ……」


 ゲートを通るには、カードリーダーにパスをかざす必要がある。

 正面扉をくぐりゲートを通り抜けて、初めてセーフだ。


 パスを探すため、走りながらかばんやポケットをまさぐる○○は、やがて片手が塞がっている事が煩わしかったのか、あろう事か紙袋を前方へぶん投げたのだ。

 そのプレゼントに対する扱いにクラサメは目を疑った。
 衝撃に足を止めてしまうところだった。


 投げるか、普通。


「店で……選ぶって行為が、大事、とか、言ってたヤツの……する事かよ……」


 疾走での疲れとはまた別に虚脱感が加わった気がする。

 紙袋を拾いあげ、床に設置した箇所を払った○○は、くるりと回転してクラサメを見た。


「確かにモノを投げるコトは良くないけど……非常事態だったし」


 それに人目も無かったしねと肩を竦めると、クラサメが顔を上げた。


「コレはいいの、自分のだから。プレゼントはずっと前に買ってあるの。帽子をね」


 それも一ヶ月前に。

 ふふんと勝ち誇ったように顔を上げる。


「大切な人が喜んでくれるんなら手間は惜しまないわ。エミナに帽子ってイメージ無いけど、絶対、似合う」


 白いシフォンスカートに、編み上げのサンダルを合わせて、透け感のあるアンサンブルの中にはピンクのキャミ。

 雲一つ無い快晴で、背景は花畑!


 絶対似合うわよと、その自信に満ち溢れた顔。

 貰う側より嬉しそうだ。


 確かにそれだけの心持ちで選ぶヤツなら俺にあれだけ言う権利もあるかもしれない。

 そうは思うが、しかし口から突いて出たのは全然違う短い言葉。

 息は、まだ整わない。


 呆れた様な視線が上から降ってきた。


「体力無いわねぇ〜。まだヘバってるの? ほら立って」

「……座ってねぇよ」


 ため息と共に差し出される手を払いのけ、短く息を吐き身体を起こす。

 珍しかった上から降ってくる視線はすぐに定位置に戻った。


「帰ろ。あー頭蒸れ蒸れ下着までビショビショ……シャワー浴びたーい」


 大きく伸びをして踵を返す。


「そうだな……」


 クラサメも髪をかきあげる。ベタベタしていて気持ちが悪い。


「ううっ背伸びしたら腰痛い! あっ内ももに擦った跡出来てるし!」

「……無茶したからな」


 下手な軍行よりは余程。


「全部クラサメのせいだからね。この腰の痛みがひくまで見掛ける度に睨みつけてやる!」

「無茶させたのは悪かったよ。反省してる。けどな、俺だって痛いんだから勘弁しろよ。痛み分けだろ、文字通り」


 強張っていた肩も、手綱を握りっぱなしだった腕も、ずっと中腰で挙げ句の果てには全力疾走した脚も。

 痛いのは腰だけではない。どこもかしこも痛い。

 明日は筋肉痛確定だ。

 というか、既に兆しがある。


 その後、寮の入り口で別れるまで延々と恨み事をぶつけ続けた○○と、負い目があるため無視出来ず律儀に言葉を返したクラサメ。


 そんな二人の一部始終を耳に挟んだ数人の生徒から変な目で見られていた事は、満身創痍の二人は最後まで気付かなかった。
















end
後書き





おまけ





ミアイ……ねぇ、キクミ。
キクミ……なに、ミアイ。
ミアイ今の……。
キクミ聞こえた……。


 すれ違い様に漏れ聞こえてしまった会話。

 聞こえたというよりは、最初のキーワードが引っ掛かって耳を澄ませてしまった。


ミアイ腰が痛い……。
キクミ無茶させて悪かった……。
ミアイこーなったのもあんたのせい……。
キクミ次からは善処する……。
ミアイ上達した……。
キクミ鍛錬の成果……。
ミアイふたりで仲良くイけば……。
キクミ責任とれ……。
ミアイ付き合って上げる……。
キクミ当然だ……。
ミアイ濡れて気持ち悪い……。
キクミそこまで俺のせいか……。
ミアイ当たり前……。
キクミガニ股……。
ミアイそれもあんたのせい……。
キクミ10:0か……。
ミアイ10:0よ……。


 ひそひそと交わされる言葉は小声。


「「……クラサメ君ってエミナと付き合ってるんじゃなかった……?」」


 そっと振り返るが、二人は魔法陣を起動して消えた後だった。












「あーあ。腰が痛いなー!」

「無茶させて悪かったって……」

「こーなったのもあんたのせいよ……全く。好きなモノ見付けたからって浮かれすぎ」

「次からは善処する……」

「あ、でもそういえばさ、チョコボの騎乗、上達したんじゃない?」

「だといいが。鍛練の成果かな」

「今度エミナと二人で仲良く行ってくればいいじゃん」

「あの店に案内したのは○○だろ。責任取ってまた連れてけよ」

「わかったわよ……しばらく付き合ってあげる……」

「当然だ」

「あぁ下着まで濡れて気持ち悪いー……」

「それも俺のせいかよ……お前は雨に降られた事まで俺のせいにするのか?」

「あのねぇ! そもそも遅くなってなかったら雨に降られてないし! こんな時間に帰院しなきゃいけなくなったのは誰のせいだ! 当たり前よ」

「……そのガニ股も俺のせいか」

「うるさいっ内ももが痛いの! あんたのせいよ!」

「……成る程、10:0か……」

「そうよ、10:0よ」










END