zero sum visiter 2 

 








 






「こんなに長時間乗ったの、久しぶりだな」


 地に降り立ったノクティスは大きく息をつき、腰を伸ばした。

 出立が予定を大幅に過ぎてしまったため遅れを取り戻すべく休みなしに駆けてきたが、おかげで夕暮れと呼ぶにはまだ早い時間にたどり着くことができた。


「ごめんね……休憩も取らないで……」


 ここまで乗せてくれたチョコボにギサールの野菜をあげながら○○はノクティスに謝罪する。

 別にいいけど、と肩を揉みながらノクティスは浮かんだ疑問を口にした。


「この距離って車とか使わないのか?」

「クルマ?」

「車。」

「引き車のコト?」


 ○○に首を傾げられ、ノクティスは視線を下げて口をつぐんだ。


 そうだった。異世界なのだ。

 自分の常識は通用しない。


 いちいちへこむな、と自分に言い聞かせたノクティスは、なんでもないと肩を竦めて町並みに目を向けた。

 さほど広くなさそうな町だ。探し人もすぐに見つかるかもしれない。

 ……いるならば。


「それじゃあ行こっか」


 チョコボを見送った○○はノクティスの前を歩き出す。

 クラサメが話を通してくれているはずの役場に行き、雷を目撃した人物を訪ね、話を聞く。


 まずは役場だ。


「ここで待ってて。聞いてくるね」


 建物入口前にパラソル付きのテーブルセットがあったため、頷いたノクティスをそこで休ませて○○は扉をくぐった。


 しん、と静まっているわけではないが、大きな声での会話もないクリスタリウムのような雰囲気だ。年季が感じられる深みある木造の床壁も音を吸収しているのかもしれない。

 さすが、顔が広いクラサメが話を通してくれただけあり情報は用紙にまとめられていた。
 セトメ地区まではいかないが、ベスネル鍾乳洞よりも更に西の方向で見られたらしい。日時と時刻も明記されていた。


「これは……見た人に聞きに行くまでもないかも」


 これだけで十分に用が足りそうだ。聞きに行ったところで更なる手掛かりが得られるとも思えない。


 あとは、今日行くか明日にするか。

 探索する時間を踏まえるとこれから向かうのは厳しいかもしれない。


「警邏の誰かに起こしてもらうように頼もうかな……」


 揃いも揃って朝に弱いため、下手をするとまた今日のようにスタートダッシュが遅れる可能性がある。というか可能性大だ。

 乾いた笑いを浮かべながら、最近騒がせているモンスターの手配書や依頼書などがピンで止められている掲示板に目を通す。

 人目につきやすいそこは回転率の良い比較的容易なものが多い。


 しばらく掲示しても引き受け人が現れなかったような難易度が高かったり面倒だったりする依頼は別途に保管され、それが魔導院に回ってきたりするのだ。


 ○○はそれらが綴じられている備え付けのラックに手を伸ばすが。


「あ」
「失敬」


 同じく掲示板を眺めていた男性とタイミングが重なり手が触れた。


「どうぞ」


 ○○が譲ると男性は礼を言って手配書が綴じられたファイルを手にとった。

 瞳を素早く動かし斜め読みをしながら時折口元に手を当てて何かを思案するように呟く。


 と、そこで目が合った。


「なにか?」
「あっ!? ご、ごめんなさい」


 なんでも……ないです……。


 凝視してしまった非礼を詫びてそそくさと役場を後にするが、出る直前にもう一度だけ振り返って見てみる。


 ノクティスに似た格好をしている。


 でも、それだけだ。


 聞いていた特徴とも合わない。

 町を歩いていても黒い服装ばかりに目がいく。


「黒い服の人ってたくさんいるんだなぁ……、人探しって難しい……。おまたせ〜……って、どうしたのそれ」

「貰った。」


 チューとストローを吸いながら指差した先には綺麗な笑みでこちらに手を振る女性がいた。

 笑顔こそないがノクティスも手を振り返し、飲みきったプラスチックカップをゴミ箱に捨てる。


 貢がれてる……。そして慣れてる……。


「なんだよ」

「んーん、なんでもない。えっとね、確認しに行きたいところがあそこに見える山頂よりちょっと手前なんだ。これから行くと日が暮れちゃうから明日にし」
「イグニス……!?」


 ○○の言葉を遮ってノクティスは驚愕の表情を浮かべる。向けられている視線は○○の後方。役場の入口。

 振り返った○○が見たのは書面に目を落としながら歩く先程の男性だった。


「イグニス!」


 名前を呼ばれたイグニスも弾かれたように顔を上げ声の出所を探す。

 ノクティスを視界に捉えると同じく驚愕の表情を浮かべ、大股で駆け寄ってきた。


「ノクト! 無事か」

「マジかよ俺とプロンプトだけじゃないのか!? ……じゃあグラディオもどっかに」

「あぁ一緒だ。今周りを見てきてもらっている」


 マジかよ、と再び呟いたノクティスは気が緩んだのか、すとんとイスに座った。

 掛けている眼鏡を正したイグニスは懐から一枚のカードを取り出して揺らす。


「困ったよ。気がついて宿に泊まろうとしたらカードが使えなくてな。昨日は結局野宿だ。今はモンスターを狩って稼いで情報収集をしていたところだったんだが……ノクト。こちらの女性は?」


 切れ長の目が○○を捉える。

 検分されているような気がして○○はなんとなく笑顔をつくった。


「ああ、○○だ。俺をここまで案内してくれた。……○○、イグニスだ。探してたヤツとは違うけど、こいつも連れ」

「そうか……案内がいたんだな」


 良かった、と安堵の溜め息をこぼしたイグニスは改まって○○に腰を折った。


「ありがとう。ノクティスが世話になった」

「そ、そんなっ全然っ。あ……さっきはごめんなさい」


 折り目正しく謝辞を述べられ、○○はふるふると首を振る。

 イグニスのそれはともかくとして、○○の謝罪にノクティスは首を傾げた。


「なんだよさっきって」

「中の掲示板のところで会ったの。無遠慮に見ちゃって……その謝罪」

「はぁ? 見つけてたんなら言ってくれよ……。すれ違ってたらめんどうじゃねぇか」

「だってだって! 探してるのって“同じような格好した身長170くらいの金髪お調子者くん”でしょ? ……どう見ても」


 眼鏡の奥に聡明そうな切れ長の瞳。とてもお調子者には見えない。

 アッシュの髪色は金髪に括られなくもないが、合致するのは“同じような格好”だけで他の特徴全てが違う。


 フム、とイグニスは口元に手を当てた。


「プロンプトか」

「ああ。最後に一緒にいたのがアイツで……」


 ふと思い出したように頬杖を外したノクティスはイグニス向かって身を乗り出す。


「イグニス、落ち着いて聞けよ。……ここな」
「俺たちの住んでた世界じゃない、だろ?」


 ノクティスの言葉尻を取ったのは、イグニスでも、ましてや○○でもない。


「よぅ、ノクティス王子」


 振り返ったノクティスは投げ渡されたリンゴを反射で掴み、主の名前を呼んだ。


「グラディオ!」

「思ったよりしょげてないな。無事で何よりだぜ」


 グラディオと呼ばれた男性はノクティスの頭をくしゃりと撫でた。

 かなり体格が良く、○○が見上げる二人よりも更に頭ひとつ抜きん出ている。

 紙袋を抱える腕も、トライバルの入れ墨が施された屈強な二の腕だ。


「こちらのお嬢さんは誰なんだ?」

「……○○。」

「この世界でノクトを見つけ、保護してくれてたのが彼女だそうだ」


 頭を撫でる手と振り払う手の攻防を繰り広げながらぶっきらぼうに紹介するが、あまりに短すぎたためイグニスが補足した。


「これはこれは、ウチの王子が世話になったようで。俺はグラディオラスだ、よろしくな」

「えっと……ありがとう」


 恭しく礼をして差し出されたリンゴを○○は戸惑いながら受け取った。

 この人たちは……なんというかとても順応している。

 もしかしてこのような事態は初めてではないのだろうか?


 ちらりとノクティスを窺うと、いつもと変わらない二人に眉根を寄せて苛立っている様子だった。


「お前ら! なんなんだよ! この世界って……イミわかってんのか!? なんでそんなに落ち着いてんだよ!」

「お前が落ち着け」


 やれやれと嘆息したグラディオラスはノクティスが立ち上がった際に蹴倒されたイスを起こす。


「慌てたって仕方ないだろうがよ」


 イグニスは腕を組んでグラディオラスの言葉に賛同した。


「気がついて見知らぬ土地にいた場合、状況把握、周囲の散策は必須だ。街を発見したなら、そこが自分と敵対しているかどうか……などだな」

「あとは、足や目や耳を使って情報収集。……基本だぜ、王子? 覚えときな」


 にぃ、と口の端を上げるグラディオラスを睨み付けたノクティスは、茶化すように触れてこようとする彼から苛立ちも露に距離をとった。


「……こんなときに説教かよ。聞きたくないね」

「お前は味わわないと聞かんからな」


 常々苦労しているのかイグニスがこめかみを押さえて首を振った。


「実際、俺たちも世界地図を入手したのはついさっきだ。……全く見覚えがなかったからな。もしかしたら、とは思っていたが」

「もしかしたら、じゃねぇよ! もっと慌てとけよ! 異世界だぞ!? 異・世・界! 何を呑気に」
「俺たちの最重要はな。ノクティス、お前なんだ」

「ああ。世界や国がどこであろうとな」


 真摯に向けられたイグニスとグラディオラスの視線に、言葉を詰まらせたノクティスはうろたえながら瞳を逸らした。

 小さく笑ったグラディオラスは声のトーンを戻して周りを見渡す。


「ここが違う世界ってんなら、お前は良くも悪くもクソ重い肩書きナシのただの男だ。自分からケンカ吹っ掛けなけりゃそれなりに安全だろ。デカイ戦争もないみてぇだしな」


 戦火の痕跡は見受けられるが、少なくとも今現在、銃弾の雨あられということはない。

 聞き込みでもそれは確認した。


「それでもまぁ……なんだ」

「ああ。こうして目の届くところにいるのといないのではやはり違うな」


 本当に無事でよかった。


 髪の毛を乱してくる大きな手を、今度は振り払うことはしなかった。






















 三人が合流して僅かな間に何度も耳にした、ノクティスの無事を問う言葉。

 心からの声だ。


 イグニスは自分たちのことをノクティスの護衛、保護者と言っていたが、それは王子を護れという与えられた任務ではなく、彼ら自身が望んでいるものだというのは部外者の○○でさえ感じられた。

 ノクティスは終始膨れっ面だったが、それはきっと足掻いても覆すことができないその身分を疎ましく思っているのだろう。


「……ホントに王子様だったんだねぇ」

「おっそ……。そう言ってただろ、今頃かよ」


 確かにメロエに経つ前日にそう告げられてはいたのだが……。

 疑っていたわけではないが確たる証拠もなく、さすがに鵜呑みにはしていなかった。


「つーかそのオウジサマってのやめてくんね? バカにされてるようでイラっとする」


 つんけんした王子様はふぃっとそっぽを向き、流れる雲に視線を逸らした。


 今○○たちは飛空挺に乗船している。


 イグニスと合流を果たした○○は首尾は上々とクラサメに報告をした。

 そこで再び吉報が。マハマユリでも同様の事例……即ち真昼の雷があったのだという。


 ノクティス一行に欠けはひとり。空振りの可能性もあるため諸手(もろて)を挙げて喜ぶには早すぎるが、何しろ僅かな情報を頼るしか術がない。

 トグアで宿泊しようかとも考えたのだが、ミィコウから出立する間に合いそうな夜便があったため駆け込んだ。

 ノクティス曰く、戦闘の最中にこの世界に渡ってしまったようである。もしかしたら負傷しているかもしれないし、何よりも心細いことだろう。

 早く、見つけてあげなければ。


「もしかして世界渡りしたことあるのかな? 随分落ち着いてたよね? イグニスとグ……グラディオ……」

「……聞いたことは……ないけどな」


 前にもこんな経験をしていたのなら、こぞって教えてきそうなものだが。

 ……俺が下手に興味を示さないよう、あえて言ってこなかった……とか?

 大いに考えられる。


 ノクティスはため息をついた。


「ブロンプトも、案外平気かもね」
「ああそれ。やっぱり聞き間違いじゃなかったみたいだな」


 ぴ、と立てた指をそのまま突きつけられ、指の先を見ていた○○は寄り目になった。


「あいつの名前。プロンプト、な」

「あ、そうなんだ。ありがとう教えてくれて。難しい名前だね、みんな」

「そうか?」


 覚えづらいのは自国の名前ではないからだろうか。

 蒼龍はまだ朱雀の人名と近い流れがあるが、そういえば白虎の人名は覚えづらかったような気がする。


 一度だけ聞いたノクティスのフルネームも、もう覚えていない。


「あいつ、名前に半濁音が付いてるの気にしてるみたいでさ。だからこそ俺たちはちゃんと名前を呼んでやろうって、前に三人で話したんだ」

「うん」

「ってゆーのもさ、前にプロンプトがドジって怪我したとき、グラディオのやつ、“プーちゃんは休んでろ”とか言ってめんどくさいコトになったからなんだよ」

「へぇ?」

「あいつ、超顔真っ赤にして……。その後はもう、最っ悪。いつもは決まる連携もメチャメチャでさ、もたもたしてたらガルラの親まで現れちまって……日が暮れるまで戦って……。あれはキツかったな」

「ふふ、大変だったんだね」

「ボロボロのヘトヘトで帰って、やっと休めると思ったら今度は淡々と説教だぜ? 明日聞く、明日聞くからって言ってもコルの野郎、全然どかねぇの」


 王子。
 また明日も抜け出すつもりだろう。
 懲りていただかなくてはならないからな。
 良い機会だ。


 芋づる式にあれやこれやといらぬ小言まで頂くはめになった。


「ぶっちゃけ、それが一番しんどかったな……」


 思い出しているのだろう。

 冷めきったスープを飲んでいるかのような切なさを醸し出している。


 しかし、キツかった、しんどかったと話す割に口元は綻んでいて、いつになく饒舌だ。


 そんな苦労話も笑い話にできるほど、彼らには深い絆があるのだろう。


 ○○は相槌を打って聞き手に回っていたので、ノクティスの話が終われば自然と間ができる。

 ふと訪れたその間に気付いたノクティスは気まずげに視線をさ迷わせた。


「あ、……と、ガルラってこっちにはいるのか? 俺らの世界では珍しくないモンスターで……あ、あとコルは親父の側近で」


 取り繕うように慌てて補足を入れるものの、にこにこと見上げてくる○○の視線が決まり悪い。

 喋りすぎたと乱雑に頭を掻いた。


「いい友達関係じゃない。そのコルさんって人もノクトが心配なんだよ」

「どうだかな。親父に言われてるだけかも」


 目付け役を言われてるから、口煩くせざるをえないのではないか。

 四角四面なコルの性格はノクティスにとっては窮屈で仕方がないが、逆を言えばあちらにとっても型に嵌まらないノクティスは悩みの種であろう。

 上が求めているのはもっと従順で聡明な次期王なのだ。


「そんなことないよ。愛されてるじゃない」


 だから○○のその言葉はノクティスに嘲りの表情をつくらせた。


 寵愛を受けているのはルシス国王レギスの息子だ。

 王子ではないノクティスという個人の人間に、果たして価値はあるのだろうか。


「俺は……対等でいたい」


 ノクティスは痛みを感じたように瞳を歪めた。

 目の前に立つ厚い人壁など何も嬉しくない。

 一方的に庇われるのはごめんだ。


「王家の役目を放棄したいとかじゃないんだ。わけわかんない体裁とか規律とかは馬鹿馬鹿しくて嫌になるけど、親父は尊敬してるしいずれ俺がそこに立たなきゃならないのも覚悟してる。……でも俺は、あいつらに盾になってほしくも跪いてほしくもないんだ。それが王なら……そんなものはいらない」


 後方に流れてゆく雲を見つめながら、ノクティスは拳を強く握りしめた。


 自分が負うはずだった傷を負うイグニスたちに怒鳴り散らして強く当たって。笑いながら謝る彼らをみると、まるで自分が癇癪を起こした子供みたいで。それがまた腹立たしくて。

 何度も怒るのだが何度も繰り返される。


 対等でいたいのに、彼らとの間には見えない壁がある。ノクティスが王家に生まれたときから付いてまわる身分。


「俺が……肩書きに実力が伴ってないから、あいつらがいらない怪我するんだ……」


 そんなこと、と○○は口を開きかけて閉じた。安易な慰めでは余計に傷つけてしまう。


 あいつらは自分を護って命を落とすのではないか。そんな考えがふいに頭をよぎり、全身の血液が凍ったのではないかというくらい寒くなった。

 怒鳴りたいような、暴れたいような、泣きたいような、諦めたいような。


 どうすればいいのか、ずっとずっと考えていた。護られないためにはどうすればいいのか。


 その、唯一の方法は、強くなること。


 ノクティスを護る必要がないほど、自身が強くなればいい。


 強くなれば護ってやることだって出来る。


 強くあれ。常に強くあれ。

 誰よりも。何よりも。


 弱いままではいけない。

 強くなくてはいけない。


 大切な人を。

 大切な物を。

 大切な国を。


「俺は大切なモノを護るために、強くなるんだ」





 全てを護るために。





「うん。……わかるよ」


 吐露された切実で純粋なノクティスの誓い。


 王、とまで唯一無二の位ではないにしろ、子を持つ親や部下を抱える上官など、優しければ優しいほどそれは誰しもが思うことだ。


 一時期のクラサメも過保護だった。戦闘に参加させてくれないこともあった。

 少し姿が見えないと過度に心配して、○○の一挙手一投足に敏感だった。


 それも当然かもしれない。

 クラサメをそう至らせたのは○○自身が原因だ。


 ○○は一度、死にかけた。

 いや、死んだといっても過言ではない。


 誰の記憶からも、○○の存在は一度消えている。


 その零れた命を救い留めたのはエースたち零課の皆がマザーと慕う人物、アレシア・アルラシア。


 ○○に彼女の食指を動かす何があったのかはわからない。

 心臓停止の期間が短くて救命処置が功を奏し九死に一生を得たのか、はたまた違うナニカが作用したのか。


 結局聞けずじまいで彼女は姿を消した。


 そのアレシアの気まぐれで、○○は今生きている。


 そんな経験があったから、クラサメの過保護には強く出れない。


 しかし、セツナ卿の軍神召喚にクラサメがバハムート隊の陣頭指揮をとったときには彼らの命が散るのを○○が止めた。

 つまりは、同じだ。クラサメが○○を想うように、○○もクラサメを想っている。護りたいと考えているのは一方的ではなく相互。人が人を愛せるがために。

 庇われ負った傷を見ると自身が外傷を負うより心が痛むのは道理であり、人間である証だ。


「心配してくれるのは嬉しいんだけどね」


 二人して暗くなってては世話ない。伸びをしながら○○はわざと明るいテンションで言った。

 ノクティスも○○の気遣いを感じて軽く肩を竦め、身体を反転させて縁(へり)にもたれ掛かる。


「まぁな。そこは……そうなんだけど……。でも自分がドジったんなら自分で負うべきだろ?」

「そうだよねぇ」

「大きなお世話だっつーの。積み重なったデカイ借りをどうやって返せってんだ」

「ホントホント、困るんだよね。ボムの爆風なんて喰らうわけないじゃん? ウォール張ろうと思ってたのにさ」

「俺がゴブリンの罠に気付かないほど間抜けだと思ってんのかよ。知ってたっつの。勝手に庇って痺れ矢喰らいやがって」

「そうそう。そうやって借りが増えていくんだよね。見くびらないでほしいよ全く」

「だよな」

「そんなことされなくたって」

「「俺/私強いし」」


 計らずも同じ単語を口にした二人は不敵な笑みを浮かべた。


「そうだ、聞きたかったの。ノクトのあの消えるやつって、どんな仕組みなの? みんな出来るの?」

「シフトのことか? みんなじゃねぇよ。俺だけ」

「王家直伝! みたいな?」

「だな。これのおかげ」


 ○○に見せるように上げた左手には指輪がひとつ、嵌まっていた。

 代々受け継がれているこの指輪には、ルシス王家の叡知が凝縮されている。


 もちろん、使用者が能無しでは扱いこなすことはできない。


「言っとくけど、貸さないからな」

「え〜? いいじゃんちょっとくらい!」


 是非ともシフトとやらを体験してみたい○○は指輪に釘付けだ。

 その○○が何か言う前に、ノクティスは○○に釘を刺した。


「言ったろ? 王家直伝って。しかも無能お断り。指輪に喰われる、なんて脅かしまであるくらいだしな。どう? それでも嵌めてみたい?」

「え、遠慮シマス」


 きらきら輝いていた瞳が恐る恐るといったそれに代わったのを見てノクティスは声をあげて笑った。

 指輪を嵌めている左手を月明かりにかざす。


「俺とは相性いいと思うんだけどな……いつくれるんだろ」

「え? ノクトのじゃないの?」


 さも当たり前のように指輪を嵌めている。王子だし権利は当然あると思うのだが。

 きょとんと純粋な疑問を口にする○○にノクティスは欠伸をした。


「まだ受け継いでない。から、親父のだな」


 と、いうことはどうしてそこにあるのかしら……?


 ○○の視線に気付いたノクティスは。


「ああ。掻っ払ってきた。」


 かっ。


 ええええぇ!?


 べ、と小さく舌を出したノクティスに○○の絶叫が夜の蒼龍国上空にこだました。






















 数時間の仮眠を経て、一行は朝もや消えぬ早朝のマハマユリに降り立った。自国ならぬ自世界とはまた違った風景にイグニスとグラディオラスは興味深げに辺りを見回している。

 ノクティスはその後方で欠伸を連発していた。


「ここのヤツラはずいぶんちっせぇんだな」

「そういう人種で形成された国なんだろう」

「うん、そう。蒼龍人の、蒼龍国首都マハマユリ。ここも王制だよ」

「○○は朱雀国民だったな。他国だが……安全なのか?」


 さほど広くない飛空挺発着所は、到着を迎えにきたであろう蒼龍人たちで若干遠巻きが出来ている。イグニスが懸念顔で○○に蒼龍の治安情勢とノクティスたちを含めた朱雀の人間が足を踏み入れていいのかと聞いてきた。

 露払いに余念がない。


「悪さしに来たわけじゃないから大丈夫。見てるのは野次馬根性。イグニスたち目立つから」


 似たような視線は制服着用の0組を引き連れていたときにも感じたことがある。

 単純に目立つのだ。


 ノクティスは黒ずくめの服装だったが、イグニスとグラディオラスも同様の格好だった。

 性格の違う三人だがその統一性を疑問に思ってそれは制服なのかと聞いてみたら、彼らの国ルシス王国では黒は高貴な色として位置付けられているらしく、女性も子供も黒を好んで選ぶらしい。

 黒い服装自体は珍しいものではないし、クラサメも似たようなの持ってたなと頭の片隅で思いつつ、しかしそれが数人集まるとなれば人目を引くのは当然だ。

 そしてそれは人探しをしている○○たちには利点となる。

 あの人たちみたいな少年を見ませんでしたかと、そう聞くだけで事足りるのだから。


「さて……どこに行こうかな?まずは」
「腹へった」


 どこに行こうかと○○が首を巡らせているとノクティスが欲望まみれの提案をした。

 情報を集めるのも大事だが、先立って腹ごしらえも大事である。


「そうだね。まずは朝ごはんだ」


 ○○は笑いながら看板が出ている定食屋と思われる扉を叩いた。

 早朝だからか先客が二組だけの空いている店内で窓際の席を選び、座るなりメニューを開いたノクティスだがすぐに肩を竦めて投げ出した。


「知ってる料理ない」

「いいじゃねぇかテキトーに頼めばよ」

「あっちのショーケースには見て選べるのが並んでるよ。見てきたら?」

「んじゃお供しますぜ。あ、俺これな」


 ○○の提案にもノクティスは仏頂面で、グラディオラスに強引に引っ張り出されてショーケースへと向かった。

 ノクティス以外の三人分の料理を頼んだ○○は名所案内のマップを手に取ったイグニスに問い掛ける。


「ノクトって偏食なの?」

「重症だな。何度言っても治る気配がない」


 おや、と○○は眉を上げた。

 ペリシティリウムの自室で夕食をとったときにはそんなことは言わなかった。

 たくさん品数を頼んだから好きなものだけをチョイスしていたのかもしれないが、気心の知れた仲である二人といることで自然体になってきているのであろう。


 そのノクティスがトレーに乗せてきたのは2種類の料理を二つずつ。……二つずつ。


「……なんだよ」

「……いや」

「いいだろ、俺が何食ったって」


 ○○の視線の意味に気付いたノクティスはふて腐れたように呟いた。

 向かいのイグニスが軽く溜め息をつく。


「肉ばかりじゃないか、止めろよグラディオ」

「王子の栄養管理は俺の仕事じゃないんでね」


 漂う空気がぴり、としたところにナイスタイミングで料理が運ばれてきた。


「さ、食べよ食べよ! いっただきまーす!」


 殊更明るく言ってフォークを手に取る。

 二人もそれ以上は何も言わずそれぞれに食事を始めた。


 あ、このニンジン美味しい。


「ノクト」

「んあ? ……っ!?」


 呼ばれて顔を上げたノクティスに向かってニンジン付きのフォークを突き出す。

 細剣の突きの如く繰り出されたそれはノクティスが認識する前にクリーンヒットした。


「「ご、強引だな」」


 イグニスとグラディオラスが同時に呟き、ノクティスは咀嚼しつつも信じらんねぇ、と目で不満を訴えていた。


「美味しいでしょ。ニンジンの甘露煮」

「…………食べれないこともない」

「でしょ? じゃあもういっこ。ハイ」

「え」

「ほら早く、腕疲れる」


 目の前で揺れるニンジンを恐る恐るではあるが食べさせた○○を見て、イグニスは成程、とそのひとこまを記憶した。
















 互いの世界のことや魔法の概念などを話しながら食事は進み、今は口直しのハーブティーを飲んでいる。

 ○○はデザートが並ぶショーケースの前に立っていた。


 どれにしようかな、と、じっと真剣に考えているのかといえばそうではない。


 先ほどノクティスたちから聞いた話のひとつである、人の死の概念。


 人は死ぬと生者の記憶に残らない。オリエンスでは当然の理であり、前に進めるようにとのクリスタルの恩恵である。


 しかしクリスタルが砕け散ったことにより、その恩恵は消滅した。

 悲嘆に暮れ、未だ立ちすくむ人も多い。大切な人を失えばそうなるのは当たり前だ。


 しかし。


 ノクティスたちに言わせればそれが普通で、大切な人の記憶はその人が亡くなった後も大切な記憶のまま自分の中にあるのだという。


 それで生きていけるの? 前に進めるの?

 進まなきゃ何も変わらない。

 辛くない?

 辛い思い出も楽しい思い出も、全部俺のものだ。勝手に消されるとかゴメンだね。なんだよその横暴なクリスタル。


 そこまで思い返して○○は微笑んだ。女神の騎士様も同じことを言っていた。


 クリスタルとは概ね利己的だ。人のためにあると見せ掛けて人心掌握が巧い。

 真実を見ろ。


 誰にも言えず、ひっそりと抱え込んでいた思いを肯定された気がして涙が出そうになった。


 大切な人の死の記憶を奪われるから、人は痛みを覚えず同じ過ちを繰り返すのではないか。クリスタルは、もしかして戦争を助長している……?


 こんな考えを吐露できる人がいるはずもない。危険思想の持ち主と精神鑑定に掛けられそうだ。


 クラサメにすら、言ったことはない。


 クリスタルが中心且つ絶対であるこの世で、○○は自分が異端なのだと自分を責め続けていた。怖くて仕方がなかったが、どうしても拭えなかったその考え。


 肯定の言葉をくれたのは、遠い遠い異世界の人。


 フィニスを越えクリスタルは消滅してしまったが、加護を与えてくれていたクリスタルの復興を求める声は多い。

 そういう宗教団体もあると聞く。


 これから世界はどう変わってゆくのか。人類が選択したこの道が正しいのか否か。


 これまでの道が正しかったと証明できないように、これからの道も正しいのかは誰にもわからない。

 導く御手(みて)はなくなり、正しくあろうと模索しながら人と人とが手を取り合い進む世界に変わった。


 自分の……自分たちのしたことが正しかったのだと信じるしかない。


「ごめんなさい、前、失礼しますよ」
「あっ! ごめんなさい!」


 長いこと考え込んでしまっていたようだ。

 ショーケースをカラカラと開け大福の乗った小皿を取った婦人は嫌な顔をせず慌てて避けた○○に微笑みかけた。


「朱雀国からですか?」

「はい、そうです」

「どうぞごゆるりと御滞在くださいまし」

「あのっ! すいません、ひとつお尋ねしてもいいですか? 人を……捜してるんです。あの人たちみたいな少年をご存知ありませんか?」


 ふわりと一礼し踵を返そうとする婦人を引きとめて、少々騒がしいノクティスたちの座るテーブルを指す。

 視線を向けた婦人は何度も大きく頷いた。


「ええ、ええ。異国の御仁。存じ上げてますとも。王宮を訪ねてみなさいな」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 微笑みながら去ってゆく婦人にお辞儀をした○○はデザートも忘れてテーブルに戻った。


「やったよ、手掛かりゲット! 王宮だって! 行ってみよ!」


 すっと立ち上がったイグニスとグラディオラスに比べ、ノクティスは唇を尖らせ外に目を向けたまま動こうとしない。


「どうしたの?」

「機嫌を損ねちまったみてぇだ」


 尋ねる○○にグラディオラスは肩を竦める。


「ノクトー行くよほらーご機嫌ナナメのまんまでいいから立ってー動いてー」


 椅子に立ててた片足を降ろされ、ついていた頬杖を外され、不承不承立ち上がる。

 会計を済ませ店を出た○○は声高に宣言した。


「目指すは王宮! そしてプロンプト!」


 おー! と意気込んで勇み歩きだす○○にイグニスが補正を入れる。


「こちらからの方が近いようだが?」


 ぴたりと動きを止めた○○は半回転して早足で戻ってきた。










〜ノクティスが不機嫌だった理由〜











グラディオおい、見てみろよノクト、あの山。
ノクティスあ?
グラディオ浮いてないか?
ノクティスあー……ああ、そうかもな。
イグニス建造物もみられるな。人が住んでいるのか?
グラディオわざわざ飛空挺使うのかねぇ。お、あっちにもある。
イグニスあの高さからの滝では、地上につくまでに霧になっているだろうな。
ノクティス……。
グラディオどうしたよ、ノリ悪いじゃねぇか。
ノクティスいや……、山ぐらい浮かぶだろうなーって。
イグニスどういう意味だ?
ノクティスお前らも見ただろ? 浮かぶぬいぐるみ。
グラディオはあ?
ノクティスなんとかクポーってしゃべるやつ。
イグニス……どうしたノクト。
ノクティスは!? いやいやマジだっての!
グラディオイカれたか?
ノクティスちょっと待て。ちょっと待てお前ら。俺は正常だ! いるんだよ! なんで見てねぇんだ!?
グラディオんなこと言われたって、見てねぇもんは見てねぇしなぁ。
イグニス異世界だからって何を言ってもいいというわけじゃないぞ。
ノクティス嘘じゃねぇよ! こう……大福2コくっつけたようなやつ! 飛んでるし、喋るんだって!
グラディオますます意味わかんねぇ。
イグニス嘘を重ねるな。
ノクティスああもういいよ! どーせ俺が何言っても信じないだろ、お前らは!
イグニスノクト、
ノクティスうっせ。喋りかけんな。
  
  
○○やったよ! 手掛かりゲット! 王宮だって、行ってみよう!
















 守衛が閉ざしていてもおかしくない堅牢な門は開放されており、そばにいた門兵が近付いてきたかと思うとノクティスたちを見るなり訳知り顔で頷き案内を買って出てくれた。


「しっかし……王宮ねえ? プロンプトのやつ、わりかしイイ思いしてんじゃねぇか?」


 気が付いたら山中だった自分たちとは大違いだと、天井の精緻なレリーフを見上げながらグラディオラスが歯を見せて笑った。


 門兵が頭につけている揺れる羽飾りを見ながら先へ先へと進む。


 通り掛かった闘技場は盛況のようで、銅鑼が響き、どっと歓声があがった。

 好奇心が疼くのか、見ていこうぜと足を止めるグラディオラスを宥めて、一行は門兵を促しプロンプトを目指す。


 極彩色の尾長鳥が飛び交う光に溢れた中庭を抜け、乳白色の螺旋階段をひたすら上る最中、同じように先導付きで降りてくる人たちとすれ違った。

 幅は狭くないが柵が華奢な造りで少し頼りない。彼らに比べ身体が大きい○○たちは壁側に避けてやり過ごした。

 そっと見下ろすと、後方から上ってくる人たちも見える。離れのような場所だが中々交通量が多いらしい。


 しびれを切らしたノクティスがため息をついた。


「……先行ってていいか」


 まだ階段の中ほどだ。

 すれ違った蒼龍人は一段一段足を運んでいたが、この国の小柄な人種に合わせて段差が小さく造られているためとても歩きづらい。


 シフトで一足先にと思っての発言だったのだが、思った以上に反感をくらった。


「むやみに使うな」
「一人だけ抜け駆けはさせねぇ」
「歩かないと太るよ?」


 どれが響いたのか、口を閉ざしたノクティスはおとなしく足を動かすことを選択したようだ。


「着いたぞ。この中にいる」


 一行が前にした扉は大きいものだったがノブの位置は蒼龍人に合わせて少し下めだ。

 扉の外周には厚い色硝子がはめ込まれた飾り窓が設えてあり、部屋の中からの綺麗な光が○○たちを出迎えてくれた。


 懐から鍵束を出した門兵は扉を開錠し押し開ける。

 続いて○○たちも部屋に入りプロンプトを探して首を巡らした。


 自然と融合したような部屋だ。

 苔で覆われた木の幹が壁の一部を担っていて、床は細かい石畳。天井は枝葉が重なって形成されていた。木漏れ日のような柔らかさがある。

 正面にあるのが唯一の窓だがとても巨大で、それひとつで室内に十分な光量を取り入れていた。


 しかし肝心のプロンプトの姿が見当たらない。


「見物人だ。姿を見せろ」

「いませーん。いませんよーだ」


 不在の返事があったことに○○は小さく吹き出した。

 若干やさぐれているようなその返事は、天井から垂れ下がっている淡く染められた幾重もの遮幕の奥から聞こえた。


 あー……と思案顔で小さく呟いたノクティスはなんだか良くない笑顔を浮かべている。


「プロンプト、いねぇんだってよ」

「ハァー無駄足かよ」

「仕方がない。他を当たろう」


 三人ともわざとらしく声を張っている。

 それに対してのリアクションは、それはそれは早いものだった。


「嘘っ! ウソだ!? 待って待って! いるいるいる!! いますっ! プロンプトいますっっ!」


 どたどた、ばさばさと、慌てている様子が目に浮かぶ。

 最後に隔ててあった一枚を雑に払いのけて姿を現したプロンプトは、まん丸にした目にうっすら涙を浮かべていた。


「み……みんなー!!」


 感動の再会。


 ……にはならなかったようで、プロンプトの姿に絶句した三人は硬直から解けるとくつくつと笑いだした。


「な、なんだよみんなして!」


 両手を広げて感動のあまり抱きつこうとさえしていたプロンプトはその様子に足を止める。


「こっちが聞きたいわ。なんだよその格好」


 こらえられない発作のようにプロンプトを見ては肩を揺らすノクティス。

 イグニスとグラディオラスも同様に忍び笑いをしていた。


「オレだって聞きたいよ!? なんでみんな電話出てくんないの! なんなの! 何があったの! みんなどこにいたのさー!!」

「まあまあ、落ち着けよ。お姫様」

「姫じゃなーい!!」


 地団駄を踏み、溜まった鬱憤をぶつけるプロンプトをグラディオラスが軽口でいなす。


 グラディオラスがそう形容したのはプロンプトの服装のせいだった。


 透明感のある薄くて軽い衣を何枚も重ね、頭からすっぽりと被ったものを腰帯で止めている。動く度にひらひらと揺れる裾が女性用に見えないこともない。首にも腕にも足首にも額にも耳にも、装飾品がつけれる箇所はもれなく飾られていた。

 拭った後はあるものの化粧まで施されておりまるでお姫様。

 まごうことなくプロンプトは男性であるのだが。

 プロンプトもノクティスたちと同様に黒基調の服装だとしたら、今の格好はまるで真逆だ。


「何めかしこんでんだよ……くく、ウケる」


 どうやらよほど可笑しいらしく声が震えている。

 膝の力が抜けたノクティスはその場にしゃがみこんだ。


「好きでこんなカッコしてると思う!? 捕まってるの! 助けてよ!」

「はぁ? ドジっ子かよ」

「逃げるったって服も靴も取られたし! レガリア置いてくわけにもいかないっしょ!?」

「あるのか!?」


 弾かれたように三人の顔つきが変わる。


 唇を尖らせたまま、プロンプトは自分がいた部屋の奥を指した。

 首を伸ばして確認したノクティスが安堵の息を漏らす。


「そっか……ありがとな」

「へっ? べ、別に当然だし」

「おーおー、照れてる照れてる」

「う、うるさいよグラディオ!」


 ○○には黒い物体にしか見えなかったがよほど大切なものなのだろう。


 それよりも、だ。

 再会を果たした四人を一歩引いて眺めていた○○だがその顔に笑顔はなく、よろしくない可能性が頭をよぎり始めていた。


 ……マズイかも。闘技場でやってた催し物って……。


「ごめんみんな! ここにいて!」


 言いしなに部屋を飛び出し、今しがた来た道を戻っていった。

 螺旋階段をひた走り、まどろっこしくなって一気に飛び降り、尚も走る。


「マズイマズイ、マズイって!」


 プロンプトが着用していた服。あれは贄(にえ)用の衣服だ。


 森の中で蒼龍人に捕まり、ドラゴン……飛龍に連れてこられたというプロンプト。本人に自覚はないようだが、もしかしたら罰とか何か受けさせられるのではないか。


「闘技場で勝ち残ったモンスターと戦わせるとか……。いやもうストレートに飛龍の餌……?」


 ありえない話ではないのが怖い。とにかく、あの服を着せられていることには何かしらの意味があるはずだ。


 闘技場の階段を駆け上がり、○○は息を切らしながら偉そうな人がいる偉そうな席を探して観客席を見回す。


 あった。

 一際高い位置にある突き出された一画に、長槍持ちを左右に控えさせ座して観戦している人がいる。

 おそらくあの人が主催者だ。


 わあわあと観戦に忙しい客を掻き分け主催者席を目指す。

 しかし、やはり席に通じる階段まで来たところで兵に止められてしまった。


「あっあの! これってプロンプト……えーと、捕まった異国人って関係ありますか!?」

「ああそうだ。あの侵入者を景品とした闘技大会である」

「あああやっぱり! あの人知り合いなんです! 引き取らせてもらえませんか!?」

「ならぬ。我等の領土に突如降って湧いた侵入者だ。抵抗もした」

「う」

「捕獲し、物珍しい塊とともに景品としてこの大会を催したのは、さる貴族の御仁。今更取り止めにするなど……面目もあろうものよ」


 反論出来る隙もなく筋も通っている。

 主催者と面識があるわけでもなく、プロンプトを景品の目玉とした大会を止めてくださいなんて当然受理されるわけがない。

 開催前ならまだしも、もう始まってしまっているなら尚更だ。


 反論出来ないが、しかし食い下がらないわけにはいかない。

 ○○はぐっと顔を上げた。


「……そこをなんとか。せめて主催者と直接話を」
「要するに、優勝すればいいわけだ」


 声はすぐ後ろから聞こえた。


「ノクト。どうしたの?」


 驚いたように目を丸くする○○にノクティスは呆れ顔で手を腰に当てる。


「どうしたのじゃないだろ。“マズイかも”とか呟いて走り出したら追いかけるって、フツー」


 苦笑いする○○の隣まで歩いてきたノクティスは、こきりと首を鳴らして観客の視線を集めている先を顎で指し示した。


「コレ。アイツが懸かった大会なんだろ? だったら俺らが出て勝ちゃあ問題解決だ」

「ふぅむ……」


 ノクティスを上から下まで見て思うところがあるのか、蒼龍兵は口元に手を当て思案するように呟いた。


「いいじゃねぇか。飛び入り参加くらい融通してくれよ」


 申し出ている立場なのにノクティスから引く気配は感じられない。受け入れられなければ力づくになるけどと暗に言ってさえいるようだ。

 ○○はハラハラしながら様子を見守っていたがやがて蒼龍兵が動いた。


「お上に伺い立てて参る。しばしの間ここで待たれよ」
















 仲間だと主張して強引にプロンプトを連れ帰るわけにもいかない。

 飛空挺を諦め徒歩ないしチョコボで帰るにしてもレガリアというあの機械は運べない。是非とも穏便に済ませたいところだ。


 主催者に引き合わされた○○とノクティスはプロンプト取り止めは諦めて大会参加の許可をもらう方向で話をした。

 ○○は思い付かなかったが飛び入り参加をさせてくれというノクティスにその手があったかと内心指を鳴らしていた。

 プロンプトが景品なのであれば、優勝さえすれば堂々と取り戻せる。試合レベルを考慮してもそれが最善のように思えた。


「良かったね、参加資格もらえて」

「だな」


 大会は佳境に差し掛かっていて、先ほど直訴していたときの試合が準決勝。イグニスたちに知らせるため戻っているが、今頃は決勝戦が執り行われていることだろう。


 つまり、○○たちは一戦のみ。優勝したチームに勝てばプロンプトを取り戻せるという大シード枠の特例だ。


「あのじーさん、割と簡単に許してくれたな」


 ノクティスは眉毛とひげをふごふごと動かしながら喋る様を思い出した。

 高い椅子に座っていたため目線はそんなに下げる必要なかったが、主催者である貴族は子供並の背丈で、もふもふしている様子がまるで小動物だった。


「私の迫真の演技のお陰でしょ」


 ふふんと胸を張る○○に吹き出し、小馬鹿にしたように笑い飛ばす。


「何が“異母兄弟なんです! ずっと兄弟だけで暮らしてきたんです!”だよ。俺とアイツが? 全然似てねぇっつーの」

「そうかなぁ? 似てるよー」

「似てない。」


 無礼を働いてしまったのは謝罪しますが、彼は朱雀国から出たことがなく知らなかったんです! ちょっとバカなんです! 弟を取り戻すチャンスをください!


 涙ながらに訴えていたのは認める。迫真の演技だったかもしれないし、ノクティスには無理だ。

 しかし内容が口から出任せで笑いをこらえるのに苦労した。


「バカそうに見えた?」

「う。い、言わないでね……」

「言わねぇよ。で? 見えたのか」


 視線を逸らそうとする○○を覗き込みながら問い詰めると、頬を掻きながら曖昧に頷いた。


「考えるより先に口に出ちゃうというか……考えてること全部口にしちゃう……というか」

「はは。アタリ」

「い、言わないでね!? 言わないでよ!?」

「どうしよっか、な」
「あ!」


 例の螺旋階段を見上げたノクティスは腕を振りかぶり三層上の手すりまで一気にシフトで移動した。くるりと回転し手すりを乗り越えたノクティスは階下にいる○○を悠々と見下ろす。


「先行ってるわ。じゃあな」


 手すりの向こうに姿を消したノクティスは最後まで不吉な笑みが消えていなかった。


 言う気だ!


 焦りを感じた○○は両手にグラブをはめて同じように上階へとワイヤーを繰り出した。


「待てぇぇえい!!」
「うわっ」


 飛び掛からんばかりで階下から急に姿を現した○○にノクティスは咄嗟にシフトで距離を取る。


「は!? どうやって来たんだよ!」

「ワイヤーで! 私の移動手段! キミのシフトみたいに、ね!」
「危ねぇ!」
「あ、こら! 逃げるなー!」
「逃げるだ、ろ! 移動手段って……攻撃兼だろそれ!?」
「シフトだってそうで、しょ!?」
「人に対して飛ばねぇって、の!」
「大丈夫! ちゃんと四肢狙ってるか、ら!」
「大丈夫の意味がわかん、ねぇ! やめろって!」
「だってノクト言う気、じゃん!」


 階段を使用せずぐんぐん階層を飛び越え昇ってゆく二人。

 気が付けば扉は目前だった。


「くそッ」


 螺旋階段は終わり、このままでは追い付かれる。

 舌打ちしたノクティスは扉にシフトし、その勢いのまま部屋へ転がり込むことを選んだ。


 派手な音と共に扉が開いたため、すわ何事かと身構える室内の三人に手を上げてなんでもないと示す。


 注目を浴びつつも肩を上下させながら後方を見遣るが○○の姿はない。

 ノクティスは、にやりと笑った。


「へへっ。俺の勝ち」


 そう白い歯を見せたのが良くなかった。


 拳を握ると同時に足首に巻き付いたワイヤーが目に入り、そしてそれを認識した瞬間、視界外から○○が現れノクティスに馬乗りになった。


「うわっ!」
「おねがいだから言わないで! ノクティスー!!」


 間近で凄まれ、床に肩を押し付けられたノクティスは頬をひきつらせながら叫ぶ。


「わかったよ言わない! 言わねぇって!!」


 確約をもぎ取った○○は安堵のため息、ノクティスは疲労のため息をついて互いに脱力した。

 そこに呆れたようなため息も降って加わる。


「何じゃれてんだお前ら」

「「あ」」


 瞳を開けるとしゃがみこんだグラディオラスが逆さまに映った。


「じゃれてねぇし」

「んじゃ何やってんだよ?」

「それは○○が」
「ノクトぉぉぉお!」
「わぁかったって! なんでもねぇよ! 気にしないでくれ!」


 ひらひらと手を振り、そのまま投げ出す。

 明らかな口封じを目の前で見たわけだが、大したことではないのだろうと三人は言及することはしなかった。

 そのこととは関係なく、二人を見たプロンプトが目をぱちくりさせながらびっくり顔で呟き、イグニスは眼鏡を正す。


「おっどろきー……。ノクトが女の子と普通に喋ってるー……」

「進歩だな」


 数回まばたきをしたノクティスは言われて初めて気付いたようで、急に真っ赤になり上体を起こした。


「は、話しちゃ悪いかよ! 別に普通だろ! ○○も! どど、退けよ!」

「うわ、ごめん!」


 ころんと○○がよけるなり立ち上がったノクティスは服に付いた埃を払って所在無げに腕を動かした。

 まだ顔は若干赤い。


「それで? 急に飛び出して行ったかと思えばそのままの勢いで帰ってきたわけだが……何かあったのか」


 シフトまで使って。


 指輪がノクティス本人のものではないことは知っているのだろう。無断で拝借しその力を乱発していることをよく思っていないイグニスがノクティスを睨み付ける。

 ○○からは逆光に映り更に怖い。


 しかし、説得するに足る理由はある。

 シフトを駆使してまで急いで戻った理由……とは少し違うがそこは端折って急ぎ帰った理由を話すと、自分の立場を理解したプロンプトがみるみる青ざめていき、元から色白だった面(おもて)が話を聞き終えたときには蒼白になっていた。


「お、オレ……オレ……」


 みんなの足を引っ張ってしまった。

 へなへなとその場に座り込んだプロンプトは今聞いたことをぐるぐると考えていた。


 奴隷。贄。景品は自分。決勝戦は今行われていて、時間はない。レガリアも奪われる。

 こんな、わけがわからないソーリューという部族に。

 なんでこんなトコで気絶したんだよオレ!


 頭上から聞こえてきた三つのため息に、泣きそうになるのをぐっとこらえて顔を上げる。


「みんな……! ごめ」
「今回ばかりはプロンプトを責められないな。おとなしく捕らえられていたとして末路が変わったとは思えん」

「だな。レガリアにしがみついてただけ上出来」

「優勝すりゃ問題ないんだ。楽勝だろ」


 ちゃんと聞いてたのかよ、と額を叩く。

 ぽかんと口を開けて立っている三人を見上げてるプロンプトはとても。


「間抜け面」


 ククッと笑ったノクティスはもう一度頭を叩いた。


「まあ任せとけよ」


 開け放った窓の外から銅鑼の音が聞こえた。

 どうやら勝者……対戦相手が決まったようだ。


「ま、負けないでよ! 絶対だからね!?」


 プロンプトは口に手を当て、会場に向かうべく部屋を後にする皆に声を掛けるが、返ってきたのはなんとも切ない返事だった。


「レガリアのためだしなー」


 ついでに愚弟も助けてやらんこともない。
















「あいつもツイてねぇな。俺らよりマシかもとか言ったけど、取り消すぜ」


 見知らぬ土地でわけのわからない襲撃を受け、レガリアを守りながら応戦したのだろう。

 頼れる味方もなしに、敵地にひとり。それを思えばよくやったものだ。

 そして拘束され、挙げ句にあの格好だ。


 グラディオラスは辟易したように口を歪めた。


「ありゃねぇわ」

「ああ。プロンプトには悪いが、自分じゃなくて良かったとは思ったな」


 同意するようにイグニスが頷き、ノクティスもげっそりと呟く。


「裸の方がまだマシ。よく着てるなプロンプトも」

「夜は冷えるそうだ」


 鼻で笑ったノクティスは、ナルホドと適当に相槌を打った。


「そんなに嫌なもんなの?」

「「「勘弁だ」」」


 嫌悪感すら抱いている三人に首を傾げると当然だろうと言わんばかりに間髪入れずに返事があった。


 それはあの格好が贄用だからというわけではなく、自分達の美学に反するためのようだ。


 王子とその親しい者たち。

 さぞやクローゼットは高貴とされる黒で埋め尽くされているのだろう。


 着飾られていたことにも抵抗があるらしいが、化粧を施されて良しとする男子は極々稀だ。

 それは○○にも理解できる。のだが。


 ○○は、じっとイグニスを見る。


「……何を想像しているんだ」


 ひらひらお化粧はちょっと想像つかない。

 今度はグラディオラスをじっと見る。


「物好きだなぁ」


 さすがにあれが似合わないのが想像つく。

 最後にノクティスをじっと見た。


「……こっち見んな」

「ノクト似合いそうなのに」

「はあ?」


 ぽつりとした小さな呟きは聞こえていたようで冷ややかな視線を頂いたが、○○は気にせず口元に指を当て首を傾げる。


「イグニスはシンプルな格好の方が似合うと思うの。スマートなカンジで。グラディオは……プロンプトみたいなひらひらじゃなくてワイルド系ならカッコイイと思うよ? 飾りはキラキラじゃなくて、ああいう羽根とか」


 頭上の枝に止まって木の実をついばんでいる原色の鳥を指す。

 ○○の指先を見上げたグラディオラスは微妙な顔でイグニスに意見を求めた。


「……これはアリガトウでいいのか?」

「この世界の基準は知らんが……貶しているわけではなさそうだぞ」


 何度か頷いたグラディオラスは礼の意を込めて○○に肩を竦めてみせた。


「で? なんで俺がアレ似合いそうなんだよ。聞き捨てならねぇんだけど」


 あんな白くてひらひらした衣装が似合ってたまるか。沽券にかかわる。

 流せる話題ではなかったので自ら話を振り返した。


「ノクトは黒以外も似合うって。最初に見たときから綺麗な顔してるなーって思ってたもん」

「……黒が落ち着くんだよ」


 切り返しづらい事を言う。

 ○○があまりにまっすぐ見てくるからノクティスは視線を逸らした。


「メイクしても似合いそう」


 げ、と頬をひきつらせたノクティスにグラディオラスが笑う。


「女子ってなんで男に化粧したがるかねぇ。被害に遭うのが毎度イケメンってのはわかるがよ」

「ハッ! ジョーダン! 死んだ方がマシだね」

「……その理屈でいくと、お前二回死んでるぞ」


 眼鏡を正したイグニスは三人の注目を集めながらそのまま口元に手を当てた。


「……ム? 三回だったか……?」
「そこじゃねぇ!」


 ノクティスが掻き消さんばかりに叫ぶと、○○がイグニスに詰め寄りグラディオラスは顎を撫でた。


「やっぱり!? やっぱりあるんだ! そうだよね! 女の子がほっとかないよ!」
「へえ。王子の意外な趣味か……?」
「誰がだ!」
「女中たちに着せ替えさせられてたろう」
「俺は知らねぇなぁ。惜しいことしたぜ」
「ガ……ガキの頃の話だろ! ノーカンだ!! ってかイグニス! なんで知ってんだよ!?」


 あの場にはいなかったはずだ。

 ノクティスはだらだらと嫌な汗をかいた。


「写真を見せられた」


 キャーと頬を上気させた○○はぴょこぴょこと跳ねた。


「イグニス持ってるの!? 見たい!!」
「探せばあるはずだが……さすがに持ち歩いていない」
「持ち歩いてたら気色悪すぎだ!」
「……それは俺も引くわ……」


 クソッ。

 写真は全て破り捨てたと思ったのに。やはり全力で逃げておくべきだったのだ。


 あのときも今のようにシフトを使えたのなら。


「ねぇノクト! 写真見れないからここは実演で! ……って、あ!」


 ……こんな風に逃げれたのに。
















 シフトを使って一足先に闘技場に到着していたノクティスと合流を果たし、四人は参加者が待ち合う簡素な地下の部屋に通された。

 参加者といっても今いるのは○○たちともうひとチームだけ。静かな部屋だ。


 先程の話題は打ち切りと言わんばかりにツンとそっぽを向きだんまりを決め込んでいるノクティスだが、もちろん自分は出る気でいるようでチームワークに不安が募る。


「出るのって……ノクトとグラディオと……イグニスなのかな? やっぱり」

「他にどうするよ」

「当然だ」


 その言い方から察したようで、グラディオラスが呆れたように腕を開いた。


「まさか○○……参加する気でいたのか? 驚きだな。あんた戦えるのか」

「だってキミたちこっちの世界不馴れじゃん」

「そうであっても女性を参加させるなど選択肢に挙がらん」


 相手は蒼龍人二人と飛龍だ。

 飛龍をドラゴンと形容してたのであまり戦闘経験がないのではないかと思い、○○も出ようと考えていたのだが出場者は三人と決められている。

 みな譲る気はなさそうだ。


「だーいじょうぶだって。んなもん戦いながら覚えらぁ。安心して観てろ」


 グラディオラスが大きな手で○○の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 その力強い笑顔に後押しされ、○○も笑顔で頷いた。


「わかった、応援してるよ。プロンプトのためにがんばって」

「デキの悪い弟を持つと苦労するぜ」

「全くだ。……迎えが来たようだな」


 嘆息する二人に○○が気まずげに笑うと部屋の扉が開き使者が二人入ってきた。

 皆が注視する中、天井から下がっている鉄鎖を引き下げ、連動した鉄格子が開ききると振り返った使者が声を上げる。


「“月下の守護者”こちらへ」


 呼ばれた対戦相手はこちらを一瞥し鼻を鳴らすと、飛龍を従えて使者に続き松明が照らす通路へ消えていった。

 同じ仕掛けが部屋の反対側にもあり、そちらの通路からノクティスたちは場に行くのだろう。


 通路横の使者が声を掛ける。


「“ルシス兄弟”こちらへ」


 立ち上がろうとしたノクティスだったがその動作に失敗し、脱力したように肩を落として○○を恨みがましく見遣った。


「……ほんっと……力抜けるチーム名にしてくれたよな……」


 イグニスも頭痛をこらえるようにこめかみを揉み、グラディオラスは後頭部を掻きながら苦笑いだ。


 参加させてもらうためにプロンプトのことを弟と言った手前、結果嘘を重ねることになってしまった。


 はて。捕らえた御仁の兄弟とはそちだけではなかったのか?

 あ!? いえ! 実は四兄弟なんです! ええ! 格好からもわかる通り! に……似てるでしょう!?

 成程、相判った。誠美しい兄弟愛であるな。ご健闘を。


 そんな経緯である。

 チーム名を申請したのはもちろん○○で、“ルシス王国”からとったものだ。


「け、ケンカしないで! 仲良く! 応援してるからね!」


 使者に促され歩き出すが、何やら言い合いを始めた三人の背に○○は重ねて声を掛ける。


「が、がんばってね! 仲良くだよー!!」


 聞いているのだろうか。

 ……一抹の不安が残る。










〜会場に着くまでの言い合い〜











イグニスノクトとプロンプトが兄弟に見えるというのは納得できるが、何故俺まで。解せん。
グラディオそりゃこっちのセリフだ。イリスだけで手一杯だっつーのに。
イグニス……その言い方だと、俺もおまえの弟だという語弊が生じる。言葉は正しく使え。
グラディオ語弊じゃねぇだろ。俺が長男だ。
イグニス馬鹿を言うな。お前が俺より上に見られてるとでも? 俺だろう。
グラディオこんな神経質な兄貴、嫌だね。弟でもごめんだ。
イグニスこちらこそ。そんなガサツな血は1ミリたりとも共有していないさ。
ノクティス二人ともいがみ合ってんなよな。レガリア懸かってんだぞ。あとプロンプトも。
フタリこいつが兄なんて寒気がする。
ノクティス(息ぴったりだし……。)どっちが上とかどうでもいいって。っつか俺の兄貴ってんなら次期王になるけど。あ、指輪いるか?
フタリ……。
ノクティス黙んなよ。ジョーダン。
グラディオ笑えねぇんだよ。
ノクティスあいつからしてみたら、俺達まとめて弟なんじゃね? 四兄弟です、って、自分は違います感がちょっとムカつくけどな。
イグニスちょっと待て。……歳上……なのか?
ノクティスそう言ってたわ。
グラディオ……女の歳ってわかんねぇな。いくつなんだ?
ノクティスいや……前にシルキーに説教くらったから聞いてない。俺よりずっと歳上だ、とは言ってたな。
グラディオ……ウン百歳とかってわけじゃあ、ねぇよな?
ノクティス魔女的な? ないない。
グラディオお、あそこにいるじゃねぇか。ハハ、見つけやすいな。イリスみてぇ。
ノクティスうっわ、超跳ねてる。恥ずかしいやつ……。
イグニス……あれで、歳上か……。
グラディオッシ。女子の応援があると俄然ヤル気が出るってもんよ。
イグニス前に出過ぎてヘマするなよ。
グラディオそっちこそ、出遅れすぎて出番なくても知らないぜ。
ノクティス速攻で終わらす。イグニス、グラディオ、ちゃんとついてこいよ。
フタリ(なんだかんだで一番張り切ってるのはこいつか。)










「あっ出てきた!」


 姿を現した三人を鼓舞するように○○は跳び跳ねて手を振った。

 プロンプトが懸かったこの大会は、武器の使用こそ自由だが殺生は禁止というどこか祭事のような雰囲気がある。出店まで出ていて、○○の隣に座っている男の子は買ってもらった大きな飴を一生懸命舐めていた。

 殺伐としてはいないが、かといって負けられない。仲間が懸かっているのだから。


 観客席に空白はなくノクティスたちを一目見ようと場内は人で溢れ返っている。対戦相手の知人なのだろうか、親指を噛みながらぶつぶつ呟く単語の中に奴隷と聞こえ○○は頬をひくつかせた。


「ほ、ホントに大丈夫だよね?」


 チームの紹介が流れる中、○○は不安から両手を擦り合わせた。

 本人たちはといえば、腕を伸ばしながらストレッチをしている。口が動いているから作戦でも立てているのかと思えば肩に乗せた手を払いのけたりと、どうやらそうではないらしい。


 ノクティスが強いことは知っている。

 インスマ海岸で対峙したときは逃げることも選択肢に上がったくらいだ。


 あのときの戦闘のことには触れてこないから、もしかしたら記憶がないのかもしれない。

 確かに正常ではなかった。


 あれが常のスタイルではないにしろ、その力量のノクティスが二人を選んだのだから心配いらないと思う。

 ……思いたい。


 ノクティスたちが、景品であるプロンプトの縁(ゆかり)ある人……兄弟と紹介され、取り戻すために出場とアナウンスされると場内は沸き、文句を言っていた前列の老人は押し黙り、後列の女性は声援を送った。


 お? 思わぬ追い風。


 飛び入り参加で反感を買っていたものの、風雅や古縁を重んじる蒼龍では○○のとっさの嘘はいい方向に転じたようだ。


 ……すっごい睨まれてるけど。


 はははーと笑いながら手を振り、COMMを操作する。


 通信相手はもちろんクラサメだ。数コールですぐに繋がった。





『状況はどうだ』

「うん。蒼龍のもアタリ。最後のひとりみたい。四人と、レガリアっていう……機械」

『そうか。他に真新しい報告は上がってきてない。……今のところは、だがな』

「みんな揃ったし、これ以上は報告なくていいんだけどね……。順調にいけば、今日中には帰院できると思う」

『見つけたんだろ? さっさと帰ってこいよ』

「あー……それがね」


 ○○は事情を説明した。

 試合は始まっている。

 長槍と薙刀を持った蒼龍人と細身だが鉤爪が鋭い飛龍に対し、出方を見るのかと思いきやいきなりノクティスが突っ込んだ。


 ノクティスの多段攻撃にイグニスが合わせ、トドメはグラディオラスが。


 あっさりと。碧色の衣を来ていた長槍持ちが地に伏せた。

 ○○は口笛を吹いた。


「やるぅ」

『何が』

「あ、ごめん。今ノクトたち、その友達のために戦ってる最中なの。全然危なげない。ウチのスリーマンセル並にいいコンビネーションだわ」

『そうかよ』


 クラサメの呟きに僅かな嫉妬のようなものを感じ、○○は笑みが零れた。

 そうだよね。ウチの子たちも、すごいもんね。


「ん? なんでもない。モグモグはどう? 頑張ってる?」

『ああ。夜通しゲートを探している』

「じゃあもう足掛かり掴んでるかな?」


 この世界と、思い願う世界とを繋ぐ道を見つけることは○○には出来ない。見つけるのはモーグリが得意だ。

 その繋がった道や不可抗力で繋がってしまった道をゲートとして確立させるのが、○○に任された役目だ。


「帰院次第……出番、かな……」

『駄目だ。休め。ノクティスたちには速やかに帰ってもらいたいがお前、』

「……だね! ちょっとくらい休んでもバチは当たらないよねー。あれキッツいし!」


 クラサメの言いたいことがわかってしまうから、○○はあえて明るく言葉を遮った。


「あ、勝った! ホントに上手いなあ。いい連携。こうやってずっと一緒にやってきたんだろうな。……通信切るよ。これから帰るね」

『……わかった』


 クラサメにまで聞こえているだろう大歓声の中、そら見たことかと顎を上げて得意気な笑みを浮かべるノクトに○○は手を振った。
















 試合が決着したのはわかっても勝敗までは知り得ないプロンプトは、やきもきしながら部屋の中を歩き回っていた。

 部屋に入るなり駆け寄ってきたプロンプトだが、視線を合わせようとしないノクティスに言葉を紡げずただ口を開閉させる。


「ノ……ノクト?」


 眉をハの字にし、震え声でおそるおそる名前を呼ぶプロンプトにイグニスが溜め息をついた。


「あまりからかってやるな。その辺にしておけ」

「……てコトは……!」


 一転してノクティスは不敵な笑みを浮かべた。見回すとイグニスとグラディオラスも頷いている。


 それはつまり。


「助かったぁぁ……」


 尻餅をついて天井を仰いだプロンプトは四肢を投げ出して大の字になった。


「トーゼン。俺を誰だと思ってんだよ」

「ノクティス様ー!」


 調子づくプロンプトをグラディオラスが嗜める。


「ったく。余計な手間掛けさせやがって」

「ごめんて! 反省してます! 許して!」


 バネのように起き上がり、頭の上で手を拝み片目を閉じる。

 迷惑を掛けてしまったと蒼白になってたのも確かだが今は喜びの方が勝っているようだ。


「あ! レガリア磨いておいたから!」

「サンキュー」

「他にやることなかったのかよ」

「なんかしてないと落ち着かなかったの!」


 ノクティスにはサムズアップを返し、素直に褒めないグラディオラスに頬を膨らませるプロンプト。

 ころころとよく変わる表情豊かな少年だ。

 そのプロンプトが大きな声を上げる。


「今度はなんだ」

「俺の服!!」


 突然の大声にイグニスは顔をしかめた。

 というのもそのイグニスの後ろから蒼龍人女性がプロンプトの衣服を盆に携えて楚々と入ってきたからだ。

 引ったくるように抱き締めて大きく深呼吸した後、おもむろに着替え始める。


 その光景に目をしばたいた○○は慌てて後ろを向いた。


「うぅ……なんかヤな匂いついちゃってる……サイアク」


 焚き付けていた香が移っているらしい。

 少しでも残り香を消そうと躍起になって衣服を翻しているのか、ヤな匂いと称された上品な香りが部屋の端にいる○○まで届く。


「プロンプト。お前ドラゴンに運ばれたっつってたけど……ここまでどうやって来たんだ?」


 垂れ下がった遮幕の向こうでグラディオラスと話していたノクティスが声を掛ける。


「え? だからドラゴンで。」

「どう考えても扉からレガリア入んないだろ」

「無理矢理入れたような傷もついてねぇしな」


 遮幕を掻き分けて戻ってきた二人は不思議だと首を傾げている。


「そうそうそう! ここの天井、レガリアみたいに開閉したんだった! そこから直接だよ! もう直通!」


 はあ……と三人は信じてないような疑わしき声を上げて天井を見上げ首を傾げた。

 機械仕掛けでもないこの天井が動くというのは、にわかには信じがたい話である。


「はー散々な目に遭ったけど、服も返してもらえたしメデタシメデタシ」


 葛籠に足を乗せて靴を履いたプロンプトは、腕から額からじゃらじゃらと装飾品を投げ捨てた。

 大きく伸びをしてそのまま腕を左右に開き三人を促す。


「自由万歳。早く帰ろうよ?」


 しかし晴々としているのは自分だけで皆の様子は晴れない。


「……ん? どしたの?」


 二つ返事が出来ないノクティスは頭を掻いて○○に答えを求めた。


「……帰れるのか?」

「大丈夫だよ。帰してあげれるようにいろいろ動いてるから。すぐに、とはいかないかもだけど……。まずはペリシティリウムに戻ろうか」

「ペリ……?」


 ○○を振り返ったプロンプトは聞き慣れない単語にまばたきをする。

 そして再び身体を反転させた。

 ○○を差し、ノクティスに向かって首を傾げる。


 どちら様?


 瞳はそう言っていた。


 そういえばここに来てから慌ただしく、プロンプトには何一つ説明をしていない。


 そこからか……。

 三人は一同にため息をついた。