b.g check 9








 






 日が沈み、少々肌寒い中で身動ぎひとつせずこちらを観察するカラスはまるで置物のようだった。

 すぐそばを通ろうとも逃げる素振りさえないその図々しさには既視感を覚える。


「なあ、さっきのオシゴトが飛び込みで入ったのって、昨日の俺のお陰だよな」


 店は目前。いつもより早足で歩く○○の少し後を殊勝にもおとなしく着いてきていたニックスだったが、やはり無言のまま別れることは不可能のようだ。


「あのアドリブがなかったら第二幕はなかった、だろ?」


 掲げてみせる工具箱からはそれらしい音がするが、本当に工具が入っているかは不明。知恵が回ったのか、水道局らしくみせるため小道具としてニックスが持参したものだった。

 言いたいことはおおよそ察しが付く。


「だから?」

「お礼とか、あってもいいんじゃねぇかなって」


 その言葉は○○の嘲笑を誘った。
 
 縄張り争いでもあるのか、点り始めた数少ない街灯に早くも群がる羽虫を視界の端に捉えながら、瞳を向けることなく口を開く。


「奢れって? 冗談。あんたが勝手にやったことでしょ」

「そんな嫌われること言うわけないだろ」


 開いた口が塞がらない。あまりの図々しさに怒る気力すら失せる。前世はカラスだったのではなかろうか。

 いや、的確に○○の苛立ちを蓄積させることを考慮すると、むしろカラスの方が利口で、静かで、学習能力が高いようにさえ思えてくる。


 ニックスに対して好感度がプラスだったことなど一瞬もない。出会いからして悪印象だった。底辺に位置付けたにも関わらず、その言動、行動が更に深掘りしているということに何故気付かないのか。


 こちらから持ち掛けたわけでもなし、と無視を決め込んでいると、謝礼をせしめようするカラス以下の男はある提案をしてきた。


「……電話?」

「そ。仕事終わったら電話くれよ」

「あんたに用なんて一切ない」

「知らないのか? 用事がないと電話しちゃいけないっていう決まりはないんだぜ」

「掛けなきゃならない決まりもない! 本当、わたしに嫌われるのが上手ね。さっさと死んでくれない?」

「いいじゃねえか、奢れってわけでもセックスさせろって言ってるわけでもなし。電話だぜ? 可愛いお願いだろうよ」


 何が可愛いお願いか。これから仕事なのにひどく気分が悪い。

 溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように深いため息をつきながらスイングドアを開けた。


 はねのけても突っぱねても寄ってくるのなら。


「……そっちから掛けてこい」


 こちらが妥協するしかないのだ。