01


「それと、1ついいますけど、私が静岡に来たのは相澤さんと一緒にいるためだけじゃないですよ。自惚れないでください」
「・・・・・・」



新零がアイドルを引退して、1年後、静岡に引っ越してきた。
引退後数回会うことはあったが、彼女が引退を決めてからの2年間は一度も会っていなかった。それこそ電話やメールのやりとりもない。
「もし2年後お互い1人だったら期待してもいいですか?」と別れ際に言った彼女のはにかんだ顔は今でも思い出せる。だが2年だ。2年お互い何もないなんてこともないだろうと思っていたが、あっという間にすぎた2年。向こうがどうだったかは知らないが自分は余所見なんてできなかった。おそらくそれは、引退後の再会時に言わずともばれているだろう。

晴れて付き合始めた。最初の1年は新零が東京の専門学校に通っているため遠距離だった。特別不満もなかった。彼女がやりたいようにするのが1番だ。1年後こちらに引っ越してきても、それは変わらなかった。また別の学校に通いながら、電気関連のアルバイトをしている。前に彼女が1年で取って来た資格を見せてもらったが、さまざまなものがあった。個性に関する物もだが、専門分野に関するマニアックなものもあった。


そんな時に職業上の知り合いに不幸があった。命がけの仕事だ、死はいつだって隣にある。それはよくわかっているつもりだった。敵の恨みだって買うことになる。その矛先が本人の近しい人に向くことだってあり得るのだとわかっているつもりだった。
その葬儀で見た光景に目を瞑りたくなった。亡くなった彼の妻の家族の言い分はわからなくもないが、ヒーローとて1人の人だ。最善をつくしても零れてしまうものはある。大切なものを天秤に掛けなければならないときだってあるだろう。

自分はどうなんだ?
いつか彼女を巻き込むことがあるのか?
よくある話だ
まさか自分が、そんなことに悩む時が来るとは思いもしなかった

その日、酷く嫌な夢を見た。けれど、昼になるころには内容を思い出すことができなかった


「消太さん、今、別れるって言った・・・?」
「・・・・・」

丁度色々なことが積み重なって疲れていたのだろうか、そこに酒が入って弱音が出たのかもしれない。朦朧とし始めた意識で、自分が何を言ったのか思い出しながら顔を上げれば真面目な顔をした新零と目があった。

「・・・・・そうですか、理由は聞いてもいいんですか?」
「・・・・・」
「時間は有限だっていってるのに、自分はだんまりですか。合理的じゃないですよ」
「・・・・・・新零」
「はい」
「・・・悪い、吐きそう」
「私が止めても飲むからですよ!!何してるんですかっ・・立てますか?」

慌てて席を立ち隣から支えるように引っ張られ、店員にまで力を借りてトイレに詰められた。俺は一体何をしているんだ。徐々に冷えて行く頭に、あまりのダサさに乾いた笑いがでた。こんなことになるくらいなら・・・・
コンコンと軽いノックに気づき扉を少し開ければ、「大丈夫ですか?」と水のペットボトルが差し出された。少し驚きつつも礼を言って受け取った。




「もう、大丈夫ですか?」
「あぁ・・・悪い。助かった」
「飲みすぎるからですよ・・・」

勘定を済ませて外に出れば、店内のこもった空気から解放されて吐き気も薄れた

「さっきの話しだが」
「・・・・・」
「本気だからな」
「・・・・・」
「ここまで来て、別れるなんて話をして悪いが」
「・・・・・足手まとい?」
「そうだ」
「そうですか。私、弱いですもんね」
「・・・・・」
「人質にもってこいですもんね」
「あぁ」
「・・・・・私のせいで消太さんが窮地に陥るのは嫌です」
「・・・・・」
「好きだから私のために別れるって言ってるんですか?」
「・・・あぁ」
「どうして、わかるのかって顔してますね」
「・・・俺が話したか?」
「酔っぱらってあんまり聞き取れませんでしたけど、そんな感じのことを呟いてました」
「・・・そうか」
「消太さん。私は、貴方との縁が理由で巻き込まれても死んでもいいと思ってます。もしものことよりも、確実な幸せな時間を選びます。でも、それが貴方の重みになるのなら・・・別れてもいいですよ」

どうして、こんな場面でそんなに綺麗に笑うんだろうか

「・・・・新零」
「・・・・」
「終わりにしよう」
「・・・そうですか」
「・・・・・」
「わかりました。潔く別れます。ただ後悔しないでください、次に選ぶ人は私より強い人にしてください」
「・・・・・」
「それと、1ついいますけど、私が静岡に来たのは相澤さんと一緒にいるためだけじゃないですよ。自惚れないでください」
「・・・・・」

2回くらい刺された気がする。真顔で言われたのが、またきつい。だが、これでいい。1度死ぬ思いをしている新零を危険に晒す必要なんてない。理不尽にまみれた中で、その確率を上げる必要なんてない。俺自身もこれで、悩む必要もなくなる。

そう思っていた。

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