15

「・・・・・?」

家の前に番傘をさした誰かが立っている
洋服に番傘なんて、少し変わっているけれど
何か用事だろうか

『・・・・?』

「あの、何か用事ですか?塔子さんなら中にいると・・・・」

『貴方に用事があったのよ・・・夏目くん』

「・・・・もしかして、明翠さん・・ですか?」

『ご名答』

そう言って、くすくすと笑った
そういえば、あの時しっかりと顔は見ていなかったというより
的場さんが羽織をかけて大事そうに抱えていたので見えなかったのだ

『あまり家の方と接触するのはよくないかと思って、外で待ってたの』

「あ・・・気遣いありがとうございます」

小柄で可愛らしい人というのが第一印象だった
いや、美人というべきなんだろうか・・・うーん、西村ならなんというだろうか

外でもいいから、どこか場所はない?と尋ねられ
人目のなさそうな木陰に案内した

『本当に、この辺りは妖が多いわね』

「でも、そんなに悪いのはいないですよ」

『・・・まぁ、どちらにしろ一応結界は張るわね』

「え、そんなことしなくても」

『どっかの誰かさんの式がうろうろしてて鬱陶しいのよ』

「・・・・どっかの誰かさんって的場さんですか」

『・・・・私が、夏目くんのところに行くって言ったら色々つけてきたの』

そんなに弱くないわと、愚痴をこぼす様子になんとも微笑ましく思えてしまう

「明翠さんが心配なんですよ」

『・・・・・・そうね』

そうため息をついて、座った
それから、一連のことについてお礼を言われた
でも、その言葉の最後にどこか
あのまま消えてしまっても良かったのにという表情を残した

『夏目くんのこと覚えてるの。全部とは、言わないけど岩陰で見たあたりから
 完全に妖に持って行かれるまでね』

「・・・え、そうなんですか?!」

『4年前に喰われた日からだいたい覚えてるの。その前の記憶も全部ね
 何も失ってないの。・・・あえていうなら、プライドくらい』

「・・・おれは、明翠さんが生きていて嬉しいです」

『・・・・・そう。・・・・・・・助けてもらっておいて言いづらいけど
 実際、自我がしっかり残っているうちは、消えてしまえたらいいのにって
 ずっと思ってたの・・・でもね、妖には阻まれるしでなかなか思うようにできなかった』

「だから、あの時、刃を抜けないようにしたんですか?」

『・・・・たぶんそう。正直にいうと、あの時が一番記憶が薄くて』

「無意識に・・・?」

『そんな感じよ・・・・・夏目くんに感謝してるのは本当よ、そこは勘違いしないでね?』

「はい」

大人っぽい笑い方に、ドキリとした


それから、あの時のことを少し話して
少しずつ明翠さんの話になっていった

『体は成長してなかったみたいで、18歳のままなの
 まぁ、成長するような歳でもないけど。的場と並ぶと、変な感じで』

「あ、的場さんって、昔は短髪だったんですか?言ってましたよね」

『えぇ、私も今の的場を見て驚いたわ
 それに・・・すでに当主になって右目も』

「・・・・・」

『役立たずね、私。肝心な時に何もできなかった』

「・・・・・・・的場さんは、そんな風には思ってないと思いますよ」

『的場が良くても、私は自分を許せないの』

むっとした様子で言い返された

「あの妖は、どうしましたか?」
気になっていた話題を持ち出した

『・・・雪に食べてもらった・・・・・と、いうより食べられたが正しいかな・・
 的場から受け取って、どうしたものか少しだけ悩んだのよ
 家族を殺したのも、私を取り込んだのも全部、この妖がしたこと
 そう思ったら、やっぱり消すしかないと思って、
 それを決めた次の日に行うつもりだったのだけど、気づいたら壺がなくて
 雪に聞いたら、食べたって言ってて』

「・・・食べちゃったんですか?!」

『えぇ、まぁ・・・あ、雪っていうのは、
私の友人と言うべきなのかパートナーというべきなのか
夏目くんと、あの猫と一緒ね。特別な契約はしてないの』

「その話、詳しく聞いてもいいですか?」

『いいよ。夏目くんは命の恩人だもの、なんでも答えるわ』

「ありがとうございます」

『雪は、大きな黒い狼の妖なの。すごく毛並みがよくて・・・
 あぁ、それで、雪と会ったのは、14歳の時だった
 群れから弾きだされて、雪の中でボロボロになっているところを見つけたの 本当は祓おうと思って近づいたのだけど、あまりに傷だらけで手当をしたら懐かれちゃって
 ・・・それから、少し妖に甘くなって。祖父に何度も怒られたわ。
 本当は、傷が治ったら力試しに祓ってやろうと思ってたのに、変に懐かれちゃって
 愛着がわいて、祓えなくなって・・・今は、パートナーとして力を貸してもらってるの』

「どうして、群れから?」

『・・・毛色が黒いからよ。群れの多くが白で、数は少ないけれど茶色と灰色の子がいたわ
 黒は、雪だけ・・・群れに良くない物を運ぶからって、追い出されたそうよ
 昔から、何度も苛められてはいたみたいなんだけど、そこまでやれたのは初めてだったって』

「・・・・・・」

『夏目くんが、そんな顔する必要ないわ。
 そのあたりは、人と妖、似たようなものよね・・・
 周りと違う子は、弾きだされる・・・・雪、連れてこれば良かったわね』

「いえ、またの機会に」

『ん、今度は連れて来る』

今度は、楽しそうに笑った

『夏目くんは、苦労したでしょう?祓い屋の人間ではないから』

「・・・・・・」

『見えない人間には、どう伝えてもわからないものね・・・
 私も、小さい時に見えない幼馴染の子を巻き込んで怪我させたことがあって
 そしたら、その子の父親にね、“もう、うちの子とは遊ばないでくれ”って言われて
 あれは、すごく効いたわ・・・それでも、見えない友人は何人かいるけど
 この4年があるから、もう会えないわね・・・』

「そんなこと、きっと明翠さんのこと心配して!」

『そうかな・・・幸い、捜索願が出てるってことになってる状態だから
会えないこともないのだけど。不安も多くて中々ね・・・・・・
あ、そうだ』

「?」

『一門や、祓い屋の人間には、私は、妖に喰われたけれど
 その間の記憶や自我が少なからずあったことは伏せることになったの
 だから、夏目くんには悪いけど、守って欲しくて』

「・・・それは、構いませんけど。どうして」

『・・・・・その方が都合がいいの。色々話さなくて済むし
 祓い人として続けるにも、そういう話はよくなくて
 なにより、的場に迷惑をかける』

「・・・・婚約するんですか?」

『・・・・・・・・・・・・え?』

「あ・・・その、」

『私と的場が?・・・どうして、そうなるの?!』

「す、すいません」

『ただ、どこにも行くところがないから、的場にお世話になることになっただけよ
 ・・・別に、婚約するわけじゃないわ!!だいたい、あんな男と・・・』

すごく嫌そうな顔をする割には
ちらりと見える耳が赤くて
取り乱した様子も、もしかしたら、そのうちそうなるのかもしれないと思った

『的場が、そう言った?』

「名取さんから聞きました」

『・・・・周一さんが?』

「はい」

『・・・嫌がらせかしらね。私、あの人には良く思われてないみたいだから
 的場もだけど。今度会ったら、私と的場は違うってまた言っておかないと』

「でも、仲が良かったって」

『・・・仲は、まぁ、悪くなかったけど
 昔から一緒だったから。いいライバルだったし・・・
 実際、そういう噂は流れてたし、父も、そんなことを言ってたこともあったけど』

「お似合いだと思いますよ」

『嬉しくないわ・・・・夏目くん、ここは笑うところじゃない』

「すいません、なんだか微笑ましくて」

『高校生の君に微笑ましいとは言われたくない』

もっと冷たい人かと思っていたけれど
そんなことはなかった
ただ妖に対しては厳しい考え方なのかもしれない

笑うと暖かくて
思ったことをはっきりというあたりも好印象だった

「明翠さんは、的場さんをどう思ってるんですか?」

『・・・・・・・・な?!』

「あ、そういう意味ではなくて。その、妖に対してとか人に対してについて」

『・・・あぁ、そうね。・・・・・・すべてに賛同はできないわ』

「・・・・・・」

『私も、似たようなものよ。祓い人としての私を夏目くんは知らないだけ
 雪に会うまでは、自分が正義で、妖は悪だと思ってたの
 だから、人に害を出さない妖も全部消していた。それこそ力の強い妖も
 自分が正しいと思っていたの。でも雪にあって、それは違うんだって
 考え直すようになった・・・それからは、そう無暗に消したりはしてない』

「・・・・・」

『的場の本心なんて、私には、わからないけれど。
 的場はあの場所で育ってきたのよ。的場一門を背負う必要は必ずしもなかったのに
 それを全部引き受けて・・・・きっと、何か思うところがあるのよ
 変な話、もしかしたら一門も妖もどうとでもなればいいと思っているのかもしれないし
 今は、興味があるからやっているのかもしれない・・・』

「それでも、明翠さんは、的場さんといることを選んだんですよね?・・・お、幼馴染として」

『・・・・・だって、そうやって、私も周りと同じように引いてしまったら
 1人になってしまうでしょう?
私は、傍で見ていて、単純に、この人の味方でいてあげようって厚かましく思ったのよ
・・・1人って、思っているよりずっと淋しいものでしょう?』

「・・・・・・」

『私も、的場を頼りにしているところがあったから、余計にね』

そう、照れる様子もなく
さらりと言ってのけた

『的場一門に入ることにはなるけれど、同じやり方でやろうとは思わない
 自分のやり方で好きにやるわ・・・もう、私には何もないから』

「・・・・・」

『夏目くんは、優しいね。とても優しい・・・』

「そんなことありません」

『少しだけ、夏目くんのこと的場から聞いたわ。・・・今、楽しい?』

「・・・・はい」

『そう、・・・・式がさっきからうるさいから、そろそろお暇するわね』

結界のあるギリギリの場所に突っ立っている式が
何か言いたげにこちらを見ている

『何か、あったら力になるわ。・・・あ、でも頼りにくいかしらね』

「いえ、ありがとうございます」

『それじゃぁね。・・・本当に、ありがとう夏目くん』

番傘をさして、歩いて行く明翠さんの後姿を眺めた

「夏目」

「先生、どこにいたんだ。今、明翠さんが来て」

「おのれ、あの娘!私まで中に入れぬとは」

「え・・・?!」

「やはり、かなりの術者だぞ夏目」



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