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「・・・・・ふっ、ははは」

『・・・・・ふふっ』

数歩距離を詰めて顔を近づけたところで、明翠は目を閉じることをしなかった。至近距離で見つめあって、それがなんだかおかしくて笑えば、彼女も同じように笑っていた。こうした些細なことを懐かしいと思うのは自分だけで、彼女からしたら、ほんの少し前のことなのだろう。
4年前、自分と彼女の関係は今思い返せば良好ではなかった。あの時、彼女と妖を捕まえに行ったのは、自分への態度が不自然になった明翠といつも通りに話すためだった。もとはと言えば自分の言葉が原因だが、明翠がそこまで思い詰めてしまうとは予想していなかった。

「目くらい閉じるかと思った」

『閉じたらそれこそ何されるかわからないじゃない』

「さすがおれの幼馴染だ」

『静司が変わってなくて良かったわ』

「・・・・・」

『こういうことでしょ?』

「まぁ、及第点ですかね」

『呼びづらい』

「すぐ慣れる」

『プライベートの時だけだから』

「結婚したら、場所をかまわず遠慮なく呼んでくれていいですよ」

『・・・・・?!』

「許嫁候補の話はおれも知ってる。今も変わりない」

『だからって今、そんな話ししなくてもいいじゃない』

「顔が赤い」

『・・・うるさい』

「今は、その反応が見られれば十分だ」

照れたような、困ったような顔で、見上げられれば今は十分だ。一体、七瀬と何を話したのだろうか。それとも、再び自宅を訪れて心の整理がついたのか、随分と表情も声色も明るい。
ここからの景色は変わっていないのに、彼女がいるだけで随分違うものに見える。

『大体、順番ってものが』

「・・・・好きですよ、昔からずっと」

『・・・・・』

「・・・・・」

『・・・知ってる』

「でも、明翠はおれのことを見ていない」

『そんなことない』

「・・・・・」

『見ていなかったら、私は的場に入ろうなんて思わなかった。独立して1人でやることだってできるもの』

「・・・・・・」

『的場一門に入れば仕事に困ることもないだろうし、家族に迷惑をかけることもない、それに、独立するよりも的場静司の傍にいられる』

「・・・・・・」

『的場が、静司が一緒にいることが当然だったの。当然を当然のままにしたかった』

「なら、返事をくれても良かったでしょう?」

『だって、わからないんだから仕方ないじゃない・・・それに』

「自分は血ぬれていて、嫌われ者だから、おれの傍にはいられない」

『・・・・・』

「図星か・・・なんとなくそんな気はしてたんです。他に応えられない理由は?」

『静司の他に比べられる人がいなかったから・・とか?』

「それは嬉しいことですね。他には?」

『・・・もういいでしょ!それに、少しは意識してたし』

「・・・いつ?」

『わからないけど、たぶん中学くらい?』

「遅い」

『悪かったわね』

「中学の明翠は、いつ見てもボロボロでしたね」

『・・・今でも痣みたいなのとか、歯型とか消えないの。だからちょっとは後悔してる』

「・・・・・」

『痣はともかく、歯形は人に見せられないし』

「どこに?」

『脇腹の少し上あたり・・・・ちょっと、手』

「痛むのかと思って」

『だからって触ろうとする?この変態』

「そういう話を初めから素直にしてくれれば良かったんですよ」

『・・・・』

「明の平気は、あてにならない」

『的場と妖祓いに行くの、楽しくて好きなの。心配かけたら手加減されると思ってた』

「また馬鹿なことを考えてましたね。・・・おれも明翠と競うのは好きでしたよ。お互い泥だらけになって喧嘩して張り合って、協力して」

『私が足滑らせて2人そろって池に落ちたのっていつだった?』

「中1と中3」

『2回もあった?』

「ありましたよ。・・・その後、明翠が池の底に引きずり込まれて大変だった」

『それ中3の時の・・・・』

「溺れて目を覚まさなくて、おれがどれだけ肝を冷やしたと・・・明翠が巻き込まれるたびに命が短くなりそうだ」

『・・・・・』

「これからは、もう少し大人しく・・・どうかした?」

『・・な、なんでもない』

「?」

『なんでもないから!これからは大人しくするから・・というか、私は巻き込まれただけじゃない』

「巻き込まれないように注意はしてください」

『善処します』

「それと」

『?』

「もしかして、思い出した?」

『・・・・・っ』

「溺れたときは、人工呼吸と相場が決まっている」

『人命救助、ごくろうさまです』

「あはははっ・・・」

意味を理解した明翠が、ただただ恥ずかしそうに頬を染めていた。正直、自分も明確には覚えていない。大事な幼馴染を目の前に必死だった。それだけだ。ただの人命救助程度にしか思っていないというのは、嘘だが本人が覚えていないのであれば意味を為さないことはわかっていた。

巻き込まれるのはいつも明翠だった。潜在能力が彼女の方が勝っていたからなのか、彼女が自分を庇っていたのかわからないところだが、だからこそ的場はおれが明翠といることをやめさせようとはしなかった。強くなければ大事な人1人守れない、妖からも人からも。

「帰ろう、明翠」

『うん、日も傾いてきたし』

「そうだ、家、どうするって言ってました?」

『そのうち壊してもらおうと思う』

「そう」

『大事な文献も蔵の物も別の場所に移したいの。その時が来たら、手を貸してね』

「いいですよ。的場の所有地で良ければいつでも貸せますが」

『まだいいの、もう少し落ち着いてから』

「わかりました。では、帰りましょうか」

『・・・何、その手』

「手でもつなごうかと思って」

『子供扱いしないでよ』

「恋人扱いしてるんですよ」

『・・・・・・』

「待たないって言ったの、忘れた?」

『返事くらい、待って』

そう言いながらも、手を取った明翠に顔がほころぶ
これからの話をしながら階段を降りて帰路についた


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