ユリの棺を彫刻しようか
「ハァ…っ ハァ…っ ……くっ…」
伝説の三忍が一人に勝つだなんて大それたことは思っていなかった。それにしても大蛇丸は強すぎた。
大蛇丸にとってあの猛攻はお遊びのようなものだったはずだ。時期を伺って逃げようとは思っていたが、その前にこんな深手を負うとは。ルリアは霞む視界の中、ふらりふらりと足を進めつつ自嘲の笑みを浮かべた。
ルリアは木ノ葉額当てを、正規の用法で身につけている。では、霧隠れの額当てはどこか。それは首だ。しかし大っぴらに見せびらかすわけにもいかないので、首に布を巻いて隠していた。敵の攻撃にいちゃもんをつけるのはナンセンスだが、大蛇丸も真正面から首を狙ってくれれば額当てがガードして傷を負わずに済んだのに、と思わずにはいられない。後ろめからやや角度をつけて頸動脈を狙われた。避けようとしたがクナイの先がわずかに引っ掻いた。動脈は辛くも守り切ったが、太い静脈を傷つけられたせいで血が止まらない。
増血剤も止血剤も、手持ちがないわけではない。ただ、ルリアは薬や毒の類が効きにくい体質なのだ。飲んでも無駄になってしまう。クソ、身体が思い。手足の先が寒くて震える。感覚が徐々になくなっていく。何としてでも、サクラたちと合流せねば。
「ルリア!!」
大きな木の下に、サクラが居た。大きくうねる木の根の下に身を隠していたらしい。サクラが駆け寄って来て、歩くこともままならないルリアに手を貸す。ルリアはちらりと寝かされたサスケとナルトを一瞥し、サクラに言う。
「トラップを張って、夜をやり過ごす。サスケとナルトはこの様子では当分起きそうにないし、私も限界だ。サクラ、不寝番を頼めるか?」
「うん、任せて」
「すまない…頼んだ」
包帯を巻いて圧迫止血を試みる。どんどん血が失われていく。大蛇丸との戦いはチャクラも体力も精神力も消耗しすぎた。ルリアは気を失うように眠りについた。
深い森の中に、わずかな光が差し込む夜明けの頃。周囲が騒々しくて、殺気を感じたことによりルリアは目を覚ました。しばらくは意識が覚醒せず、そのまま横になって状況を把握していた。
どうやら敵襲、しかも相手は控室で突っかかってきた音の三人だ。サクラ一人ではおそらく手も足も出ないだろう。しかしもう一つ知った気配がある。あれは、ロック・リーとかいう全身緑タイツのおかっぱゲジ眉激濃ゆ男の気配だ。サクラに惚れただの一生守るだの言っていたが、まさか敵となったこの状況下でも手を貸してくれるとは、お人よしというか情に厚いというか。けれど、心強い。
音の忍の攻撃は、「音」を攻撃の主軸にしている。手に仕込んだ武器で、音の振動を増幅させて放出している。土に腕を入れて使用すれば、土は空気を含んでスポンジのようになるし、攻撃をたとえ避けたとしても三半規管を無理やり刺激されて立つこともままならい。
ルリアはひっそりと起き上がって枝の上に姿をくらます。それだけの動作で息が上がるし、身体がフラフラしてしょうがない。首の傷は軽くふさがっている。この状況で戦えば傷口が開いてしまうだろうが、悠長なことを言ってられる場合じゃない。この戦いは生きるか死ぬかだ。
動けないリーに代わって、サクラが戦う。しかし投げた手裏剣は空気圧によって跳ね返され、態勢を崩したところで動いていなかったくのいちが髪を鷲掴んで動きを封じる。サクラがクナイを構えて、不敵に笑う。丁寧にお手入れされた、綺麗な桜色の髪が、クナイで切られて宙を舞う。
そしてサクラはさっきの空気圧の攻撃をする男に向かっていく。一度目に変わり身、二度目も変わり身、三度目はあえて攻撃を受け、敵が居場所を探している隙を狙う。サクラのクナイが男の片腕に突きつけられる。男はもう片方の手をサクラに向けるが、サクラはその腕にかみついて回避する。
そろそろだ。ルリアは空気圧の男をサクラに任せて、次に好戦的な超音波の男を相手する。気配を殺して、影もなく、すぅっと落下して男の腕を片方切り落とした。もう片方の腕が迫ってくる。刀を握っていない左手ですでに組んであった水遁・水陣壁を発動させる。本来両手印の術で即席のものなので、水が先に音を吸収して弾け飛んでしまい、残った衝撃波がルリアを襲う。本調子なら余裕で躱せるそれも受けるしかできない。
ルリアの身体が舞って、茂みを超えて木の幹に背を打ち付ける。受け身も取れなかった。息が詰まって、四つん這いになって咳き込む。首の傷が開いてしまったし、内臓が傷ついたらしい。ごぽりと血がこみ上げてくる。真っ赤な鮮血を吐き出す。血が足りない。目の前がぐらぐらして、ぼやけて、視界が狭い。気を失いそうになるのを、意地でつなぎとめる。
「ルリア…」
第十班の三人が、この茂みに隠れていたらしい。これは七班の戦いだ。ロック・リーはこちらにとって大きな戦力となる上に戦う覚悟が定まっていた。けれどこの三人は違う。戦いに恐怖している。三人を巻き込むわけにはいかない。
ルリアは震える腕を上げて印を組む。
「忍法・口寄せの術」
手を先ほど吐いたばかりの鮮血に叩きつける。ボン、と白煙を上げて出現したのは二頭の白銀の毛並みを持つ狼だ。人によっては山犬とも呼ばれる彼らは、棺一族の口寄せ獣として永らく仕えてきた。
馴染みの顔がルリアを見下し、フンと笑う。無様だな、と言外に言っていた。悔しさがルリアを苛む。
口寄せに任せて自分は傍観しているスタイルは嫌いだ。共に戦わなければ。一頭は既に腕噛まれているから、サクラを殴るしかできない男に向かっている。もう一頭がルリアの身体を支え、またがることを許す。
戦わなければ、誰が守るのだ。
「いの…」
「サクラ…あんたには負けないって約束したでしょ」
サクラがついに口を離して、男が自由の身になる。あっちには援護として口寄せた狼のギンを送っているが、大丈夫だろうか。ギンがグルルルル、と低く唸って男に威嚇する。ギンは自らサクラの方へ行った。きっと、サクラを評価しているのだ。任せて、大丈夫か、と思った時、あの茂みから三人が飛び出してきた。
いのちゃんが出撃を決意して、女のいのちゃんが戦うのに男が黙ってられるかとシカマルくんも続き、シカマルくんがチョウジくんのマフラーを引っ張ってチョウジくんを引きずり出し。初めは消極的だったチョウジくんも「禁句」を言われたのでぶち切れ戦う決心をした。
三人は幼馴染と聞いていたが、確かにフォーメーションがかなり上手く取れている。主戦力として秋道一族の秘伝忍術・倍化の術でチョウジくんが目立つ攻撃を仕掛け、空気圧の男を圧倒する。助太刀に入りかけた男をルリアが通すはずがない。その隙にシカマルくんが影真似の術を成功させる。
「シカマル、私の体お願いね」
残りはくのいちだけとなった。山中一族のいのちゃんは心転身の術でくのいちの身体を乗っ取る。乗っ取ったくのいちを人質に、いのちゃんはここから立ち去るように言う。チョウジくんが相手していたザクとかいう空気圧の男がキンとかいうくのいちを、吹き飛ばす。キンの肉体にいるいのちゃんがうめく。そして、シカマルの抱きかかえるいのちゃんの肉体の口から血がこぼれた。
そして、ドスの動きを封じていた影真似も解ける。
「その子の術、相手の精神に自分の精神を潜り込ませ、体を乗っ取る術のようですが…フフ その吐血から見てキンを殺せばその子も死ぬことになるようだね」
ドスもザクも、キンごといのちゃんを殺すつもりなのだろう。第十班は劣勢に立たされた。ギンがザクに攻撃を仕掛ける。空気圧はギンの咆哮によっていなされ、ザクに向かう。キンはまだいのちゃんがいるから大丈夫。あとは一番厄介なドスだけ。ルリアの背に乗せたユキが、分かっているとドスに走る。
「水遁・水乱波<みずらっぱ>!!」
水がドスを襲い、押し流そうとする。それはするりと抜けられるが、そこで待っているのはユキの爪とルリアの風遁だ。かまいたちの術で全身に傷を負わせることに成功したが、ごぽりと血がせりあがって来て、ユキの背から落ちる。横になると途端に眠気が襲ってきた。まだだ。まだ駄目だ。
音の忍たちが勝利の声を上げる。第十班の攻撃は見切られてしまったし、口寄せ獣たちだけでは中距離型の音忍相手に分が悪い。唯一の突破口を持つルリアもまもなく戦闘不能だ。
リーと同じ班の日向ネジが、木の上から静観していたのを破って白眼で脅しをかける。しかし、サスケがゆらりと起き上がったのを見遣り、すぐに瞳術を解いてふっと笑った。
「サクラ、ルリア…誰だ、お前をそんなにした奴は…」
な、に…?
大蛇丸がサスケの首に植え付けたもの、それが呪印ということはルリアにも分かった。しかしあの呪印がどういうものなのか分からなかったから、ルリアにはそれを封じる手立てがなかったのだ。
呪印が体を取り巻くように広がっている。巴のような文様が、斑になって酷く恐ろしい気配を発する。
「あいつがくれたんだ。…俺はようやく理解した。俺は、復讐者。たとえ悪魔に身を委ねようとも力を手に入れなきゃならない道に居る」
さァて、とサスケが睨む。
危機を察知したシカマル君がいのちゃんに自分の身体に戻るよう言っている。いのちゃんは無事に戻り、第十班は手近な茂みに身を隠した。
ザクは状況を分かっていないようだった。ドスは大きすぎるチャクラを察知して止めようとしたが、無駄だった。ザクは斬空極波という技で周囲をめちゃくちゃにした。
「へっ バラバラに吹っ飛んだか」
「誰が?」
攻撃の軌道に居たルリアを抱きかかえたサスケが背後に居た。動けないナルトとサクラを避難させ終えたギンとユキが寄って来て、サスケからルリアを受け取る。ザクの両腕を捕らえたサスケが嗤う。そのままサスケは両腕を折り、唯一戦闘可能なドスを睨みつける。ドスは完全に負けを悟っている。
そして、呪印術に身体を蝕まれるルリアには分かった。あの呪印は命を削る類のものだと。このままではサスケの命に係わる。ルリアはユキとギンに支えてもらいながら、印を結ぶ。それは長く複雑な印だった。
「秘伝忍術・氷花牢<ひょうかろう> 凍結封印!!」