夜明け前に消えなくては

「秘伝忍術・氷花牢 凍結封印!!」

 サスケの呪印に白雪の切っ先を軽く突き立てる。パキパキとサスケの腕に薄氷が張って花のような模様を浮かべる。赤黒かった呪印が先の方から引いていく。元の印に戻ったところで薄氷は解け、封印術は完了だ。
 棺一族がその名に「棺」を冠す理由はこの秘伝の封印術にある。複雑でチャクラの消費も激しいが、効果は絶大…のはずだ。
 ザクは動けない二人を抱えて大人しく退散する。巻物も置いていってくれた。私たちの巻物は燃やされてしまったからこれで振り出しに戻るわけだ。
 みんなが手当を受ける中、ルリアは考え込んでいた。そこに、この森に居る下忍たちではない、もっと洗練された動きの人間がいることに気付いた。私に出来ることは、ひとつしかなさそうだ。ふらり、と立ち上がって、印を結ぶ。

「全員木に登れ!」
「秘伝・氷雪崩<こおりなだれ>!!」

 頭上に氷の小さな粒が山のようにできて、ルリアを中心に雪崩が起きる。ネジの指示で咄嗟に飛び上がった木ノ葉の下忍たちは何事かとルリアを見下ろす。ルリアが上を見上げる。音の忍がかわいいと思える殺気だった。それに、普段冬の薄雲の張った空のような静かな瞳に花の文様が浮かび上がっていた。
 瞳術の使い手というのは少ないうえに、血継限界の形質だ。ここには木ノ葉、いや、世界の中でも極めて有名な写輪眼のうちは一族と白眼の日向一族が居る。食い入るように見つめられ、それを睨み返すルリア。先に目をそらしたのは、ルリアだった。そっと視線を伏せて、木ノ葉の額当てを取る。足元に残る氷にざくりと埋まった。次いで首布を引き裂いて真っ直ぐ横に線が引かれた霧隠れの額当てが露になる。

「ルリアってばどうしたんだってばよ!!雪崩に巻き込まれるところだったんだぞー!?」
「何もわかっていないな、ナルトは。この額当ての意味が分からないとは」
「霧隠れの…抜忍……。ルリアは再不斬と同じなのよ!」
「へぇ…再不斬に会って生きてるなんて、幸運だな」
「再不斬は…死んだってばよ。カカシ先生が倒して、最後はアイツを守って…」
「なるほど…霧隠れの鬼神も、木ノ葉のコピー忍者には敵わなかったということか。だがな、私はその再不斬の里抜け後、後釜を務めた。下忍のお前たちが束になってかかってきたとしても、力の差は歴然…」
「なに…言ってんだってばよ……?」
「霧隠れの里 暗部所属 上忍 棺ルリア。それが私。今まで騙されてくれてありがとう」

 木の陰からクナイが飛んできた。それを簡単に刀で弾き、目を凝らす。今までで一番恐怖したことは何にかと問いかける。すると人間は反射的にその記憶を呼び起こす。

「まんまと乗ってくれるとはな」

 ルリアは瞳術による幻術をかける。下忍たちは青ざめて、震える者もいる。悪いとは思っている。だけど、これも必要な事なのだ。

「お前、夜叉だな」
「ご名答」
「…お前を連行する。火影様をも欺くとは、末恐ろしい女だ」
「お褒めに預かり光栄だ」

 キン、と刀とクナイが交わる。暗部は二人、そしてくのいちが一人。暗部は一人幻術にはまってくれた。くのいちは手負いらしい。この人に連行されれば全て終わるのだ。ルリアはもうあまり体が動かない。忍術による中距離攻撃を行いながら、タイミングを見図る。
 しかし手負いの悪あがきは無駄でしかない。ただでさえ尽きかけている体力がもう底をつく。暗部もそれを見抜いている。暗部の掌底がルリアの腹に入って、勝負はついた。がくりと膝をついたルリアはゆっくりと氷の上に倒れる。傷口からまだ止まらない血液が、白を赤く染める。

「この女は暗部が預かる。君たちも見たところ重傷ではなさそうだ。試験に戻れ」

 ピクリとも動かないルリアを入念に縛り上げ、武器を取り上げる。それから味方を幻術から解放したその暗部は、そう言い残して消えた。

「なんで…ルリアは俺たちにあんなことしたんだってばよ…あいつ必死になって俺たちを守ってくれたり、仲間…なのによ……」
「あんたって本当にバカね!ルリアは…っ ルリアはね!!自分がもう動けなくて足手まといになるのを分かってた。だけど、この試験のルールはメンバーが一人でも脱落すれば終わりなのよ!多分、ルリアが抜忍なのは本当だと思う。実力だって、下忍のそれじゃない。それを、本当の意味で死ぬ気で、あえて暗部に明かしたの!私たちが試験に落ちないよう、わざと連行されたの!!!」

 第七班に途中から入ったルリアは馴染めていなかった。サスケとナルトですら、喧嘩こそすれども死線を共にかいくぐってきた仲間なのだ。ルリアとはDランク任務しかしていないし、話したことも少なければどんな戦い方をするのかもこの試験で知ったくらいだ。正直、第十班の三人の方が親しいと言えるかもしれない。
 それでも、今回必死に守ってくれた。ルリアは第七班を仲間と思っていたことの証明だ。夜叉だの抜忍だの関係ない。仲間は仲間だ。試験が終わったら、火影様とカカシ先生に言って取り返してもらうんだ。ルリアは俺たちを守ってくれたんだって。


 ルリアはまず第二の試験会場のゴールの塔に連行された。暗部の一人が伝令に向かって、もう一人の暗部がルリアに薬を飲ませ、手当を施す。敵を癒すことは塩を送るも同然だ。しかし、死なれては情報を引き出せないのだ。何のために木ノ葉に忍び込んだかも、分からずじまいに出来る程事は小さくない。
 程なくして今回の試験の木ノ葉のルーキーたちの上忍師たちが駆け付けた。後で火影様も暗部の護衛付きでここに来るそうだ。
 カカシはルリアに駆け寄る。暗部の話ではルリアは既に手負いだった。この怪我がなければ暗部は負けていただろうと話す。ルリアが強いことは分かっていた。しかし、彼女にここまでの傷を負わせるのは一体何者なのか。そんな連中がこの試験の参加者なのかと、疑ってしまう。

「ぅ…はたけ、上忍……」
「まだしゃべるな、傷が深い」
「ぉろち、まるが…草の、くのいちに化けて、ました…」
「おい、まさか…そんな!?」
「サス、ケに呪印……あれは、代償が大きいように見えた、から…ゎたし、も限界で…封印術が、上手くかからなかった…はたけ、じょ、にん」
「後のことは任せろ。よくやった」

 カカシは忍術を用いてルリアを強制的に深い眠りにつかせた。程なくして火影が到着し、事のあらましを詳らかにする。
 火影は深いため息をつき、大蛇丸を指名手配し巡回を強化するよう命じる。一足先にみたらしアンコが飛び出していったが、それを引き留めるには少し遅かった。諦めたように火影はまた一つ溜息をついた。じっと失血で青ざめたルリアを見つめ、将来有望な下忍を救ったとして手厚く看護するよう申し付けた。


「起きたかい?」
「……はたけ、上忍」

 そういえば第七班のみんなはカカシ先生と呼ぶのに、ルリアだけははたけ上忍と呼ぶ。普段はぶっきらぼうな話し方だが、きちんと目上の人には敬語を使う辺り、あの子たちより少し年齢を重ねた故の落ち着きなのだろうか。なんだかおかしくなってカカシはフッと笑う。
 そんなカカシの内情は露知らず、ルリアは首を傾げるばかりだ。ルリアは病院のベッドに寝かされており、腕には血圧計や点滴など機械類が多くつけられている。カカシは月明かりを背に浴びて、いつもの愛読書を片手に粗末な丸椅子に腰を下ろしている。

「ここが病院で、最初に目に入った人がはたけ上忍で良かったです」

 困ったような顔をしたルリアは至極真面目にそう言った。カカシはその裏にある、拷問部屋でなく、尋問官でもなくて安心した、という真意に気付いて微妙な顔をする。

「そんなことするわけないデショ」
「そうされてもおかしくない立場にあるのが私です」

 まあそうなんだけどね、とカカシは肩をすくめた。しばらく二人の間には静寂が落ちる。

「あいつらは第二の試験を突破したよ。その後、ちょっと人数が多かったんで予選を行って、そこでサクラが引き分けで敗退。ナルトとサスケは勝ち進んで、明後日本選。大蛇丸はその後身を隠していて、足取りは捜査中だ」
「何事も起こらなければ良いですが、きっとそうはいかないでしょうね」

 カカシは無言を以って肯定した。大蛇丸の狙いはサスケだろうが、それにしたって木ノ葉に潜入するのはリスクが高い。きっとまだまだしでかすつもりなのだろう。
 ルリアが大蛇丸との戦闘を思い返していた時、カカシが重たげに口を開いた。

「あいつらの先生として礼を言うよ。あいつらを大蛇丸から守ってくれてありがとう。あいつらの試験を続けさせてくれてありがとう」
「私には、木ノ葉の方針は酷く甘く思えます。でも、私自身がその甘さに救われて、生かされているんです」
「ああ、そうだね」
「私は、誠意を示せましたか?」
「ああ、十分すぎる」

 よかった、と小さくこぼしてルリアは目を閉じ、再び眠りについた。失った血は輸血や輸液で補っているが、まだまだ傷を癒すには休息が必要だろう。
 カカシは愛読書を閉じて腰のポーチに直すと、窓からサスケの修行に付き合うべく出ていった。


ALICE+