枯れた噴水にうつるひと
猛獣の討伐任務に出ていた第十班は、持ち前のチームワークでCランク任務を無事に完遂し、帰途に着いたところであった。
火の国の森の中を歩き、程よいところで休憩を取るために野営の準備をしていた。先日の大雨の影響で、森の中はジメッとしているし、近くの川は水が濁った上に増水して流れが早く、飲み水を汲むどころか近付くのさえ危険な状況だった。
携帯している水筒と携帯色で簡素な食事を済ませ、休憩をしていた。おもむろにいのがピクン、と反応して、川の方を見つめる。
「いの、どうした?」
「…分からないの。でも、何か……」
シカマルがそんないのに尋ねる。山中一族であるいのは感知能力に長けている。そんないのが何かを感じ取ったと言うのなら、何かあるに違いないとシカマルは半ば確信を持っていた。そんな二人に釣られるようにチョウジも川を見ていた。
「人だ!人が流されてる!」
「アスマ!!」
いのがビシッと指差す先に、黒と泥に汚れた青い布が、濁流の中でチラチラと見え隠れしていた。いのとシカマルとチョウジの大声に、担当上忍であるアスマはすぐに反応し、人名救助のため激流の水面を走って急行した。
人を抱き抱えたあと、アスマはしばしその場で硬直していた。その後ゆっくりとこちらへ歩き出した。そんなアスマの様子に、三人は最悪を覚悟した。この激流に呑まれて、無事では済まないだろう。せめてもの弔いをする覚悟を準備した。
「女の子…?酷い傷だ……」
「まだ息してるじゃない!手当しないと!」
「…額当て?」
アスマの腕の中でぐったりとしていたのは、第十班より少し年上に見える少女だった。泥に汚れていて分かりにくいが、少女は酷い怪我を負っている。しかし、わずかに胸が上下しており、まだ生きている証明をしていた。
シカマルが気付いたように、彼女の額には自分たちと同じように額当てがあることから、忍であることが分かる。しかし、刻まれているのは木ノ葉ではなく、四つのうねった線だ。つまり、他国の忍であるということ。アスマが戸惑った理由は、コレだった。
「お前たちにゃ、まだ早いと思ったんだがな…」
アスマが困ったようにタバコをふかした。
そっと彼女の体を地面に下ろし、駆け寄ろうとしたいのを制止する。
「この額当てが何を意味するか分かるか」
「他国の忍ってことだろ」
「半分正解だな。こいつは霧隠れの抜け忍だ」
「抜け忍…?」
額当てには霧隠れのマークを取り消すように、横一文字の傷が刻まれている。里抜けした証だ。忍にとって里抜けは重罪。里の秘密を守るため、追忍という暗部の追手が放たれ、処分される。
処分という言葉に、忍になって日の浅い三人の喉がゴクリと音を立てた。
「この傷も、追忍との戦闘でできたものだろう」
「私たちにできることはないの?」
「俺たちがコイツに何かをすれば、霧隠れの里、ひいては水の国と敵対することになる。コイツを助けるも、情報のために利用するも、全て敵対行為として見做される」
「でも、でも…」
「せめてコイツが抜忍でなく、同盟国の忍なら助けられたんだがな。第三次忍界大戦が集結してまだ間もない。お前たちだって、戦争は嫌だろ」
いのは目の前の一人の命を救うことが、戦争という大きなことに直結するのがよくわからないようだった。彼女を助けるというのは、正規の忍である追忍と敵対すること。そして、彼女を助けたいとを推測するはずだ。その推測は、霧隠れの情勢や戦力を知る、忍術を知るなど、戦況を大きく左右する情報という武器を得るため、と行き着くだろう。そうすれば火の国と水の国の緊張は高まり、火の国が水の国への宣戦布告を準備しているようにだって、捉えられかねない。
一行がすべきことは、何も見なかったことにする、それだけだ。彼女をここに捨て置き、その後のことは流れに身を任せる。
「そんな……」
いのもチョウジも、言葉にならないようだった。
第十班はまだ若く、戦争を知らない世代だ。まだCやDランクの任務しか受けておらず、命のやり取りをするような戦闘はただの一度もしたことがなかった。忍というのは、非常な非常な選択を迫られることもある。今が第十班にとっての、初めての経験だった。
それまで真剣に考えている様子だったシカマルが、考えがまとまったのかアスマを見て口を開く。
「でもここは火の国だ。追忍とはいえ、他国の忍に入られちゃまずくないか?」
嫌なところを指摘された、とアスマの顔が歪んだ。
「そしてソイツも他国の忍。捕らえて火影様の指示を仰ぐべきなんじゃないか」
アスマの顔が苦々しげなものになっていき、代わりにいのとチョウジの顔が明るくなっていく。
「火影様のところに連れていくまで、死なれたら困るものね!死なないように手当てしないと!」
「僕、綺麗な水を探してくる!」
「アスマ、大人の考えは俺たちガキにゃ、受け入れられないモンだぜ」
とうとうアスマが手で顔を覆った。降参、ということらしい。
大人が自然と身につけた暗黙の了解ではアスマのいう通り捨て置くのが正しい。しかし、本来忍たちの行動規範では、火影様に判断を仰ぎましょう、それが正しいのだ。
ルリアの意識が深いみなぞこから、徐々に浅瀬へ浮上していく。パチパチという音、下rだの前面が異様に暖かいこと、少し瞼を透かして入る光が眩しいこと、話し声。少しずつ状況を知覚し、ゆっくりと把握していく。
前に薪がありパチパチと爆ぜ、ルリアを照らして温めている。話し声は四つ、大人の男と、少女と、少年が二人。そこでルリアは急速に目を覚まし、臨戦態勢を取ろうと腰の刀に触れようとした。
「あ、起きた?大丈夫?痛いところはない?」
「喉乾いたんじゃない?お水いる?」
「お前ら、一応縛ってるとはいえ、そんな近付くなよ」
刀には触れられなかった。手足を縄抜けできない結び方でキツく縛ってあり、刀を始めとする所持品は男の元に纏められていた。
ルリアは自分を捕らえている人間を観察する。心配そうにルリアを見下ろす少女、水の準備をするふくよかな少年、それを見守り僅かに警戒する少年。それから、ルリアの対面に座り、ルリアの荷物を預かる、タバコをふかす男。四人は木ノ葉隠れの額当てをしている。
「木ノ葉の忍、その腰布。まさか、猿飛アスマ…?」
「お嬢ちゃんのような、霧の抜け忍にまで知ってもらえてるとは光栄だな」
「……私には呪印が刻まれている。私は霧隠れで知り得た一切を話せず、私の身体、情報を暴こうとすれば自動的に爆散するようになっている。木ノ葉に連行するだけ無駄だ」
「俺ぁお前を見捨てるつもりだったんだが、コイツらに痛いところを突かれちまった。お前を木ノ葉に連行するまでは生かす、その後のことは火影様次第だ」
「無駄なことを……」
ルリアの身体にはいくつもの呪印が刻まれている。そのどれもが忍として秘密を守るためのものであり、暴こうとすれば手痛い反撃に遭うはずだ。こうして手間のかかる連行などせず、大人しく殺せばいいものを。
師匠である叔父に言われるがまま二人で里抜けした。里抜けしたところで、その後どう生きるかなんてルリアは知らない。ただ、まともに生きれないことだけは分かっていた。追忍や賞金稼ぎなど全てが敵となり付け狙われ、一つどころに長く留まれず流浪する生活。そんなことになるくらいなら、里抜けなどしなければ良いし、解放されたいのなら死ねばいいのに。感情の乏しいルリアには理解し難いことである。
「私を生かしたところで、結局死しか待っていないのに」
「…そうかもしれない。でも、私たちが今貴方を見殺しにするのは、嫌だったの」
木ノ葉の上層部の判断はまだだが、捕虜というのは悲惨な未来しかない。情報が有用だと判断されれば、拷問も辞さずありとあらゆる手段で利用し尽くす。交渉の材料として有用だと判断されれば、そこで両国の判断により生死を左右され、利用価値を失うまでは飼い殺される。
そして、ルリアは呪印により情報的価値がない。抜忍であることから、交渉材料として使えないだけでなく、むしろ両国間の緊張を高める火種にしかならない。内々に処分されるのは分かっていた。
それを告げれば、少女は人殺しになりなくないとのたまった。なんて甘いのだろう。忍というのは、自国のためならば殺しも何もかも引き受ける汚れ役だというのに。まるで正義の味方のようではないか。
「絵空事を。いつまでその夢を見続けられるかな」
ルリアの突き放した物言いも、少女らは意に介さず、ルリアの世話を焼く。どうせ死ぬのだからと、与えられたものは全て享受した。清潔な水、温かい食事、衣服をたたんだだけの簡素な枕と毛布。
移動に際して、足の縄が解かれた。手は変わらず後ろで縛られたまま、アスマに手綱を握られている。そうして二日が過ぎた。ルリアは火の国の地理に詳しくないが、三人が少しずつ勝手知ったる様子を見せるようになったので、おそらくそろそろ木ノ葉隠れの里に到着するのだろう。
「泥まみれのままじゃ傷に悪いし、すぐそこに綺麗な泉があるからさ…?」
「縄は解かない。いのが介助する上で、シカマルが影を縛るならヨシ。チョウジは野営の準備だ」
「やった!行きましょ!」
いのに連れられて、ルリアは泉にやってきた。確かに水の澄んだ綺麗な泉だ。ルリアはいのについていき、ざぶざぶと腰のあたりまで水に浸かるくらいまで泉の中に入った。
岸に残るシカマルが縄の端を持ち、背中を向けた。監視役だというのに、背を向けていて良いのだろうか。ルリアは捕虜として頓珍漢な心配をしつつも、いのに服を脱がされていく。
「シカマルー!良いわよー!」
「はいよ」
いのがシカマルに合図を送ると、彼がチャクラを練っているのが分かった。彼から伸びた影がルリアの影と繋がると、ルリアの動きが制限される。
「影真似の術、成功」
シカマルはそう言った。ルリアはシカマルに四肢の自由を奪われ彼の言う通りの動きしかできなくなった。彼の動きに倣って、お辞儀をするようにして頭を水面に近づけ、髪を水に浸ける。髪が水中でばらけて、じんわりと泥が滲んだ。
そんなルリアの隣でいのは、手を縛られているせいで完全には脱げなかった泥まみれの衣服を擦り合わせて洗う。
「ヨシ!」
「終わったか…って、おわ!?」
「ちょ、シカマルの変態!エッチ!覗き魔!あんたはそんな事しないと思ってたのに、最低!」
いのは三人の中でも特に感情が豊かで、起伏が激しい。ルリアはあまりの目まぐるしさに、目をパチパチさせるくらいしかできないくらいの衝撃を受けたものだ。
いののヨシ、は服を綺麗に洗い終えたの意図だ。シカマルはそれを水浴び終わりのヨシだと勘違いして、後ろを振り返ってしまった。当然現れる関係でほぼ裸体のルリア。奇しくも影真似の術で繋がっていたこともあり、振り返ったシカマルの動作を真似してルリアも振り返っており、互いに真正面から向き合うこととなってしまった。
傷だらけだが真っ白な肌、ふっくらと丸みを帯びた乳房、その中央にある控えめな乳頭。腰のラインはくびれていて、その下は末広がりに丸い臀部、水面から僅かに下生えが見えた。紳士なシカマルは自分の勘違いにすぐに気付き、一瞬で再び背を向けた。ルリアは羞恥心など持ち合わせているわけもなく、何も感じていない。が、シカマルは思春期男子には刺激の強すぎる裸体を完全に記憶してしまっており、見て覚えてしまったことに罪悪感や羞恥を覚えていた。いのの怒声が背中に投げ付けられるが、甘んじて受け入れた。
「別にいいよ、減るものじゃないし」
「減るでしょうよ!!?」
「とりあえず服着せて」
なんとなくフォローした方が良い空気だと思ってルリアがそう言うと、シカマルへの怒りのままに噛みつかれた。事故で裸を見るというのはそんなにも罪深いことなのだろうか。本来ならシカマルは、いのの無事を確認するためにもルリアから目を離さず監視しておくべきなのだが、いのは納得しないだろう。
そんなちょっとしたハプニングはあったが、ルリアは無事に水浴びを終えて、チョウジとアスマの用意した野営場所で焚き火に当たった。