眠れ、残り香を運ぶから

 夢を見た。夢など久しく見ていなかった。
 夢の中でルリアは、とても懐かしい人と出会った。とても綺麗な、少女とも見間違う少年だ。あれは最後に会った時から相応の年月を経た姿で、ルリアの前に立っている。
 彼の名はハクという。氷の血継限界を持つ雪一族の子供。ルリアも血継限界を有する棺一族の出である。両者は水と風の形質変化で氷を扱う一族で、もしかしたら元を辿れば同じ祖に辿り着くのかもしれない。そんな奇妙な縁だった。



 ハクと出会った頃の水の国はとにかく荒れていて、他国との戦争に内乱と、不安定な情勢だった。血継限界というのはどれも強力で、持たざる者たちは戦力として利用すると同時におそれを抱いていた。そして、ほんの一握りの人間を残して、一族を根絶やしにする作戦が行われた。
 逃げ延びた者はほとんど居らず、無力な子供は捕えられ、利用されていた。ルリアは物心つく前からとある研究施設におり、ハクはその施設での後輩にあたる。
 ハクは血継限界を持つ異端の母を父に殺され、自分も母と同じ運命を辿ろうとしていた。その時力を発言させて、父を殺して生き延びたが、たかが子供に生き抜く力はなく施設の仲間入りを果たしたというわけだ。ハク曰く、施設での生活は死んだ方がマシだと思うほどの生き地獄らしい。ルリアにとってはここでの生活は当たり前のことで、これが異端の罪を背負った自分になせる唯一の贖罪だと刷り込まれていたためだ。
 そしてハクを始めとする、ある程度大きくなってから施設に来た子供達の話を聞くうち、洗脳が解けていった。そうして、ルリアたちは己の姫たる力を覚醒させ、騒ぎを起こして脱走を試みた。ルリアは脱走できたが、すぐに捕まってしまった。幸いなことに、忍として活躍して殲滅作戦から逃れていた叔父に引き取られ、ルリアは唯一の親族と共に新生活を送るようになる。



 ハクは逃げ切れたようだった。けれど、彼は寂しげにルリアにいうのだ。道具としてしか生きられなかったと。
 彼の語った内容の大半はザブザのことだった。まるで崇拝しているかのような、そんな熱量だった。ザブザといえば、今は抜け忍となった元霧隠れの鬼神桃地再不斬だ。ルリアは彼の後釜を務めた縁もあり、ハクとは本当に妙な繋がりがあると実感する。
 とにかく、ハクは再不斬のことをいきいきと話す。そして最後に、切なげな表情でルリアい未来を託した。自由に、僕の分まで生きろ、と。
 自由に生きるも何も、今にもルリアの命は尽きてしまうというのに。#nme#も、決して自由な人生ではなかった。



 叔父に引き取られてから、ルリアは死に物狂いで身体を鍛え、勉強をし、技を磨いた。忍として里に尽くすことでしか、生きる道がなかったのだ。叔父にそうしろと言われたから、ルリアは必死に課せられた課題をこなした。
 里がルリアに呪印を刻んだのは、ルリアから秘密が漏れることを危惧したからではない。それなら叔父や他の忍たちもルリアと同じ呪印を刻まれているだろう。ルリアだけが違ったのは、ルリアを信用していなかったからだ。いくら従順にしていても、いつ反旗を翻すかわからない人間を放置しない。ルリアが裏切れないように、裏切っても問題ないように、呪印を刻んだのだ。
 戦争は終わっていた。しかし、余波はまだ至る所に残っていて、ルリアは掃除の任務に追われた。殺し、殺し、殺して、殺した。命じられるがままに、命じられた通りに、全てこなした。ルリアはまるで傀儡人形のようだった。感情を殺しすぎてうしなてしまった、命令に忠実な操り人形。
 叔父に言われるがまま里抜けして、自分だけ生き延びてしまった。追忍ではなく木ノ葉の手に落ち、僅かに伸びた命も、風前の灯火だ。




 ルリアが目を覚ますと、丁度深い森に朝日が差し込んでいた。オレンジの眩しい光に目を細めたルリアの瞳から、涙が溢れ落ちた。なぜだかはわからない。ただ、何筋も、何筋も頬を涙が伝った。
 手を縛られたルリアにそれを拭う術はない。ルリアにできたのは、いつどこで誰から聞いたのかもわからない歌を口ずさむことだけだった。
 下忍の三人と違って、アスマはルリアの起床とともに朝い眠りから覚め、横になったまま彼女の動向を見守っていた。朝日に照らされながら涙を流して歌うルリアの姿に、アスマはほんの少しほっとして、それと同時に残念に思った。
 上忍で第三次忍界大戦を経験したアスマは、ルリアのような忍を飽きるほど見てきた。ルリアのように里に忠実で無感情に任務をこなす、まるで道具のような忍。こういう忍は後ろ暗いことに向いているのもあり、暗部などでよく見る。
 ルリアが道具ではなく人らしく涙を流して感傷に浸るのは、喜ばしいことだ。しかし、里に連行すればかなりの確率で彼女は死ぬことになる。道具でいた方が死への恐怖は薄かっただろう、それを考えると少し残念にも思った。

「早いのね…。綺麗な歌、なんて歌なの?」
「さぁ、昔からどうしてだか覚えてる歌だから」

 そのうちいのが起きて、シカマルとチョウジもそれに続いた。のがルリアの歌に酔いしれ、チョウジが朝食の支度をする中、シカマルは彼女の頬が濡れているのにギョッとした。女の涙は一番対応に困るのだ。比較的綺麗な手ぬぐいで彼女の頬を拭ってやる。どうせ彼女は顔を洗ったりできないのだから、ついでだ。

「ねぇ、貴方って」
「ルリア。棺ルリア」

 ルリアはしまったな、と思った。ルリアは霧隠れの抜け忍ということ以外、素性を一切明かさなかった。呪印の範囲外のことも何一つ。それに、命の恩人でもある彼らに、あの時助けた人はすぐに死んだと癒えない傷を残したくなくて、煙のように消えようと思っていたのだ。
 名前を教えたことで、彼らの印象に残ってしまったら、そんなルリアの思惑は叶わなくなるはずなのに。何故だかいのに貴方、と呼ばれることに罪悪感を覚えてしまったのだ。

「ルリア、ご飯を食べましょ!」
「ルリア、昼頃には木ノ葉に着くと思うよ」
「まあ、なるようになるだろ」

 阿吽の門を潜って木ノ葉の里に入る。賑やかな大通りにはたくさんのお店が並び、人々の活気ある声や子供たちの笑い声で満ちている。一言で言い表すなら、平和が相応しい光景だった。奥にある崖には歴代火影の彫刻があり、平和な里を見下ろしている。
 詰所に連行されると、周囲が忍ばかりなせいでルリアへの視線が厳しいものに変わった。第十班が猛獣退治の報告を終えると、火影は第十班に下がるように言い渡し、その場には火影とルリア、アスマが残された。

「してアスマよ、これは一体どういうことだ」
「火の国に不法入国していた罪人を連行しただけですよ」
「これがどういうことかわかっているだろう?水の国への宣戦布告と捉えられてもおかしくないのだぞ?」

 火影はアスマを責める。それはそうだろう、ルリアが火影の立場であっても、アスマを責めたはずだ。アスマもわかっているので、何も言わない。

「恐れながら申し上げます」

 火影の言葉を遮ってルリアが発言すると、火影に密かに控えていた暗部がルリアを組み伏せ、細い首にクナイを当てがう。火影は良い、と軽く手を振ってルリアに発言を許可した。暗部もそれに従うが、余計なことを言えば殺すとルリアを牽制したままだ。

「私の身体には呪印が刻まれており、霧の情報は一切明かせません。それどころか、無理に情報を得ようとする、私の身体を暴く、そのようなことがあれば、自爆するようになっています」
「脅しか?」
「いえ、事実を申し上げたまでです。これらをご承知の上で処遇を判断していただければと」

 ルリアの言葉に火影は顎鬚を一つ撫でて、刻みタバコを煙管に詰める。マッチで火を着けふかすと、窓の外に広がる里を見下ろしながらふぅー、と紫煙を長く吐く。

「他里の者から木ノ葉はどう見える」
「里の様子は平和そのものに見えました。まあ、強い光はより濃い光を生むものですから、それは私に推し量ることは出来ませんが」

 少し不遜な物言いをしたが、火影は特に気に障った様子はなく、何も言わずにルリアに先を促した。

「共に行動した第十班から見て取れたのは、平和というぬるま湯に浸った甘さでした。救われた身で恐縮ですが、そもそも私のことは捨て置くべきだった。担当上忍を言いくるめてまで、生かすような人間ではないのに。自分が見殺しにするのは、誰かの死のきっかけとなるのは嫌だと言う。下忍になりたてとは言え、その優しさは戦場では命取りとなる」

 ルリアは正直な感想として、第十班をこき下ろした。客観的に考えて、ルリアは忍として正しいことを言っている。

「では、その優しさ、甘さに救われて、お主はどう感じた」
「その優しさにつけ込む悪は必ずいる。そうして傷つくであろう彼らを、不憫に思います」
「それから?」
「…彼らのような忍が台頭することで、情勢は好転すると感じました。前時代的な地で血を洗うことを当たり前にした者が次代を担ったところで、何も変わりませんから」
「そうじゃな。お主は正しいことを言い、良い気付きを得た。じゃが、ワシが聞いておるのは、お主がどう感じたのか、じゃ」

 どう考えたかを述べて言った。その全てを火影は肯定した。しかし、求めている答えはそれではないと、初めて否を出す。感情の機微に疎いルリアには、少し難しい質問だ。

「……眩しいと、思いました」

 悩んだ末、絞り出せたのはそれだけだった。ルリアは忍と言うものを、闇や影、暗がりに生きるものだと考え、実際に実行してきた。それに対して、彼らの忍としての在り方は、英雄的な側面を感じさせる眩しいものだった。
 火影はようやく満足のいく答えが出てきたことに、大きく一つ頷いた。火影として非常な選択を沢山してきた。木ノ葉の暗部を中心として、ルリアのような奈落に沈むだけで抗おうとも、光に憧れもしない者は大勢いる。第十班との交流を契機に光の存在を認めたルリアは、まだ引き返せるところにいる。せっかく第十班が繋げた命を、心を、ここで断つのは惜しい気がした。

「多少の縛りはあるが、再スタートを切ってみるのも悪くは無い。まだ若いのだから、いくらでもやり直せる」

 火影は木ノ葉の額当てを差し出している。ギョッと目を剥いたのはルリアだけでなく、ルリアを抑える暗部も同様で火影様!と諫めた。
 しかし火影はそれを突っぱねて、ルリアに真新しい額当てを渡してくる。暗部が仕方ない、といった様子で拘束を解いたので、ルリアはおずおずとそれを受け取る。両手で受け取ったそれは、霧隠れのものと大差ない。金属のプレートがひんやりとしているはずなのに、何故か温かさを感じた。


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