ビドロビウスの囚人たち
火影がルリアに課した縛りとは、新たな呪印を刻むことだった。木ノ葉に意図して不利益をもたらさないことを誓う呪印。右肩に刻まれたそれを、鏡越しに撫でる。
火影に支給されたアパートは空室の目立つ、三階建ての三階、真ん中の部屋だった。恐らく、他の忍たちにも寮として貸し出しているものの一つで、ルリアの部屋の両隣は監視の暗部が控えているはず。
時たま動き、絶えずこちらを観察する気配には目を瞑り、ないものとして自然体で過ごす。姿見に映る自分は下着しか身につけておらず、右目、右肩、舌、腹部と呪印に塗れている。これは不信感の現れだ。しかし、刻むことで信頼を勝ち取れるなら、安いものだと思う。ルリアはたとえ拷問されようとも霧隠れのことも木ノ葉のことも割るつもりはないし、元より外見について気にするような質でもない。
「第七班、か…」
今日は下忍として新たに第七班に正式配属となり、その顔合わせが行われる日だ。第十班は一族伝統のメンバーで構成されているため、ルリアのような異物を受け入れる余地はないようだった。ルリアは霧隠れで上忍まで上り詰め、暗部部隊長にまでなった。しかし、アカデミーは出ていないし、叔父と共に行動するためにすぐに暗部配属となったので、正規部隊での班行動は初めての経験だった。
ささっと黒のインナーとレギンス、勿忘草色の忍服を着込む。太もものホルダーに手裏剣やクナイなどの忍具を、腰のポーチに医療キットや兵糧丸などの小物を、そして愛刀を腰に差す。真っ白な雪のような刀身の短刀は、叔父である棺フユキに弟子の証として贈られたもので、名を白雪という。叔父に引き取られたその日から長年連れ添った相棒である。
ルリアは身支度を終えると、火影屋敷へ向かう。第七班が任務を終えて報告に来た時、ルリアの加入を知らせるとともに顔合わせを兼ねているからだ。火影屋敷の待機室で待っているが、こうも任務がなく何もしない時間というのを、どう過ごせば良いかルリアは分からなかった。ルリアが霧隠れの抜け忍であることは周知されていないため、見知らぬ忍が一人待機室で佇んでいても、誰も何も気に留めない。そんな空気は味わったことがなく、居心地の悪さを覚える。
少し早めに来ていたのもあるが二時間ほど待つと、飛び抜けて騒がしいオレンジの忍服を着た少年が何かを訴えていた。ルリアがその様子を見ていると、担当者と目が合った。あれが、第七班のようだ。
「本日付けで第七班に配属となりました棺ルリアです。何卒よろしくお願い致します」
「俺は認めねぇってばよ!俺たちは波の国で背中合わせで戦ってきたとこだってーのに、急に仲間が増えるなんて意味わかんねぇってばよォ!!」
「悪いね、コイツ頑固なもんで。俺は第七班の担当上忍のはたけカカシ。一番うるさいのがうずまきナルト、スカしてんのがうちはサスケ、んで紅一点だった春野サクラ。んま、よろしく」
「よろしくお願いします」
霧隠れにもうちは一族の名は届いている。強力な瞳術の写輪眼を有し、うちはマダラを初めてとして各国に名を轟かせる名門一族。そして、何年か前に里抜けしたうちはイタチによって一族は抹殺されたはずだったが、まさか生き残りが居るとは思わなかった。
それに、担当上忍であるはたけカカシ。彼は写輪眼のカカシという通り名で、まだ若い時分ながら第三次忍界大戦で数々の手柄を上げ、恐れられる存在だ。
不満そうな顔の下忍たちをカカシが宥め、担当者は3日の休暇とその後の流れを説明してその場は解散となった。
「お前たち、納得してないでしょ」
「当たり前だってばよ!!」
「私も、急にはちょっと…」
「俺たちはアカデミーの同期でもあり、顔馴染みの状態で班が編成された。見たところ年上のように見えるが、お前をアカデミーで見かけたことはない。今日から仲間だと言われ、ハイそうですかとはならないだろう」
火影屋敷を出たところで、カカシが呆れたように言った。下忍たちの反発、特にサスケの言うことは分からなくもないが、ルリアが馬鹿正直に霧隠れの抜け忍だと告白するのは誰の得にもならないし、どうすれば受け入れてもらえるのか見当も付かない。
「ま、そうなんだけどね?とはいえ同じ木ノ葉の忍なんだし、違う世代の人、初めましての人と任務をするようにいずれはなるんだし。そんな反発してたら一生下忍卒業できないよ?」
「それはそれ、これはこれなんだってば!!」
「そんなに言うなら明日は演習でもしようか。俺もルリアの実力を測りたいし」
「やってやるってばよ!元祖第七班の力を見せるぞ、サクラちゃん、サスケェ!」
「不本意だが、それが手っ取り早そうだ」
それなりの長期任務で遠征だったはずなのに、休息は十分なのだろうか。しかし、カカシの提案にナルトもサスケも、サスケが乗り気なことでサクラもやる気満々な様子である。カカシがそんな彼らの表情を見渡し、決まり、とばかりにルリアに視線を送る。ルリアも浅く頷いて首肯し、明日の演習が決まった。
「よ!」
「…おはようございます、はたけ上忍。とは言ってももう昼ですが」
「いーのいーの」
まだ里の地理を把握できてないため、カカシがルリアに付き添うことになっていた。しかし、待ち合わせに間に合う時間に支度をバッチリ終わらせていたルリアに対して、カカシはいつまで経っても迎えに来ず、結局昼過ぎにこうしてやってきたというわけだ。
カカシはルリアへの謝罪はなく、待たせているであろう下忍たちに焦る様子もなく、のんびりと歩いていく。ルリアは上官へ口答えできる立場ではないため、そのまま黙って彼の後に続く。
「あの後、事情は聞いたよ。火影様も時々とんでもないご決断をなさる」
「木ノ葉にもたらせるものはありませんが、害にもなりませんので、ご安心頂ければ…」
「あー違う違う、別に責めてるわけじゃないのよ。ただ驚いたっていう感想をね」
ルリアが右肩の呪印に触れて言うと、カカシはそれを遮って他意はなかったと言う。
「今日の演習はどんなことをなさるおつもりで…?」
「昨日まで行ってた任務があいつらにとっての初めてのCランク任務でね、護衛任務だったのよ。その復習を兼ねようかなーと。詳しくはあいつらと合流してから話すよ」
演習場に着くと、ナルトがカカシに食ってかかっていた。数時間単位の遅刻をしても悪びれる様子もなく飄々としているので、まあ当然のことだろう。
「早速だが、演習に入る」
カカシが切り出すと、ぴたっと静かになる。カカシは意外と子供の扱いに慣れているようだった。流石上忍師を務めるだけある。
カカシは影分身を一体作り出した。影分身はさらに変化して、女性の姿になった。ナルトがアヤメ姉ちゃん!?と名指しで驚いていることから、知り合いのようだ。
「俺が敵役で、お前たちは影分身を守る。あくまで非戦闘員ってことで、俺の姿のままじゃ気抜くだろうし、知り合いの方が気合いも入るだろうからね」
「わかったってばよ!!俺たち元祖第七班の連携を見せてやるってばよ!」
「それじぁ、初め」
カカシが瞬身で距離をとった。
「卍の陣だ!」
「おう!」
「わかった!」
サスケが指示を飛ばし、それに班員が速やかに従った。卍の陣とは、護衛対象をそれぞれ背にして、各方向を警戒する態勢だ。各方面の警戒を分担でき、それでいて護衛対象をうちにすることから隙のない、セオリー通りの陣形である。ルリアもそれに従った。
ルリアは感知タイプではないが、気配を読むくらいならできる。腰の愛刀に手を添えて、気配を探る。全員が息を殺して集中している。しかし前方にも、念のため後方にも、そして上空にもカカシの気配はない。
「(と言うことは、下…!)」
ルリアは目にも止まらぬ速さて抜刀し、護衛対象を自分の方へ引き寄せると同時に、地面を突き刺した。地中で躱したのか手応えはなく、再度陣形を組み直す。
「なんだってばよ…!びっくりさせるなって!!」
「(いや違う、確かにカカシは地中から迫ってきていた。アイツが刀を刺した時、わずかにカカシの気配を察知できた…。こいつ、気づいてたのか?)」
「……来る」
ナルトがルリアの行動に文句を垂れているが、サスケは探るようにルリアを見ている。