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 第四次忍界大戦が終結した。数多の犠牲の上に、長年続いてきた忍と国同士のいざこざは終焉の時を迎え、世界に待望の平和が訪れた。そして、木ノ葉の里では正式に五代目火影 綱手が後任としてはたけカカシを推薦して、新しい時代にふさわしい新しい代表を据えようとしていた。カカシは未だ正式な手続きを踏んでおらず、六代目に就任してからでは不可能だからと比較的自由の効く今、三人の忍を招集した。
 ナルト、サスケ、シカマル。異色のメンバーに招集された彼らが怪訝な顔をした。カカシは彼らしい笑みを目に浮かべて、彼らを歓迎した。ナルトといえば九尾の人柱力であり、この度の戦争の英雄だ。そしてサスケはたくさんの罪を重ねたが、ナルトとカカシの尽力により無罪放免、再び木ノ葉の忍となった。シカマルはナルトやサスケに比べればその肩書きは霞むだろうが、大戦において亡き父の遺志を継いで見事に連合軍のブレーンとして活躍し、今では若くして奈良一族を率いる筆頭だ。

「今回の任務はある人を迎えに行くことだ」
「にしてはメンバーが豪華過ぎやしねぇか?」
「そのある人はお前たちに深い関わりがあるんだよ。それに、奈良一族の所有する森の奥深くに幽閉されているから奈良一族の案内は必要だからネ」
「ゆーへー?なんでそんなことされてるんだってばよ?」
「それが、彼女の願いだったからだ。詳しい話は彼女に会ってからだ」

 奈良一族の森の奥深く。シカマルは疑問に思っていた。奈良一族の森に居る鹿は温厚だが、侵入者があれば必ず報せを寄越すし、第一幽閉されている女が居るだなんて話は聞いたことがなかった。森を知り尽くしているが、そんな場所もなかった。そんなシカマルの疑問を見抜いたカカシがその点にのみ解説をする。

「シカクさんが奈良一族の森に彼女を引き入れた。そしてその時に『ある特殊な結界』を施した。その結界は結界の内に居る者の存在を消す。結界を張った者にしか彼女は思い出せないし、見ることも出来ない」
「その結界をカカシが張ったのか」
「ま、俺だけではないんだけどね」

 深く鬱蒼とした森を進む。そこには不自然に木が開かれた空間があった。全員、薄暗い森に目が慣れていたせいか突如明るくなって目を細める。小さな家があって、水が引かれていて、畑があって。明らかにヒトの手が加えられた空間。自然のままにあった森とちぐはぐだ。キィ、と蝶番が軋む音がした。小さな家から出て来たのは燃えるような赤髪の、小柄な女性だった。

「カカシさん?」
「紫…迎えに来たよ。こいつらと一緒にね」

 紫、と呼ばれた女性は小さく首を傾げる。そしてカカシに背中を押されたナルトとサスケの姿を認めると口に両手を当てて、その場に座り込む。背中を丸めて、小さく肩を震わせて。シカマルはちらりと隣に並ぶカカシを見遣る。カカシはとてつもなく深い愛情の篭った眼差しでその光景を見ていた。しばらくしてカカシは三人を引き連れて紫の側に寄り、紫の肩を手を置く。

「待たせたね」

 四人は涙が収まった紫によって家に招かれた。家の中は物は少ないが生活感があって温かみがある。紫は四つ椅子のあるダイニングテーブルに四人を座らせ、彼女自身は別の部屋から持って来た椅子に腰掛ける。

「彼は?」
「シカクさんの息子のシカマルだよ」
「…彼も亡くなったのね。これで私の存在を知る者はカカシさんだけ…。ねえ、カカシさん。世界は本当に平和になったの?」
「第四次忍界大戦は犠牲もたくさん出したけど、無事に平定。争いは終わった。ま、時代の波に取り残された人たちが、まだくすぶっているけどネ」

 紫はきゅっと眉間にしわを寄せる。それではダメだと。私はここから出ないと主張している。それにカカシは困ったように笑って頭をかく。俺にも事情があるのよ、と言ってもうすぐ六代目火影に就任することを言う。火影に就任してしまえばそうそう里から離れることは出来ないし、新たな時代に忙殺されることになるだろう。その前に迎えに来たかったとカカシはいう。
 紫はしばらく視線をテーブルの木目に落としていたが、やがてため息をついて顔を上げ頷いた。さてと、と紫は椅子から立ち上がり、ナルトとサスケが並ぶテーブルの辺に寄る。二人の背後に回って、そっと二人の失った手に触れる。目を閉じて集中している様子で、手には医療忍術特有の緑の光とブゥゥンという音があった。

「腕を回復することは出来ないけど、応急処置が良かったのか表面まで神経系に問題ないわね。これなら義手を作れば今まで通りに印を結べるわ」
「流石、四代目も認めた医療忍者だネ。今綱手様が柱間細胞を使った義手の作成に励んでいるよ」
「そう言えば五代目は綱手様でしたね。かわいい息子とおとうとに何かしてあげたかったけど、これじゃあ私の出る幕がないわ」

 紫は肩を竦めた後に、壁側にあるチェストの引き出しを開けて支度を始める。腰に忍具を入れるポーチを付け、右足にホルスターを付け、頭には木ノ葉の額当て。その時小さな家に赤ん坊の泣き声が響いた。紫はすぐにハッとした様子で隣の部屋に行き、シングルベッドの脇に設置された揺りかごのベビーベッドから赤ん坊を抱き上げて、からだを揺すってあやす。生まれて暫く経っているようで、猿のような顔立ちではなくふっくらとしている。髪の毛も少し伸びて、柔らかな黒髪が覗いていた。

「カカシさん、私、お母さんになったんです」
「一応聞くけど、父親は…」
「イタチくんよ」

 思わず、といった具合でサスケは後退してタンスに背をぶつけた。それに構わず紫は赤ん坊を抱えたままサスケに寄る。

「この子は私とイタチくんの子。貴方の甥よ、サスケ。イタチくんがこの世で唯一のうちはである貴方が寂しくないよう、最後に家族を残した」
「オイ、カカシ!この結界は内に居る者の存在を消すんじゃなかったのか!?何故兄さんが!」
「確かにそうだ。だが、イタチもまた、俺と同じでこの結界を張った一人だ」
「そうよ。イタチは里を抜けた後、しばらくはここに来なかった。だけど一年くらい前かしら、病を患って私の元へ来たわ。私が彼の延命治療をしていたのよ」
「だからって…」

 そこまで言ってサスケは言葉を失くす。紫は赤ん坊をサスケに抱かせていた。片腕でぎこちないが、サスケは己の腕に抱かれる小さな命に心が打震えていた。紫はイタチも同じだった、とこぼす。紫の顔に翳りが見えた。紫は自分に手を伸ばす赤子の小さな手に触れて、穏やかに微笑む。

「他に持って行くものはある?一応巻物とかは持って来たんだけど」
「大丈夫です、また戻ってくれば良いから」

 紫は露出している家の梁の部分に三つ又のクナイを投げる。それは知っている代物だった。ナルトが目を輝かせたり、陰らせたりを繰り返すのをカカシは黙殺して家の戸を開けた。
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