「ノラ 頼んだぞ」
彼女は渦の国の隠れ里 渦潮隠れの里の生まれだ。一族特有の赤髪と生命力の強さがそれを証明していた。
ろくに戦力を持たない状態で彼女は親兄弟なく一人きりで逃げた。渦の国を滅ぼした忍達から、一族に目をつけた人身売買の人間から。
極限の状態で何日も何日もあてもなく彷徨った。そうしているうちに彼女は自分の名前を忘れ、いつしか何にも属さない自分を揶揄する意味でノラと名乗るようになる。
何でも屋としてなんとか生計を立てていたノラの元にある日ノラと同じ髪を持つ女性が二人訪ねてきた。一人はノラの母から祖母の間くらいの年齢、もう一人はノラより少し年上のように見えた。
二人は木ノ葉隠れの里の忍で、ノラを迎え入れに来ていた。優秀な忍になること、生きること、それはノラの望むことで素直にノラはついて行った。
「月夜美波…」
「誰のことですか、火影様」
「お前のことだよ。暗部名と本当の名は別が良いだろう。本当の名は教えてくれんからの」
「忘れてしまいましたから。火影様が私を月夜美波だとおっしゃるのなら私はそれに応えます」
「そうかそうか、気に入ってくれたか。人に名をつけるというのはいつも緊張してしまってな」
ノラ──改め 美波は面をかぶり表情が読めない。しかし目の前でパイプをくゆらせる初老の男の慧眼には全てお見通しのようで、彼は美波の心の内を見抜いて朗らかに笑った。
「これだけ美しい満月の夜だ。月を見る度に今日のことを思い出すじゃろう」
窓の外に見える月はまん丸で、いつもより心なしか大きく見えた。黄色味の強い光が柔らかく地上に降り注ぐ。
同郷の人間に導かれ木ノ葉隠れの里に来た美波は、忍になりいつしか火影直轄の部隊 暗部に所属するようになる。
そして、あの日美波は任務に出たきり戻ってくることはなかった。火影はすぐに優秀な暗部を増援として送った。しかしある場所で美波の匂いや痕跡が忽然と消えているのだ。いくら優秀な忍でもそれ以上の探索は意味をなさなかった。
その頃美波はどこか分からない森で立ち尽くしていた。気候は火の国とどうやら同じなので似たような樹木が生い茂っているが、ここは歩き慣れた火の国の森ではない。敵の奇襲の幻術かと思い解こうと試みるが無意味だった。
ならば敵の時空間忍術のトラップにはまったか…。この場所を知るためにもひとまず街へ降りたほうが良いだろうと思って美波は獣の面を外して荷物の中に入れた。元々長期の任務だったために備えはしてある。サバイバル生活も問題ない。美波は大きな木の上に素早く登り、街のある方向を確かめた。
建築物を見る限りここは火の国ではないらしい。任務で隣国まで行ったことはあるが、そことも違うようだ。聞こえてくる商人の言葉も文字もわかるが貨幣は違う。物を買うのは日雇いの仕事でもしない限り無理だろう。
美波のサバイバル生活は長いこと続いた。日にちの感覚は木の幹にクナイで傷をつけているのでわかる。が、精神的に辛いものがあった。
美波は大して賢くないし、美波自身もそれを充分理解している。だからこそ下手に動き回らず敵に警戒しながら救援を待っていたのだ。
「見限られたか…」
その考えに至るのにそう時間はかからなかった。忍というのはそういうものだ、と思ってしまった。そうなってからの美波が次の行動に出るのは早かった。つけ慣れて少しばかり傷がついた額当てをポーチの奥にしまい、何てことない普通の顔や髪に変化して街に降りた。
金を持っていそうな者から金をスリ、口利きの商人に腕の立つ傭兵団体を紹介してもらった。突如現れた齢 11の少女に傭兵たちは鼻で嗤ったが、美波はその中で誰よりも鍛錬を重ねて確固たる実力を得ていた。丁度戦争中であったし、実戦経験も若いながらに豊富だ。実力差は火を見るよりも明らかだった。
偶然にも美波は裕福な男のお眼鏡にかなったようで、その男と契約を結ぶことになった。本来なら傭兵として依頼を受けてそれに応じる予定だったが衣食住を保証してくれるのならそちらのほうが都合が良い。
あてがわれた部屋は北向きで寒く暗い部屋だったが、根のような組織だと地下に部屋があるのでそれよりもマシだと思った。
男の屋敷には奴隷が数名いた。奴隷という概念は美波にもあったし、敗戦国の捕虜が似たような事になるのも知っていた。だから案外たやすく美波は奴隷を受け入れた。
気付いたことといえば男が少女趣味なことだ。重労働のために大人の奴隷はいるが、身の回りの世話などは全て幼少から妙齢の女性ばかりだった。美波を雇った理由のうちに少女だから、というのも含まれると思った。
そこで3年の月日が過ぎた。ある日近くに迷宮というものが出現した。男は王の器に選ばれるのは自分だと信じて疑わず、美波と数名の奴隷と共に出立した。
美波はこの器の小さな男が王の器なわけあるか、と内心無謀だと貶していたがこれも勤めだと美波は共に行くことにした。
「これが、迷宮…」
まるで別世界のようだと思った。濃い桃色の水晶だろうか、それらが床や壁から無数につららのように生えているのだ。水晶の中には睡蓮の花が咲き誇っていて、永遠の輝きを誇っているようだった。
歩き進めていくと美波は身体が火照っていくのを感じた。空気に毒が微量に含まれていたのだろうか。下腹部に熱がじわりと集まる。美波は首におろしていたインナーを引き上げて鼻と口を覆った。他のメンバーの具合を伺うと美波と同じように暑そうにしていた。
次の部屋に進むとそこは色街のようだった。絶世の美男美女が美波たちを誘惑する。そこで初めて毒の正体が媚薬のような成分だと気付いた。ふらり、と寄って行ってしまいそうな男の首根っこを掴んで止め、美波は耳元で刺客の可能性があると言った。
「しかし、あれほどの女…」
「帰りに心置きなく楽しみましょう」
なんとまあ、いとも簡単に男は先に進むのを決意する。扱いやすい男だと美波は息を吐き、呆れた。
それから行く先々の部屋で誘惑が待っていた。途中からまるで人間の七つの大罪の色欲がモチーフのようだと思い、美波は己が忍──耐え忍ぶ者で良かったと僅かに思った。
時に男や奴隷を縛り上げ、時にサキュバスやインキュバスのような美男美女を殺し、なんとか美波たちは最後の宝物庫までたどり着いた。これまでの戦闘は全て美波が担い小さいながらも沢山の傷を負ったし、体力やチャクラ的にも限界が近かった。
宝物庫には錆びれた貴金属があり、宝物庫と呼ぶにはイマイチだと美波は思っていた。錆びの具合を確かめようと手近にあった香炉に手を伸ばした。
八芒星が輝き、青い煙のようなものが噴き出したと思ったらそれは巨大な青い猫のようなものになった。
「
あとがき
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