いつも隣には彼女とクロがいた。クロは1つ上だったけど彼女とは同い年でクラスも一緒になることが多かった。部活を除いたら彼女と過ごす時間の方が長かったかもしれない。
一緒に過ごすといっても俺はたいていゲームをしているし、彼女はいつも本を読んでいるからあまり会話はない。それでも、過ごしてきた月日の分だけお互いがお互いのことを分かっているつもりだ。
けれど、おそらく彼女はいま俺が抱いている感情には気づいていない。
「研磨、この問題解けた?使ってる公式はたぶん合ってると思うんだけど、途中で進まなくなっちゃうの」
真面目なことに前の席で数学の問題を解いていた彼女は、問題集の冊子を持ちながら後ろに振り向いた。テスト期間に突入し部活も休止中で、俺はいつもなら授業が終わった後すぐに部活に向かうところを今日は真面目な彼女に付き合って教室に居残りだ。尤も、俺はいつものようにゲームをしていただけだけど。
「ちょっと待って」
俺も問題を見てすぐに答えがわかる天才じゃないから、差し出された問題と向き合うべくゲームを一旦ポーズさせる。彼女が書いて何度も消したのであろう、小さく丸い数字たちが問題の下に連なっていた。こういうちょっとした彼女の痕跡すらも愛おしく思える自分に気付かされて問題がスムーズに頭に入らない。
彼女のそれに比べて薄くて細い線の音が教室内に響く。ようやく問題に集中できてきた。確かに途中までは合っている。ちらりと彼女を伺うとじっと俺が持つシャーペンの先を見つめて難しい顔をしていた。耳から零れ落ちる髪を片手で掬ってまた耳に戻す。その一瞬が一瞬じゃなくてスローモーションのように見えた。まるで何かの映画のようだと我に返って問題の続きを解くことにした。
「あ、」
=を書いたところで彼女からまぬけな声が漏れた。彼女の式と俺の式を見比べると、あるところから先が違っている。
「なまえ、ここ、引き算ミスってる。だから合わなかったんじゃない?」
「ほんとだ。わ、ごめん、凡ミスだった。えー、結構時間かけて悩んでたのにただの凡ミスとか…笑えない〜」
といいつつ彼女は笑っている。彼女にかかればどんなにつまらないことも面白くなることを経験から知っている。
「研磨ごめんね。ゲーム中断してもらったのに」
「いいよ、べつに」
「でも解けてよかった」
申し訳なさそうにする顔もそれはそれでまぶしいが、そのあとに見せる笑顔も段違いにまぶしい。
思わずいつも下を向けている顔を上げて見とれてしまう。
「ん?どうした?」
ほら、彼女は俺が持ってる感情に気付いていない。その間抜け面すら可愛く思えるくらいには俺は彼女のことが好きなのに。
「なんでもない」
「そ」
疲れたから一旦休憩しよー、なんて背伸びをする彼女を眺めながらふと考える。
もし俺がいま、好きって言ったら彼女は笑うだろうか、それとも嗤うだろうか。俺の好きな笑顔で笑ってくれるだろうか、それとも俺が見たことの無い表情で嗤うのだろうか。
口を開きかけて、やめる。まだ幼馴染でいよう。この関係が終わってしまうくらいならば。
ガラッと扉の開く音がして、もう1人の幼馴染が教室に入ってくる。
「なんだよ勉強してんのか、なまえ。頭腐るぞ」
「腐ってるのはクロでしょ」
心の中で密かに同意。
「おい、研磨。お前も腐ってるって思ってんのバレてっからな」
「んー」
クロにはどこまでバレているのだろう。きっとクロは知っている。
知らないのは彼女だけだ。