「あれ?黄瀬先輩は?」
海常高校バスケ部の一年生たちは、一人の呟きを元に、一斉に周りを確認しだした。
いつもはいるはずの人がいない。それだけで、一年生たちには動揺が走る。
海常高校二年、黄瀬涼太は一年生の憧れの的である。そんな彼がいないのだ、動揺もするだろう。
そんな一年生たちの様子に、一人の三年生が声をかける。至って冷静に、彼らを安堵させるように だ。
「今日は絶対来ないよ。あいつにとって、何よりも大切な日だろうから」
一年生たちは首を傾げた。周りの上級生たちはみんながみんな楽しそうに、おかしそうに笑う。
「ま、そうなるよな。お前ら知らないだろうし」
安心しろよ 言ってその三年生はボールを放った。
そのボールは空中に弧を描き、
「今日だけだから」
なんなくゴールネットを揺らした。
空白は三秒。
直ぐ様下級生の賞賛が響き渡る。
* * *
「んーっ。今年も俺が最後なんスか?」
紗夜のお墓の前に立ち、俺は思わず苦笑した。
去年も一昨年も俺が墓参り最後だったけど、今年もそうかもしれない。
相変わらず汚れを知らないかのように墓石は綺麗だし、御供え物もばっちりだ。
「今年は早いつもりだったんスけど……」
しゃがみこみ、手を合わせる。
みんなはいつ墓参りに来ているのだろう。このためにわざわざ東京まで来ている赤司っちと紫原っちには驚きだ。紗夜愛されすぎだろ。生前からそうなんスけどね。
「ちょっと妬くんスけど…」
少しだけ唇を尖らせ、誰に言うでもなく呟く。その言葉の後に、一瞬空間が煌めいて、俺は紗夜の存在を感じた。
このキラキラが紗夜が来た証拠だ。ここにいるという、証拠だ。
「紗夜、ずるいっスよ」
何が と聞かれると答えられないが、ただずるいと思った。
あ、そうだ と、閃いたときの常套句を漏らし、俺は続ける。
「俺、来年で結婚できるようになるんスよ!」
また煌めく。
紗夜、動揺したな?
俺がニヤリと口角を上げれば、風が騒いだ。紗夜の焦りは風に出る。紗夜は死んでも、幽霊になっても分かりやすい。そんなところも好きだったのだけど。
「大丈夫っスよ。結婚とかまだ随分先までいいんで」
今は何よりもバスケなんスよ。
今度は穏やかな風が吹く。木々の靡く音が美しい。思わず聞き入ってしまうほどには。
「と、いうわけなんで、俺は部活に戻るっスよ」
そう溢しながら立ち上がり、一つ伸びをする。背中の筋が伸びて、とても気持ちがよかった。
先輩たちは休んでいいと言ってくださったけど、やっぱりバスケがしたいんだ。紗夜が一番大切なのは変わらない。でも、そんな綺麗事を言ってたら、いつか紗夜に呪い殺されてしまうと思う。「バスケをしなさい……バスケをしなさい…」 みたいな感じだ。
それに、俺は紗夜と特別な空気感を共有できたバスケが好きなんだ。大切なんだ。守りたいんだ。そして更に暖めたいんだ。そっと。優しく。
紗夜との思い出を限り無く美しいものに変えて。
「んじゃ、また来るから」
踵を返し、俺は海常高校への道を歩き始めた。
* * *
「あ!黄瀬先輩!」
「本当だ!」
俺が体育館に戻ると、まだ幼さの残る一年生たちが次々に声をかけてくれる。俺は片手を挙げて答えた。
同級生や三年生のみなさんは驚きで固まっている。今日はあのまま家に帰るとでも思ったのだろうか。
「ねー、先輩。今日はどこに行ってたんスか?」
無邪気なその質問に、俺はそっと微笑む。
何にも汚されていない、その無邪気さが、無垢さが暖かく感じた。
だから俺も、まっすぐに告げるのだ。何を包む隠すこともせずに。
「今日は彼女が死んでから三年目なんスよね」
来年もまたきっと、同じ質問をされて同じ答えをすることだろう。
三年目 を 四年目 に変えて。
きっと、そうやって、続けていくのだろう。このやりとりを。
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