今年もまたこの日が来た。
私の命日。色んな人が会いに来てくれる日。
京都の赤司くんから、秋田のむっくんまで。みんながみんな、私のもとに来てくれて、話しかけてくれる日だ。私は今日が何よりも好きなのである。
今日以外の日は大体暇。まぁ、時々さつきがお参りに来てくれたり、テツヤが定期的に掃除してくれるのだが、それでもやっぱり暇なのである。あ、でも二人がたまたま一緒に来た時は楽しい。押せ押せなさつきに動じないテツヤの図はなかなかに面白いのだ。友人の空回りに面白いなんて言うのはダメかもしれないけれど、本当に面白いのだから仕方がない。二人が一緒に来るのはかなりのレアなんだけれどね。
今年、みんなは受験生だ。
赤司くんは既にたくさんの大学から招待を受けているらしい。まぁ、あの赤司くんなのだから納得だ。本人は、財閥を継ぐために経済学部がある大学に通うのだと言っていた。
むっくんは東京に戻ってくるらしい。こっちの大学を受験するのだと言っていた。あと、彼女が出来たらしくて、めんどくさそうに、でもどこか照れた素振りで報告してきた。「泣かしちゃだめだよ」そう伝えたかったけど、幽霊だから声は届かなくて、願うだけにしておいた。
緑間くんはいつも通り人事を尽くしてるみたい。受験生だからといって慌てた様子は無かった。流石緑間くん。今年こそWCで優勝するために相棒の高尾くんと仲良くやってみるみたいだ。ちなみに今日のラッキーアイテムは孫の手だった。
青峰くんは相変わらずバスケに没頭中。受験はするらしいんだけど、勉強なんてそっちのけでバスケをやっている。正直心配だ。WCが終わったら勉強を始めるらしいが、間に合わないと思う。多分、スポーツ推薦を取れるだろうけど…。頑張って欲しい。切実に。
テツヤは文学部を目指していると言っていた。でも、案外成績は良くないから、頑張ってくれるといいな。あと、面接が心配だ。困った時のミスディレはやめてもらわなきゃ。ただでさえ影が薄いのだから。
さつきは自分の能力を更に発展させるために、心理学部に入るみたいだ。さつきが心理学を使えるようになったらどれだけの恐怖になるだろうか。今でも十分怖いのに、心まで読んでくるなんて。さつきの将来がある意味不安になってきた。
さてさて、これで今年来ていないのは残り一人となった。言わずもがな、黄瀬くんである。私は墓石に腰掛け、彼を待つことにした。
* * *
「遅い」
思わず呟いてしまう。黄瀬くんが遅い。例年より二時間ぐらい遅い。まぁ、三年だから仕方ないかもしれないけれど、それにしても遅い気がする。
……もしかして、またおかしくなっちゃったのかな?いや、そんなはずはない。だって、彼は私の死をちゃんと受け入れてくれたのだから。
でももし、また彼がおかしくなっちゃってたら……。
想像して、怖くなった。彼の時間が止まってしまう。一人になってしまう。悪い考えが過って、違うって否定したくてもしきれない。黄瀬くんの姿を見なきゃ。早く、黄瀬くんを見たい。
宙に浮いたまま膝を抱え、その膝小僧に顔を埋めた。
その瞬間だ。
「お待たせ!」
反射的に頭が上がる。そこにはキラキラな笑顔を湛えた黄瀬くんが、肩で息をしながら立っていた。
よかった。来てくれた。
心配なんて一気に吹っ飛んで、思わず涙が出た。実体は無いから、ハラハラと空間に溶けていく。
「これ、買ってたら遅くなって……」
言うと黄瀬くんは自らのポケットを漁って、何かを取り出した。深い紺色の箱のようだ。
黄瀬くんは笑顔のままその箱を開ける。私がそれに近付いて中を覗けば、そこにあるものに絶句してしまう。
「俺と、結婚してください!」
指輪だ。
飾りの無い、シンプルなシルバーリング。
結婚。
確かに去年言っていた。黄瀬くんは今年18歳になって、結婚出来るようになったのだ。
止まった涙がまた溢れてきた。
残念ながら私は、この指輪を受け取れない。受け取ることが出来ない。触れないからだ。
触ることが出来るのなら、もちろん受け取っていた。
言葉を吐き出すことが出来るのなら、何度だって「はい」って言った。
でも、出来ない。私は、死んでいるから。幽霊だから。
はじめて死んだことを後悔した。割りきれていた境界線が、途端に曖昧に変化していく。分からなくなっていく。
「紗夜が好きっス」
「うん…」
「だから、結婚してください」
黄瀬くんはしゃがみこむと、墓石に指輪を置いた。その顔はやけに晴れやかだ。
言わなければならない。私は、彼の願いを打ち砕かなければならない。
本当は今すぐ彼を抱き締めたいけれど、でも、それはダメだ。彼の時間を止めてしまうことになるから。彼の全てに枷を付けてしまうことになるから。
「ごめん…黄瀬くん……私は−−」
「いいんスよ、紗夜は何も悪くない」
言おうとしていた言葉が全て飛んだ。まるで会話しているみたいじゃないか。いやいやそんなはずはない。そんなはずは無いのだけど、でも、会話をしているかのようだ。
「このプロポーズは俺自身の区切りだ。俺が前に進むための区切り。俺は、いつまでも止まってたらダメなんスよね?」
ああ、やっと意味が分かった。彼は今、私の気持ちをまるっきり推測して話している。そしてその推測は全て正解だ。
「だから、俺は人生はじめてのプロポーズを紗夜に捧げる。そうして区切りを付ける」
彼は既に、私の枷に捕らわれる距離にはいなかった。ずっとずっと前を歩いていた。彼は、私の予想をはるかに越えるほどの成長をしていたのだ。
「答えなんていらない。プロポーズ出来ただけで十分スから」
黄瀬くんは晴れやかに笑うと、声を大にして言う。
「幸せな初恋をありがとうございました。 大好きでした。 愛していました」
過去形で締め括られる言葉の数々に涙を溢してしまう。彼は、自由だ。自分の足で今、一歩一歩確実に前へ進んでいっている。
「もし、来世で会えたのなら−……」
歪む視界の中、彼は最後ににこりと微笑み、言った。
「また、俺と恋をしましょう」
* * *
誰もいなくなった墓地で、私は涙を溢しながら指輪を見つめた。
こんな幸せな気持ちで泣いたのは、始めてかもしれない。胸の内が、お腹の辺りがじんわりと暖かい。
「黄瀬くんの幸せが、私の幸せです……」
いつになるかは分からないけれど、でもいつか、彼が好きになった人と私に会いに来てくれたら……私はもうそれで全てが報われるのだと思う。
その時が来るまで、私は黄瀬くんを見守りたい。彼の後ろで。
←