その日私は誰もいない図書館にいた。図書当番だからだ。
今日は珍しく誰も来ない。図書当番はもう一人いるのだが、そのもう一人は風邪で休みだそうだ。
一人は寂しかったりするが、静かな図書館は悪くない。集中して本を読める。
友達と同じ話で盛り上がるのも楽しいが、やはり読書もいい。まぁ、読書が趣味だと言ったら、高確率で「意外」だと言われるのだが。
ぺらりとページをめくり、活字を追いかける。この本は前後編に分かれていて、今はちょうど前編のクライマックス。段々と活字を追うスピードが上がってきた。今日中には読み終わりそう。
また一枚ページをめくった時、廊下で人が駆けるような足音がした。なんだろう。めちゃくちゃ焦っているみたいな、追い詰められているみたいな。
その足音は徐々に図書館に近付いてくる。まさか と、嫌な予感がして、私は本に栞を挟んで入り口に向けて身体を乗り出した。
その瞬間図書館の扉が開け放たれる。そして誰かが飛び込んできたと思ったら、その人は間髪入れず後ろ手で扉を閉めた。ピシャリと、そんな素っ気なく、だがしかし軽快な音がする。
「はぁ……はぁ……」
その人は胸に手を当てるとゆっくりと深呼吸を繰り返した。やっぱり何かから追われていたのか。
何か?
いや違う。
この人、同級生の黄瀬涼太じゃないか。
だったら考えられるのは一つ。どうやら彼は女の子に追いかけられていたみたいだ。
私は嫌な予感がして椅子に座り込む。
彼がいたらきっとここはうるさくなる。黄瀬くんのファンで溢れるんだ。でもファンが荒らしていった場所を綺麗にするのは私たちの仕事で、とてもめんどくさい。
黄瀬くんは息を整えると周りを見渡し、私をとらえると真っ直ぐこちらに向かって歩いてきた。そして掌を合わせて頭を下げてくる。
「実は追われてて……匿って欲しいんスよ!!」
切実に、真面目に、どうやら彼は本気で匿って欲しいらしい。
さらりと靡く髪は、女である私よりさらさらでムカつく。
伏せられた瞼を飾る睫毛は長い。
鼻筋も通っており、顎の形も綺麗だ。
これはモテる。
モテるはずだ。
だからこそ、めんどくさい。
イケメンだかなんだか知らないが、図書館に迷惑がかかるのは言語道断。
「あのさ」
「え?」
頭を下げていた黄瀬くんは、私の言葉に顔を上げる。でも掌は合わせっぱなしだ。
私は扉を指さし、言い放つ。
学校一のイケメン。ちょっともったいない気がするけども、ここはみんなの図書館。守るのは、私たち図書当番の仕事。
そのためなら、イケメンだっていりません。
「出てってください」
「………………は?」
黄瀬くんの綺麗な口からそんな素っ頓狂な声が漏れた。まぁ、当然っちゃあ当然の反応。いきなり出てけって言われたら、まぁ、びびりもするか。
「出てってください」
再度言うと、黄瀬くんはよく分からないと言いたげに首を傾げる。察してよ。自分がどれだけ迷惑なのかを。私的には言いたくないのに。
「な、なんでっスか?」
「迷惑だから」
「俺が頼んでるんスよ?」
「え、それは……なんかあるの?」
「助けたら仲良くなれるかもしれないんスよ!?」
なんでこんなに自意識過剰なんだろう。ああ、女の子に散々騒がれてたからか。納得すると同時に、なんかかわいそうな奴に見えてきた。あと、女の子全員を一緒くたにするな。興味がない人だっている。
「別に、君とお近づきになりたいわけじゃないもん」
「なっ……」
黄瀬くんはひどく衝撃を受けたかのように後ずさりをする。
黄瀬くんとお近づきになりたい……と思っている自分もいるけど、図書館はダメ。ここを荒らすわけにはいかない。出会うなら他の場所がよかったな。
「というわけで、速やかに退室してね」
「き、黄瀬涼太なんスよ!?俺なんスよ!?」
「はいはい」
「はいはいって……!!」
「キセリョウタサマのごたいしーつ」
「やめて!!追い出さないで!!」
なかなか言い反応をする面白いやつじゃないか。
女の子に囲まれてるイメージしかなくて、ちょっといけすかないやつかと思ってたけど、そうでもないかもしれない。まぁ、今はそんなことどうでもいいのだが。
「はいはい、出た出た!!」
「やめてぇえ!!」
私はなんとか踏みとどまろうとする黄瀬くんの背中を押し、扉を開けると、外に突き飛ばす。黄瀬くんはバランスを崩し、床に倒れ込んだ。
私は扉を閉ざし、少しだけ隙間を開け、黄瀬くんに言う。
「今度、図書館を利用する時は、誰にも追いかけられてないときでよろしく」
そして当番が私じゃないときでね。
ピシャリと扉を閉め、内側から鍵をかける。
外の黄瀬くんは「あんまりだ!!」と泣き声を上げながら走り去っていった。
これが私と黄瀬くんの、最悪……とまではいかない、微妙な出会いだ。
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