※もしも主が生きていたら



私は交通事故にあった。軽く言っているが、未だに整理がついていないのだ。自分に起こった事実も、どこか客観的に見ている。

でも、事故にあったのだ。居眠り運転のトラックに当てられた。だがしかし、私は軽傷ですんだ。
なぜなら黄瀬くんが咄嗟に腕を引いてくれたから。すごい反射神経だと思う。あの時黄瀬くんが反応してなかったらきっと私は。考えただけでぞっとした。彼をバスケに巡り会わせてくれた神様と青峰くんには頭が上がらない。彼がバスケで反射神経を鍛えてなかったら、どうなっていたことやら。私は今、ここにいないかもしれない。

ともかく、私は彼のお陰でかすり傷程度で済んだのだ。しかし、当てられたのだから事故は事故。かすり傷で事故なんて、主張するのも恥ずかしい。

「もう本当に驚いたんですからね」

テツヤは私の鼻頭をつつきながら言う。ここは帝光中男子バスケ部の部室だ。部活はもう終わっているが、あることをするために今ここにレギュラーが集まっている。
テツヤがつつく鼻頭にはかすり傷を隠すためのガーゼが張ってあって、どこかカッコ悪い。だからといって、傷が目立つから絶対に外せない。

「いきなり黄瀬くんから連絡があって、何かと思えば事故ですよ!?」
「まぁまぁ、それぐらいにしてやってほしいッス」

私を責めるテツヤを止めるのは黄瀬くんだ。昨日轢かれかけた私を助けてくれた張本人。散々泣いたくせによく言うよ。「死ななくてよかった」って、ずっと泣いてたじゃん。

死なないよ。
黄瀬くん置いて死ねるわけないじゃんか。

「でも、本当によかった」

さつきはそう笑い、目尻に涙を浮かべた。ああ、親友が泣いてる。私は思わずさつきを抱き締めた。

「さつき、泣かないで」
「うん……泣かない!紗夜はここにいるもんね!」

さつきは涙を引っ込めて抱き締め返してくれる。私も腕に力を込めた。さっきから当たる胸には絶対に意識を送らないようにしながら。

さつきとは正反対で大爆笑してるやつもいる。案の定でお察しだが、もちろん青峰くんだ。

「こいつがトラックに轢かれたくらいで死ぬわけねーだろ!」

なんて訳のわからないことを言いながら何がそんなに面白いのか、ずっと笑ってる。ちょっとむっとして頬を膨らませると、さつきがおろおろし始めた。

「うるさいなー!!私だってべつ……!?」

言い返してやろうと唇を動かしたのに、いきなり頭を撫でられて言葉が飛んでしまった。青峰くんにポンポンされてる!? あ、でも手付きがドリブルと一緒だ。少し痛い。

「ま、死ななくてよかったんじゃねーの?」
「素直じゃないなー」

青峰くんの言葉に食い気味に話始めたのはむっくんだ。相変わらずお菓子を食べている。ちなみにそれ私のなんだけど。

「俺はいつも素直だろ!?」
「バーカ」

むっくんはそう言いながら青峰くんの口にまいう棒の袋を詰め込む。袋ってところがなんとも。

「俺は紗夜ちんが生きてくれて嬉しいよ」
「え、素直」
「別に、紗夜ちんいないとケーキ食べれなかったし」
「わ、私のだからね…?」
「ホール食べるの?」
「………」

私が黙るとむっくんは満足そうに笑った。久し振りに素直だと思ったらそういうことか。

「中谷が死なないのは当たり前なのだよ」

眼鏡のフレームを持ち上げながら言うは緑間くん。彼は淡々とした口振りで続ける。

「確かに昨日の中谷の占いは散々だった。だがしかし、双子座の黄瀬との相性がよかった。救われたのはそのお陰だな」

またおは朝か。と私を含めた全員にため息が溢れる。もしそうだとしても、なんで緑間くんがドヤ顔なのさ。緑間くんはおは朝のなんなの!? ってか、おは朝は緑間くんに何をしたの!?

「みんな、グラスを持って。今日の主役は中谷だろ?」

部長である赤司くんが言えば、みんなグラスを手に取った。主役なんて、そんな大それたもんじゃないんだけど。まあ、今日ぐらいは…私が中心でもいいよね?

「では……」

赤司くんがグラスを掲げ、私に視線を送ってくる。私は照れ臭くて少しうつ向いてしまった。すると赤司くんがクスリと笑う。

「中谷の14歳の誕生日を祝して、みんな乾杯!」

かんぱーい!

その掛け声と共にグラスをぶつけ合う音がする。
そう、今日は私の誕生日なのだ。部活でやる「あること」とはつまり、私の誕生日会だ。嬉しいやら恥ずかしいやら。
でも、本当によかった。昨日が命日なんかにならなくて。誕生日目前なんかで死んだら洒落にならないよ。今この瞬間を迎えることのできた感動は、例年のそれとは比べ物にならない。

「紗夜」

みんなが机の上に置いてあるお菓子を食べながら騒いでる中、黄瀬くんが私の隣に立った。私より随分身長のある彼を見上げる。

「楽しんでるッスか?」
「うん!」
「ならよかった!」

彼はいつもみたいに笑って、でもすぐに真面目な顔付きになった。どうしたの?と聞けば、彼は微かに笑って、実は……と切り出す。

「これ」
「え?」

彼が差し出してきたのはネックレスだ。ハートの飾りがついた、シンプルなやつ。私はそれを受けとり、黄瀬くんを見上げる。

「誕生日プレゼントッスよ。青峰っちのザリガニに勝てるほどのインパクトは無いし、ありきたりだけど、俺の精一杯の気持ち」

涙腺が緩んだ。
涙が流れないように両目を押さえる。でもダメだった。流れるものは流れるのだ。仕方ない。流すしかない。

「紗夜!?」

黄瀬くんが泣いてる私に慌て始めた。私が大丈夫だと制せば、どこか心配そうに頷いてくれる。

私は手にしたネックレスを見つめ、それから着ける。感動で手が震えたけど、なんとか。

眼下で煌めくその姿にまた涙が溢れてくる。なんか、こんなに産まれてきて、生きてきてよかったって思ったのははじめてかもしれない。

「あり、がとう……」

言葉を絞り出して感謝を告げれば、黄瀬くんは真っ赤な顔で笑ってくれる。私はその笑顔が大好き。

中学生の恋なんてすぐ終わるとか、よく言われてるけど。絶対に終わらない。なぜかそう思えた。私はきっとこの人とずっと生きていくんだろうな、なんて。柄にもなく。

「これからも、側にいるッスよ!」

自信満々に宣言した黄瀬くんに、私は抱き着いた。彼がいてくれたから起こったキセキ。私が生きているのは、彼がいたから。

私は誓うよ。
彼の側で、ずっと愛し続けると。胸に輝くハートに誓うよ。