「緑間くんイエーイ!」
生前とまるで変わらないテンションで中谷が声をかけてきた。黒子から話を聞いていたが、ここまで生前と同じだとは思わなかった。
「もーうー!緑間くん固いよー」
「お前は気楽だな」
「うん!もう死んじゃったしねー」
朗らかに言う中谷に、俺は黄瀬を思い出した。中谷が死を受け入れているならば、黄瀬はその逆だ。その事実を拒否し続けている。
まったく。「蟹座のあなたは不思議な再会があるかも」。今日もおは朝は絶好調なのだよ。
「緑間くん緑間くん、これラッキーアイテム?」
中谷は空中で頬杖を付きながら指を指してきた。その先には俺の手中にある黄色いハンカチが。俺が頷くと、中谷はにやり と口角を上げて、「それ、黄瀬くんに借りたでしょ?」と聞いてきた。図星だ。確かに今日のラッキーアイテム「黄色いハンカチ」は黄瀬に借りた。 なんで分かるのだよ と問うと、中谷は当たり前と言いたげに言う。
「だってそれ、私が黄瀬くんにあげたものだもん」
思わず吹き出すところだった。中谷はおかしそうに空中を転がっている。非現実的な光景だが、事実は受け止めるしかないのだよ。出来れば一発殴りたいが、触れれないことが難点だろう。
「多分さ、黄瀬くんは私を死んだと思っていないから簡単に貸せたんだよ」
中谷は楽しそうな笑みを消して言う。確かに。彼女が死んだことを肯定している者ならば、そう簡単に思い出の品は渡さないだろう。まぁ、貸すぐらいはいいけどさー と中谷は宙返りした。随分手慣れているものだ。いや、一年も幽霊をやれば慣れるものなのだろうか。
「でも、まだ持っててくれたんだ……」
中谷は宙から足を下ろし、体育館の床に足を着けた。いや、本当は浮いているのかもしれない。ただ、俺からは体育館の床に立っているように見えるのだ。
今は部活の休憩中だ。俺は体育館の隅で中谷と会話をしている。中谷が現世に来ていることは昨日赤司から聞いた。赤司は黒子から聞いたらしい。「明日は緑間くんですから、紗夜と話してあげてください」黒子がやけに真剣に言ったのを覚えている。
どうやら、一日一日で話せる相手が違うらしい。昨日は黒子。今日は俺。
「明日は誰なのだよ」
「青峰くん」
そうか 俺は静かに頷いた。青峰なら簡単に中谷を受け入れそうだ。生前からテンションが合うようだったし、中々に仲が良かったと認識している。黄瀬と三人で帰っているところを何度も見かけた。そこに時々桃井が加わることもあったか。中谷と桃井の二人だけで帰ることはもっとあった。
中谷と桃井は一番の親友だ と生前二人が声高々に言っていたのを記憶している。葬式の桃井は見られるものじゃなかった。泣き崩れて、ずっと棺桶に話しかけていたのだ。
黄瀬はもっと酷かった。気が狂って泣き叫んでいたのは忘れられない。
あんな悲惨な葬式はあれが始めてで、あれが最後だろう。もう、あれは繰り返してはいけない。俺自身、あんなものはもう見たくない。
黒子が静かに泣いていたのを見たのもあの葬式が始めてだ。次の日、瞼が赤く腫れていたから、きっと一晩中泣いていたのだろう。桃井と黄瀬は学校を休んだのだが。
「んじゃ、緑間くんにもお別れを言わないとな」
ああ、これか。黒子が言っていた中谷の未練は。「みんなにお別れが言えなかったから。言いたいから」現世に降りてきたらしい。まったく、人騒がせな幽霊なのだよ。
「緑間くんはキセキの中で飛びきり変人奇人で、面白かったよ」
「おい、どういう意味なのだよ」
俺が問い詰めれば、中谷は「そのまんまの意味だよ」と笑う。からからと乾いた笑い声だ。生前と全然変わっていない。ただ、今これを聞いているのが俺だけというだけだ。今これを聞けるのが俺だけというだけだ。それだけだ。
「あ、そうだ…!!今日のおは朝、私の順位は?」
俺は中谷の星座を思い出し、今朝のおは朝を脳内に反復させた。忘れるわけもない占い結果。内容まで覚えている。
「今日のあなたは絶好調!やることなすこと全てが上手く行く。恐れずに挑戦しよう」
俺の言葉に、中谷は双眸を輝かせた。もう言わなくても分かるだろう。もちろん、順位は……。
「一位なのだよ」
中谷はそっと微笑んで、宙に浮かび上がった。ゆっくりとした動きだ。まるで風船みたいである。無重力で浮かび上がるような印象があった。
「最後に聞いたおは朝が一位で良かった」
笑ったまま、中谷はハンカチを持つ俺の手を包み込んだ。感触は無い。ただ、少しだけ温もりがあった。
「大事にしてね」
にこり笑った中谷は瞬きの合間に消え失せた。目で追えないほど早く。俺からはお別れを言えなかったのだよ。
俺はベンチにハンカチを置き、立ち上がった。
今日も3Pは外れる気がしない。黄色いハンカチで補正された3Pは、絶対に落ちないだろう。
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