部活が終わった後の体育館。俺はそのステージの上に寝転んでいた。

すると、微かな気配を感じる。微かすぎて、普通なら感じ損ねる気配だ。こいつの気配はここまで希薄だっただろうか。それとも、死んだからか?ここは後者の方が正しいと思う。


「よ、待ってたぜ」


ぱちりと瞼を持ち上げる。すると、俺の前を漂っていた紗夜が笑った。こういうとこ、生前と変わっちゃいねーな。緑間たちから聞いてたけどよ、ここまで簡単に出てこられると、いまいち驚けねぇわ。そういうことも考えて現れてんだろ。こいつは。俺よりも断然頭いいしな。ずる賢い方に過多しているとは思うけど。


「緑間くんから聞いてた?」

「おう。明日はお前なのだよーってな」

「で、待っててくれたの?」

「当たり前だろーが」


紗夜の頭を掻き撫でようと手を伸ばす。そこで俺ははっ と気づいて、その手を引っ込めた。忘れていた。こいつに触れることは出来ないんだ。ついついいつもの癖で手を伸ばしちまった。


「ごめんね、幽霊でさ」

「謝んなよ。幽霊でもなんでも、ここにいる事実は変わらねぇだろ」

「だね」


俺は身体を持ち上げる。紗夜はその場で回転した。随分身軽だな。こんなに身軽になるなら幽霊も悪くないかもしれねぇ。あ、いや。バスケが出来ねぇなら止めておこう。ちょっと今はバスケが無いとやってけねぇ。幽霊になってバスケが出来なくなるなら、俺は死にたくねぇな。バスケ出来るなら考えるけど。


「なぁ紗夜」

「1on1は出来ないからね?」


俺が1on1が好きなのを知ってか、紗夜が俺の言葉を先に言った。出来ないことなんて知ってんだよ。ただの願望だしな。


「それに、もし私が生きてても勝てないから。それどころか相手にならないから」

「言えてる」


俺の言葉に、紗夜は苦笑した。でも事実だろう。紗夜じゃ俺に勝てないよな。


「でもな、勝ち負けなんて関係ねぇだろ。楽しめばいいんだよ」

「臭い台詞。言ってて恥ずかしくない?」


抜かしやがった紗夜の頭に拳を降り下ろすが、空を切った。しまった。こいつ透けてたわ。俺の拳が意味の無いことを知っている紗夜は、にやりと口角を上げた。腹立つな。ま、腹立ったとこでこいつは殴れないけど。


「涼太にはなんて言うんだよ」


急激に殴る欲望が冷めた俺は、再び寝転んで紗夜に問う。紗夜は生前には見たことの無いくらい儚い笑みを浮かべ、首を振った。


「何も考えてないよ。そもそも、みんなに言う言葉もその時に考えてるし」


言った紗夜に呆れた。訂正。こいつはとんだバカだ。無計画で何進めてんだよ。俺らだって暇じゃねぇんだぞ。


「ただ、私が死んだことだけは受け入れて欲しい」


瞬間時間が止まった気がした。正しくは、一瞬だけ俺の息が止まったのだ。呼吸が止んで、時が止まった錯覚を起こしたのだと分析する。どうやら、頭は正常に働いているみたいだ。

死んだことを受け入れる 簡単に言うけれど、かなり難しいことである。特に涼太には。さつきが受け入れた時も驚いたが、涼太はもっと驚いた。何て言ったって、受け入れなかったのだから。これ以上に驚くべき所は無いぐらいだ。


「難しいぜ?」

「うん。理解してる。認識している。でも、やらなきゃいけないの。これは私だけが出来ること」


確かに、紗夜だけが出来るやらなきゃいけないことだ。俺らには涼太は手に負えない。死んだ本人にしか、死んだことは証明できないんだ。しかも、これをしなければ、きっと涼太は囚われたまま。紗夜の存在に。すでに実在しない紗夜の存在に囚われたままになるのだ。前に進めない。進まなきゃならねぇとこも、涼太だけじゃ進めなくなる。今の涼太は、まるで目隠ししたまま後ろ向きに歩いているようなもんだ。


「んー、そろそろ時間かな」


青峰くん 紗夜の声に、俺は流石に上半身を持ち上げた。これが噂に聞く、紗夜の最後の言葉。お別れの言葉か。案外あっさりくるもんだな、この時は。


「青峰くん。黄瀬くんに大切なものを与えてくれてありがとう。私と大切な時間を過ごしてくれてありがとう」

「おう」

「楽しかったよ」

「俺も……楽しかったぜ」

「うん、ありがとう」


綺麗に微笑んだ紗夜は、黄瀬くんとさつきをよろしくね と言い残し、瞬きの間に消え失せた。余りにもいきなりで、まるでこれがリアルな夢なのではないかと思ってしまう。


「大ちゃん」


体育館に静かなはずのさつきの声が響いた。多分、俺と紗夜の会話が終わるまで待っていたのだろう。
俺は身体を持ち上げ、バスケットボール片手にステージを降りる。邪魔になったボールを適当にゴールに投げると、一度だけふわりと浮かんでネットを揺らした。思わず笑っちまう。なんだよ、触れるじゃねぇか。


「ああ、最後に1on1したかったなー」


言った言葉に、さつきが首を傾げた。
幽霊相手でも、絶対に手は抜かないけどな。