「紗夜ちん」


赤ちんに特別に与えられた休み時間。俺は言われた通りに体育館の外に出て、紗夜ちんを待っていた。すると、突如空から降りてきた紗夜ちんが、ゆっくりと地面に足を着けた。幽霊の癖に足があるんだ。


「ハロハロむっくん」

「ん」


緩い笑みを湛えた紗夜ちん。その様子がいつも通りというか、生前通り過ぎて、笑えてしまう。紗夜ちんは俺の前に立つと「相変わらずでかいねー」と漏らした。幽霊になっても紗夜ちんは小さい。しかし、ぷかぷかと浮き上がった紗夜ちんは、すぐ俺と同じ高さになった。こっちの方がお互いの首のためにもいいよね。紗夜ちんが首を痛めるのかは知らないけど。


「今日はむっくんに会いに来ました」

「うん。みたいだね」

「驚かないの?私今日会う人は言ってなかったと思うのだけれど」

「赤ちんに言われてた」

「赤司くん何者!?」


紗夜ちんは今更なことを言いながら仰け反る。赤ちんがすごいのはいつものことだよ。


「ねぇ、紗夜ちん。俺、聞きたいことがあるんだけど」

「ん?なぁに?」


空中で寝転んだ紗夜ちんがくいっ と首を傾げる。その表情は笑顔で満ちていた。


「結局最後まではぐらかされたけど、黄瀬ちんとはどういう経緯で付き合ったの?」

「ははっ!やっぱりその話か」


この話は生前に何度も紗夜ちんに聞いていた。黄瀬ちんも教えてくれなかったし、この期を逃したら、永遠に藪の中だ。今の黄瀬ちんに話し掛けるほどの勇気は無いしね。
今の黄瀬ちん、不気味で怖い。ずっとニコニコ笑って。黄瀬ちんのファンだった女の子たち。その子たちも流石に今の黄瀬ちんに話し掛ける余裕は無いらしい。黄瀬ちんの周りは酷く静かになった。余りにも不自然に自然すぎて。


「私と黄瀬くんの経緯なんて、面白くも何ともないよ?」

「最初から分かって聞いてる」

「ひどーいっ!」


分かってる。人の付き合った経緯なんて聞いても、面白くも何ともないことぐらい。だけど、一度はぐらかされれば気になるわけで、それから紗夜ちんに何度も聞いたんだ。毎回断られたけど。


「もう………。ま、最後だし、流石に話すよ」

「ん」


時間が無いから手短にね。言った紗夜ちんが唇を開く。俺はそれをそっと見守った。


「始め会ったのは図書館。私が図書委員でさ、誰も来ない図書館の受け付けにいたんだ」


そしたらそこに黄瀬くんが来て言ったの。


「匿ってくれってさ」


彼は女の子に追われているみたいだった。図書館で騒がれても困るし、私は彼を追い払ったの。


「うわ、酷い」

「あははっ!それ次の日に黄瀬くんにも言われたよ!」


だと思う。紗夜ちん、流石に酷いよ。少しぐらい匿ってあげようとは思わないのかな?俺は思わないけど。黄瀬ちんなら匿わない。めんどくさそうだし。めんどくさいの嫌いだし。


「そ、次の日ね。登校中に黄瀬くんに会って、問い詰められちゃってさ。ついつい口喧嘩になっちゃって。でも、それから妙になつかれて、行動を共にすることが多くなったら、結局好きになっちゃったんだよね」


紗夜ちんは恥ずかしそうに言った。
多分出会ってから付き合うまで。その間に色んなことがあったんだと思うけど、俺らからしたら結構どうでもいいことなのかもしれない。お姉ちゃんが言ってた。周りにとってはしょうもないことでも、本人たちにとっては大切な思い出なんだって。俺にはよく分からないんだけど。


「はいおしまい。これだけの話だよ」

「そうだね。それだけの話だね」


紗夜ちんはにこり笑った。それだけの話だ。本当に小さなことだ。だけど、紗夜ちんが死んでいるからか、まるでとても大切な話のように感じた。特別な出会いなんて無い。特別な出来事なんて無い。ただ、時の流れのなかで二人は偶々出会って、偶々惹かれあっただけなんだ。


「んー……。もうお別れだなー……」

「もう?」

「うん。もう」


紗夜ちんはくるりと回転する。そして楽しそうに口を開いた。


「んじゃ、お別れを言います!」

「ん」

「ありがとね。楽しかった。あ、お墓にまいう棒を供えて欲しいな」

「その後食べていいならいいよ」

「え、むっくん食べちゃうの」


うん 俺は頷く。
相変わらず俺は天の邪鬼だ。紗夜ちんの前では結構素直だったと思うんだけど、やっぱ他とあんまり変わってないや。


「食べちゃうから、取りに来なよ」


後ろ手に持っていたまいう棒を取り出す。そして、紗夜ちんの目の前にひけらかした。紗夜ちんはむっ と眉根を寄せる。


「見えないだけでしょ?見えなくなるだけでしょ?紗夜ちんはこの世界にとどまってるんでしょ?なら、取りに来なよ」


紗夜ちんは意図に気付いたのか、盛大に笑い声を上げた。煩わしいなーもう。そんなに笑わなくたっていいじゃないか。


「あーもう、最後くらい正直に言えばいいのに!」


ニコニコ笑った紗夜ちんは、ふわりと飛んだ。俺の二倍ほどの高さまで上がった紗夜ちんが手を振ってくる。俺は小さく振り返した。


「またね!」


俺が言いたかった言葉を言った紗夜ちん。彼女は瞬きの間に消えた。紗夜ちんに会った三人が言ってた通り。

俺はまいう棒の袋を開け、口にする。新味。紗夜ちんにもあげたくて、まいう棒を半分だけ残し、宙に投げた。その末路は確認しなかったけど、後で確認したら袋だけが落ちていたのは事実だった。