今日は私の一回忌。部活は臨時の休みだ。みんなで私のお墓参りに行くみたい。嬉しいけれど、すごく申し訳ない。ありがとうも言えないことが、すごくもどかしい。

誰もいないはずの体育館。そこからはドリブル音が聞こえてきた。私は閉ざされた扉をすり抜け、中に侵入する。案の定だ。黄瀬くんが一人で練習をしていた。


「黄瀬……くん……」


小さく呟いた。その声はなぜか体育館中に響く。私は思わず目を伏せた。だって、黄瀬くんの反応を見たくない。怖いんだ。


「紗夜……?」


ドリブル音が止まった。それと同時に私が呼ばれる。真っ直ぐ飛んできた声から、黄瀬くんがこちらを向いていることを理解する。顔は上げられなかった。


「紗夜…!!」


足音がして、それが段々と大きくなる。駆け寄ってきてくれてるのは、容易に想像が着いた。きっと、また心無い笑顔を浮かべているのだろう。


「黄瀬くん……」


私はなけなしの勇気を振り絞り、顔を上げる。目の前に金色の彼が映った。途端、唾を飲み込んでしまう。なんて笑顔をしているんだ……。私が生きていた時は、もっとちゃんと笑顔だったのに。


「紗夜!今年も全中勝ったんスよ!三連覇!」


知ってる。さつきが報告に来てくれたから。お墓で聞いていたもん。


「黄瀬くん」

「あと、今度雑誌の表紙を……」

「黄瀬くん……っ」

「あ!次のデートはどこに行きたいっスか?」

「黄瀬くんっ!!」

「俺的には……」

「聞いてっ!!!黄瀬くんっ!!」


精一杯声を張る。すると、今まで饒舌に動いていた黄瀬くんの唇が止まった。その代わり、私は口を開く。伝えなければならないことがあるから。


「黄瀬くん、あのね?静かに聞いてくれる?」

「?どうしたんスか?改まって」

「私ね……?」


何の疑いも無く首を傾げる黄瀬くんに、私は一瞬言葉を飲み込んだ。でも、言わなければならない。私はまるで吐き出すように、不純物を出してしまうかのように言葉を漏らした。


「私は!死んでるの!」


叫ぶ。
まるで全てが終わったかのように感じた。時が止まったかのように感じた。耳を塞ぎたくなる。目を閉じたくなる。ここから消えてしまいたくなる。

静寂を破って聞こえたのは、黄瀬くんの笑い声だった。


「あははは!何言ってんスか!今目の前に居るじゃないスか!」

「ちゃんと見て……!!私は透けてる。浮いてる。触れないよ」

「ははっ。ダメっスよ。何の冗談だよ」

「冗談じゃないよ」

「いやいや。おかしいじゃないスか」

「おかしくないよ。私は死んでるの」


再び奏でると、黄瀬くんの顔から笑顔が消えた。身震いがする。少し怖い。

次に聞こえた黄瀬くんの声。それは、小刻みに震えていた。


「じゃあ……。なんでここにいるんスか…?おかしいじゃないスか……。おかしいっスよ………!!! だって、だって……っ」


黄瀬くんの頬に涙が伝う。それが余りにも澄んでいて、私は思わず見とれてしまった。


「だってっ!紗夜は死んでるんスよっ!? だから死んでる紗夜が俺の目の前にいるわけ無いんだっ!!!」


私は言葉を失った。
黄瀬くんは、私が死んでいることを理解していたんだ。その上で私が生きているかのように振る舞って……。


「そんなん分かってるんスよっ!分かってる!なんでっ!なんでっスか!なんで思い出させんだよっ!なんで紗夜は俺を苦しくさせんだっ!」


大粒の涙が落ちる。それと同時に床に崩れた黄瀬くんが、目元を押さえて泣き叫んだ。「なんで。なんで」譫言の様に疑問を重ねる黄瀬くんの眼前に、私はしゃがみこむ。そして、触れることは出来ないけど、彼を抱き締めた。


「私も苦しかった……。私が……。私の死が黄瀬くんの時間を止めてしまったから……。偽りの姿を見せ続ける黄瀬くんを見て……私、苦しかったんだよ……?」

「だって俺……紗夜が死んだなんて信じられなかった……!!信じたくなかったっ……!」


黄瀬くんの腕が、私の背中に回る。抱き締め返してくれだんだろう。触れれてはいないけれど。黄瀬くんの腕が回った所は、少しだけ暖かかった。


「みんなが紗夜を忘れちゃうんじゃないかって思うと……。だから!俺が紗夜が生きてるかのように振る舞えば、みんなが紗夜を忘れないからっ…俺っ……俺っ…!!」

「みんな、私のことは忘れてないよ?だってみんな、定期的にお墓に来てくれるもん。今日だってそうじゃん。覚えてる?今日は私の一回忌なんだよ…?」


恐る恐る聞いてみると、黄瀬くんは弱々しく微笑んだ。黄瀬くんはぼそりと呟いた。


「覚えているっスよ……?」


当たり前じゃないスか 黄瀬くんは言って、私の頭を撫でた。正しくは、撫でるように動かした。


「俺は紗夜が好きなんス。大好きなんス……っ」


「本当に」。その言葉に視界が歪んだ。今度は私が涙を流す番だ。止まらない。止まれない。


「だから、忘れるわけないじゃないスか…」


至極当然に言った彼に、私はふっ と笑ってしまった。嬉しかった。彼の、黄瀬くんの言葉が。彼は私を忘れたわけじゃないんだ。私のことを真っ直ぐに思っててくれたんだ。やっぱり、止まらなかった。止まりそうにもなかった。


「泣かないで下さいよ……っ」

「無理、だ、よ、バカぁっ……」


しがみつけないのにしがみついて、私は途切れ途切れに言う。黄瀬くんがからからと笑った。私は恥ずかしくて顔を伏せる。赤い顔なんて見せたくなかった。


「俺……ちゃんとお墓参りに行くっス………」

「うん……」

「もう……紗夜に辛い思いはさせねぇっスよ……」

「そうしてよ」

「そうするっス」


黄瀬くんが私の腕からすり抜けた。その顔はまるで吹っ切れたように笑っていて、私は安心する。

黄瀬くんは私の死を受け入れていなかったんじゃない。私を忘れないでいてくれたんだ。私を忘れさせないでいてくれたんだ。みんなに。

だから、きっともう大丈夫だ。彼は、大丈夫。黄瀬くんを一番近くで見てきた私だから分かる。今なら彼は、生前の様に笑える。

瞬間、私の身体が軽くなった。ふわふわと。この一週間、毎日体験してきた。これはお別れの合図だ。


「ああ……お別れだよ」

「そう……なんっスか」

「うん……」


私は立ち上がって、宙に浮かび上がった。消えるわけじゃない。昇天とか、そういうことじゃない。


「いっちゃうんスか……?」

「うん」

「天国とかに行くんスかね?」

「違うよ」


そう。違う。


「私はずっと黄瀬くんの側にいるよ……?」


私はいなくなるわけじゃない。ずっとずっと黄瀬くんの側にいる。


「黄瀬くんからは見えなくなっちゃうけど、私はずっと側にいるから」


黄瀬くんの表情が切なげなものに変わった。ああ、多分彼の視界から私が消えたんだ。こういうものを確認しないと、私は見えなくなったかが確認できない。


「俺はもう、止まらないっス……。だから、側で見てて欲しい……」


きっと虚空に声をかけた黄瀬くんに、私はそっと微笑んだ。





* * * * * *





俺は自分を騙していた。

紗夜をみんなに忘れさせないために、まずは自分を騙したんだ。

紗夜は生きてるって。
何度も自分に言い聞かせて。深く深く思い込んだんだ。自分に嘘の自分を塗り重ねた。

だから、紗夜に再会するまでは俺自身紗夜の死を受け入れていなかった。死を受け入れていない俺だった。

だけど、それこそ思い込みなんだ。
みんなは、一切紗夜を忘れていなかった。きっと俺がおかしくならなくても。絶対に、紗夜のことを忘れなかった。

結局俺は、みんなを信じれていなかったんだろう。愚かだ。

いや、ただ俺が辛かっただけかもしれない。紗夜の死が、辛かっただけかもしれない。
みんなが忘れてしまうかもしれない。そんなことにかこつけて、ただ現実から逃げたかったのかもしれない。
そんなことは、紗夜には言えなかった。
自分の心理なんて、きっと誰しも分からないことだらけなんだろう。


「黄瀬くん……来たんですね…」


紗夜のお墓にはまるで俺を待っていたかのようにみんながいた。紗夜のお墓を囲んで、微笑んでいる。

俺の側にいてくれている紗夜も微笑んでいるだろう。


「止まりたくないっスから」


恥ずかしながら、俺は今初めて紗夜のお墓に手を合わせた。
不思議な感覚だ。紗夜はこんなとこにはいないだろうに。むしろ、俺の後ろでほくそ笑んでいるのかもしれない。紗夜ならあり得るっスね。


「俺は前に進むから……」


辛さも、悲しさも乗り越えて、死を受け入れて生きていこう。