煩わしい授業が終わり、俺たちが全てを注ぎ込む放課後。


「笠松先輩。今日は部活休ませて欲しいんスけど」


我らが海常のエース、黄瀬がそんなことを言い出した。

今はI.H が終わった後の大事な時期。次のWCに向けての準備をしなければならない時に、部活を休むのは普通許されるものじゃない。黄瀬だって気付いているはずだろう。

俺たちが誠凛に練習試合で負けた後、黄瀬は練習を休まなくなった。モデルの仕事も休日に回し、部活に一生懸命になったというのに、一体どういうことなのだろうか。

いや、負ける前の黄瀬は、何の断りも無く休んでいたから、多分理由は違うのだろう。今回のこいつは俺に報告している。今まさに。


「なんか理由があるのか?」

「あー……、それなんスけど……」


黄瀬は眉を八の字に歪め、薄ら笑いを浮かべる。何ニヤニヤしてんだよ気持ち悪い。率直な意見を告げると、「ひどいっス!」と返ってきた。ああ、この切り返し方はいつもの黄瀬だな。


「んー……。あんまり言いたくないんスよね……」


あんまり言いたくない? 一体どんな理由なんだ。まったく見当がつかない。

根気強く黄瀬の言葉を待っていると、奴はゆっくりと口を開いた。


「今日……彼女の三回忌なんスよ」


時が止まったかと思った。俺は自分の失言に恥じる。しまった。深く聞かない方がよかったかもしれない。


「悪い……。辛いことを聞いちまって……」

「いや、いいんスよ。ただ、この理由を言ったら部の士気が下がるかなーって…思っただけっスから」


また黄瀬はへらり と笑う。なんで笑えるのかと疑問に思った。彼女の三回忌。 元カノでは無く。彼女。黄瀬はそう言った。
その呼び方は、黄瀬がまだその人を愛している証拠なんだ。
なのに、なんで笑えるのだろうか。奴の笑顔は、強がりに見えなかった。


「彼女の三回忌……か。……まだ好きなんだよな?」

「はい。好きっス」

「辛く……無いのかよ」

「辛い?」


ああ。 黄瀬は笑った。少しだけ声を出して。笑った。


「辛かったスよ。ずっとずっと。辛かった。でも、紗夜が俺の下に来て、話をしてくれたから、割りきれたんス」


何を言っているんだ と首を傾げる他無い。死んだ奴が来るなんてあり得ない。非科学的だし、俺はどうもそういうのを信じにくい性格なんだ。


「ははっ!笠松先輩には分からないかもしれないっスね」


俺もよく分かってないんで 黄瀬の笑顔が偽物ではないことは簡単に分かった。
「でも、本当っスから」そう黄瀬は続けて、真っ直ぐ俺を見据えて言葉を紡ぐ。


「俺たちが一つの世代に集まったことよりも、紗夜が俺に会いに来てくれたことの方が数百倍のキセキっスよ」


黄瀬は嘘を吐いていない。元から嘘を吐くような奴じゃないが、余りにもはっきりと理解した。今のこいつは全てが本物だ。
怖いくらい澄んで、真っ直ぐな本物だ。

本能で唇が動くまま、俺は重ねて黄瀬に質問をする。


「お前が誰とも付き合わないのはその彼女が好きだからか?」


我ながら真を突いた質問だ。それなのに黄瀬はそれを一つ笑い飛ばして、今日一番の笑顔で言った。


「まさか!紗夜は死んでるんスよ?今はバスケでいっぱいいっぱいっスから!」


ただ、それだけっスよ!

黄瀬はその笑顔のまま体育館を出ていった。



* * *



紗夜の三回忌。俺は迷わず彼女の墓参りに訪れた。
見ると、すでに花が生けられている。多分桃っちスね。桃っちは紗夜の親友だったっスから。それに墓石も綺麗だ。青峰っち辺りに掃除させたんだろう。


「ふはっ。これ緑間っちスよね」


招き猫。今日の紗夜の星座のラッキーアイテムだ。その横にはおしるこまで。まいう棒は紫原っちで、古典的な饅頭を置いているのが赤司っちだろう。このぶどうは黒子っちだと思う。

俺は何も持ってきてないんスけどね。


「紗夜……」


俺は紗夜の墓の前にしゃがみこみ、手を合わせる。


「紗夜、I.Hは青峰っちに負けちゃったんスよ。でも、WCは絶対勝ち上がってみせるから……」


紗夜はこのお墓にはいない。紗夜は俺の後ろにいるんだ。俺は迷わず後ろを振り向いた。
言葉をだから と続け、俺は笑む。


「見ててくれよ。ずっとそこで」


空間が一瞬だけ煌めいた。紗夜が見えることはもう無いだろう。それでいい。だからこそ、俺は前に進める。


『ここで見てるから』


その声が耳を掠める。空耳かとも思ったが、俺はあえて紗夜だと信じる。

紗夜は俺の後ろに。

伸ばした手に、瞬間の暖かみが広がった。