「苗字!答えてみろ!」

グラウンドで行われている他クラスの体育を見ていると、突然問題を当てられた。

私は慌てて立ち上がり、教科書を手にする。でも、今どこが問題になっているのかが分からない。 先生は問題を黒板に書かないタイプだし、前を見ても分からなかった。

分かりません と言えば済むのだけど、後で呼び出しを食らうのは嫌だ。だからといって当てずっぽうで言い、間違っていたら元も子もなくなってしまう。

私は小さく拳を作る。まるで周り全てが敵のようにも感じてきた。どう言えばいいのだろうか。

しばらく思案した私は、仕方無く「分かりません」と言うために口を開く。しかし、その瞬間に隣から微かな囁き声が聞こえた。

「x=3」

私は咄嗟に言葉に出す。

「え、x=3です」
「いいぞ。正解だ」

先生から正解をもらい、私は溜め息と共に席に着く。そして礼を言おうと隣に視線をやった。

隣の席の高尾くんは机に突っ伏している。彼はバスケ部で、毎朝の練習で午前中の体力を根こそぎもっていかれているらしい。だから、高尾くんは大体寝ている。

でも、今日は確かに高尾くんの声を聞いた。高尾くんが私をピンチから救ってくれたのである。うーん、ハイスペックと言われる起因はここにもあるのだろうか。さりげない気配りとか。

ま、そんなものはいいか と自己完結。私は高尾くんの方に身体を向けた。気持ち良さそうに寝てるし、ここは小さい声で言った方がいいよね。

私はまるで耳打ちをするかのように手のひらを曲げて、あまり音が漏れないように高尾くんに告げる。

「助けてくれてありがとう。お陰でピンチは脱しましたっ!」

反応は無い。私は身体を正常な位置に戻す。聞こえただろうか。私の言葉。
まぁ、聞こえていなかったのだったら、彼が起きてからもう一度言っちゃえばいいんだけどね。

と、割りきりながらも隣を気にしてしまう辺り、私もまだまだ子供だ。感謝を告げたくて仕方ないんだ。

少しだけ長めに高尾くんを見ていると、彼はゆっくり身体を起こしてその橙の瞳で私を見据えてきた。

「見すぎ」

うっすらと浮かべる笑顔は少しだけ眠そうで、いつものような弾けたものは無い。
だけど、そんな笑顔にも安心させられるのは彼が高尾くんだからだと思う。

ああ、彼が隣でよかった。

浅い意味でも。
深い意味でも。