「私、黄瀬くんが嫌いなの」
始めて聞いた苗字さんの声は、静かで淡々とし過ぎて感情を読み取れなかった。
彼女はいつもと同じ冷めきった目で俺を見据えると、その眼光で威圧してくる。それに慣れている俺は何とも思わないのだが、彼女はまるで壁を築き上げるかの様にただ俺を威圧する。これ以上近付くなと。そう、物語っている。
彼女の口から拒絶の言葉が漏れるなんて、予想していなかった。
確かに、今まで睨まれることは多々あったが、こうやって口に出されたのは始めてだ。
始めて聞いた彼女の言葉なのに。それが拒絶の言葉なんて、すごく勿体無いことをしてしまった気分だ。
「何でもそつなくこなす貴方が嫌い。努力を知らないなんて、負けを知らないなんて、馬鹿げてる」
まるで人外を見るかの様に研ぎ澄まされた苗字さんの瞳に、俺は正直驚いた。 こんな顔もするんだ。
いつも無表情でいる彼女を笑わせたいがために傍にいたというのに、嫌われてたなんて。嫌われるなんて……「嫌い」と真正面から言われるなんて始めてかもしれない。
小さく感動を覚えている俺に、彼女は気付いていないだろう。それでいいんだ。
「でも、俺だってマジなんスよ」
「嘘よ。だって、いつも適当にあしらってるじゃない」
ああ、彼女は俺の何が分かると言うのだ。そりゃあ、今までは様々なことを適当にやって来たけれど、バスケは違う。あれほど熱くさせられたものは他にない。俺は本当にバスケが好きなんだ。始めて出来た、「勝ちたい」ものなんだ。
「バスケだけはマジっスよ。色んなことを適当にやって来たけれど、バスケはマジ。マジじゃないと着いて行けねぇっス」
「………バスケ、だけ…ね」
バスケに対する姿勢だけは貶されたくない。他はどうだっていい。どう思われたっていい。
……いや、一つだけバスケと同じぐらいマジなものがあった。
「苗字さんを笑顔にしたいのも、マジっス」
自然と漏れたその言葉に、苗字さんは固まった。そして、暫くしてから顔を伏せる。怒らせたかもしれない。
いや、怒るならそれでいい。そうやって、少しずつ感情を見せてくれれば、いつかは笑顔を見せてくれるだろう。
「また、そうやって、私をからかって遊ぶ。女にも見境がないのね」
「俺、今まで誰とも付き合ったこと無いっスよ」
どうやら誤解してるらしいから、俺は訂正を挟んだ。
俺は付き合ったことが無い。本当だ。
今まで周りによってくる女子はみんな、俺の顔か運動神経を目的に近付いてきた。自分のステータスにするために、俺に好きだと言ってきた。本気に見える告白も、全てが作り物。誰も俺の内面は見ない。気にしない。
俺は物じゃないのに。装備じゃないのに。
俺が彼氏だと言うことを、自慢したいだけだろう。
「付き合ったことが……無い?う、嘘も大概にしなさい」
「いや、俺はどれだけ最低なやつに見られてるんスか」
本当っスよ。
俺の真の答えに、彼女はまた嘘だと首を振った。まだ信じられないみたいだ。
疑われることは好きだ。それってつまり、俺の内面を見ているということだから。苗字さんは中身までしっかりと見ていてくれる。
そういうところが、好きなのかもしれない。
…………ああ、そうか。俺は彼女を好きだったんだ。だから、こんなにも強く笑顔にしたいと願えるんだ。
始めて、人に恋をしたかもしれない。
そうだ。これからは名前っちって呼ぼう。
「だから、黙って俺に笑顔にされて下さい。名前っち」
「名前っち……?」
そうっスよ。と俺が笑いかければ、名前っちは真っ赤になって俯いた。すげぇ可愛い。
「少しずつでいいんスよ」
腕を伸ばしてその頭を撫でれば、彼女の肩がビクンッと跳ねた。可愛いなぁ。
名前っちの行動一つ一つがどうしても可愛くて、俺はやっぱり彼女が好きなんだと気付いた。
絶対、笑顔にする。
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