「なにやってんだよ」
ああ、どうしてこうなったんだろう。誰もいないはずだったのに。なんで彼がそこにいるんだ。
「なに、やってるの…宮地くん」
クラスメイトの宮地くんが、教室の前扉のところに立っている。おかしいな。もう、放課後なのに。放課後、彼はバスケに集中しているはずなのに。
こんなところ、見られたくなかった。
「それ」
宮地くんは私の手中にあるものを指差してくる。私ははっとしてそれを引き出しに突っ込んだ。
でも遅い。もう見られている。バッチリと見られている。
「お前がやったのかよ」
「…………」
「言え。轢くぞ」
背筋が凍えるほど低い声音に、私の硬くない涙腺が緩む。ごくりと生唾を飲み込み、私は「それ」を取り出す。
「分かんない……やられたの」
「それ」とは、ぐちゃぐちゃにされた教科書やノート。たくさんの悪口が書かれていて、とても見られるものじゃない。私はそれらをもう一度引き出しに突っ込む。
「いじめ……られてんのかよ」
「うん、多分………」
私は暗くていじいじしているから、気付いたらそういう対象になっていた。このクラスは結束が高い分、私みたいに馴染めない奴は標的になるのだ。一つの標的をいじめることを通して更に仲を深めていくのである。醜いとは思わない。人間なんて、そんなものだと思うから。
「気付かなかったでしょ?私、暗いから…」
「苗字名前」
驚いた。まさか、私のフルネームを知っている人がいるなんて。それも人気者の宮地くんが。
「苗字、なんで誰にも言わないんだ」
「…………」
「なんか言えよ…」
「……………」
「言え…!!!」
宮地くんは近くの机を叩き、大きな足音を立てこちらに来る。足が震えた。
私はギリッと唇を噛んで、口を開く。
「だって怖いんだもん…!!誰かに話したら私はまた酷いいじめにあう!!だったら今のままでいい!これ以上惨めにはなりたくないの!!!」
引き出しに突っ込んだぐちゃぐちゃの教科書もノートもばらまいた。目が痛くなるような言葉の羅列。私はこれを一人で抱えると決めたんだ。
「なら守ればいい」
宮地くんは宙に舞う紙切れをぐしゃりと握り、丸めると教室後方にあるごみ箱目掛けて放り投げた。バスケ部レギュラーの彼が外すことはもちろんない。
「俺が苗字を守ればいい!お前をいじめる奴は俺が片っ端から轢いてやる!だから!!」
宮地くんは私の肩を掴み、悔しそうに言った。
「そんな悲しいこと言うんじゃねぇよ……」
「っ…!!!」
ぼろぼろと涙が溢れてきた。じんわりじんわりと、溶かされる。宮地くんの暖かさに照らされて、ゆっくり。
「わた、わたし……」
泣いていいのかな? 悲しくていいのかな? 諦めないでいいのかな? まだ、頑張れるかな?
私の言葉に宮地くんは頷いてくれた。膝から力が抜け、身体が傾く。倒れそうになった身体は宮地くんが、支えてくれた。
「宮地くん………助けてください…」
私の心からの呟きに、宮地くんは頷いてくれた。それを合図に私は泣き声を上げる。今まで上げたことの無いような声だ。
本当はまだ頑張りたかった。このクラスの一員になりたかった。それを、宮地くんが支えてくれる。もう、怖いものは無いように感じた。
「ありがとう…宮地くん」
涙を拭き、顔を上げギョッとする。
宮地くんが、キラキラして見える。
いつもより高い体温や、うるさい心臓に私の脳は「まさか」と一言漏らした。
これが分からないほど私は不器用じゃない。でも、でも。なんて不純な。
どうやら私は、宮地くんを好きになってしまったようです。
これからいじめを乗り越えようとしていると言うのに、更に前途多難。
この淡い気持ちは私の中でこっそりと育てよう。そしていつかこのクラスの一員になれたら、言おう。
感謝と思いを。
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