少し早めに部室に着いた私は、先に部室の掃除をしようと中に足を踏み入れた。


「あ」


誰もいないと思っていた部室には、既に赤司くんがいて、正直驚いた。かなり早いつもりだったのに。

赤司くんは、部室の真ん中に座り込み、一人で詰め将棋をしているようだ。銀を動かしながら、彼は口を開く。


「苗字は将棋は出来るか?」

「ごめんね。私、チェスしか分からなくて」

「十分だ」


「王手」 と小さく呟いた赤司くんは、手にした銀を敵の玉に突きつけた。
よくは分からないが、積んだらしい。



* * *



自分のロッカーからチェス盤を取り出した赤司くんは、それを先ほどまで将棋盤があった場所に置き、将棋盤はロッカーにしまい込む。こんなところに入れてたのか。ちらりと中身を見ると、オセロ盤に囲碁盤まであった。どうやらボードゲーム全般が好きらしい。残念ながら、私はチェスしか強くないから相手にはならないだろうけど。


「腕に自信はあるか?」

「チェスの?」

「ああ」

「まぁ、並みよりは」

「そうか」


嘘だ。実を言うと、祖父が有名なチェスの名手で、私自身チェスのジュニア大会で何度も優勝している。だから、かなり自信があった。
並みよりは………というより、下手したらプロより強いと自負している。


「では、行きます」


白の駒を操る私は先手だ。
まぁ、無難にポーンを前進させる。いつも通り、ディスカバードアタックで積むつもりだが、赤司くん相手に通用するか……。

赤司くんも黒のポーンを前進させた。序盤と呼ばれる最初の間は中盤に向けての準備であるため、攻めるのは得策じゃない。

いつナイトを敵地に進めるかが勝利に関わるだろう。ナイトだけは、相手の駒をスルーして進めるから。

それにしても、チェスを祖父以外の人とやるなんて久し振りだ。この緊張感、たまらない。私は、自分の内側で沸き上がる闘争心を隠せない。

ああ、楽しい闘いになりそうだ。



* * *



「チェックメイト」


白色のナイトが、黒のキングに鋒を突き付けた。
赤司くんが生唾を飲む音が聞こえる。完全に積んだ。


「参った」


赤司くんの一言に、素直に驚く。 常勝常識思考の赤司くんに勝った!それが自分でも信じられない。 いや、負けるとは思わなかったが、いざ勝ってみるとすごく複雑な気分だ。


「強いな」


自分のキングを爪で弾いて倒した赤司くんは、ふっと口角を上げる。「はじめてだ」そう呟いたのも聞こえた。多分、物事で負けたのがはじめてなんだろう。うわぁ…、はじめて勝ったのが私で良かったのかな?


「私、一応ジュニアチャンピオンなんだ」

「チェスのか?」

「うん」


赤司くんは「同じだな」と笑った。私が疑問に思っていると、彼は「将棋ではチャンピオンなんだ」と付け足してくれる。ああ、と納得する。納得してしまう。赤司くんならそれぐらいは当たり前な気がするのだ。


「さぁ、名前。将棋を差すぞ」

「え!?私は、将棋苦手で……!!」

「チェスの癖が染み付いてるだろうからな」


だからどうした。と赤司くんは不敵に笑った。そこで私は気付く。彼はかなりの負けず嫌いだ。彼自身、今はじめて負けたから、自分が負けず嫌いだなんて認識は無いだろうけど、なんとなく分かる。私を自分の舞台で打ち倒す気だな。

いそいそと将棋盤を取り出した赤司くんを見届けてから、私は立ち上がる。 それより部活だろう。 多分、部室の外に中に入ることを躊躇ったみんなが集っていると思う。


「赤司くん、部活」


私がそう言えば、彼は少しばかり悔しそうに俯いて将棋盤を片付けた。部活を優先してくれるようで良かった。


「逃げるなよ」


扉のノブに手をかけた赤司くんがそう漏らす。私は身体中から血の気が引くのを感じた。どうやら、積んだのは私らしい。


「チェックメイトしてやる」


私に突き付けられた赤司くんの人差し指が刃の様に見えて、私は思わずたじろぐ。怖ぇ。

その後、部活中ずっと口角を上げ続ける赤司くんにみんなが恐怖を抱いたのは言うまでもない。