鼻をつくバニラの香り、私は慌てて振り向いた。
「あ」
そこには今まさに私の肩に触れようとしている手が。その手を辿ると、両目を見開いた黒子くんが立っている。
やっぱりいた。
「こんばんは、黒子くん。部活帰り?」
私が問いかけると黒子くんはいつもの無表情を取り戻して頷いた。少しでも目を離したらどこかに掻き消えてしまいそうな雰囲気に、私は焦燥する。今はこのバニラの香りだけが頼り。
「またマジバにいってたの?」
「はい」
「バニラシェイク?」
「……探偵ですか?」
黒子くんが訝しげに聞いてきたから、私は苦笑を漏らしてしまう。探偵なんてしてないよ。と返せば、彼はなぜと呟いた。
「バニラの香りがするの」
「……」
黒子くんは私の言葉に驚いたようだ。私は簡単に黒子くんを見つけることは出来ない。でも、バニラの香りがした時だけは別だ。黒子くん自体は無臭なんだけど、だからこそバニラの香りがより顕著にして、居場所が分かるのである。居場所さえ分かれば、存在を見付けることなんて簡単。
「そんなに匂いますか?」
「んーん。私の鼻が敏感なだけだよ」
はじめはバニラの香りにつられて周りを見渡して黒子くんを見付けた。それからバニラの香りがする度に黒子くんがいるから、この香りがする時だけはすぐに黒子くんを見付けることが出来る。いつもは全然だけど。
「では、一緒に帰りましょうか」
「うん。そうしよっか」
黒子くんの申し出に頷き、隣を歩く。甘く柔らかなバニラの香りがした。
この香り、私は大好き。バニラとかチョコとか、確かに甘いものは好きだけど。きっとそれだけじゃない。
私にとってバニラは黒子くんの匂いだ。だから多分、この匂いに安心している私は彼に好意を抱いているのだと思う。
彼がずっとバニラの香りに包まれていればと考える反面、他の誰かに黒子くんが見付かると思うと少し怖い。醜い独占欲だ。それも一方的な。そうと分かっていても願わずにはいられない。
「黒子くん、消えないでね」
「……?いきなりどうしたんですか?」
「ううん。なんでもないの」
私は彼の手に触れる。黒子くんは少し驚いたように肩を揺らすが、やめてあげない。
だって、こうしないとどっかに行ってしまいそうなんだもん。どっかになんて行ってほしくないよ。
私は君の香りに脳を焼かれた。
「手、繋いでいい?」
その言葉に彼は曖昧に微笑むから、私は彼の手を握った。少し冷たいこの手を絶対に離したくない。
いつの間にかバニラの香りは風にさらわれ、消えていた。
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