「なぁ………自由にしてくれ…」

晩御飯の後、彼がぼそりと呟いた。
いつもなら嫌だと答えただろう。
でも今の私はそんなことを言う権利は無かった。
小さく頷き、ダガーナイフを取り出す。

ずっと持っていた。
この日のために。

彼の背後に回り込み、麻縄をダガーナイフで切り落とす。
彼は手をぐーぱーと動かし、少しだけ笑った。
私はそれを視界に入れないように鍵を取り出し、足枷と首輪を外す。
これで自由だ。
彼は自由だ。

ああ、やってしまった。

彼はゆっくりと立ち上がり、部屋を出ていく。

あんなに欲しかった物が私の手から離れていくのに、悲しくはない。
その広い背中が、眩しい。

ばたりと閉まる扉をぼーっと見つめる。
真っ暗な部屋の中、私は膝を抱えた。
そして何もかもを忘れて瞼を下ろした。

頭が痛い。
最近何も食べてなかったからかな。
でも、もういいや。
何もいらない。

すーっ と、意識が遠退いていく。
火神くんありがとう……。
大好きだったよ…。

………………
…………
………



「なに寝てんだよ」


コツンとおでこを小突かれて、思わず身体を起こす。
そこには火神くんがいた。

「…………火神くん……?」
「おお」
「ど、どうして……!!」

気が動転して、はっきりとしない意識のまま彼の肩を掴む。すると彼はニカリと歯を見せて笑った。

「どうもこうもねぇって。お前、ガリガリになってくから心配で仕方ねーんだよ」

ほら と、彼は何かを差し出してくる。
それはもうもうと湯気をあげるうどんだ。鰹節のいい香りが鼻孔をくすぐる。

「こ、これ……」
「うどん。流石に体調悪くても食えるだろ?」

彼が、私なんかのために作ってくれた…。
じゃあ、「自由にしてくれ」って言ったのも、全部このため……?

「うどんだ……。かがみくんが………作ってくれた……」

震える手で箸を手にする。うどんを一本挟んで、息で冷ます。ぐちゃぐちゃになる視界で冷めたのを確認してから口にした。

「……」
「どうだ……?」
「あ…………あり、がとう………ありがとう…ありがとう…………」

美味しくて、嬉しくて、でもやはりどこか悲しくて。
「美味しい」って言いたいのに、口から出るのは感謝の言葉だけ。

それからは、今まで食べなかった分も食べる勢いでうどんを食べた。久しぶりにこんなに一気に食べた。彼はずっと満足げに私を見つめていた。

「あ、あの………」

私は残りの一本を箸で挟んで、火神くんを見上げる。
彼はくいっと首を傾げる。

「こ、これ、あの、防腐処理して、保存していいかな……?」

火神くんは私の言葉に目を丸くする。彼が私のために作ってくれたうどんをどうしても形に残しておきたかった。流石に引かれただろうか。

しばらくの沈黙の後、火神くんが「ぷっ」と吹き出す。

「ははははっ」
「火神…くん?」
「いや、ごめん、ははっ…!!」

目に涙を浮かばせながら火神くんは笑っている。本当に幸せそうに。

「すげー……。うん、残してくれていいぜ」

引かれたかと思っていたら、彼の返答はまったく違うものだった。思わず「本当に?」と聞いてしまう。

「疑うなって。本当だよ。……なんか、お前に毒されてるのかもな……」

今まで無邪気に笑っていた火神くんが、ふと妖艶に口角を上げる。どきりともしない。心臓が止まるかと思った。

「俺の作った物が形を残したまま苗字の手にあると思うと……どうしてだろうな」

でもその笑みは一瞬で、彼はにかっと笑う。

「すげー、嬉しいよ」

それは、私の存在が認められた瞬間だった。