予備校の帰りに駅前のコンビニでアイスを漁っていると、「あ」と聞き覚えのある声が聞こえた。そちらに視線をやると、隣のクラスで原と同じ男子バスケ部の山崎が立っている。その手にはパンが数個握られており、「部活帰り?」と聞くと、「おう、名前は?」と返された。

「予備校の帰り」
「ふーん…予備校ってめちゃくちゃおせぇんだな」
「小中の塾とは違うでしょ、いろいろ」

それもそうか、と山崎は肩をすくめた。
アイスどれにしよう、と再び考え始めると、彼が手元を覗き込んでくる。何事かと思えば、「どれにするんだよ」と選択を迫られて、なぜこいつに急かされなければならない、とつい唇が尖る。

「今悩んでるの〜」
「何で悩んでるんだよ」
「ハーゲンダッツにしようかどうか」
「悩むならダッツにすれば?味は?どれ?」
「いちごにするけど……なんなの一体…」

確かに悩んでいたからスパスパ決めてくれるのは助かるのだが、なぜそこまで聞かれるのと思いながらアイスに手を伸ばすと、それを山崎に横取りされる。こいつついに原に毒されたか…???

「え、なによ、イジメ?山崎だけは何だかんだいい奴だって思ってたけど、そのつもりなら受けて立つけど?」
「何でそんなに警戒すんだよ。こういうのはスマートにやらせろ」

なぜか呆れたように笑った山崎はハーゲンダッツをレジに通すと、パンとは違う袋に入れてこちらに渡してきた。それを受け取ると、彼はニッと笑って「お疲れさん」と頭をポンポンと二度撫でてコンビニを出て行く。少し呆気にとられたが、なんだか悔しくてその背中を追いかけてコンビニを飛び出す。

「ちょっと山崎!?いきなりどういうこと!?」
「だーかーら!こういうことはスマートに…!!」
「山崎の都合は知らないし!なんかの賄賂だったらいらないからね!?」
「賄賂って…お前色々影響されてんなぁ」
「花宮と瀬戸に言って」

山崎は賄賂とかじゃねぇからと苦笑するが、私は警戒を解かない。高校一年生時に同じクラスになった花宮と瀬戸により、私の人を信じる心は挫かれているのだ。私が何かをされたわけじゃないけれど、あんなえぐいものをそばで見ていたら嫌でも思い知る。

「ただ気が向いただけだから、そう身構えんな」
「ハーゲンダッツを気が向いたらで分け与える…だと?山崎ってそんなにお坊ちゃんだったっけ…?」
「極端か!」

はーーーとため息を吐いた山崎は「あーだこーだ言ってたら溶けるぞ」と私の手の中のアイスを指差す。確かにずっと持ってたら手のひらの熱ですぐ溶けてしまうだろう。

「うぅ……後からなんか言ってきても知らないからね…?」
「いわねぇよ!」

私はコンビニの前の公園に入り、ベンチに座る。山崎は当たり前かのようにその隣に座ってパンの袋を開けた。ソースの美味しそうな香りについつい惹かれてしまう。よくみるとそれは焼きそばパンだった。ううん、美味しそう。

「あ、パシリの代名詞じゃん」
「焼きそばパンに謝れ」
「一口ちょうだい」
「はぁ?いいからハーゲンダッツ食えよ」
「いいからちょうだいよ!」

隣の芝生は青い方式だ。自分で買う気は起きないけれど、こういうのは見ているとすごく食べたくなってしまう。山崎は「あー」だの「うー」だの唸ってから、ほらよ とパンを差し出してくれた。

「わーい!さっすが山崎パン!」
「テメェ…っ!!」

山崎がワナワナと震えてる間にその艶々としたパンにかぶりつく。はみ出した焼きそばをずるずるとすすれば、「おま…っ」と彼の焦ったような声が聞こえてきた。

「直接食う奴がいるかよ!!」
「だって、アイス持ってるもん」
「座ってんだから置けばいいだろうが!!」
「なに?そんなこと気にすんの?器ちっせーぞ!」
「うるせえな!!お前はもうすこしデリカシーというものを…!!」
「オカンかよ!」

真っ赤な顔をして怒る彼は、どうやら照れて恥ずかしいらしい。なんともウブでかわいいが、その母親みたいな発言はやめてほしい。

「別に気にしないよ、私。そーいうの全然気にならないし」
「っ……!少しくらいは気にしろよ…!!」
「山崎が純情すぎだっつーの」
「おまえ……、俺の純情をなんだと思ってんだ…」
「捨てろ捨てろ。高校生男子に純情はキツいぞぉー」

他人事のようにそんなことを喋りながらハーゲンダッツの蓋を外す。久しぶりのダッツ、いつもいつもこの瞬間がすごく幸せなんだよなあ。
ぺりぺりと内フィルムを外すと、可愛らしいハートのクレーターを作ったピンク色の肌が露わになる。あ〜やっぱりめちゃくちゃ可愛いし綺麗。アイスの王様だ〜。

「いただきまーす!!」

付属のスプーンでひとすくい。口に入れようとしたその瞬間。


「………え…?」


手首をぐいっと引かれて、スプーンの先っぽに山崎の唇が映る。彼は小さい声で「あっま」と呟いた。

「え、え」
「久しぶりに食ったけどこんなにイチゴイチゴしてたかぁ?」
「え……山崎クン…?」
「んだよ。おまえは気にしねえんだろ?」
「………」

ハーゲンダッツが、……せっかく買ってもらった予備校のご褒美。買ってくれたの山崎だけど。一口目が一番楽しみなのに。楽しみだったのに。山崎が…!買ってくれたんだけども!!


「っ、山崎のばあああか!!!」
「ぶっ!」


私はベンチに置いていた参考書が大量に詰め込まれたカバンで山崎の顔面を殴る。相当な音がしたが、この恨みは晴れない。

「ちょ、おま、え、顔…っ?え、めっちゃいてぇよ!?」
「参考書詰め込みマックスでバフかけまくってるから当たり前だろ!?」
「凶器持ち歩いてるのと同義じゃねえか!!!」
「ハーゲンダッツ一口目窃盗罪は死刑だ!!」
「極刑!!!」

ベンチを立ち上がり逃げようとする山崎を追いかける。この凶器で殺してやると走り回っていたら、当たり前のようにハーゲンダッツはドロドロに溶けていて、山崎は私を慰めるようにもう一つ買ってくれた。うん、すき。