昼休み、私は図書館で勉強をしていた。特に今日は人が少なくていい。というのも、今日の図書委員が古橋だからだ。無表情無口な彼は結構怖がられていたりする(本人も対して気にしてない)。このボンボンばっかりが通っている霧崎では特にだ。特別狙ってきたわけではないが、やはり人が少ないと勉強も捗るというものだった。

それにしてもいつものことながら課題のレベルがめちゃくちゃ高い。一年の時はわからない問題があれば瀬戸に泣きつけば教えてくれたし、機嫌がいい時の花宮もなんだかんだ言いながら丁寧に教えてくれたから二年になって突然独り立ちさせられていつも大変だった。特に私は文系なので、理系は躓きやすい。課題をこなしている時だけはバリバリ理数系の花宮と瀬戸を恋しく思ってしまう(だからと言ってもう同じクラスになりたいわけではないが)。

「…………」

チラリとカウンターで静かに読書をしている古橋を横目で確認する。あれはどこからどう見ても文系だろう。同じクラスの原も(意外と)文系だし……、思わずため息をこぼしてしまう。

「人を見てため息を吐くな」
「うわっ!」

突然聞こえた古橋の声に驚き、肩が揺れる。もう一度見ても彼は一切こちらを見てなかった。なのになぜ見たのがバレたのだ。

「古橋って第三の目とかあるの?」
「ああ」
「ああって……」

まさかの肯定に、おでこに目がついた古橋を想像してしまう。多分その目も死んでいるんだろうなぁとくだらないことを考えながら、一切課題が進んでいないことを思い出し項垂れる。

「数学の課題か?」
「うん……古橋わかる?」
「瀬戸に聞け」
「ここにいたら聞いてるってば……。どうせまた机に突っ伏して寝てんだよ」
「そうか」
「そうか…って」

古橋との会話はテンポが掴み辛い。言葉に感情が乗らないから興味があるのかすらわからないし、なんだか一人で話しているような気がして虚しくなってきた。「あーあ」とため息を吐きながら窓の外を見てしまう。鳥が飛んでるなーと思った瞬間、思わず「囚われの姫か」と自分に突っ込んでしまう。牢獄から見える景色ってこんな感じなのかな。

「ねぇ、古橋ー」
「どうした」
「意味わかんない課題あったら古橋はどうしてる?」
「どうもしない」
「え、どうもしないって」
「言葉通りだ。わからないならどうもしない、どうしようもない」
「…………」

なんだか、古橋の言うことはもっともだと思った。考えても解けなくて意味がわからないならどうあがいても無駄なのかもしれない。そう思うと、途端に手元の課題がどうでもいいもののように見えてきた。

「昼休みに入ってから今までの時間、一体なんだったんだろう……」

頬杖をつきながらそんなことを呟いてしまう。結構長い時間だったような気がする。時計を見ていないからどれだけ時間が過ぎたかはわからないけれど。外からは昼休みも練習に明け暮れるゴルフ部のショット音が高らかに聞こえてきた。

「それに気付くための時間だったんだろう」
「え……?」

至近距離で声がして思わずそちらに首を巡らせる。そこにはいつのまにか真後ろに立っていた古橋がいた。驚きすぎて声も出ない。彼はそれだけ言うと本棚の間に消えていく。手にしていた本を読み切ったのだろうか。

「それに気付くための時間……か」

彼の言った言葉を反芻してみる。確かにそう思うと無駄ではなかったのかもしれない。バスケ部レギュラーにしてはいいこと言うじゃん、と思いながら机に突っ伏した。本棚から出てきた古橋は、新しく手にした本を自ら貸し出し処理をしてまたカウンターに入っていく。
静寂の図書館に、古橋がページをめくる音だけが聞こえた。

「ねえ、それ面白い?」
「ああ」
「ふーん。何読んでるの」
「伊坂幸太郎だ」
「へぇ〜」

なんだか見たことがあるようでないような気がして、そんな曖昧な返事をしてしまう。別段私は小説とかが好きなわけではない。ただ現代国語が一番得意かなぁと言った感じだった。
私は理数系の人が宇宙人みたいに見えて仕方ないのだが、理数系の人からしたら文系の人は超能力者とかに見えるのだろうか。そんなことを考えた時点でもう課題なんてちっとも気になっていなかった。

「古橋ー」
「ああ」
「課題やってない時なんて言い訳する?」
「言い訳なんてしない。やっていないと言う」
「あははっ。そりゃそうか!」

こいつは案外面白いやつなのかもしれないと思った。多分笑わせるつもりで言ったのではないだろうが、私にはそれで十分だった。今度は窓の外ではなく、本を読む古橋をしっかりと見つめる。彼は無言で本を顔の前に上げて視線をカットしてきた。やっぱり見ていることはバッチリバレているらしい。

「ちょっとくらいいいじゃん」
「はぁ、もの好きだ」
「そうかなぁ。……そうかも」

そういえばバスケ部の連中のこと、嫌いだと思ったことはなかったなぁとそんなことを思って、でも恥ずかしいから絶対に誰にも言ってやらないと心に誓った。