卒業式は何回やっても物悲しいものだ。
「あーあ。もう卒業かぁ」
入学式とは違い桜も咲いていないし、クラスメイトの大半が泣いており無条件でノスタルジックな気持ちになった。こんな可愛い服着たっけ、と母に強引に着せられたスーツを見下ろしながら苦笑が漏れる。
今日は私の小学校卒業の日だ。胸に咲いた造花のコサージュがなんだか小さく見えて、私も成長したなぁとそんなことを考える。とっくの昔に大人になっているはずなのに、この雰囲気だけはなれなかった。
卒業式の後最後の学級活動で担任の先生が泣き、それを見た保護者の方々ももらい泣きし、元から泣いていた生徒もあいまって全体的に物悲しい。私も一瞬涙腺が緩んで、感動ものの映画とか何年経っても弱いんだよなぁとそんなことを思う。
学級活動が終わると、クラスメイトが一斉に私のもとに駆け寄ってきてくれた。それもそうだ。私だけは本当にお別れなのだから。春から私立中学に進学を決めている私と、公立にそのまま上がる彼らとではもう道が違う。転校してきてからずっと仲良くしてくれた友達も、何度かクラスが一緒になった子ももうお別れ。もしかしなくてももう会えなくなることを私は知っているから、私は母に頼んでいっぱい写真を撮ってもらった。大切な思い出を手放さないようにしなくては。
クラスメイトと話していると、ガラガラと教室の扉が開く。そこには在校生として卒業式に参加していた幸男くんが立っていた。彼は私を見つけて浮かべた笑顔を、周りにたくさん女の子がいることに気づいたのか引きつらせる。慌てて彼の手を掴み、少しだけ待ってて!と幸男くんと二人で教室を出た。
向かうのは図書館や図工室などが並ぶ別館。広い渡り廊下を渡って屋上に向かう階段を登る。屋上は立ち入りが禁じられているから、この階段の途中はいつも物静かなのだ。ここなら大丈夫だろうと彼の手を離すと、ガバッと顔を上げた幸男くんが焦った表情で私の手首を掴みなおしてくるから驚く。
「しばらく、このままで」
消え入りそうな声で幸男くんが呟いた。彼から触れてくることは珍しいから、少し躊躇いながらも頷く。遠くから生徒たちの賑やかな声がうっすらと聞こえる。
「座る?」
そう問いかけると彼は小さく頷く。私たちは階段を椅子のようにして腰掛ける。冷たいリノリウムの感触が、なんだか心にできた空虚な穴のように感じた。
「卒業式終わっちゃったなぁ」
「おう」
「もう中学生かぁ」
「おう……」
「中学まで結構遠いんだよね。歩きだと1時間以上かかるの」
「なんだそれ」
「遠っ」と、幸男くんは吹き出したように笑った。彼はずっと沈んだ空気を纏っていたから、こうやって笑ってくれてなんとなく嬉しくなる。思わず息をつくと、彼はちらりとこちらを向いた。その目があまりにも純粋で、真っ直ぐで、羨ましくなる。私たち大人は、いつのまにその輝きを落としてしまったのだろうか。
「幸男くん、私がいなくて寂しくない?」
「俺はお前より年下だけど男だぞ!」
「さみしくねーよ!」と幸男くんは言って、膝小僧に顔を埋めた。私の手首を掴む彼の手に力が籠る。それが愛おしくて、私も彼の手を握り返した。
「裕のことよろしくね」
「おう」
「ミニバス続けてね」
「それは当然だろ。中学いってもバスケやるし。ずっとやる」
「そっか」
膝から顔を上げた彼は遠くを見ながら言い切った。段々と陽が傾き、夕焼けが階段を染めていく。もうそろそろ戻らなければ、心配をかけてしまうな…と思いながら、なんとなく離れ難かった。それは幸男くんも同じなのだろうか。まるで足の使い方を知らないかのように、私たちはずっとそこに座っていた。
「幸男くんがバスケしてるところもう少し見たかったなぁ」
「好きなだけ見にきたらいいだろ。家、近いんだし」
「時間があったらね。幸男くんは知らないかもしれないけど、中学って割と忙しいんだよ〜!」
脅すようにそういえば、きょとんとした顔の幸男くんに「なんで知ってるんだよ」と突っ込まれてグーの音もでない。確かに彼のいう通りだ。本当は知らないはずのことなのに。
「はは、えっと、私が通うところって名門だし、部活もしたいしね……」
適当にはぐらかすと「ふーん」と間延びした返事が聞こえて恥ずかしくなる。完全に忖度された。肉体年齢的にも私の方がお姉ちゃんなはずなのに、少し照れ臭い。
「でも、そうか。もうあんま会えないんだな」
「…………、うん、そうかも」
彼の声音が悲しみを抱いていて、否定することもできず頷く。別に今生の別れなんてわけじゃないのに、なんだかやるせない。もし彼と同じ学年だったら私は受験をしようと思っただろうか。もう少し、一緒にいたいと思ったのだろうか。
「よし」
迷いを振り切るように突然声を上げた幸男くんは、ふと足の使い方を思い出したように立ち上がる。
「戻ろうぜ」
そう笑ってこちらに手を差し伸べた彼が一段と眩しく映った。そのたくましくなった手に掴まって、私も腰を上げる。今更後悔なんて遅いのだ。
私たちはこの足の使い方を知っている。前に進むために存在しているのだと、知っているから。
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