すごく不満そうな真太郎くんを目の前に思わず冷や汗が伝う。
ここは大学病院敷地内のバスケットコート。特に予定のない休日だったため大学病院まで来たのだが、真太郎くんは一切シュート練習をしておらず、いつもラッキーアイテムが置いてあるベンチに座って難しい顔をしていた。何か悩み事だろうかと声をかけると、彼はその綺麗な顔でこちらを睨み上げてきて何もいえない。これはどうやら私に非があるらしい。それだけはバッチリ伝わった。
「えっと、えっと、何かしたかなぁ、私」
ベンチに座りながらそう聞くと、彼はじーーっと私を見てから深い深いため息を吐く。何かしたらしいが心当たりが何もない。どうしよう、思い当たる節がないのに謝罪なんかしたら余計怒らせてしまいそうだ。
「別に……」
ふいっと目を逸らした真太郎くんがぼそりと口を開いた。
「何もしてないのだよ」
「え?」
「何もしてないから怒ってるのだよ!」
「……なる、ほど?」
何もしてないから怒る、の意味がわからないまま頷く。つまり私のせいではない?いやこの雰囲気は絶対私に何か理由がある。だが理由なんて聞いた日には逆鱗に触れそうだ。
「えっと、えっと、謝った方がいいかな……?」
恐る恐るそう聞くと、今度はすごく落ち込んだ様子で「謝るのは俺の方だ」と呟かれた。だが彼が謝るようなことに思い当たる節もない。
「なんで真太郎くんが謝るの?」
「なぜそんなことを聞く!」
「え!?」
質問に質問を重ねられて言葉を失ってしまう。なぜかと聞かれても、理由が皆目見当がつかないからとしか言いようがない。真太郎くんを怒らせたいわけではないので、必死になって記憶を遡るが、平和な記憶しか出てこなかった。タイムスリップ前に比べたらめちゃくちゃアクティブな気もする。
「はぁ〜〜〜」
ここ最近で一番深いため息を吐いた彼は、ポケットから何やら小さい包みを取り出す。リボンで飾り付けまでされた、シンプルだがかわいい包みだ。それをどうするのだろうと思っていると、「ほら」と差し出されて首を傾げてしまう。つまり、これを私に?
「えっ、なんで?」
「お前はばかか」
「うっ……。ばかで結構ですので、よろしければ理由をお教えください……」
恭しく頭を下げながらそう聞くと、彼はまたため息を吐いた。幸せも裸足で逃げ出しそうだ。「これは」と視線を上げた彼と目が合う。酷く真剣な目だった。
「お前への誕生日プレゼントだ」
「…………へ?」
グイッと押しつけられた包みを慌てて受け取る。確かに、2日ほど前に私は誕生日を迎えた。でもそれは決して真太郎くんには伝えてないはずだ。というものも、二十歳を超えてから誕生日というものが割とどうでも良くなってしまっていて(歳とりたくない)、クラスメイトからも祝われなければ、幸男くんが知ってるかすら怪しいレベルなのである。だから、真太郎くんが知ってるわけが……。
「父さんに聞いたのだよ」
「あ……カルテ」
彼の言葉にピンとくる。確かに医療機関ならカルテなどに私の誕生日も記載されているだろう。それに気付いた緑間先生が真太郎くんに伝えたか聞いたかしたのだと、簡単に予測がたつ。まさかそんな経由でバレる(隠していたわけではないが)とは思っていなかった。
「……ありがとう」
「ああ」
でも、案外悪くないかもしれない。事実こうやってプレゼントを渡されると素直に嬉しい。「開けていい?」と聞けば、小さく頷かれた。
「えっと……、……わぁ」
包みを傷つけないように丁寧に開けて中身を取り出す。それは木製のバレッタだった。大輪のひまわりがペインティングされており、華やかで綺麗。真太郎くんは私の反応に少しだけ口角を上げてから口を開いた。
「最寄りの雑貨店で見つけたのだよ。急ぎだったからこの程度のお祝いしかできないが……」
「ううん!この程度なんて言わないで!すっごく素敵!」
「…………お前は、ひまわりのような女だ」
優しい声音に顔が上がる。真太郎くんはバレッタを包む私の手にそっと触れた。
「いつも上を向いて、大きく花開いている。夏の青空にも負けない、鮮やかな色彩を持っている」
まさか、そんな風に言われると思っておらず、つい視線を逸らしたくなった。でも、このままずっと彼を見ていたい気にもなって複雑な心境のまま見つめ続ける。彼の指が触れた部分から、暖かくなっているような気がした。
「俺にとってのお前は、この花によく似ている」
彼の細く繊細の指が、描かれたひまわりを指さした。花に似ているなんて初めて言われたから、なんと答えたらいいか分からず頷く。頬が熱くて、それがほんのちょっと恥ずかしかった。
「だからこれにした」
「うん……」
たくさんの彼の思いがこのバレッタに込められているのだと、それだけはわかった。木製のバレッタは手作りのようで、似たようなものはあっても同じものは二つとないだろう。壊さないようにしなきゃな……と思っているとそれを見透かしたように彼は口を開く。
「たくさん使って欲しい」
「え……でも壊れたら」
「その時はまた買ってやろう」
「いや、流石に悪いよ……っ」
「なまえに受け取って欲しい」
「…………」
「何度手折れても、何度だって送り続ける。だから、使ってくれ」
きらりと瞬くエメラルドの瞳。私は思わず頷いた。彼はふっと表情を緩めると立ち上がる。今日のシュート練習に向かう彼をしっかりとこの目で見るために、私は風になびく前髪をバレッタで止めた。
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