小学四年に上がるというある日、突然アメリカに行ってしまった一つ年下の彼のことを、未だに忘れられない。
「なまえ先輩緊張してるんすか〜?」
隣に歩く顔がとてもいい後輩がからかうように声をかけてくるものだから2、3歩遠のく。黄瀬くんは「ひどっ」と言うが、彼のそばに居ると確実に虐められるので、できれば今日も一緒に来たくなかった。
海常高校バスケ部の期待のエースとマネージャーである私たちは、今度の練習試合の相手である誠凛高校に挨拶をしにきていた。どうやら黄瀬くんの中学時代からの「親友」がいるらしい。彼の言うことは時々盛っているので、あまり信じてはいないが、やはりこれから対戦する高校への挨拶はとても緊張するものがあった。あと普通に周りの視線が痛い。黄瀬くんはモデルもやってるから非常に有名人なのだ。また出張サイン会(仮)を始めなければいいけど……、とため息が溢れてしまう。
「ほらほら、ここが誠凛っすよ!」
「へぇ。ここに黒子っちくんがいるの?」
「そうそう!黒子っち、俺と一緒の高校来てくれてもよかったのに、ひどいっすよね〜!」
呑気に彼は言うが、それもしかして一方的な友情じゃ……?と思わず疑問を抱いてしまう。彼はとても自信家なため、よく言えばポジティブで悪く言えばナルシストなのだ。まぁ、こんな顔面に生まれたら誰だって人生イージーモードになるか…。おまけに運動神経も抜群。センスも才能もピカイチだ。
二人で誠凛高校に踏み込む。異界感がすごくて肩身が狭い。そんな感覚皆無であろう黄瀬くんは意気揚々と体育館を目指す。私は置いていかれないようにその背中を追いかけた。周囲から「あれってモデルの…」と言う声が聞こえてきて、もうすでに逃げたくなってきた。
体育館からはスキール音とドリブル音が聞こえてきて、自然と胸が高なった。女性のものと思える指示が飛び、ホイッスルが高らかと鳴り響く。指導者は女の人なのか……と我が部のコーチを思い出して羨ましくなる。
体育館の扉を開けて中に入れば、その気迫が溢れ出したように肌を伝った。今はどうやらミニゲーム中で、明らかに体格の違う一人が高速ロールターンからのワンハンドダンクを決める。思わず感嘆の声が溢れた。
感心している場合じゃない、とりあえず監督かコーチらしい方に挨拶をしようと歩き出したらもう黄瀬くんはいない。後ろを振り向けば誠凛の女の子たちに囲まれていた。思わずため息が漏れる。私だけでも挨拶行こう。
ホイッスルの吹いたのはどうやら女生徒のようだった。まさか彼女が…と思ったら案の定指示を出している。「あのー」と声をかけようとすると、体が誰かにぶつかる。思わず体勢を崩しそうになるが、ぶつかった人が腕を支えてくれてなんとか倒れずに済んだ。
「ごめんなさい!よそ見してて……」
「いやこっちこそ……」
それはさっきかなりキレのいいワンハンドダンクを決めた男の子だった。間近で見たらその気配は計り知れない。……それに、どこかで見たことがあるような…。
「コラ!バカガミ!気をつけなさいよね!」
女生徒の言葉にピンとくる。
カガミ。かがみ……?
「かがみ……。火神、大我くん?」
「なまえ……?」
それは私が小学四年生になる頃アメリカに行ってしまった幼馴染の男の子の名前だった。確かに顔に面影がある。黒い影の赤髪、何故か二つに分かれた眉毛。あの時と比べ物にならないほど体格も、身長も育っているが、紛れもなく大我くんだ。
「た、大我くん!!」
「うおっ!」
何年ぶりかの再会に嬉しくなってつい飛びついてしまう。誠凛さんから何か叫び声が上がったが今はそんなこと気にしていられなかった。大我くんも驚いた様子だったが、すぐに抱きしめ返してくれる。
「よぉ、なまえ元気にしてたか?」
「こっちのセリフだよ!日本帰ってるなら手紙でもなんでもくれたらいいのに!」
「わりぃ。お前ん家の住所覚えてなくてさ」
大我くんはそう言って笑う。少し大人っぽくなった表情にちょっとだけどきりとした。思わず抱き合っていた体を離してしまう。もうあの頃の可愛い大我くんではないのだろう。
「ちょっとちょっと、火神ー?説明して」
「あ、カントク。こいつは俺の幼馴染のみょうじ なまえだ。です」
女生徒はやはりカントクのようだ。私はそちらにペコリと頭を下げた。
「みょうじ なまえ。海常高校二年、バスケ部マネージャーをしています」
「海常!?」
私の自己紹介に周囲から声が上がる。練習試合の話はやはり伝わっているようだ。カントクと呼ばれた女の子は一瞬目を丸くしてから「へぇ」と笑った。
「なまえ、お前海常なのかよ」
「うん。実はね。今日はキセキの子と……」
黄瀬くんはどこにいるのだろうと振り向けば、案の定出張サイン会(仮)が始まっておりため息を吐きながら頭を抱えてしまった。大我くんに「なんだあれ」と言われて目も当てられない。
「挨拶にきたんだけどね……なんかごめんね……」
「いや、いいよ。お前が謝ることじゃねえし。相変わらず苦労してんだな」
「はは……」
そういえば小さい頃は自由な母と弟に二人でかなり振り回されていたような気がする。その度に私が大我くんに謝っていた。彼はそれを言っているのだろう。覚えてくれているのはすごく嬉しいが、自分でも情けない思い出しかなくてちょっと悲しい。
黄瀬くんが「5分待ってもらっていいですか?」と言うから、「あと5分だって」と大我くんを見上げる。彼は「おう」と優しく微笑んでくれた。昔からずっと変わらない暖かさに少しだけ頬が熱を持つ。鼓動が早まるのに首を傾げて、それからもう一度彼の横顔を見上げた。
かっこいいな。そう思ったのは、初めてだった。
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