輝かしい歴史を持つ帝光中男子バスケ部。
これは選手の彼らとマネージャーの私の、とある日常の一ページ。
「じゃあ、これ顧問に伝えといてくれ」
放課後のミーティングルームで主将の虹村くんが私に渡してきたのは、今度行われる合宿の日程表だ。最近の虹村くんはよく私に仕事を任せてくれる。自分にも他人にも加減を知らない人だから、こうやって頼ってくれるのは素直に嬉しかった。思わず笑みが漏れると、虹村くんは目を丸くして「なに笑ってんだ」と突っ込んでくる。
「ちょっと嬉しかったの。もっといっぱい頼ってね」
「……」
少し照れ臭そうに頭をかいた虹村くんが席を立つ。「照れてるの?」と聞くと、「うるせえ」と小突かれた。痛くはないが思わず「いたっ」と言ってしまう。全く、虹村くんはすぐ手が出るんだから。小突かれたおでこを片手で覆いながら彼に続いて席を立ち、二人でミーティングルームを出た。
「っと」
「うわっ」
前を歩いていた虹村くんが突然足を止めるため、勢い余ってその背中にぶつかってしまう。今度はぶつけた鼻を押さえながら どうしたんだろうと彼の背中から前方を覗き込めば、そこには驚いた様子の征十郎くんが立っていた。
「赤司?どうした」
「いえ……」
征十郎くんは少し寂しそうに笑ってから目線を逸らしてしまう。なんだか様子がおかしいなと思って「何かあった?」と聞くと、彼は一瞬口を噤んでからにこりと笑って顔を上げた。
「最近のお二人は仲がいいんですね」
悲しそうな声音でそんなことを言われると心がざわついてしまう。思わず虹村くんと顔を合わせてしまった。それから虹村くん小さく笑って征十郎くんの頭をぽんぽんと撫でて歩いていってしまう。廊下には私と征十郎くんだけが取り残された。
「えっと……、仲がいいって言うか、うーん。やっと頼ってくれるようになったって言った感じかな」
「ああ……それならオレも心当たりがあります。虹村さんは責任感の強い人ですから」
「ね。もっと頼ってくれたっていいのに」
「……みょうじさんのことは頼っていると思いますよ」
「そうかなぁ……」
思い返してみても「手伝うよ!」と言ったことは大体断られている気がする。とにかくワンマンなのだ。せっかく同じクラスで同じ部活なんだからもっと頼って欲しいのに。
「それで、何か用があったのでは?」
「あ!日程表!ありがとう征十郎くん!」
先ほどミーティングルームで虹村くんに頼まれたことを思い出し、顧問がいるだろう職員室に急ぐ。征十郎くんはにこやかに手を振って見送ってくれた。
なんとか合宿の日程も伝え終わり、一軍が集まっているだろう体育館に急ぐ。最近のみんなの成長速度は目を見張るものがある。特に青峰くんと敦くん。それに一軍に上がってきたばかりの黄瀬くんも初心者とは思えない成長速度だった。
「お疲れ様でーす」
挨拶をしながら体育館の扉をガラガラと開け中に入ると、ちょうど休憩中だった。一年のマネージャーの子が部員にドリンクを配っている。私の声に気づいた何人かがこちらに挨拶をくれる。そして真っ先に駆け寄ってきたのは黄瀬くんだった。
「なまえ先輩〜〜!」
「はいはい今日はなに」
彼は異様に人懐っこく、最近入ったばかりなのにもうみんなと同じ輪に入っていた。その社交性が少し羨ましい。
「今日も青峰っちに勝てなかったんす〜!」
「あーそれね。うんうん」
黄瀬くんはその綺麗な黄色の頭を私の腹部に擦り付けてくる。まるで駄々をこねる子供だ。もう中学生なんだから、と思いつつこうやって甘えられると母性本能が出てしまってなんとも避けづらい。よしよしと頭を撫でてやれば、今度は犬のようにその手に頭を擦り付けてきた。ちょっとかわいいのが悔しい。
「黄瀬くんってなんでこんなに私に懐いたのかねえ」
黄瀬くんが他の人にこうやって甘えているところを見たことがない。というか女の子には割と他人行儀に接する方だ。さつきちゃんとは友達と言った感じだし、私に対してだけ妙に距離が近い。
「だってなまえ先輩は他の子とはなんか違うんすもん」
「違うかなあ」
「なんかお母さんみたいっす」
「…………」
微妙に否定しづらいことを言われて目を逸らしてしまう。流石にこんな大きい子を持っているような年齢じゃない……と考えつつ、まぁ可能性はあるか…と一人で勝手に頭を抱えてしまう。でも、悪い気はしなかった。黄瀬くんみたいな子供がいたら甘やかしてしまうだろうなぁと思う。私からこんな顔面完璧な子は生まれないだろうけど。
「もー甘えん坊な息子だなぁ」
仕方ないのでかわいいかわいい後輩の頭を撫で回す。黄瀬くんは気持ちよさそうに笑みを見せてくれる。なんか……大型犬を撫でてる気になってきた。尻尾と耳の幻覚が……。
「黄瀬!なまえに迷惑をかけるな!」
遠くから聞こえてきたのは真太郎くんの声だった。彼は非常にご立腹な様子でこちらに近づいてくる。ズンズンっと言った感じでめちゃくちゃ歩幅が広い。
「こらっ、離れろ!」
「いやっす!離れないっす!!」
「あー!痛い痛い!!」
真太郎くんが黄瀬くんを私から引き剥がそうとし、それを断固拒絶する黄瀬くんが腕に力を入れるものだから消して細くない私の体が締め上げられる。苦しい苦しいと黄瀬くんの腕をタップするが全然離してくれない。なんて執念だ。
「真太郎くん待ってまじでまって内容物出ちゃうから!!」
「なまえも黄瀬を甘やかすな!簡単に触らせるな!!」
「いやーー!話聞いて!!」
真太郎くんは全く聞く耳を持っていないようで精一杯黄瀬くんを引き剥がそうとしてくる。胃が、胃が締め上げられてめちゃくちゃ苦しい。
これは死んだな……と諦めかけた瞬間、私に抱きついていた黄瀬くんが何かに押し出されたように転がっていった。うっ……解放された……。遠くから黄瀬くんの「痛いっす!!」という嘆きが聞こえてくる。
見ると青峰くんが黄瀬くんを蹴り飛ばしてくれたらしい。やり方は雑だがとても助かった。一度大きく息を吸ってから青峰くんに感謝を告げる。
「ありがとう青峰くん!!助かった…!」
「大丈夫かよ」
「ギリギリ大丈夫!ほぼアウトだったけど」
「それアウトじゃねえか!」
青峰くんはそう言って笑う。なんとも眩しい笑顔だ。最近の彼は調子がいいのと同時に、時々不安定だと感じる時があるからこうやって笑顔を見せてくれるととても安心する。
「助けてくれた青峰くんにはなでなでをしてあげよう」
「はー?俺はガキかよ!」
「いやいや、私からしたらまだまだ子供よ」
不満そうな青峰くんの頭に手を伸ばすが、前髪を触れるか触れない程度までしか届かない。何度背伸びをしても、ギリギリまでつまさきだちをしてもそれは変わらない。おかしいな……一年前は届いたはずなのに……。
「…………」
最初はどうでもよさそうな青峰くんだったが、私の様子を不憫に思ったのか少し屈んでくれる。後輩に慈悲をかけられたのはとても悔しいが、ここで引き下がることもできずそれに甘んじて彼の頭を撫でる。私が撫でられているような気分になってきた。
「ほら、満足か?」
「……満足です」
青峰くんの言葉に思わず項垂れる。すると今度は青峰くんが私を撫でてきた。見上げれば、「仕方ねえな」と言いたげに笑っており言葉がない。私の方が年上なはずなのにこの扱いだ。しかもちょっと嬉しいと感じてしまう自分もいて複雑。
ため息を吐きながらタオルでもたたみにいこうと踵を返すと、目の前に紫色の頭が現れた。思わずのけぞると、「んー」と言われる。いや、一体なにが「んー」だというのだろう。
「敦くん?」
「◯◯ちん、俺のこと撫でていいよ〜?」
私と青峰くんのやりとりをどう解釈したのか、敦くんはずずいと頭をこちらに近づけてくる。いつもは見えないつむじが見えて少しだけドキドキした。
どういう流れかはわからないが、いつもは撫でることのできない頭だ。じゃあお言葉に甘えて……と手を伸ばすと、体育館の端から「あーーー!!」と黄瀬くんの声が聞こえた。
「いいっすねそれ!!俺も俺も!!」
「黄瀬!お前はさっき散々撫でられていただろう!!」
「黄瀬と青峰ばかりずるいな。俺にもお願いしていいか?」
「はいはい!それって私も参加していいですか?ほらいくよ大ちゃん!」
「は!?いや、俺さっきやってもらった……さつき!引っ張んな!!」
「え?」
気付けば私はカラフルな頭に取り囲まれており、首を傾げる他ない。赤、黄色、緑、紫。ピンクに引きずってこられた青までそこに差し出されている。一体何の儀式だというのだろう。どうしよう…と戸惑っていると、ちょうど体育館にやってきた虹村くんと目が合う。
「なにやってんだ」
いや本当に全くそうだ。彼のいう通りである。わからないと首を振ると、黄瀬くんが意気揚々と「なまえ先輩に頭撫でてもらう会っす!!先輩もどうっすか!!」と虹村くんまで誘うものだから収集がつかない。いやでも流石に虹村くんが突っ込んでくれるだろうと思っていると、彼は無言で輪に入って頭を差し出してきた。どうやら相当お疲れらしい。
「みょうじさん、遠慮せずに」
「えっ」
満面の笑みの征十郎くんにそう言われるとやらざるを得ない雰囲気が出てくる。誰からにしようと悩みつつ、一番最初に頭を出してくれた紫色に手を伸ばす。
柔らかなその髪を撫でると、顔を上げた敦くんがとても幸せそうに笑ってくれた。そういう顔は反則だ。思わず撫でくりまわしてしまう。
「俺、◯◯ちんの小さな手好き〜」
「そう?」
「うん、柔らかくてあったかいから」
マイナスイオンでも出ているのかと錯覚する。なんてかわいい子なんだ…と胸キュンを耐えながら次は緑色に手を伸ばした。
さらさらな頭をそっと撫でると真太郎くんの肩がびくりと震える。思わず謝罪すると「気にするな……」と返された。その耳が赤いのが見えて素直じゃないなぁと嬉しくなる。こういうわかりやすいところは昔から変わらないのだ。
次は黄色だ。さっき散々撫でたしなーと軽く二度撫でると「えーー」と文句を言われた。気を抜くことは許されないらしい。仕方ないので先ほどと同じ感じで撫で回す。するとまたふにゃっと笑われるので心臓がきゅーーーんっとした。反則だ……。かわいいんだこの子はもう本当に……。
そろそろ心臓がもたないなぁと思いながら赤色に手を伸ばし、思いっきり撫で回す。一度でいいからこうしたかったのだ。私が両親の分撫でてあげたかった。征十郎くんはそんな私の気持ちを知ってかしらずか小さく笑う。それがいつもの大人っぽい雰囲気とは少し違って嬉しくなる。もっともっと甘えて欲しいと思った。
その隣はピンク色だ。こちらを期待の眼差しで見つめてくるものだからその可愛さにもうすでにノックアウト寸前。いつもは私の方が身長が低いからこうやって上目遣いされると……。
「あーーもう!!」
「えへへっせんぱーい!」
頭を撫でるどころか抱きついてしまう。さつきちゃんは嬉しそうに抱きしめ返してくれた。後輩は今日も可愛い。私のポケットに飴ちゃんがあったら大量にあげているところだった。今度クッキーでも焼いてみんなに配ろう。
次は青色。さっき撫で返されたのが少し恥ずかしくてつむじを指で押してしまう。バッと顔を上げた青峰くんはつむじを押さえながら「なにすんだよ」と恥ずかしそうに言ってきた。こういう反応は素直で可愛いものだ。
「青峰くんはかわいいねえ」
と頭を抱き抱えて撫でると、「ばあちゃんか!」と突っ込まれた。あながち間違えではない。
次は黒色……虹村くんだ。その頭を撫でることには躊躇いがあった。「どうして参加したの…?」と聞くと、彼は顔を上げてキョトンと言った表情を浮かべる。
「いや、いつも俺が撫でてばかりだからな。たまには逆もいいかと思ってよ」
「そういう感じ……?」
確かに虹村くんはよく私の頭を撫でてくる。妹のように思われているのだろうとなんとなく思っていたが、こう逆の立場になると照れくさいものだ。恐る恐る手を伸ばして頭を撫でると、彼はニカっと笑ってくれた。
「ありがとな」
こうしてよくわからない会(私からしたら儀式だ)は終わり、各々が練習に戻っていく。私もタオルをたたみにいこうと踵を返すと、そこにはいつの間にか黒子くんが立っており悲鳴が溢れた。黒子くんがとても切なそうに「すいません…」と謝ってくるものだから、慌てて謝罪する。悪いのは完全に私だ。
「ごめんね悲鳴なんて上げちゃって!えっと、どうしたのかな?」
「…………」
黒子くんは一瞬照れ臭そうに視線を逸らしてから、ペコリと頭を下げた体勢で固まる。何事だろうと身構えていると、「まだ……」と小さな声が聞こえた。
「僕、まだ撫でてもらってません」
「…………」
確かに、先程の会で黒子くんの頭を撫でた記憶がない。色素の薄い綺麗な髪をしているのだ、忘れるわけがないのに。もしかして……と思って「参加してた?」と聞くと、「はい」と即答された。
「ごめん!!本当にごめん!気付かなくって……あーもう!先輩失格だ!!」
「そんなことないです。いつものことで気にしてませんし……。でもちょっと寂しかったので、撫でて欲しいんです」
寂しかった、というのが彼の本音なのだろう。そんなことを言われて断る理由がない。私は二つ返事で了承し、その頭を撫でる。こうやってみると他のみんなほど急激な成長ではないが、ちゃんと身長が伸びている。男の子だなぁとなんとなくそんなことを思った。
「ありがとうございます…。なんか、いいですね」
「そうかなぁ?」
「はい、いいですよ」
顔を上げた黒子くんはニコッと微笑んで、それから私の頭を撫でてくれた。その優しい手つきに心まで暖かくなる。
「いつもありがとうございます、みょうじ先輩」
そう言った彼はペコリと頭を下げて練習に戻っていった。それは他の誰よりも小さい手だった。
「……すごいなぁ、うちのシックスマンは」
あの一言だけでこんなにやる気にさせるのだから。
私は小さくガッツポーズを作り気合を入れてからマネージャーの仕事を開始させる。まずはタオルをたたんで、使ったボトルを洗って……。やらなければならないことはたくさんある。チームがあの小さな手に支えられているのなら、私もそれを精一杯支えよう。
全ては勝利と、みんなの笑顔のために。
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