※高校設定です。
今日は久しぶりに幸男くんと買い物に出かけていた。というのも二人で裕の誕生日プレゼントを探しにきたのだ。同じ高校に通うようになってまた一緒にいる時間が増えた私たちは、こうやって時々休日を共にすることがある。
「裕、何が喜ぶかなぁ」
「ボールでも喜びそうだけどな」
「まー、確かに」
幸男くんの言葉にうんうん、と頷いてしまう。裕はバスケグッズならなんでも喜んでくれそうだ。単純だし、バスケバカだし。
「新しいスポーツウェアでもいいかなぁ」
「でも高くねえか?」
「そこがなぁ、ネックだよね……」
自分でお金を稼いでいた時はこんなに悩むことはなかったのに、子供になるとこういう買い物ひとつ踏ん切りがつかない。クレジットカードさえ手元にあれば……と悪魔の力に頼ってしまう心が情けない。
スポーツ用品店の中を何度も二人で往復する。ボール…は消耗品だし、バッシュは高いし(あとサイズ知らないし)、スポーツウェアも結構値が張る。やっぱり吸水性の高いタオルなどが妥当だろうか……とそんなことを考えていると、視界の隅に見知った顔が見えた。それは花宮くんだった。
「…………」
「…………」
目があったまま固まってしまう。どうしてここに花宮くんがいるのだろう。彼も驚いた表情をしているということは偶然なのは確かなのだろう。
花宮くんは私と、それから一緒にいる幸男くんを一瞥すると、何やら悲しそうな顔をして走り去ってしまう。まさかそんな行動を起こされると思っていなくて、ついその背中を追いかけたくなってしまった。
「幸男くん!ちょっとここにいて!」
「は!?なんだ!?」
「すぐ戻るから!!」
私は幸男くんの制止を振り切り店を飛び出す。通りの端に花宮くんの背中が見えた。人混みを縫って、慌ててその背中を追いかける。彼は突然曲がり角を曲がってしまった。このままでは見失ってしまう。
「待って!はなみやくっ、んっ!」
彼が曲がったと思われる角を曲がると、人にぶつかってしまった。これは全部私の不注意のせいだ。「ごめんなさい!」と顔を上げれば、そこには酷く冷めた目をした花宮くんが立っていた。そしてここは、道ではなく細く薄暗い路地だった。
「花宮くん……?」
「…………」
「あの、えっと……」
何であんな顔をしたのとか、何で逃げたのとか、聞きたいことは山ほどあるのに言葉が出ない。彼の無言はそれほど圧力があった。いつもみたいに「ばか」って言ってくれた方が何十倍もマシだ。
「海常の、笠松」
「え……?」
「さっきいたのは海常の笠松だろ?主将の。お前が選んだ学校の男だ」
「そう、だけど……」
「ふはっ」いつもより心なく笑って、花宮くんは私の手首を掴んでくる。まるで逃さないと言われているようだった。その手が小刻みに震えているように感じたのは勘違いなんかではないと思う。
「あいつは女が苦手だって聞いてたけど、お前とは随分親しげに話すんだな?」
「だってそれは……」
「聞きたくねえ」
「っ!」
冷たい言葉に背筋がぞわりと震える。絶対花宮くんは誤解しているのに、それを言葉に出すことすら許されない。花宮くんは私の手首を引いて、ズンズンと路地の奥に進んでいく。
「どこにいくの……?」
不安になってそう聞けば、彼はまた短く笑って。
「知りたいか?」
と振り向いた。
なんだかそれにムカっときてしまった。人の話は聞かないくせに、自分の話は「知りたいか」って、そんなの横暴じゃないか。彼の横暴はいつものことだけど。それでもなんだか理不尽な気がして、また前を向いて歩き出した彼の背中に勢いよく頭突きをかます。花宮くんは「痛っ」っとふらついて、「あ!?」と喧嘩腰でまたこちらを振り向いた。
「知りたいか?じゃない!まず私の話を聞いてってば!」
「だから聞きたくねぇって言っただろうが!何度も言わせんなばか女!」
「ばか女でいいから聞いて!幸男くんとは……」
「ふはっ、下の名前に君付けかよ」
しまった、と滑らせた口を両手で覆う。花宮くんは「ほらな」と言いたげに肩を竦めた。絶対彼が思っていることは勘違いだ。というかなんで私が彼が勝手にした勘違いを正さねばならないのだろうか……。
「ねー、本当にどこまでいくの」
「知らねえよ」
「はー?」
「とりあえず笠松 幸男のいないところだ」
「……真くん」
「っ」
ズンズンと歩き続ける背中に投げかける。彼はピクリと動きを止めると、心底嫌そうな顔でこちらを見た。そんな顔しなくても。
「ほら、これで真くんも名前に君付けだよ」
「いや、それに関しては謝る。だからその鳥肌立つ呼び方やめろ。悪かった」
謝罪しない方が不利益だと思った瞬間すぐ謝るところが花宮くんの強いところだ。どこまでも自分を中心にことが進んでいる。というか名前呼び「鳥肌立つ」って言われてしまった。心外すぎる。
「で?私の話聞く気になった?」
「……まぁ、少しなら聞いてやるよ」
「オーケーオーケー。とりあえず、私と幸男くんは幼馴染みなの」
「……」
「で、今日は二人で私の弟の誕生日プレゼント見にきたってわけ。それ以上でも以下でもない。わかった?」
きっと勘違いしているのはこの部分だと思い説明する。花宮くんはまるで私の言葉をゆっくり咀嚼するように時間をかけて受け止めてから、短く「わかった」と呟いた。それならよかったとため息が溢れた。花宮くんは少し居心地悪そうに私の手首を離す。強く握られたそこは、指の跡が薄く残っていた。それにしても一体どうしたんだろう。
「とりあえず路地から出よう?」
「ああ……」
何か考え事をしている花宮くんの手首を引くのは私の番だ。二人で明るく開けた方に向かって歩く。路地から出る寸前、無言でついてくる彼に気になっていたことを聞こうと振り返り、冗談半分で口を開く。
「ねぇ、私が彼氏といると思った?」
バッと顔を上げた花宮くんは、手首を掴んでいた私の手を払い退ける。まるで突き飛ばされたように路地から飛び出ると、花宮くんがビシッと中指を立ててきた。随分手慣れた動きである。
「嫉妬なんてするわけねえだろばぁか!!」
私が何かを言い出す前に彼はスポーツ用品店とは逆方向に歩き始めてしまった。その背中を呆然と見送りながら、私は彼が言った「嫉妬」という言葉に首を傾げることになる。
そんなこと、一言も言ってないのにな……。
←