羨慕と月夜酒@

「デイダラ様ぁ。私のお酒を飲んでぇ」
「イタチ様!まだ飲み足りないんじゃないですか!」
「きゃー!トビくん可愛い〜!」

目の前で繰り広げられているこの光景に、私はうっすらと目を細め、「けっ」とそっぽを向いた。両サイドに座る角都と鬼鮫、そして小南は、みるみる不機嫌になっていく私を必死に宥めていた。

忘年会があるなら新年会も、ということで企画された暁の新年会は、リーダー・ペインの計らいで『裏組織も大歓迎!秘密守ります、新年会は是非当店へ』という胡散臭いキャッチコピーを掲げた場所を予約し、そこで繰り広げられていた。欠席者は、傀儡なので飲食が出来ないサソリと、リーダー本人もこの場にいない。そういえば、アジトで開催された忘年会の時も、リーダーはお酒も食べ物も口にしていなかったような気がする。が、まあ今はリーダーの謎については置いておくとしよう。

当日、来れるメンバーでこの店に訪れた私たちは驚愕する。居酒屋か何かかと思えば、立派に聳える遊郭で、なんと沢山の女の子、所謂コンパニオン付きだと言うのだ。恐らくリーダーも適当に下調べもせずに予約したのだろう。男共はともかく、私と小南は入店する前からあからさまに眉間に深い皺を刻んでいた。

しかし予約してしまったものは仕方がない。中に入り、暁だと告げると、何だか卑しい笑みを浮かべた男がどうぞこちらへと奥に案内する。奥のそのまた奥…本当に人目のつかないような場所にある大広間が、私たちに用意された宴会会場であった。

最初はどうなることかと思っていたが、料理は美味しいしお酒も美味しいし、あのキャッチコピー通り、ちゃんと人目を配慮した部屋を用意してくれていたので、私たちも遠慮なく寛ぐことができた。お酒をいい具合に体に入れて、ぽかぽかと陽気になってくる。みんなで楽しく他愛ない話をしながら、料理とお酒を楽しみ、体を休めていた時だった。がらりと開いた襖から、綺麗な化粧と着物を施した若いコンパニオン達が一気に投入されたのだ。

「ちょ、おい……あんまべたべた触んな、うん」
「酌ならいい。俺は一人でも…、」
「え〜!やだなぁ、僕困っちゃうなぁ!あははは!天国みたーい!」

後は、冒頭の通り。若いデイダラやイタチやトビは速攻囲まれてキャアキャアと持て囃され、飛段は乗せられてお酒を大量に煽り、潰れて隅で眠っている。鬼鮫や角都は流石落ち着いた大人と言ったところか、お酌しにやってきたその女性を手で制し、自分のペースで飲んでいる。私や小南は同じ女であるせいか、彼女たちがお酌しに来ることは無かった。

(私だって一応客なんですけど……)

今も女の子の中心にいるデイダラやトビは、何となく鼻の下を伸ばしているように見えるし、イタチは無言でお酒を飲んでいるが、その端正な顔立ちのせいか一番人気で、女子の人集りが出来ている。何よ何よ、どうせみんな、綺麗で若くてピチピチで、おっぱい大きくてぷりぷりの女の子がいいんでしょ、ふん、といじける私を見て、鬼鮫が苦笑している。

「まあまあななしさん。みんな一方的に言い寄られているだけですし、誰もそんなことは……」
「だったらお酌なんて断ればいいじゃない!なのに見てよほら!女の子に囲まれてデレデレしちゃって!なにが芸術よ、なにがうちはよ、なにがトビよ!男なんてみんな同じなんだ!」

鬼鮫と角都だけだよまともなのは、と捲し立ててお酒を煽る私を見て、角都はやれやれと首を振っている。傍で聞いている小南は、「ヤキモチ妬いてるのね」と姉のような目で微笑ましく私を見守っている。笑い事じゃないのに!

でも言われてみれば確かに、こんなものはくだらない嫉妬と同じだ。別にあの3人の誰とも付き合っている訳ではないのに、何故私はこうも苛ついているのか。自分で自分が分からない。別に放っておけばいいじゃないか。アイツらが誰と飲もうと、私には関係ない。

嫉妬に駆られている自分に動揺しながら、私は必死に彼らから目を逸らした。見てると苛ついてくるから、なるべく見ないようにするに限る。折角の新年会だ、私も私で楽しむ努力をしよう。騒がしい向こう側を無視して、私は鬼鮫や角都、小南とお酒や食事を楽しんだ。落ち着いた大人な彼らと過ごす時間は心地良くて楽しくて。私もいい具合に酔ってきて、これ以上はお酒は辞めとこうかなあなんて考えていた矢先の出来事。

「デイダラ様、イタチ様、トビ様。良ければ向こうの部屋で、私たちと一緒にゲームをしませんか?」
「ゲーム?」
「何だそれは」
「とーっても楽しいゲームです!ね、一緒にやりましょ!豪華な景品もありますから!」
「えー!何それ楽しそう!僕行っちゃおうかなあ〜!」

聞こえてきた会話に、ハッと顔を上げる。女の子たちに押されながら、隣の部屋に押し込まれて行く三人。待って、ゲームって何するの、まさか変なことするんじゃ…と嫌な考えが頭を過ぎり、行かないでと引き止めそうになる。だが実際にそれを口にする程私も素直に出来ていなかった。結局隣の部屋へと消えて行ってしまった三人と女の子たちに、残された私たちはしんと静まり返る。さっきまでの怒りは身を潜め、今度はしゅんと俯いて凹んでしまった。

(…やっぱり、デイダラもイタチもトビも、ああいう綺麗な着物を着たお姉さんが好きなんだなぁ…)

私はと言えば、着るのはいつも暁の外套に忍び服。体は日々の任務のせいで切り傷だらけだし、化粧だって簡単なものしかしない。綺麗に着飾っているあの女性たちに比べれば、見劣りするなんていうレベルでは無く、最早土俵が違うのだ。女性としての自信をどんどん無くしていく。酔いも覚めてすっかり気分が下がってしまった私を前にして、柔らかな声が降ってきた。

「ななし、あっちで私と話さない?」
「……小南……」
「普段あまり二人きりになる事も無いし、たまには女の話でもしましょう」

きっと私の気持ちを察して、誘い出してくれたんだ。彼女の優しさが身に染みて、ツンと鼻の奥が痛くなる。うん、と小さく頷くと、柔らかな手が私の手を掴み、そっとその会場から連れ出してくれたのだった。部屋を出た先に、中庭を眺める事ができる廊下があって、そこで静かに景色を楽しみながら、小南と二人で話をした。ちょっとした悩みとか、髪や化粧の話、忍術の相談など、色々と普段落ち着いて話せないような事を打ち明ける。一頻り盛り上がった後、私は密かに気になっていた事を問い掛けた。

「…小南は、リーダーと付き合ってるの?」
「…どうしたの、突然」
「ずっと、気になってて。二人ともいつも一緒にいるから……」

黙り込んでしまった小南に、私は慌てて「答えられないならいいんだけど!」と付け加えた。軽い気持ちで聞いた話だったが、どうやらあまり触れてはいけない事だったらしい。数秒前の自分の質問を後悔した。やがて少しの間気まずい空気を感じていたが、小南が小さく笑いながら教えてくれた。

「…付き合っては、ないわ。でも、私にとって大切な人である事は違いない」
「大切な、人……」
「貴女にもいるでしょう?恋人じゃないけど、大事な人」

そう言われて浮かんだのは、デイダラと、イタチと、トビ…いや、オビトの姿。彼らは恋人ではないし、恋愛感情としての何かを抱いているのかと問われると、よく分からない。けど、大事な人たちであることは確かだった。だから、先程女の子に囲まれている姿を見れば妬いてしまうし、任務の時は彼らが危険な目に遭わないかと常に緊張しながら見守っている。黙り込んでしまった私の横顔を、小南は優しげに微笑みながら見つめて、そっと寄り添ってくれた。

「…そろそろ帰る時間みたい。ななし、デイダラとイタチとトビを呼んできてくれない?」
「え……」
「お会計は済ませておくから。お願いね」

私に気を遣ってくれているのだろう。本当によく気遣いの出来るパーフェクトな女性だ。照れ臭そうにはにかみながら、分かったと返すと、小南の美しい瞳が私を見下ろしている。そうして私は、彼女に背中を押されて、たくさんの女子に連れ去られていった三人を迎えに行くため、別室へと向かったのだった。




ーーーー・・・・




「うわ、お酒くさ……」

その部屋へと入った瞬間、むわりと立ち込めたお酒の匂いに眉を顰めた。一体どれ程飲んだのだろう。薄暗い部屋には、月の光だけが差し込んでいる。床に転がるお酒の瓶を蹴飛ばして、慌ててそれを避けた。見回してみると、酔いつぶれた先程の女性たちが所々で眠ってしまっている。彼女たちの体を踏まないように足の踏み場を探しながら中央までやってくると、壁に凭れて項垂れているイタチの姿や、ぐーぐーと眠っているトビの姿も見えて。流石に一人で眠る男二人を担いでいくのは無理があるので、やはり角都や鬼鮫を呼ぶべきだろうかと、来た道を戻ろうとした瞬間だった。

「デイダラ様……、」

聞こえてきた、控え目な女性の声。はっとしてゆっくり振り返る。窓の縁に座る、二つの人影。目を凝らして見ていると、月の光がその二人を照らして、姿をはっきりと映しだした。デイダラと、綺麗な着物を着て綺麗な化粧を施した美しい女性が、そこに向き合って座っている。

「え……」

漏れた私の間抜けな声に気付かぬまま、二人の影は徐々に近付いていく。ちょっと、と伸ばしかけた手は止まり、デイダラとその女性は、私の目の前で口付けを交わしたのだ。揺れる私の瞳にはっきりと映るその光景に、時が止まったかのような感覚に陥る。頭が真っ白になって、胸の中にざわつきが広がっていく。何も言葉を発することが出来ず、ただ唇を震わせて吐息を漏らした。

黙って女性のされるがままになっていたデイダラは、そこでようやく私の気配を察知して、ゆっくりこちらに振り向いてきた。そして、その目をみるみる大きく見開いていく。

「ななし……!?」
「デイダラ………」

彼の瞳は私を真っ直ぐ捉えている。動揺に揺らぐその瞳に映る私は、体を小さく震わせて、じわりと涙を浮かべていた。なんで私、こんなに悲しいのだろう。こんな事で馬鹿みたいに動揺して、泣いて、ショックを受けて…。ふと思い浮かんだのは、先程の小南の言葉。


『貴女にもいるでしょう?恋人じゃないけど、大事な人』


デイダラにとって私は、ただの同じ暁の仲間で、それ以上でもそれ以下でもない。私も、その筈だった。デイダラは、私を救い出してくれた、大切な恩人で、仲間で…、なのに………。

(大事な人って言葉じゃ足りないくらい…、私は……あなたのことが……)

ぽろぽろと流れ出す涙。それが頬を伝って、服を濡らす。泣きだした私を呆然と見つめるデイダラが、隣にいた女性の体を押し返して立ち上がった。私に向かってその一歩を踏み出したのと同時に、私はその場を駆けだす。「ななし!」と呼び止めるデイダラの声を無視して、部屋を飛び出す。見たくない。今はデイダラの声も聞きたくない。

「おい待てよななし!!」
「来ないで!!!」

泣いてるところなんて見られたくなくてその場から逃げ出したのに、彼は私を追いかけてくる。ばたばたと忙しなく駆けていく二人分の足音が、静かな月夜に響き渡っていく。



もどかしくて曖昧な二人の距離が、今近付こうとしていた。