Obsession



ボーダー本部のラウンジ。
私の目の前に座る彼は口角の下がった険しい表情をしているにもかかわらず、とても楽しそうに言葉を紡いでいる。

「…でな、そん時の照れながらキレてるマリオちゃんがめっちゃ可愛かってん」
「それは可愛いね」

彼はどうやら女の子を「可愛い」と褒めないと死んでしまう病気にかかっているようだ。最低でも一日一回は言っていると思う。

次の日も

「…せやから俺がナスカレー美味いでって教えてあげてん。そしたら笑顔でありがとうございます言うてな。照屋ちゃんほんま可愛いわ」
「可愛いよねぇ」

更に次の日も

「…今しかない思てな、言うたんよ。"俺の屍を超えて行け!" って。そしたら香取ちゃんが呆れた顔してな、めっちゃ可愛かったわ」
「……」

私はテーブルに頬杖を付きながら楽しそうに話すその顔を眺める。関西からのスカウト組としてボーダーに入隊した生駒くんと本部に所属している私は任務で一緒になることが多く、こうしてよくお茶を共にしている。
今日は夕方からの防衛任務までもう少し時間があり暇をしている私を見つけて、時間潰しに付き合ってくれているのだ。

「なまえちゃん、聞いてる?」
「…ん? あぁ、聞いてる聞いてる」
「ほんまに? 完全に上の空って顔してたで」

初めて彼に会ったのは個人ランク戦のブースを出たときだった。後ろから声を掛けられ振り返ると、まだC級の服を着た生駒くんに「映像観てたで。めっちゃ可愛いのに強いんやな」と険しい顔で言われた。その表情と可愛いという言葉のちぐはぐさに当時は疑問符が頭を埋め尽くしたが、今ならそういうものだと理解できる。

「生駒くんって誰でも彼でも可愛いって言うよね」
「女の子はみんな可愛いねんもん」
「出たそれ」

手元に置いていた飲みかけのアイスティーに手を伸ばす。中身はもう殆ど残っておらず、ストローで吸うと氷が邪魔して音を立てる。

「あ、もちろんなまえちゃんも可愛いで」
「はいはい。生駒くんの可愛いは挨拶みたいなものだって知ってるから」
「いや、ほんまに」
「信憑性がないなぁ」

しつこく吸っているとストローから氷の粒が入ってきて、それを奥歯で嚙み砕く。追加で飲み物を買いに行こうかと時計を見ると、一杯飲みきるには微妙な時間だった。どうしたもんかと思案する私をじっと見る生駒くんの視線が気になり、そちらに目を戻す。

「…なに?」
「いや、可愛いなぁと思て」
「だからぁ…」

その言葉に聊かイラつきを感じストローを咥えようとして、中身がないことを思い出しカップをテーブルに置いた。生駒くんは尚も変わらない表情で私を見ている。

「そういうところ」
「ん?」
「拗ねてるとき、飲み物持ってたらずっと飲んでるやんな」
「は」

驚いて口を開ける。確かに私はそういうとき、自分の意識を逸らすために手に持っている飲食物を延々と摂取し続ける癖がある。

「なにを急に…」
「動揺しとるときに髪を耳にかけるのも可愛いポイントやな」
「!」

その瞬間、自分が右手で髪を耳にかけていたことに気が付きはっとした。自分でも無意識にやっていたのに、私の癖を彼はよく把握しているようだ。なんだか照れ臭くなり、かけた髪を耳から降ろす。

「…よく知ってるね」
「そらそうやろ。いっつも見とるからな」

真意がわからずなにも言えない私に彼は表情一つ変えないまま言葉を続ける。

「確かに女の子はみんな可愛いけどな、なまえちゃんが一番可愛いで」
「一番とか、意味わかんないんだけど」
「あ、まだ信用ならん感じ? なまえちゃんの可愛いところならまだなんぼでも言えるけど、聞く?」
「い、いい!」

もう十分だと顔の前で両手を振って拒否すると、生駒くんは真顔のまま残念やなと言った。全然残念そうには見えない。
熱を持った頬に手を置きどうにか冷まそうとしていると、それを眺めた彼は表情は変わらずとも感動したように目を輝かせた。

「なまえちゃん、照れてるん? めっちゃ可愛いやん」
「だ、だって普段こんなに可愛い可愛い言われることないし、さすがに照れるよ」
「そらあかんわ。これからは毎日言うようにしよか」
「そういうことじゃなくて!」

これ以上ここにいると私は顔から火が出て死んでしまう。そう思い時間もそろそろなため荷物を片付けて席を立つ。「じゃあね」と投げやりに言い放ち背を向ける。

「他の女の子のことを可愛い言うてなまえちゃんが拗ねてまうなら、その倍はなまえちゃんに可愛いって言うわ」

彼は私の背中にそう声をかける。その言葉を聞き、他の女の子を可愛いって言わない選択肢はないのかと内心疑問を抱きつつ私は振り向かずその場を去った。







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