Obsession



「呼んで欲しいんだ、名前で」

本部の食堂で一人食事を取っていると、許可も取らずに彼は私の向かい側に座りテーブルに昼食の乗ったトレイを置いた。そんなことはよくある事なので気にも留めず軽く挨拶をして食事を続けていると、彼は大きな体を小さく縮こませてなにやらそわそわとしている。その姿を不思議に思い、私は行儀悪く持っている箸で彼の前に置いてあるトレイを指し食べないのかと問うと、彼は一瞬ためらったように視線を彷徨わせたあと、そう言った。

「…? 穂刈くん」
「名字だろ、それは。そうじゃなくて、呼んで欲しいんだ、下の名前で」

少し不服そうにそう言う彼を見ながら食事を口に運ぶ。
どうやら彼は私に名字ではなく名前で呼んで欲しいと言いたくて落ち着きなくそわそわとしていたようだ。大柄で強面な見た目に反して可愛いじゃないかと内心ほくそ笑みながら、数か月前に彼から好きだと打ち明けられたときのことを思い出した。

彼と私はそれまで挨拶くらいしかしたことがなかった。狙撃手でない私は狙撃練習ブースに行くことはないし、更に私のほうが年がいくつか上のため、関わることが全くないのだ。なので穂刈くんのことは"荒船隊の狙撃手"だという程度しか知らなかった。そんな彼からの急な告白を、私は「穂刈くんのことをなにも知らない」、「高校生に手を出すことはできない」の二つの理由から断った。すると彼は納得したように頷いて、高校を卒業するまでに自分のことをもっと知ってもらう、その上で卒業後にまた告白をすると私に宣言をして来たのだ。それから彼は私を見つける度に声をかけてくるようになり、年上に憧れる一過性の気持ちだろうと思い適当にあしらっていた私もまた彼のことを知ってみようと思うようになっていた。


咀嚼しながら黙っている私を暫く眺めていた彼は、心外だと言わんばかりの表情をして口を開いた。

「まさか知らないのか、オレの名前を」
「やだな、さすがに知ってるよ」

間髪入れずに否定すると、なら呼んでくれさぁ早くと目を輝かせて急かしてくる。そんな彼の様子を見ながら誤魔化すように私は水を一口飲んだ。言われて改めて名前を呼ぶのはどうにも気恥ずかしい。どうにか呼ばなくて済む方法はないかと一瞬考えたが、彼がこうして私になにかをねだってくることは珍しいことだ。たまには応えてあげようと思いこほんと一つ咳払いをして口を開いた。

「篤くん」
「……もう一度」
「あ、篤くん」
「おかわり」
「ふふ、篤くん」
「もう一声」
「穂刈篤くん」

私が名前を呼ぶたびに、彼は切れ長の目を細めて口角を上げた。普段あまり表情の変わらない彼の嬉しそうな顔に胸がどきりと鳴った。名前を呼んだだけでこんなに喜ぶなんて可愛いところがあるじゃないかと小さく笑うと、穂刈くんは「楽しそうだな、なまえさん」と更に表情をやわらかくした。

 急に呼び方を変えたらこの頃の年の子は私と彼の間になにかあったのではないかと噂するだろうから面倒だが、この表情が見られるなら二人だけの時にでもまた名前で呼んであげよう。そう思いながら「呼んで欲しい、もう一度」と何度も求める彼の額に、そろそろしつこいとでこぴんをお見舞いするのだった。







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