Obsession



車を路肩に寄せてハザードランプを付ける。少し行った先には三門市立大学の門が見えるのだが、先程から途切れることなく人が往来している。平日の大学とは、斯くも賑わっているものか。

ぼうっとその様子を眺めていると、助手席側の窓がこんこんと叩かれた。見ると音の主は屈んで窓からこちらを覗き込んでおり、乗ってもいいかと問うように口を動かした。それを見てふと悪戯心に火が付き、内側からドアのロックをかける。がしゃんと重たい音が響き、彼はそれを鍵を開けた音だと思ったのだろう、ノブを引きドアが開かないことに驚いてほんの少し目を見開いた。不思議そうに何度もノブを引く姿がおもしろくてにやにやしながら見ていると、私のその表情に気が付いたのか彼は大袈裟に肩を落とし背中を丸めて車から去って行く。とぼとぼという擬音がとても似合う。

少し揶揄いすぎたと思いロックを解除すると、その音を聞きつけて急いで踵を返し助手席に乗り込んできた。

「なまえさん、いけずしすぎやわ」
「いやごめん、ついつい」
「乗車拒否されたんかと思て悲しなったやん」

シートベルトを締めながらふてたような声を出す生駒くんの表情は普段と一切変わっておらず、実際は全く悲しくなっていないだろう。
車を発進させ、適当な道を流す。

「でもまぁ、誕生日プレゼントが"私とのドライブ"がいいだなんて、生駒くんも変わってるね」
「せやろか? 最高のプレゼントやと思うねんけど」
「ちょっと良いご飯屋さんに行ったりしなくていいの?」
「そんなんええよ。…あ、でも小腹は空いたわ」
「ハンバーガーでも買っていくかぁ」


なぜ二人でドライブをすることになったかと言うと、今から数日前のことになる。
出張から帰ってきて久しぶりに本部へ顔を出すと、ばったり会った生駒くんから先週誕生日だったと告げられたのだ。普段から仲良くしている彼になにかお祝がしたいと申し出ると、彼は私とのドライブをねだった。
私の直近の休みは平日だったため、こうして大学まで迎えに来て授業終わりの彼を拾ってドライブに行くことにしたのだ。


途中でハンバーガーをドライブスルーで購入し、あてもなく運転する。平日のため、普段よりも道路は混んでいない。これを機にあまり知らない道でも走ってみるかと一人で冒険気分を感じていると、隣でナゲットを口に運んでいた生駒くんが声を上げた。

「これめっちゃ美味いわ」
「なに?」
「新作のナゲットソース。レモン&ブラックペッパー」
「待って美味しそう、私も食べたい」

わき見はできないしどうしたもんかと考えると、生駒くんはなにかに気が付いたようにハッとし新しいナゲットにソースを付けた。

「なまえさん、あーん」

そう言ってナゲットを差し出してくる生駒くんの顔をちらりと見遣る。表情は変わらないが明らかにうきうきとしているのが見て取れる。こんなに表情が変わらないのにわかりやすい人はそういないだろう。
ぐいぐいと口元に近付けられたナゲットに齧りつきまずは半分食べる。すると彼は「ほんまは二度付け禁止なんやけど、今回は特別やで」と言いながらナゲットに再度ソースをつけ私に差し出した。それを食べると、生駒くんはそれは嬉しそうに声を上げた。

「なまえさんが俺の手からナゲット食べてるんめっちゃ可愛いわ。まるで親鳥になった気分や」
「食べにくいなぁ…」

そんなやり取りを数回してナゲットもなくなり、彼は次にポテトを私に食べさせてくる。小腹が空いたのと言ったのはどこの誰だっただろうか。
そうこうしているうちに楽しい食事も終わり、話をしながら車を流す。音楽をかけようかと提案をしたが不必要だと言われ、生駒くんはラジオかの如く延々と話し続けている。彼の話題の引き出しの多さには毎度驚かされる。


宛てのないドライブを初めてそろそろ二時間が経とうとしていた。もう一時間もすれば帰宅ラッシュと重なり道が渋滞してくるだろう。そうなったら楽しく運転どころではなくなってしまう。

「生駒くん、そろそろ戻ろっか」
「もうそんな時間なん?」
「車が多くなる時間帯になるから、ドライブを続けるのは難しいかなぁ」
「ならしゃあないな…」

生駒くんは見るからに残念そうに肩を落とす。私とのドライブがそんなに楽しかったのだろうかと嬉しくも思うが、その反面なんとも寂しそうな横顔に申し訳なさも覚える。

帰路についている途中、大きな交差点で信号に引っかかった。ここはスクランブル交差点になっているため、一度引っかかるとかなり長い時間拘束されることになる。ハンドルから手を下ろし運転席と助手席の間の肘置きに腕を乗せる。すると、その手に覆いかぶすように生駒くんの手が乗せられた。そのまま手の甲側から指を絡ませてくる。

「…運転中は危ないよ」
「信号が赤の間だけやし」

前を向いたままの私の横顔に彼の視線を感じる。それでも前を向き続けていると、生駒くんが口を開いた。

「なまえさん、いつになったら俺と付き合うてくれるん?」
「んー…」

彼はこうして定期的に私に交際を申し込んでくる。一番初めに言われたのは生駒くんがボーダーに入隊してすぐ、高校生のときだったか。私は彼よりも少し歳が上なので、高校生とは付き合えないと断った。そうしたら次は高校を卒業したとき。そのときはさすがに十八歳とは付き合えないと断った。それからこうして隙あらばいつになったら付き合ってくれるのかと聞いてくるのだ。

「俺、もう高校生ちゃうで」
「だけど未成年とは付き合えないよ。手を出したら私が捕まる」

すると生駒くんは少し考えるように俯き、すぐに閃いたと言わんばかりに顔を上げた。

「なら俺から手ぇ出したらセーフってことやんな?」
「いや、そういうことじゃないと思うけど」

「いやいやそういうことやろ」と自信満々な生駒くんに苦笑いをする。初めは"年上のお姉さん"に憧れているだけかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
私は手のひらを上に向け、彼の手を握り返す。その行動に驚いたのか、法の抜け穴を力説する生駒くんが閉口した。その顔をちらりと見遣ると、いつもの積極性はどこへ行ったのか狼狽えているのが見て取れる。

「そうだなぁ。生駒くんが成人してからも同じことを言ってくれるなら、そのときは考えるよ」
「え、ほんまに? 後一年やろ、全然余裕やわ」

信号が青になり、絡みついていた指を離す。離れていく熱に寂しさを覚えたが、私はそれに気付かないふりをした。
隣で今から一年後を想像して浮ついている彼を見て、考えると言っただけなんだけどと思いながら私はアクセルを踏んだ。







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