それが当たり前のように
「明けましておめでとう」
毎年のことだけど、新年に家族以外で最初に見る顔は精市だった。去年も、一昨年も、確か精市は昼前くらいに私の家を訪れていた。年賀状が、まだ眠そうな私の前に差し出される。それを見て、そういえば私も精市に年賀状を渡さないと、と思うのだった。今年も精市は年賀状になんだか綺麗な絵を描いている。淡い色合いが、なんとなく精市っぽくて、私は密かに精市からの年賀状を楽しみにしていた。
「今から初詣に行かない?」
「え、ちょっと待って。髪の毛とかまだぼさぼさ」
「じゃあ待ってるから、用意してきて」
しかし今年の精市は例年とは違うようで、いつもなら「それじゃあ、今年もよろしくね」と言って去っていくはずの精市が、そうはしなかった。さすがに初詣に2人で行こうと言われたのは初めてだった。
「寒いから、家で待ってて」
「そうする。お邪魔します」
白い息を吐いて、精市が笑う。本当に、何をしても絵になる人だと思う。精市の声が聞こえたからか、お母さんが満面の笑みで精市を出迎える。お母さんは、人当たりがよくて優しくて穏やかな精市がお気に入りだった。
「ゆりと初詣に行ってくれるの?助かるわあ。この子、お正月からだらだらして」
「お母さん、そんなに絡んでもうっとうしがられるよ」
「精市くんはそんなことしないわよ。ほら、早く用意してきなさい」
また精市が被害にあってしまった。ごめんね精市、と心の中で謝る。せめてあまり待たせないように、早く用意をしよう。寝ぐせだらけの髪を整えて、かさかさの唇にリップを塗って、さすがに上下スウェットで精市の隣を歩くのも嫌だから、もう少しましな服に着替えた。
階段を急ぎ足で下りて、精市のもとへ向かう。お母さんは永遠と精市に話しかけていて、さすがにうっとうしいだろうなあ、と思うのに精市は微笑みながら話を聞いていた。
「お待たせ、精市」
声をかけると、精市は私に優しく微笑んで、お母さんに軽く挨拶をして、「行こうか」と私に言った。
外へ出ると、暖房がきいて暖かかった部屋とはうってかわって、冷たい風がぴゅうぴゅうと吹いていて、冬だなあ、と思わせるような気候だった。それでも、空は雲一つないと言ってもいいほどに青くて、それが少しだけ寒さを和らげているような気がした。
マフラーを口元まで上げる。手袋もしてるし、コートだって来てるけど、寒いものは寒い。でも隣を歩く精市は、手袋をしてないのにそんなに寒そうには見えなくて、やっぱり鍛えてるからかな、なんて思った。
近くの神社までの道のりは、お互いに口数が少なくて、精市はなんで私を初詣に誘ったのか、よくわからなかった。交わした会話といえば、「冬休みの宿題終わった?」なんて言うものだけ。
「わ、人多いね」
「本当だ。この時間は多いのかも」
神社についたのはちょうど昼時で、屋台が出てることもあって人が多かった。そういえば、と思った瞬間にぐう、とお腹の音が鳴った。美味しそうな匂いが漂っていたせいだ、と罪をなすりつける。精市はくすくすと笑って、「何か食べようか」とありがたい提案をした。
「ゆり」
にこ、と王子さまのような微笑みを浮かべながら、精市は私の前に手を差し出す。私よりもずっと大きい手。私はわけがわからず、握手すればいいのかな、と思って手を握る。
すると精市は、ふはっ、と吹き出して「なんで握手なの」と笑う。そう言いながらもこの手は話してくれないのだから、余計にわけがわからない。
「普通手を差し出したら、こうでしょ。ゆりってば、俺よりスポーツマンみたいだね」
一瞬、精市の温もりが離れて、すぐにまた触れる。握手、ではなくて手を繋ぐ。まるで恋人同士、と思うよりもどちらかというと親子か、兄妹のような感じがした。
「人が多いから、はぐれないように。ゆりはすぐ迷子になるからね」
「それ、いつの話?そう言う精市だって、昔は迷子になって泣いてたじゃん」
「えー、覚えてないなあ」
くすくすと2人で笑いながら、精市に引っ張られるようにして、たこ焼きの屋台に並ぶ。私に意見を訊かないあたりが精市らしい。たこ焼きソースとかつおぶしのいい匂いがして、さらにお腹が空いてくる。
「なんか、小さい頃に戻ったみたい」
「そうだね。昔はみんなで来てたよね」
「うん。いつから行かなくなったんだっけ」
「やっぱり、中学校に入ってからくらいじゃないかな。ほら、俺が部活で忙しくて」
「あー、そうだった。立海のテニス部って、ほとんど休みないもんね」
「寂しいと思ってたんだ」
「何が?」
「俺は立海、ゆりは普通の公立中に行って、会うことが少なくなって。初詣とかも一緒に行かなくなったし、お互いの家で遊ぶこともなくなって。部活も引退して、今年のお正月はゆっくりできるってなったときに、ゆりと一緒にいたいって思ったんだ」
昔みたいに、と少し照れくさそうに言った精市を見て、私は自然と笑顔になるのを感じた。精市と違う中学に進んで、私たちの間には見えない壁というか、会う回数が少なくなったことで自然と距離ができてしまっていた。小学生のころは、共有できるものばかりだったのに、違うところに行って、共有できないものが増えて、それが寂しかった。素敵なもの、好きなもの、綺麗なもの、嫌いなもの、綺麗じゃないもの、全部精市と共有したいと思っていた。
「私も、寂しかったかも。話したいことはいっぱいあったのに、話せなくなって」
「一緒、だね」
「今日からいっぱい話すね。だから、精市のこともいっぱい聞かせて」
「いいよ。俺もゆりに話したいことがたくさんあるんだ。いつか、テニス部のやつらとも会ってほしいな」
「会いたい。精市のチームメイトの話、聞かせてね」
会えなかった時間を、共有できなかった時間を埋めるように、私たちは色んなことを話すのだろう。他の人ならどうでもいいと思って、人に話すようなことではないことも。人から笑われても、それが私たちの当たり前なのだから、それでいい。
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