光ときみの隣


主のスマートフォンという機械には、鈴がついている。正確に言うと、主がスマートフォンにつけている猫のストラップに鈴がついているのだ。主がそのストラップをつけ始めたころ、僕は鈴が鳴る度に主が来たと思って胸を高鳴らせた。ただその胸の高鳴りはときどき裏切られることがあった。鈴の音の主が鳴狐くんだったり、小狐丸さんだったりしたから。そんなとき2人は「なんじゃ、ぬしさまかと思ったか」だの「主様ではなくて鳴狐ですよ!」なんて、少しからかうように言ってくるから、格好がつかない。
そもそも僕のこの想いが周りにバレているのがおかしな話だった。戸惑って、少し考えれば出所はわかった。酔った勢いで鶴さんに主への想いを話してしまったことがある。どう考えたって、彼がうっかりか意図的にバラしてしまったに違いない。まったく、あの人だけは。

チリン、と鈴の鳴る音を僕は待っている。やがて鈴の音が耳に入り、どきどきと高鳴る胸を抑えて部屋を出てみる。今回は小狐丸さんでも鳴狐くんでもなく、正真正銘主の鈴の音だった。主、と我ながら嬉しそうだなと思ってしまうほど弾んだ声で呼ぶ。

「光忠。ただいま」
「おかえり、主。美味しいお茶菓子があるんだけど、一緒にどうかな」

僕がそう言うと主は大きな目を輝かせて、「食べる!」と嬉しそうに答える。主が甘味好きなことを知っていてのこの誘いだったから、断られる気はしていなかった。誘ったのは、学校帰りの疲れた主を少しでも休ませたいのと、僕が主と話したいから。主は朝早くから学校に行って、帰ってくるのは夕方になるから、2人で話せる時間というのは作ろうとしなければ、なくなってしまう。
甘い言葉で引き寄せて、僕は少しの間だけ主を独り占めするのだ。この一瞬が終われば主は審神者としての雑務をこなさなければいけないし、主を待っているのは僕だけじゃなくて短刀の子たちも同じだから、ずっと独り占めするわけにもいかない。離したく、ないけれど。

「美味しそう!いただきまーす」

主はカステラを口いっぱいに頬張って、「美味しい!」とおそらく言ったのだろう。口の中がカステラでいっぱいなせいで、よく聞き取れない。口にものを入れながら話すのはよくないよ、と僕は何度も言っているのだけれど、主はまったく聞いてくれない。それでも、そんなところも全部含めて可愛いと思うし、好きだと思ってしまう。

「学校はどう?」

僕が訊くと主は口を開こうとして、もぐもぐと慌ててカステラを飲み込もうとする。慌てなくてもいいよ、と笑って言うと、主は手を前に出して「待ってね」というジェスチャーをした。小動物のようにも見えるその仕草にときめいてしまったのは仕方のないことだと思いたい。
ようやくカステラを飲み込んだ主は楽しそうに話を始める。生物の先生が面白い先生だとか、新しい友だちができたとか、主は僕の知らない場所での楽しいことばかり口にする。楽しそうな主を見て嬉しくなる反面、僕はどうしたってそこへはいけないんだと悔しくもなる。

「そっか、楽しそうだね」

それでも、そんな心中はひた隠しにして僕はいつものように笑いかける。本当は、僕もそこにいたいんだ。きみと一緒に学校というところにだって行きたい。きみの外での様子を見てみたい。きみが面白いと言った先生を見てみたい、友だちにも会ってみたい。叶わないとわかっているのに、僕はいつだってそんな願いを抱いている。

「うん、楽しいよ」

にこ、と僕の気持ちなんて知らない主は笑う。そうして時計を見て、そろそろ仕事してくるね、と立ち上がる。主のその言葉で、このささやかな僕の幸せな時間は幕を閉じる。もっと一緒にいたい、なんて言うわけにもいかずに、僕は「無理しないでね」と言うのが精一杯だった。

「いつもお菓子ありがと!光忠のおかげで今日も頑張れそう」

寂しいな、と思っていたのに、主が笑ってそう言うだけで心が満たされるのだから、恋とはなんとも不思議な感情だと思った。きみはいつだってみんなの主だけれど、この時間だけは僕だけを見ていてほしい、とそう思うから僕は毎日きみを待っている。ずっと僕だけの人でいてほしいなんて言わないから、どうかこの一瞬だけきみを独占してしまうことを許してね。

僕はいつも、鈴の音を待っている。きみの喜ぶ顔を見るために、今日はどんなお菓子がいいかな、なんて考える時間さえも幸せで。いつかきみが人としての短い生涯を終えるときが来て、僕の前に姿を現さなくなったとしても、僕はずっと、澄んだ音を待っているのだろう。


title by誰花

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